雪山へようこそ
#2 湯浅 綾子

2023.11.17

雪の山は特別です。そこは日常とはまったくかけ離れた別世界。山はぐっと深く、美しくなり、神々しさを増します。ともあれ、厳しさや危険も増すのも事実なので、憧れや行きたい気持ちはあっても、二の足を踏んでいる人も多いのではないでしょうか。

そこで雪山へのハードルを少しでも下げようと、それぞれに雪山を楽しむ山と道のスタッフや関係者の方に雪山の魅力と楽しみ方を語ってもらうと共に、彼ら彼女らの雪山装備を紹介してもらうこの企画。ふたり目は、山歴12年にして3年前に雪山登山をはじめたばかりの湯浅綾子さんです。

軽さを重視したUL的雪山装備だった前回の代表・夏目に比べ、今回は安全対策や防寒対策も十分に考慮した「ザ・雪山」的な装備。特に初心者の方には大いに参考になると思います。

取材/文:中島英摩
写真:大竹ヒカル

「白銀の世界で迎える特別な朝」

わたしは山を初めて12年目です。夏は週末のたびに山へ通い詰めてきました。でも、雪山を始めたのはわずか3年前。それまでは冬になるとアルプスへも足が遠のき、低山で遊んでいました。

ずっと雪山に踏み込めずにいたいちばんの理由は「寒いのがイヤだったから」(笑)。笑っちゃいますよね。それから、ある程度の装備を揃えるには、最初にかなりお金がかかること。何から始めたらいいかわからないし、周りで雪山をやっている人もいなかった。だから、積極的に雪のあるところに行こうとしませんでした。

そんなわたしの雪山との出会いは、ある晴れた冬の休日でした。浅間山が冠雪によって粉砂糖をふりかけたケーキのように見える、通称「ガトーショコラ」を間近で見てみたい! と友人と盛り上がりました。本格的な装備は持ってなかったけれど、軽アイゼンやトレイルランニング用のスノーシューは持っていて、インターネットで直近の山行記録を調べたら、その年は雪が少なくて軽アイゼンでも行けると知り、さっそく計画を立てました。

しかもその週末は連休で、3日間とも晴天予報。思い切って、1日目に蓼科山、2日目に黒斑山・前掛山(浅間山)、3日目に北八ヶ岳という日帰り3日間を敢行しました。どの山も美しく、最終日の北八ヶ岳(高見石〜雨池)でついに思いが最高潮に。雪の上に腰掛けて、友人とのんびりお茶をしながら雪山っていいねなんて話しているうちに「ちょっとやりたいかも……やってみるか!」と興味が沸き始めたんです。

厳冬期の鳳凰三山、観音岳付近にて。

でもそのとき既に雪山シーズン終盤でした。今シーズンは、あんまり行けないかもしれない。でも、やりたい! と思ったらもうあとは勢いです。「道具がないことには始まらない」と思い、とりあえず厳冬期用の登山靴、クランポン、アイスアックスを揃えました。

はじめての本格的な雪山は、日帰りの木曽駒ヶ岳。ロープウェイで千畳敷まで上がると、今まで麓から見上げることしかできなかった雪を纏ったアルプスが目の前にあり、その景色はとても印象的でした。冬靴にクランポンを着けた足はめちゃくちゃ重いし、アックスを片手に歩くのはなんだか慣れなくて歩きづらい。なにもかもが夏とは違っていました。

すごく天気の良い日で、迫力ある雪山の景色は「わたしはここに本当にいるんだろうか」という不思議な感覚さえありました。1年目に行けたのは、そのたった1回だったけど、そこからはあっという間に火がつきました。

仙丈ヶ岳にて、淡藤色に染まった雲と春らしい空が綺麗な朝

翌シーズンには「厳冬期装備」と言われるものはほぼ全て揃えて、アルプスや八ヶ岳の3,000m峰に出かけました。今ではバリエーションルートのほうが多いほどです。もちろん、冬のバリエーションルートはリスクが高いので必ず友人と行くようにしています。

雪山には虫もいないし、人だってほとんどいない。静かな山で夜を過ごして朝を迎えるのが好きなんです。暗いうちからテントを出て、山頂付近で朝陽を迎えると、真っ白な山肌が赤く染まる。

今年1月に訪れた塩見岳のご来光は言葉で言い表せないほど素晴らしかったですね。冬の澄んだ空気のお陰で南アルプス北部から南部までの大パノラマを堪能できて、それはもうたっぷりの達成感を味わいました。

寒いのはやっぱり苦手だからなんとかしたいのだけど、それを耐えた先に、冬にしか見られない特別なご褒美があると思っています。

湯浅綾子さんの雪山装備

この装備で行く雪山:塩見岳
ベースウェイト*: 10.85kg

*食料・水・燃料など消耗品を除いた装備の重量

南アルプスの塩見岳1泊2日を想定して装備を用意しました。厳冬期の塩見岳へのアクセスは、鳥倉林道の長いアプローチを歩く必要があります。時間があれば、三伏峠にテントを張り烏帽子岳ピストンしたいので、幕営地に着いたら素早く張れるように設営が簡単なテントを選びました。

行動時は比較的薄着で、風が強くなければアウターシェルを着ずに歩くこともあります。今回は長く体力の要るルートなので、オーバーヒートや汗冷えにも気を遣う必要があります。末端冷え性なので、保温着は手足を温めることに重点を置いています。

ビーコンやプロープを雪山登山で持たない人も多いと思うのですが、まだ雪山経験は少ないもののバリエーションルートが好きなわたしは、誰にどんなところに誘われてもいつでも行けるようにと道具を備えています。

①シェル:ティートンブロス/ウィメンズTBジャケット
「バックカントリースポーツ用のジャケットですが、雪山ではほとんどこれを着ています。胸ポケットにはコンパスを入れています」
②パンツ:モンチュラ/マッチカバーパンツ
「両サイドのジッパーをフルオープンにすればブーツやアイゼンを履いたままでも着脱できます。風の吹く寒い稜線では履いていますが、行動時は下に穿いているファイントラックのスカイトレイルパンツのみで、オーバーパンツは履いていないことも多いです」

①バッグパック:オガワンド/ゴラオン
「友人が同じオガワンドのオウンを使っているのを見て使いやすそうだなぁと思ったのがきっかけで、雪山を始める時に新しく買い足しました。冬は装備が多いので、大きいサイズのゴラオンにしました」
②サコッシュ:ワンダーラストエクイップメント/カンパラパックミニ
「行動食やリップクリーム、日焼け止めなど頻繁に使うものを入れています」
③ゴーグル:モンベル/グラスイン アルパインゴーグル HD
「安価ながら、視界が広く、どんな天候でも見やすいレンズです」
④サングラス:ドントパニック/BP-01 サングラス(偏光調光)
「偏光と調光の両方の機能が付いていて、軽くて掛け心地も良好です」
⑤アイスアックス:グリベル/エアーテックエヴォリューションT
「雪山を始める時、友人から薦められるがままに買った最初のアックス」
⑥トレッキングポール:ヘリテイジ/ULトレイルポール
「雪山以外でも使用している軽量ポールにスノーバスケットを付けて使っています。袋はブラックダイヤモンドのポールを購入した時の付属品を使用」
⑦ビーコン:マムート/バリーボックス
「雪山を始めるなら『三種の神器(雪崩対策セットのビーコン、スコップ、プローブ)』は揃えるべき、そしてどんな雪山にも行けるようにと思い購入しました」
⑧プローブ:アルバ/ゾンデ スキートリップ240
「買い替えるからと友人が譲ってくれたもの。少し短いですが保険として持っています」
⑨スリングとオープンカラビナ
「三種の神器と共に、エマージェンシーギアとして持っています」
⑩チェーンスパイク:モンベル/チェーンスパイク
「アプローチの林道を歩く際に使っています。アイゼンでは歩きにくく疲れるし、ブーツだけでは凍っている路面で滑る可能性もあります」
⑪クランポンケース
⑫クランポン:グリベル/エアーテック・オーマチックSP

「ワンタッチクランポンの付くブーツを買ったので、最初からワンタッチを購入しました。グローブを外すこともなく手早く装着できて気に入ってます。テープはブーツに合わせてカットしています」
⑬ブーツ:スカルパ/モンブランプロGTX
「友人に薦められて買った1足目のブーツ。軽くて動きやすいですね」

①アルミロールマット
「フレームレスのバックパック(オガワンド/ゴラオン)のフレーム代わりにしているのですが、いざという時にはマットとしても使えます」
②エアマット:サーマレスト/ネオエアXサーモNXT
「軽量なのにR値が高いことに惹かれて購入しました(R値7.3)。クローズドセルとアルミロールマットの組み合わせも試したけれど寒くて無理でした。これにしてからは快適に過ごしています」
③スリーピングバッグ:ニーモ/カユ15W’s
「体のラインに沿ったシェイプが包まれるようで暖かく、女性用なので余分な長さもありません。撥水ダウンなので結露対策も安心です」
④テント:ヘリテイジ/クロスオーバードーム
「軽量なシングルウォールですが、幕営地に到着したら素早く設営できるためこれを選んでいます。厳冬期のペグはMSRのサイクロンステイクを使用しています」
⑤タイベック製ピクニックシート:
「幕営時にバックパックから道具を出す際、雪が付いて濡れたり凍ったりするのを防ぐためのシートです」
⑥グラウンドシート:タイベックシート
「テントの生地が薄いため、グランドシート代わりにしています」
⑦ショベル:ブラックダイヤモンド/トランスファーLTショベル
「わずか405gの超軽量タイプで、柄の部分は2段階に伸縮します。また、柄を外すことができるためパッキングしやすいところもポイントです」

①スタッフサック
「クッカーやOD缶などをこの袋にまとめています」
②ストーブ&クッカー:MSR/リアクターストーブシステム1.0L
「着火時にMSRのロゴが浮き上がる格好良さに惚れて……。購入した理由はそれくらいなんですが、寒冷地での湯沸かしに活躍してくれます」
③カップ:ウィルドゥ/フォールダーカップビッグ
「カップにもうつわにもなるように、今回の装備では大きいサイズを選びました」
④保温ボトル:スターバックス/ハンディステンレスボトルボトル500ml
「スターバックスの保温ボトルは行動中に飲む温かいお湯やドリンク用です」
⑤保温ボトル:サーモス/ステンレスボトルFFX-751(0.75L)
「保温力の高い『山専ボトル』には自宅で熱湯を入れていき、幕営地ですぐに食事ができるようにしています。煮炊きも楽々」
⑥OD缶:プリムス/IP-250Tハイパワーガス(小)
「冬用のガス缶を持っていきます」
⑦箸
「パッキングしやすいジョイントタイプのシンプルな木製箸です」
⑧スプーン
「スナフキンの小さなスプーンがコンパクトでちょうどいいサイズなんです」
⑨ライター
⑩スタッフサック&エマージェンシーキット
「ハイパーライトマウンテンギアのDFC製ポーチ、PODS 9Lにウェットティッシュや雪集め用のビニール袋など小物を入れています。⑮のファーストエイドキットもこの中に入れています」
⑪ランタン:キャリー・ザ・サン/ソーラーランタン
「ソーラーで充電できて軽量。ヘッドライトの電池を消耗しないためにも山で泊まる時のマストアイテムです」
⑫GPS:IBUKI GPS
「単独行で山に行くことも多いので、家族の見守り用として1年中携行しています」
⑬ココヘリ発信機
「登山時に携行する発信機、ココヘリ。もしもの時にヘリが居場所を素早く見つけてくれるサービス」
⑭ヘッドライト:ペツル/スイフト RL
「とにかく軽くて小さい!」
⑮ファーストエイドキット
「野外災害救急法のカリキュラム『WAFA』でアドバンスレベルを受講済。ファーストエイドキットにはあらゆる救急セットが入っています」

①スタッフサック:アウトドアリサーチ/パックアウトグラフィック ドライバッグ 8L
「絶対に濡らしたくない予備のウエアや保温着を収納しています」
②オーバーグローブ(予備):ノースフェイス/マウンテンシェルグローブ
「グローブが風で飛ばされたり濡れたりしたら致命的。替えは必須です」
③保温グローブ(予備):ラックナーヴォーレ/ラックナーグラブ
「②と重ねて使用するための予備グローブです」
④インナーグローブ:バートン/タッチスクリーングローブライナー
「ウール製の薄手グローブで、幕営地で過ごす時に使っています」
⑤保温着:アークテリクス/プロトンFLフーディ
「幕営地ではアウターシェル含めて持っているものを全部着込むので、化繊のダウンでもそれほど寒さは感じずに過ごすことができます」
⑥行動着・保温着:山と道/Alpha Vest
「幕営地に着いたらベースレイヤーの上にすぐ重ねます。朝、体温が上がるまでの行動時も着ています」
⑦靴下(予備):アイスブレーカー/マウンテン ミッドカーフ W
「行動時も予備も厚手のウールソックスです。予備は必ず1セット持っていきます」
⑧ダウンパンツ:NANGA x さかいや/コンパクトUDDパンツ30
「軽くて暖かく、安価で使えるアイテムです」
⑨ダウンシューズ+カイロ:マジックマウンテン/エレファントット
「フリマアプリで中古を購入。末端冷え性が悩みで、足先がとにかく冷たくなりやすいのでカイロを入れて温かさをブーストしています」

①行動着(下):ファイントラック/スカイトレイルパンツ
「寒くなければオーバーパンツを履かずにタイツにこのパンツのみで登ります」
②ネックウォーマー:ワークマン/フリースネックウォーマー
「なんと199円! フリースのネックウォーマーですが、『首』を温めればそのほかは多少薄くても温かさをキープできます。暑い時は外して熱を逃がして、オーバーヒートを防いでいます」
③ニットキャップ:山と道/Merino Knit Cap
「冬はいつもこれをかぶっています! 耳が寒いので行動時もずっと着用しています」
④グローブ:ブラックダイヤモンド/ソロイストフィンガーグローブ 
「ゴツく見えますが、指が動かしやすく操作性が良いところが気に入っています。指先の冷え防止でトリガーフィンガーを使っています」
⑤インナーグローブ:ファイントラック/ドライレイヤーインナーグローブ
「これ1枚でも意外と温かい不思議なグローブ。蒸れを防ぐために④に重ねています」
⑥腹巻き:アクシーズクイン/ナツノハラマキ
「サイドファスナーで着脱が楽! 前面はウール、後面は撥水メッシュの組み合わせで、季節問わず1年中愛用しています」
⑦バラクラバ:モンベル/ ジオラインL.W.バラクラバ
「基本的にはネックウォーマーをしていることが多いため、バラクラバは悪天候時の予備です」
⑧ファーストレイヤー:オンヨネ/ブレステックPPノースリーブ
「撥水加工ではなく、糸そのものに疎水性があり、水を含まない繊維でできているウエア。冬山の天敵、汗冷えを防ぐために着用しています」
⑨ベースレイヤー:山と道/DF Mesh Merino Long Sleeve
「適度に体温を保ってくれるので、風がない樹林帯ならシェルを脱いでこれ1枚で歩くこともあります。すごく温かい!」
⑩タイツ:ファイントラック/ドライレイヤーウォームタイツ
「脚の寒さを感じるタイプなので、保温用アンダーとして行動着の下に履いています」

湯浅綾子さん推薦!
雪山初心者おすすめルート

①ルート名:日帰り黒斑山(群馬・長野)
行程:車山峠〜トーミの頭〜黒斑山〜車山峠
初心者レベル:★
「危険箇所も少なく、ハイカーが多いのでトレースもしっかりついていて歩きやすいです。樹林帯を抜けトーミの頭に出ると、まるで粉砂糖をかけたガトーショコラのような浅間山が目の前に現れます。初めて雪山を歩くのにオススメのコースです。」

②ルート名:日帰り木曽駒ヶ岳(長野県)
行程:千畳敷〜木曽駒ヶ岳〜千畳敷
初心者レベル:★★
「ロープウェイを使えば日帰りで行ける3,000m峰。千畳敷カール内は雪崩に注意が必要ですが、稜線に上がれば天気のいい日は360度の大展望! 雪をまとった山々を眺めながら絶景ハイキングを楽しめます。」

③ルート名:北八ヶ岳1泊2日(長野県) 
行程:
1日目 北八ヶ岳ロープウェイ〜麦草峠〜丸山〜高見石小屋
2日目 高見石小屋〜中山峠〜天狗岳〜黒百合ヒュッテ〜渋の湯

初心者レベル:★★★
「ロープウェイで一気に2,200mまで上がれてしまうので登りで苦労することもなく、冬期営業小屋も多いので安心感があります。展望は少なめですが、雪化粧をした北八ヶ岳の森を楽しめます。公共交通機関の特権、ワンウェイで色んな景色を楽しめる点でオススメです。」

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