山と道

KLTR (Kansai Longitudinal Trail Race)報告

平成から令和へと年号の変わった今年のゴールデンウィークに、和歌山県の那智海岸(太平洋)から福井県の気比の松原海岸(日本海)まで、日本を縦断して約400kmを踏破する壮大な山岳レースが行われたことをご存知でしょうか?

「日本で最も過酷な山岳レース」と呼ばれる『トランスジャンパンアルプスレース(TJAR/日本海の富山湾から太平洋の駿河湾まで、日本アルプスを縦断して約415kmを踏破する山岳レース)』の完走実績を持つ新藤衛さんが発案し、これに賛同したTJAR本選、選考会の経験者3名が加わり運営が行われたそのレースは、『KLTR(Kansai Longitudinal Trail Race)』と名付けられました。

強者揃いの選手たちが「真剣にふざける」を合言葉に集ったそのレースは、広く参加者を募る公式な大会ではなかったものの、『TJAR』にも優るとも劣らぬ過酷で鮮烈なものになったといいます。

その『KLTR』のレポートを、レースに実際に参加した「ダスティン」こと片野大輔選手が寄せてくれました。鉄人たちが「真剣にふざけ」ながら、自らの極限に挑むリアルなレポートに、どうぞお付き合いください。

文/写真:片野大輔

はじめに

はじめまして、片野です。仲間からは「ダスティン」と呼ばれています。平日は仕事、週末に時間があれば山に行っています。

アメリカ勤務中にダイエット目的ではじめたランニングから、勢いでフルマラソンに出場して4時間ほどで完走。日本に帰国後、登山やトレイルランといったアクティビティに触れる機会が増え、またもや勢いでTJAR2018年大会に参加し完走しました。

ともあれ、山で遊ぶようになってから日は浅く、まだまだ発見ばかりです。同じ山を楽しんでいる方がこの記事を読んで楽しんで頂けたら幸いです。また、登山未経験者の方が何かしら山遊びを始めるきっかけになってくれたら嬉しい限りです。

今回記事にしたKLTRは、和歌山県の那智海岸(太平洋)をスタートし、熊野古道、高野山、ダイヤモンドトレール、生駒山系、京都トレイル、比良山系、高島トレイルと日本の古き良き伝統を感じられるトレイルを辿り、日本を縦断して福井県の気比の松原海岸(日本海)をゴールとする約400㎞の山岳耐久レースです。

大会名には「レース」を謳っていますが、実際には内輪の草レースのようなもので、山の先輩である新藤衛さんが構想し、主催者として立ち上げ、TJAR本選、選考会の参加経験者を中心に選出・招待して開催に至りました。

ただ、自分がレースを知った1月頃は、異動や単身赴任で仕事、生活面に追われており、また2月から4月末まで海外出張もあったため、スタート地点に立つために既に計画は始まっていました。レース1ヶ月前から鈍った身体を起こすため出張先のアメリカでランニングや自重トレを再開。体重も少しずつ減らし、動きやすい身体へ変えていきました。

日本帰国はレース前日になることが濃厚であったため、とにかく睡眠不足と時差ボケから始まることは覚悟していました。また、長く離れていた日本の気候状況がアメリカからは感じ取れないこと、全区間未踏ルートであることを考慮して、装備は全天候・無補給対応可能で準備しました。

レース前日の深夜に帰国、スタート地点までの移動手段を考えておらず、東京から参加予定の星加博之選手に名古屋からの同じ電車チケットを予約してもらい、名古屋駅出発5分前に合流、滑り込みセーフで電車へ乗り込みました。

結果、非常に過酷で濃密なレースとなりましたが、大会の趣旨「真剣にふざける」は自身にしっくりマッチしました。お読み頂く皆さんに気持ちが伝わるよう、その時々で感じたり思ったこと、言葉にしたことをそのまま文字にしています。若干お下品な表現もあり恐縮ですがご容赦ください。

それでは長旅になりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。

Kansai Longitudinal Trail Race 概要

太平洋:蘇りの聖地「熊野」から、日本海:日本三大松原「気比の松原」までの400km、累積標高22,200mを歴史の道で結ぶレース

【スタート】
2019年4月29日(月)AM0:00 那智浜海岸

【ルート】
各CPを結び、那智から敦賀「気比の松原」まで
(熊野古道、高野山、ダイヤモンドトレール、生駒山系、京都トレイル、比良山系、高島トレイル)

大会報告

DAY 1(2019年4月29日)
那智海岸~熊野古道〜小辺路大股

【AM0:00 那智浜海岸(JR那智駅)】

22時に那智駅に到着し、集合時間まで少し時間があるので駅の傍らで仮眠を取る。目が覚めると選手が概ね到着しておりご挨拶。

各自、那智海岸をタッチしたあと、自然と実行委員の周りへ集合し始めた。実行委員長兼選手の新藤選手から事前説明があり、ひとりずつ自己紹介をした。初めてお会いする方も多い。全員で円陣を組み、気比の松原での再会を誓いスタートした。

【AM1:09 熊野那智大社】

那智大社までのロードは全員でゆっくりラン、かと思いきやペースが思ったより速い。みんなお喋りしながら和気あいあいを装っているけど、この暗闇でみんなの表情は読みきれない…。「ま、ま、まさか、すでに削り合いが始まっているのではないか!?」と疑い始める。

那智大社への石段登りは思ったより長く、深夜なのにすでに汗だく。スタート前は肌寒くロングスリーブとレインパンツを履いていたがこれが失敗だった。階段途中の水場でノースリーブと短パンの戦闘態勢に切り替える。ここで後方から船橋選手が現れる、前日までUTMFを走っているためペースを抑えているのだろうと感じた。那智大社にて全員で参拝し、ここから各々のペースでスタートとなった。

【AM7:05 熊野本宮大社】

那智大社からペースを上げていく選手と、マイペースに登る選手でばらけていく。予想していた通り新藤選手、村上選手(実行委員)の姿は既に見えない。間違いなく先頭集団にいるだろう。

大原選手は先頭集団に付いていくと言って前を追う。初めましてのご挨拶も控えめになってしまったが、円井選手も後を追うでもなく軽快なステップで前を行く。隣の有吉選手(実行委員)がターミネーターのように終始無言で歩いているので茶化してみるが、やはり無言だった。有吉選手が少しずつ後退していく。心の中で“I will be back”と言っていたはずだ。

2番手集団という形で朽見選手が先行し片野、星加選手と続いた。朽見選手はまだまだ序盤と言った様子で休憩しながらのペース。片野、星加選手が途中から先を行かせてもらうが、星加選手が集落への下りから遅れ気味となり単独走になった。星加選手は先週『さくら道国際ネイチャーラン』で250kmを走破したばかり、つくづく変態の集まりだと感じる。

集落の自販機で温かいコーヒーを飲み、熊野本宮への登り返しが始まる。まだまだ深夜帯、前方の山中を見上げるが、前を行くヘッドライトの光は見当たらない。調子よく登っていき、暫く行くと小刻みに走れそうなアップダウンが始まったが終始パワーウォークで進む。

そのタイミングで後ろからヘッドライトが近づいてきた。朽見選手だ。ポールは既にしまっており、ランの態勢に入っている。抜いてもらってこちらはマイペースで進む。

公道に出たところ朝のお散歩中のおじさんから「どこまで行くの!?」と遠くから声を掛けられたので「海まで!」と返事をすると、おじさんは僕が通ってきた方向を指さし「海は反対だよ!?」と指摘されたが、ハハハと笑って通り過ぎた。

7時前、熊野本宮大社前に到着。朽見選手や大原選手がザックを下ろし休憩の構えだった。聞くとスーパーが8時開店のためそこで補給してから再開するとのこと。片野は補給食を買い込みすぎて無補給挑戦中みたいな状況なので少しでも食べて減らしたいのでここはスルー。

7時過ぎ、熊野大社で参拝を済ませ、裏手にある高野山への道標を探し、そこから小さなトレイルへと入っていく。結局、朽見選手は僕が参拝中に先へ進んだらしく、このあとゴールまで彼の姿を見ることは無かった。

ざっくりとした感覚では深夜までに高野山に着くのではないか? という頭で歩き始めた。直ぐにロードに出てポールは両手に持ったままジョグを開始、すれ違うハイカーさん数名とご挨拶をするたびに、「前に何人か選手を見ましたよ」という声を聴きながら進む。

川沿いの歩道をジョグで進んでいくと「果無峠」と書かれた道標が山の中へ指している。どうせただの峠だろうと嵩を括っていたがこれが甘かった。とんでもなく登る、登る、登る。一個山を越えてもまた次、それを越えてもまだ次、と、まさしく「果て無し峠」。何度も下ってくるハイカーさんに「頂上まだですか?」と弱音全開の確認を入れながらゆっくり登って行った。

【AM9:40 果無峠】

9時40分にようやく果無峠を通り過ぎた。SNSに「マジで果てしなかった」と投稿し下りへ入る。

日も上がってきて、このあたりから身体の様子がおかしくなってきていた。深夜が調子よかったのは身体がアメリカ時間のため起きていた模様。ここから日が昇るにつれて眠くなってきていた。何処かで仮眠も考えたが、夜の19時を目安に纏めて寝るように計画していたのでまだ早すぎる。ここは我慢して前へ進む。

ほぼ峠を下りきったところで道を間違えてしまい、正規ルートに戻ったところで後ろから来ていた北野選手、大原選手に抜かれていた。ふたりは熊野本宮前で食事を済ませてから来たという、30分以上差があったのに追いつかれたということは、自分の調子が落ちてきているからだろうと感じた。

ロードを進みほどなくして3人パックのまま三浦峠へ入る。3人の中で僕のスピードが遅くなっているのを感じ、途中で水が汲める場所で小休憩していくことを伝えた。5分も経たないうちに円井選手、斉藤選手が追い抜いていく姿を見ながら補給食をむさぼった。

一旦集落に降り、次の伯母子岳への登山口手前で大原選手と斎藤選手と合流し一緒に登り始めるが、明らかに自分のペースが遅い。「先に行ってください!」と二人に声を掛けて息が上がらないペースで進んでいく。

【PM17:30 叔母子岳】

17時半ごろ、伯母子岳へのトラバースを何度か繰り返す途中で雨がパラついてきた。伯母子岳へは通常のルート(まき道)がガケ崩れのため迂回路(直登)で山頂を進むルートだが、これがまた急登できつい。頂上に近づくにつれ次第に強くなる雨と風を遮るものがない環境になり「さ、寒い!」。

18時ごろ頂上に到着。まだ日は落ちていないが辺りは霧で一面真っ白で景色どころではない。辛かった記念に頂上の道標だけ写真に収め、すぐに下り始める。

大股集落へは19時ごろに到着。すると集落から離れたところで大原選手と円井選手を見つけた。どうやら高野山を目指して先に進むようだ。「ダスティンも一緒に行くか?」と声を掛けられたが、それにかぶせるぐらいの勢いで「行きません!」と返答した。疲労と寝不足という理由もあったが、登った先の道中で雨風を凌げるポイントを見つけられるかも不安だったからだ。

暗闇の中、ダウン上下、レイン上下2セットを着込み、次第に強くなる雨と風を気にしながら初日の就寝となった。

DAY 2(2019年4月30日)
熊野古道〜小辺路大股~大阪府柏原市内

日付が変わり0時30分ごろ起床、ほぼ爆睡状態だったが多少眠気がある。まだ雨が降り続いていたのでダウン上下だけ脱ぎ、レインウェア上下2セット装備のままのんびり高野山への道を登り始める。登るにつれ風が強くなるが寒さは感じない。

トレイルとロードを繰り返しながら「高野山」への看板を頼りに道を進んだが、これが間違いだった。それは一般道の看板であり、ロードを途中まで下ってしまっていた。雨の中地図を確認し慌てて引き返す。3時50分ごろ不気味な赤い鉄橋を渡り、その後、長い峠(薄峠)の登りを越えると、下り基調の林道に変わった。

【AM5:40 高野山 根本中堂】

5時過ぎ、空が白んできて下のほうに街灯が見えてきた。高野山だ。歩いていると後ろから前田選手が小走りで追いついてきた。一緒に根本中堂まで歩き一礼。とても綺麗な枝垂れ桜が正面を飾っていたのでお互い記念撮影をした。

根本中堂から先に進みファミリーマートに行くと斉藤選手、有吉選手が出発するところだった。同じ場所にプレスの阿部カメラマンが撮影をしていたので、前を行くメンバーの動向を聞くと、いつの間にか消えた朽見選手が先頭の新藤選手や村上選手とバチバチ始めたらしい。さすがだ。ファミリーマート前にあるベンチに腰かけて2ヵ月ぶりのおにぎりを頬張りながらSNSに桜の写真をアップした。

西へ進み、大きな山門(金剛峯寺大門)を越えると、その先に中辺路の参道が続いていた。道中で着替えている有吉選手をかわし、更に先を行っていた斉藤選手と合流し「どこぞのお酒がうまい」やら「日本酒の売れ行きがよくない」やら、喋りながら早足で進む。整備された参拝道で、道を間違えるような箇所もなく、ルート確認もそこそこで十分だった。

途中から斉藤選手が前を行く形になり前田選手がジョグで追いついてきた。「走るってすごいね」と言うと「早く歩くほうが難しいよ」と返ってきた。お互い得意な面があり、適材適所があるのだろうか。慈尊院を示す道標を目印に2人で参拝道を下って行くと道はアスファルトになり、視界が開けると和歌山の街並みが眼下に広がっていた。

慈尊院へ向かう道中に多くの登山者、トレランスタイルの人とすれ違う。地元の方たちに愛された道なのだと感じた。登山者の人から「トレランですか?」と聞かれたので、「違いますよ」とニコッとしてみた。次にトレランの方から「早川選手ですか?(誰やねん!)」と聞かれたので、「違いますよ」と今度は頑張ってニコッとしてみた。

【AM10:50 橋本インター周辺】

慈尊院を通過後、大嫌いなロードが始まった。前田選手が軽めに走るというので後を追う形で同行させてもらう。ひとりだと絶対歩いてしまい、なかなか先に進まないからな。早朝から降っていた雨は止み、まだ午前中というのに日差しが暑く、日本特有の蒸し暑さを感じた。

頑張って前田選手に付いていくと、橋本IC手前のセブンイレブンで補給していくとのこと。こちらはザックに詰め込んだ補給食がたんまりある、ここで前田選手とは別れ、登りのロードをひたすら歩いて紀見峠を目指す(結局歩いている)。

地図を見るかぎり、もう暫く行くと山中に入る。これから先の水分補給を考え、酒屋さんの前にある自販機でペットボトル500mlx2本を購入し、ついでに座ってランチタイム(といってもザックに詰め込んだクリフバーとかそんなものばかり)。

湿ったソックスを脱ぎ、初めて足の状況を見たが、両側の親指外側、踵にマメができていた。2018年の『TJAR(トランスジャパンアルプスレース)』のときは針で刺して萎ませてから絆創膏をしたが、今回は実験的にマメは破らずに絆創膏を何枚も使って覆うようにしてみる。そのあと乾いたソックスに履き替え、濡れたソックスは安全ピンでバックパック外側に吊るした。

さあ準備万端! として、進んだ200~300m先にまさかのローソンが出現。ものすごくショックを受ける。とはいえせっかくなので、とろろそばとコーラ500mlを購入し、ローソンの外で立ったままかき込んだ。

紀見峠の手前でプレスの阿部カメラマンの撮影があり、暑いなど愚痴を言いながら通り過ぎる。その直後に岡潔さんの『人を先にして自分を後にせよ』の道標を見かけたが、今の自分にそんな余裕はなく、「少しでも先に進みたい」とSNSに投稿した。

【AM12:51 紀見峠】

紀見峠に到着し、ダイトレ(ダイヤモンドトレール。金剛葛城山系の稜線を縦走する全長約45kmの長距離自然歩道)入り口に差し掛かったところで後ろから前田選手がやってきた。相変わらず走っている。やばいやつだ。

ダイトレには一緒に入り前田選手からダイトレ情報を貰う。有吉選手曰く、ダイトレ北口まで抜けるのにコースタイムの60パーセントでも10~12時間掛かるらしい…。今日中に抜けきるのは厳しそうだな、などと頭で計算しながら登り始めた。

自分が先行させて貰う形でしばらく行くと、とんでもなく長い階段が出現し、「ゲ!」と思わず口に出た。階段の始まる手前で写真を1枚撮り、息切れしないように淡々と登る。階段を登りきったとこから小さなアップダウンが始まる。早歩きでさばいていったが、思いのほか調子よく進んでおり、後ろにいた前田選手は見えなくなっていた。

途中でKLTRの応援に来てくれていた和歌山の知人から激励とオレンジを頂き、金剛山を目指した。少しずつ肌寒くなるが、金剛山までの階段地獄のおかげもあり、身体の熱量は下がってこない。何度かすれ違うハイカーさんから少し前方に選手がいることを聞く。

山頂前の休憩所で休んでいると前田選手が追い付いてきた。前方に追いつかない選手がひとり、後方の前田選手も同じようなペース、ということは、今日は時差ボケによるペースダウンはあまりしてないなと思った。

CP指定のない金剛山山頂へは寄らず、水越峠への下りに入る。急な下りの途中でトレランスタイルのお兄さんが登ってきた。少し遠巻きから「何かのイベントですか?」と声を掛けられたが、「まあ、趣味の集まりですよ」と停まって返事をした。すると通り過ぎながら「ああ、サークルみたいなものですね!」と返されたので、「まさにその通りだな!」と、思わず笑ってしまった。

水越峠へ向かう長い下りを経て、途中林道を過ぎると小さなロードに出た。「ダイヤモンドトレール」と彫られた石板がありそれを写真に収めた。そこから葛城山への登りが始まった。金剛山がダイトレのメインだと勝手な解釈をしていたが、葛城山への石段の登り、更に続く魔の階段地獄のほうが遥かに厳しかった。一度、後ろに前田選手の姿が見えたが、葛城山の頂上に着くころには見えなくなっていた。

【PM22:28 ダイヤモンドトレール北入口】

18時を過ぎた頃、葛城山を通過した。ザックに詰め込んだ補給食を頑張って食べてきた甲斐があり、かなり重荷が減っていた。まだまだ歩くペースが落ちる感じもなく、夜帯に入るにつれて野生の感覚で動けるような気がしてきた。

「ここからは下り基調、それほど時間は掛からないだろう」と、これまた自分勝手な解釈をして進んでいたがまた甘かった。とにかく階段に次ぐ階段、前方の街の灯りが見えても、一向に進んでいる感じがしない。

両太腿の筋肉が張ってきたのが分かり、下りは著しくペースを落とし、ストックでサポートしながら降りた。天気予報によると23時頃に雨の予報、ペースは上がらないがそれまでにはダイトレ北入口には出られそうだと感じた。

竹内峠に降りたところで大きな公道に出ると、道を間違えてロードをどんどん下ってしまった。地図だとあきらかにルートを外れておりまた引き返し右往左往すると「これかよ!!」というレベルの小さな踏み痕があり、ぶつぶつ愚痴りながらまた峠を登り返す。

ダイトレももう間もなく終わりというところで、先に進んでいたと思われた円井選手がとんでもないスピードで追いついてきた。言葉少なめに「いっぱい寝ちゃいました」「大原さんももうすぐ来ますよ」とだけ話し、トレラン大会に出場中ですか思うぐらいのペースで消えて行った。

22時半ごろ、予定より少し早く雨が降ってきた。木に覆われたトレイルはまだ濡れていないので歩きやすい。急な下りを終えやっとの思いでダイトレを終えたが、建物や目立った標もない場所で拍子抜けした。

CP通過の連絡を行い、ついでに前を行くメンバーのCP通過時間を確認してみる。朽見選手、村上選手、新藤選手はかなり前に通過している。ほぼ同時刻に北野選手、円井選手、片野の順で通過したようだがすでに姿はなかった。

雨は次第に強くなり、路肩でレインウェアの上下を着こむ。柏原市に入る手前にあるローソンでミックスフライ弁当と背油系カップラーメン、ビール350mlを購入し、雨を凌ぎながら食べた。

日付が変わり深夜0時ごろ、ダイトレのダメージか分からないが走る気力が出ない。フラフラ歩きながら柏原市の街に入った。

DAY 3(5月1日)
大阪府柏原市内~京都府伏見市内

【AM1:30 柏原市内】

深夜1時半ぐらいだったと思う。雨の中、道中仮眠を取りながら柏原市内を歩く。

セブンイレブンの軒下で座って5分ほど目を閉じてみたが眠れる気がしない。雨が止むまでは生駒山へのルートを歩くことにした。

深夜2時頃、生駒山への坂を登り始める。ルートはやらしく登ったり下ったりを繰り返し、下りやフラットでもまったく走る気がなくとにかく歩く。途中で関西電力だったろうか、赤く不気味なライトがくるくると回転していて気味が悪い。それを見ないようにして近くを通り過ぎた。

【AM5:29 高安山駅(西信貴ケーブル)】

5時過ぎ、ゆっくりゆっくり歩いてチェックポイントの高安山駅へ到着する。このころには周囲も明るくなりヘッドライトは要らなくなっていた。自販機でコーヒーを飲みながらCP通過の連絡をする。北野選手と円井選手はまだ通過前のようだ。仮眠しようかと検討したが明るくなってきたせいで「進まないともったいない」という感情が出てしまった。よちよちと前へ進む。まだ雨はやまない。

暫くすると円井選手が颯爽と現れた。抜いていった円井選手の背中は軽快そのもので、生駒山もこのまま走って抜けて行けそうだと思えた。

【AM10:00 生駒山周辺】

身体が本当に重い、寝たら直るのはわかっていながら「もったいないお化け」のせいでストップする気になれない。特に両太腿の張りが強く簡単な下りもかなり辛い。

朝8時ごろ、「いらっしゃいませ!」の声で身体が跳ねた。ダイドーの自動販売機が喋っていた。意外にも生駒山のルート上には自動販売機が多数あり水分補給は困らなかった。

ロードを挟んで小さな『→生駒山』の看板に向かって登ると、すぐに生駒山山頂に到着。雨と霧で周囲は真っ白だったが、生駒の遊園地のゲートが開いていた。係員の方に尋ねると通ってよいとのことなので園内を通らせてもらう。雨はまだやまないが、歩いている間は身体が冷えるような感じもない。それほど気温が低いというわけではなさそうだ。

ここで登りは終わり、下り基調のトレイルと林道が続くが、両太腿が悲鳴を上げており、明らかに登るより遅いスピードで下る。そうこうしていると前田選手、北野選手が追い付いてきた。二人はまだ快調で林道とロードを軽いジョグを交えながら進んでいく。これを見逃すととことん遅れそうだなと不安を感じ頑張ってついて行くことにした。

途中、実行委員が用意したんじゃないか? というような『風雲たけし城(昭和の人気TV番組)』的なツルツル・スベスベ木道をクリアし、住宅地に入って行った。

このころからお尻が擦れて痛かった。しかもお尻の右側や左側ではなく、ど真ん中ストレート。そう、ア〇ルどんぴしゃ。正確に言うと剛速球ならではの左右にナチュラルにブレている分、打者は打ちづらくなるという例のアレで、ア〇ルの左右に散って大きく腫れている。痛い!

12時半ごろ、交野市の霊園裏のトレイルから登りも下りも階段は一段ずつゆっくり進む。雨足も次第に強まりレイン上下を着用し進む。レインを着ているがスピードが落ちたせいでとても寒い。公園を通過中、まわりの人たちはTシャツに傘をさした軽装スタイルなのに自分だけ重装備でなんだか恥ずかしくなった。

脚が痛い。眠い。チェックポイントの『ソトアソ』が遠い。普段のコンディションなら一瞬で通り過ぎるルートだろう……。本レース中、唯一「辞めたい」と感じた時間だった。

【PM17:25 ソトアソ(私市駅)】

14時ごろ、雨が弱くなっていた。今回の企画のチェックポイントとして、また仮眠所としてもご協力してくれたアウトドアショップ『ソトアソ』さんへフラフラと歩く。ゆっくり歩きすぎて身体の体温が下がっているのが分かった。『ソトアソ』に到着すると北野選手が休憩していて、ビールを1本空けているのが見えたがそれを飲みたいと羨ましがる余裕も無かった。『ソトアソ』さんで携帯電話とモバイルバッテリーの充電をさせてもらい(各¥100)、その間にシャワーを使わせてもらった(¥300)。

15:00、シャワーから出て持参した寝巻き上下を着用し、その上から雨で濡れた行動着を乾かすため着用した。途中で有吉選手が到着したので束の間の談笑をし、身体が冷える前にビビィに包まり、17時起床予定で仮眠を取ることにした。

16時45分ごろ、目が覚めると大原選手が到着するところだった。まだ眠いが二度寝ができるような感じもしないので起きることにした。大原選手もロストしたり足裏問題があったりと上手くいっていない様子だった。

足のマメに新しい絆創膏を張ったが、一番肝心のア〇ルの左右に散ったマメは絆創膏が貼れない…。シャワーから出てきた大原選手と後の再会を約束し、阿部カメラマンとプレスの松田記者とひと言ふた言会話し、見送られて『ソトアソ』を後にした。

【PM20:30 京都突入】

17時半過ぎ、いまだに眠く身体も重かったが、幸い雨がやんでいるので歩くのは苦にならない状況だった。ただ、歩くには伏見稲荷まで27kmは遠すぎた。ロードだからと甘く見ており、時間の使い方を全く計画していなかった。ここが本レースの行程で最大の失敗だったように思う。

平坦も緩い下りもとにかく歩いた。ルート上の歩道は綺麗に整備されており歩きやすくルートも簡単明快でとにかく何も考えず歩いた。逆に言えば、この区間をゆっくりでもジョグで繋ぐことができればかなり時間を短縮できるのだが、思考が停止しており考えることができなかった。

19時前。木津川の手前の街灯がなく薄暗くなっている場所で座ったまま仮眠していた。1時間ほど意識が飛んでいたよう、20時ごろに動き出し木津川を越えた。

川を越えた直ぐ右手に「京都○○記念病院」と描かれた大きな看板を見て、やっと京都に着いたことを知った。その病院の近くにあるドラッグストアに入り、太腿の痛みを解消するためアンメルツヨコヨコを購入、併せて夕食用にパン2個、プロテインドリンクを購入した。

それ以降、宇治川を越えてからの記憶が曖昧だ。それほどの距離ではないはずなのに宇治川を越えたのは日付が変わる少し前だったと思う。コンビニ(たしかセブンイレブン)でウィダーインゼリーとおにぎり、ビール350ml缶を購入。ウィダーインゼリーとビールをその場で飲みながらこの先のルートを確認した。

DAY4(2019年5月2日)
京都府伏見市内~びわ湖バレイ越え

【AM5:32 伏見稲荷】

午前3時、セットしていた腕時計のアラームで目が覚めた。軽い仮眠のつもりだったが、深夜も温かく、また昨日からほぼ寝ていなかったため熟睡できた。グーグルマップで伏見稲荷神社までの最短ルートを検索した。まだ眠かったが脚は昨日より軽く、起きたばかりなのにジョグができた。

4時半過ぎ、あっという間に伏見稲荷神社まで到着した。昨晩のフラフラ・ヨレヨレは何だったのだろうか…。あんなことなら早めに寝てしまえばよかったのにと後悔した(この区間ふらふらしている間に3名に抜かれていた)。

伏見稲荷神社へのトレイルへ突入する前に、事前にチェックしていた伏見稲荷駅前のコンビニで補給しようと店の前まで行くとシャッターが降りている。えー、まさかの深夜閉店!? ショックだったがしょうがない。1.5kmほど手前にあったファミリーマートまで戻り、朝食に生姜焼き弁当、キレートレモン、シュークリームを胃に入れ。京都トレイルを越えるための補給食を購入した。

午前5時半ごろ、伏見稲荷神社の前に戻ってきた。早朝だったがすでに観光客が大勢いて、写真をパシャパシャ撮っている。千本鳥居の前は更に人が多くパシャパシャ、パシャパシャ…「さぞ絶好のインスタ映えのスポットだろうな、なんてミーハーな人達だ!」と心の中で叫びながら、ハッシュタグ#伏見稲荷#京都#KLTRでSNSに投稿した。

【AM9:00 大文字】

千本鳥居を越えて下り坂になると京都トレイルの道標が出てきた。京都トレイルの住宅区域を調子よく進んでいくと、手にビニール袋をぶら下げた白髪交じりのおじさんに会った。話を聞くと、お住まいの東京からGW連休を利用して息子さんのアパートに遊びに来た模様。ついでに京都トレイルを楽しんでいるとのことだが。このおじさんが速い! 登りは片野より速い! 平坦な林道やロードでジョグを織り交ぜて片野が先行しても登りで追いついてくる。ここからビニールおじさんとの長いバトルは銀閣寺まで続いた。

清水寺へ登る手前にある自動販売機でジュースを買っていくというビニールおじさんに、「これは勝機!」と少しペースを上げる。ただ、登りになると背後に迫るビニールおじさん。清水寺を過ぎ平坦と下りで片野が先行するが、インクラインを越え、大文字の登りで暑くなってきて着替えをしているとビニールおじさんが直ぐに追いついてきた。そのまま抜かれ大文字山頂へ先行を許してしまい悔しい。ここから大文字のファイヤープレイスまではほぼ同着、「あ、見てください!京都の街が綺麗に見えますよ!」と声を掛けるが、ビニールおじさんは立ち止まる気配がない(ちくしょう!)。

ここから下り基調で片野が優位に立つ、緩い下りはジョグを織り交ぜ、しかし登山客も多いのでスピードとしては早歩きといった程度だが少しずつビニールおじさんを引き離す。途中、林道脇の水場が目に入ったが、ここで給水をするとヤツは必ず追いついてくるだろう。断腸の思いで給水を諦めそのまま攻める。先に銀閣寺に着いたのは、片野! か、勝った…。

9時半ごろ、銀閣寺のメインストリートは多くの観光客で賑わっていた。お土産屋さんやソフトクリームなどが目に入るが迫り来るビニールおじさんが気になって仕方がない。俗世を振り払い、ジョグで切り抜ける(道中お喋りに付き合ってくれたとても感じの良いお父さんでした。誤解の無いように)。

信号を右折して北上し、ファミリーマート方面へジョグを続ける。するとファミリーマート前で山中選手(実行委員)が休憩中だった。山中選手もちょうど出発するところで、片野もファミリーマートをスルーして一緒に歩いた。比叡山へのトレイルに入る直前で自販機を見つけたので山中選手と別れ、コーラでカロリーメイトを数個流し込んだ。

【AM10:00〜PM12:00 比叡山】

10時前、沢で水を汲みルートを進む。比叡山への登りは多くのハイカーさんたちと登る形になり会話を楽しみながら進んだ。そうこうしていたらあっという間にケーブルカー乗り場に到着、自販機を見つけ近寄ると大原選手と山中選手が座って休憩中だった。ビタミン系の炭酸ジュースを一気飲みし先へ行かせてもらうことにした。このころ、毎日感じていた眠気が解消されており、ようやく時差ボケがなくなったと感じた。

大きなお寺を何度か超えると根本中堂への道標が立っており、ここからまたシングルトラックのトレイルになっていく。あとは下り基調と思っていたが意外と急な登り返しがあり、大原集落の手前で昼食を取ることにした。

どの辺りか忘れたが登りきったところに休憩用の簡易ベンチが設けてあり、そこに座っておにぎりとシリアルバーを食べた。その間に、山中選手が先行。後から有吉選手が来た。何故か半笑いで片野のモグモグタイムを写真に撮るので「何だ?」と聞くと、「もう直ぐそこにコンビニあるのに…」と聞かされてガッガリした。

麓への下りの途中で工事中の重機が入っており、ぬかるんだ雨と相まって路面状態を悪くしていた。足を置く先々で「ぐちょ、べちょ」と音を立てシューズが沈んでいく。ああ、せっかくソックス乾いてたのに…半べそをかきながら大原の集落へ下った。

【PM15:25 大原】

大原のファミリーマート店内に入ると中はお客さんで込み合っており、その中に存在感を消した山中選手を見かけた。外は暑かったのでツルっと入る蕎麦をセレクト、おかずに総菜コーナーのファミチキとフランクフルト、ドリンクにキレートレモンを購入した。

店内のイートインで食べようかと思ったが、駐車場の脇に綺麗な桜が咲いており、その下で片野、有吉選手、山中選手、少し遅れてきた大原選手で食事を取る。

その場に居合わせた上原・阿部カメラマンの話では、斉藤選手、前田選手、北野選手が先行、北野選手は500mlのビールを飲んで出発したとのこと、「やるな」。

今日もア〇ルの左右にいる彼らと一日付き合っていく中で「ナダル」と名付けて仲良くなった。昨日までは痛くて仕方なかったが、ガー○ーグー(擦れ・マメ予防軟膏)をナダルに付けてあげると大変喜び、それ以降あまり騒がしくなくなった。もちろん、ファミリーマートでトイレを借りた際にもガー○―グーを供給した。

各自準備を済ませ各々のタイミングでスタートしていく。ここからのロードは実際10㎞以上あったようだがそれほど長くは感じずジョグとパワーウォークで繋ぎ、滋賀県大津市へ突入。事前の調べだと比良山系の水場が見込めなかったので、道中に飲めそうな湧き水を見つけると止まっては飲みを繰り返した。

山の入口となる花折峠までに何度か給水し、稜線を目指して登っていく。登山道も登り一辺倒だがマイペースで進んだので苦は感じなかった。ただ、腹が立ったのは登りのルート上に湧き水が何度も登場したこと。タプンタプンの腹を抱えてゆっくり登って行った。

19時前、比良山系の一つ、権現山の頂上へ着く手前で後方からクマ鈴の音が聞こえる、大原選手が速いペースで登ってきた。薄暗く前のトレイルも不明瞭のため、ふたりで進めるのは心強い。権現山頂上からは夜の琵琶湖と大津の街灯が綺麗に見えた。この稜線はアルプスのような雰囲気を感じるとても良い場所で、日中に酒を担いで来てみたいと思った。

【PM21:00  びわ湖バレイ(打見山)】

20時半ごろ、冷え込んできた蓬莱山を越えその先のスキー場のスロープを下って行く。その先にあったバードキャッスルという施設の自動販売機で温かい微糖コーヒーを1本飲む、先のことも考えて同じのを更にもう1本飲んだ。大原選手も同じ考えだったが『つめたい』ボタンを押すという痛恨の一撃をかます。冷たくて飲みたくないらしく、フラスクに入れて担ぐことにしたようだった。

21時ごろ、登り返すとあっという間にびわ湖バレイに到着した。CP通過連絡を入れ、前を行く選手の動向を伺うと、「比良山系寒い」「なんで雨が!」「ほな!」とコメントしていたが、我々が通過当時は寒くもなく快適な気温だった。

道標を頼りに木戸峠、葛川峠と順番に北上して行くがトレイルが薄く、マーキングのテープもかなり小さく何度もルートから外れる。それでも上手く修正しながら進んでいたが、大会ルート上にない鳥谷山へ登頂してしまった時点でしっかりルートファインドできてないと判断し、どこかで仮眠をとったほうが良いと感じた。

深夜0時過ぎ、ダウン上下を着こむと気温も快適で、夜食のポテトチップスをポリポリしながら琵琶湖の夜景を眺めた。琵琶湖の写真と一緒にハッシュタグ#琵琶湖#KLTRでSNSに投稿し、仮眠をとることにする。

DAY 5(2019年5月3日)
びわ湖バレイ越え~高島トレイル三重嶽手前

【AM5:00〜PM12:00 八雲ヶ原・ 武奈ヶ岳 ・蛇谷ヶ峰】

3時半ごろ、朝食もそこそこに直ぐに行動を開始した。荒川峠、南比良峠、金糞峠と越え次第に空も白んできてヘッドライトは必要なくなった。

5時半ごろ八雲ヶ原周辺に到着すると『山と高原地図』には載っていない水場がそこら中にあり、水分をセーブしながら進んできたので拍子抜けしてしまった。

武奈ヶ岳から降りてくるハイカーさんと何度かすれ違う、きっと八雲ヶ原でキャンプをしている方達だろう。あっという間に武奈ヶ岳に到着。武奈ヶ岳から先のルートを見渡すと途方もなく長い稜線に見えたが、体調も良く、意外とあっさりと朽木の街が眼下に見えてきた。

武奈ヶ岳以降のルートから蛇谷ヶ峰まではひとりも登山者に会うことは無かった。それにしても、トレイルが薄い、倒木がルートを消している、更に水場がない。これを夜間にクリアするのはタフだろうな、と大原選手と話しながら進んだ。

11時ごろ、蛇谷ヶ峰からの下りで応援してくれた元気お父さんと写真を撮影した。撮った写真をわざわざSNSで送ってくださり、更に応援を頂いた。大原選手は脚が浮腫んできておりあまり調子が上がらないようだった。

暫くして公道に出たのでもうすぐ朽木のローソンに到着するだろう。事前の調べで『てんくうの湯』という温泉があるのを知っていたので大原選手に伝え、温泉施設内にあるレストランで昼食をとった後、温泉に入ることにした。

【PM13:24 朽木】

温泉施設のレストランは鯖が有名とのことで鯖寿司定食みたいなのを頼もうと思ったが、タンパク質補給をメインに考え、親子丼定食にした。こうなるとビールが飲みたいところだが必死に我慢。ふたりとも出された料理を美味しく頂き、温泉へ向かった。

『ソトアソ』以来、日中は暑い時間が多かったので石鹸で身体の汚れを落とすのが気持ちいい。バブルジェットが出ている風呂で身体のマッサージをして、湯船と水風呂を交互に繰り返して太腿とふくらはぎを手でマッサージした。

風呂から上がり、足にできたマメに新しい絆創膏を張って支度をする。ソックスは3枚持ってきていたので乾いたものをローテーションして履いた。上下の行動着は洗う暇がないので仕方がなくそのまま着用した。

外で支度していた大原選手と再スタート、のんびり歩いて朽木の市街地へ向かう。朽木は僕が想像していた集落のイメージとは違い、市街地に入ると車と人の量が増えていく。円井選手からの「ローソン横の蕎麦屋でカレーを食べた」とのメッセージを見て楽しみにしていたが、外までお客さんが並んでおりあっさり断念。13時半ごろ、2回目の昼食の買い出しへザックを放り大盛況のローソン店内へ入った。

店内はペットボトルなどの飲料水が殆どなくなるほど売れ行き絶好調のようで不安がよぎるが、幸い、弁当やおにぎり等は残っていた。円井選手のお陰でカレーの口になっていたので、チキンスパイシーカレーと総菜のLチキ、ケーキ、キレートレモンを購入してローソン脇で食べた。

食べながらこれからのルートを検討する。高島トレイルは水の補給ができないという情報、夜間に一気に抜けるのは難しいという情報、次の補給が国境高原スノーパークを過ぎるまで無いことから、万全のスタイルで臨むことにした。

2回目の昼食を終え、補給食と水分の購入のためローソン店内へ入る。自分でも多すぎるんじゃないか? というほどおにぎりとエナジーバー、お菓子セットを購入して店外に出たが、大原選手はそれ以上の爆買いをし、ザックに入りきっていない。どうやっても入りきらないので無理矢理3回目の昼食をしている姿を見て笑った。

【PM17:14 二ノ谷山】

14時半過ぎ、二ノ谷山へ向けて歩いた。背負った荷物は走るには重すぎる。無補給のあの選手はこれで走っていたんだなと去年のことを少し思い出した(編注:TJAR2018年大会の望月将悟選手のこと)。

大原選手が突然「途中で人目のつかない場所まで行ったら絆創膏を貼らせて」と言った。絆創膏なら路肩でも貼れるので疑問に思い問い返すと、お尻の擦れ対策をするというのだ…。しかもお尻の右でも左でもなく、ど真ん中ドストレートの場所にキャッチャーミット(絆創膏)を添えるというのだ。ま、まさか!

同じ悩みを抱えていた同志がこんな近くにいたなんて! 片野はナダルと上手く付き合うように気を使ってきたのに対し、大原選手はナダルと出会わないようにする事前処置をとっていた。うーんこれは参考になる。(ほんとか?)

公道をパワーウォークで進み二ノ谷山への登山道入り口で、北から南へ縦走中のお兄さんに会った。僕らがこれから進むルートを辿ってきていたというので、いろいろ情報を伺ってみると、大御影山以降は何度か水場があるらしい。「事前情報とちゃうやん!」とツッコんだが、心配事第1位だった水事情が解決されてホッとしつつ、でもローソンから担いできたこの水は何だったのだろうと悲しくなった。

お兄さんと記念写真を撮りお互いの旅の安全を祈ってお別れした。やっと人目のつかない場所まで入ってきた所で大原選手はナダル対策のキャッチャーミットを添えるため、さながらキャッチャーみたいな態勢になって処置した。こ、これは人目があると無理だな…。

17時過ぎ、二ノ谷山と水坂峠への分岐に到着。CPが二ノ谷山となっているので分岐でザックを下ろし二ノ谷山までピストンする。ザックを背負っていないと背中に羽が生えたかと思うくらい身体が軽い。「どんだけ背負ってるんだよ」と自分でツッコミながらCP通過の連絡をした。

18時ごろ、水坂峠へ下り、水場でガブガブ水を飲み、更にペットボトルを満タンにする。ピンクのテープマーカーを目印にトラバースする形で進んだが、地図通り北上していく感じがしない。もう一度地図を確認すると明らかに違った方向に進んでいた。

「でもそれらしい道無かったよな?」大原選手と話しながら戻り、もう一度登山口から辺りを見渡すがそれらしい道が見当たらない。たまらず携帯地図アプリを開くと、道は見えないがルートは倒木だらけの方向を指している。とてもルートとは思えないが倒木をよじ登っていくと奥に踏み跡が見つかった。これは夜間に通ったメンバーは苦労するだろうと思いながら、実行委員の意地の悪さを感じた。

【PM21:00〜AM0:00 武奈ヶ嶽 三重嶽手前】

19時前、少し進むと武奈ヶ嶽への登りが始まった。太陽はまだ沈みきっていなかったが、樹林帯のため光が届かず、且つ踏み跡が薄い。その上マーカーも途切れ途切れなのでルートファインディングに苦労する。ここから登って稜線に出てしまえば楽勝だと嵩を括っていたが大きな間違いだった。

事前に地図を確認していたが距離に対して等高線の狭さを軽視していた。武奈ヶ嶽の標高は800mちょいで大したことは無いと思っていたが、水坂峠が300mほどなので、500mを一気にアップするのだ。気を抜いて後傾姿勢になったら一気に転がり落ちる危険性すら感じるほどの激坂で、補給食をパンパンに詰め込んだザックの重さも相まって、いちばん危険な区間だと感じた。

21時前、武奈ヶ嶽の山頂着。次第に眠気も強くなってきた。びわ湖バレイから片野が先行して歩いていたが、ここでまだ眠気がないという大原選手に先行してもらう。必死についていくが眠気が強く、「自分のペースでゆっくり行く」と大原選手に伝えると、「一度仮眠をとろう。数10分も寝れば意外とスッキリするよ」と提案され、それに乗った。

40分ほど寝ただろうか、大原選手から声を掛けられて起きる。ウェアもそのままに早々に三重嶽に向けて行動を開始する。先行する大原選手から「どう?」と声を掛けられて「眠い」と答えた。

23時過ぎ、前を行く大原選手も暗闇のルートファインディングにかなり手こずっており、三重嶽までなかなか到着しない…。

DAY 6(2019年5月4日) 高島トレイル三重嶽手前~気比の松原海岸(ゴール)

【AM4:00〜AM7:00 三重嶽 大御影山】

何度かの仮眠を繰り返し、4時ごろ三重嶽へ到着した。メインのルートから外れたところにある「三重嶽」の標識までピストンして戻ってきた(でもここはCPではなかったと後から実行委員から聞いた)。

4時半ごろ、調子が戻った自分が先行し、大御影山への稜線ルートを気持ちよく北上していると東から朝日が昇ってきて高島トレイルの山容を綺麗に見せてくれた。写真を撮り「おはようございます」の一行とともにハッシュタグ#高島トレイル#朝日#KLTRでSNSに投稿した。

5時ごろ、大御影山を難無く越え、東へ北へとルートを辿っていく。温かい太陽の光が森全体に差し込んでいく。動きやすい格好に着替えるため一旦停止し、大原選手に先へ行ってもらう。そのついでに朝食におにぎりとカロリーメイトを食べた。

脚が軽いので小走りのつもりで動き始めたが意外と走れるのでその勢いで大原選手を追った。暫くして追いつき、それとほぼ同時に沢に出た。沢で水を汲み、おにぎりを食べながら大谷山へ向けて歩き出した。

先行する大原選手のペースがあまり上がっていない。僕に気を使ってくれているのだろうとペースアップを促すと、自身の脚の調子が良くないとのこと。逆に「調子が良いなら先に向かってはどうか」と提案された。せっかくここまで一緒に来たから…と悩んだが、最後まで走りきって終わろうと自分を震い立てた。

【PM12:30 国境高原スノーパーク】

7時ごろ、ゴールでの再会を誓い大原選手と別れた。身体の調子は良く平坦と下りは走り、小刻みなアップダウンであれば登りも勢いで駆け上がった。東に琵琶湖が綺麗に見える。今日も快晴だ。

あっという間に赤坂山へとりつき、ストックでグイグイと身体を持ち上げていく。山頂では前を行く選手からKLTRの情報を聞いた登山者の方々が応援してくれていた。ご挨拶をし、赤坂山を下って行く。小さなアップダウンはあるが走れる区間が多い。

すれ違う登山者から何度か写真を撮られながら、聞かずとも前の選手の情報が貰えた。同じビブスを着けた人と2名すれ違ったと聞いて、山中選手か有吉選手かなと思いながら走った。途中、小川で湧き水を汲み、カロリーメイトを流し込みながら先へ進む。

乗鞍岳の手前で建物と公道が見え視界が開けた。乗すぐに乗鞍岳へ取りつき、鉄製の階段を登る。

頂上を越えてすぐのルート上に同じビブスを着た選手が座って昼食をとっている。まさかの北野選手だ。どうやら太腿部の筋肉を傷めてしまったようで、思うように下れないらしい。本レース中にビールを飲んでいる同志として、ゴールの気比の松原での乾杯を誓い先へ進んだ。

乗鞍岳を越えると国境高原スノーパークまでのルートは下り一辺倒。このころ、前を行くメンバーよりも後にいる怪物、船橋選手の動向が気になっていた。毎度CP通過を確認していると船橋選手の追い上げが顕著だ。昨晩も後ろに3時間ほどのところまで来ていたので、三重嶽手前で寝ている間に追いつかれるのではないかと思っていた。ここまで来たら抜かれたくない! ロードでは追い上げられる可能性が高いので、トレイルの間は少しでも走ることを意識した。

12時半ごろ、長いスロープを下ると国境高原スノーパーク入口に到着した。と言っても、夏場はレストランは営業しておらず自動販売機もないようなので、CP通過連絡をさっさと済ませ、その場を後にした。

【PM14:00 敦賀疋田】

国境高原スノーパークから出て左に曲がり下り基調の国道161号線を北上していく。直ぐ左手に「ようこそ福井県」の大きな看板がありそこに「気比の松原まで18㎞」の案内も書かれていた。その看板を写真に撮り、高島トレイルの景色と一緒にSNSに投稿した。

途中、道路脇の湧き水を飲み進む。2日前ぐらいから足裏にでっかいタコができていて足が道路に着く度にダンゴムシの背中を踏みつけているような感触だった。今は更にタコが大きくなっているようで、ダイオウグソクムシに進化しているようだが脚自体は残っている。ランは問題なさそうだ。

14時過ぎ、国道8号線のローソンに到着して携帯電話を確認した。今回スタッフをしてくれた仙波さん(TJAR2016完走)から着信が入っていた。折り返し電話してみると「ゴールの気比の松原が15時で閉鎖する」「全員撤収する前に至急到着するように」とのこと。もちろん冗談なので「キロ2~3分で走るから問題ない」と返した。エナジー飲料を一気飲みし、皆が待つ気比の松原へ向かった。

【PM15:37 気比の松原】

14時半ごろ、国道8号線を北に走る。歩道はないが路肩の幅が広いので走りやすく、快適なラン。国道27号線との交差点を渡り、西へ走ると「気比の松原まで4㎞」の道標を通り過ぎた。スタッフ仙波さんに「あと4㎞」と携帯電話でメッセージを送る。15時過ぎ、身体も脚の調子も悪くない。なんだか余力が残ってしまったが、2018年の『TJAR』のようにヘロヘロでゴールするよりは気分がよさそうだ。

気比の松原への直線ルートに入り、遠くにハンディカメラで待ち構えた人が見えた。米田選手だ。夫婦で出場しており、今回は残念ながら途中リタイヤとなってしまったが、ゴールまで応援に来てくれていた。足裏のダイオウグソクムシについて熱弁しながら気比の松原の公園内へ入った。

海が見えたのとちょうど同じタイミングで実行委員長の新藤選手や同じく実行委員の村上選手が目に飛び込んできた。ふたりとひと言ふた言交えながら固い握手を交わした。

そのすぐ先、松の木々の向こうに『KLTR』のバナーで作ったゴールゲートが立っていた。『KLTR』のイメージカラーのエメラルドグリーンと後ろの海が同じ色でとても綺麗だ。

午後15:37、スタッフやプレス、選手たちに迎えられながら最後の砂浜を走り、ゴールゲートで軽くジャンプをしてバナーを掴んだ。スタッフ仙波さんの「片野選手、5日と15時間37分でゴールです!」の声で今回の旅が終わった。