人・山・道 ULを感じる生き方

#2 コウ・ノリ(サンシャインジュース)

コールドプレスジュースのパイオニアが削ぎ落としてきたもの
取材/文:渡邊卓郎
写真:三田正明
2024.05.29
人・山・道 ULを感じる生き方

#2 コウ・ノリ(サンシャインジュース)

コールドプレスジュースのパイオニアが削ぎ落としてきたもの
取材/文:渡邊卓郎
写真:三田正明
2024.05.29

山と道というこの奇妙な山道具メーカーの特徴のひとつは、「アウトドア」の文脈だけには収まりきらない、実に様々なバックグラウンドを持つ人々との関わりがあることかもしれない。

この『人・山・道 -ULを感じる生き方-』では、そんな山と道の様々な活動を通じて繋がっている大切な友人たちを訪ね、彼らのライフや思考をきいていく。一見、多種多様な彼らに共通点があるとするならば、自ら背負うものを決め、自分の道を歩くその生き方に、ULハイキングのエッセンスやフィーリングを感じること。

#2となる今回のゲストは、日本におけるコールドプレスジュースのパイオニアであるサンシャインジュース代表のコウ・ノリ。一度は大きく広がったビジネスを縮小し、よりダイレクトにジュースの素材となる野菜や果物、その大元である大地や自然と繋がっていこうとする彼が、さらにそぎ落とした先に目指すものとは。

1杯のジュースにやられちゃいました

慣れた手つきでジュースを搾っていくコウさん。作るジュースは素材の味と栄養がダイレクトに感じられる一度飲んだら忘れられない味だ。

日本におけるコールドプレスジュースのパイオニア的存在であるサンシャインジュース。山と道京都でのポップアップイベントや、山と道材木座と山と道京都で取り扱っている「自然レメディ」などの存在で、サンシャインジュースと代表のコウ・ノリさんを知った方も多いのではないだろうか。また、コウさんは山と道の製品ページでモデルも務めている。

「コールドプレスジュースとの最初の出会いは2012年のニューヨークです。当時の僕は台湾で暮らしていたんですけど、よくランニングのレースにも出ていて、食生活は完全なビーガンでした。そんな時、友人から噂を聞いていて興味があったコールドプレスジュースをマンハッタンで飲む機会があったんですけど、その体験がとにかく強烈だった。ジュースが体に作用する感覚がものすごくて、1杯のジュースに完全にやられちゃいましたね。」

コールドプレスジュースとは、よく混同されるスムージーのようにミキサーの刃を高速回転させて作る方法ではなく、素材に熱を加えず生のまま圧力をかけて水分を搾り出す「コールドプレス」という製法で作られるジュースのこと。素材に含まれる水分のみで作るため、野菜や果物が持つ「生きた力」を効率よく体に摂り入れることができるのだ。コウさんは、今では広く認知されてきたコールドプレスジュースの日本初となる専門店を2014年にスタートさせた。

東京都恵比寿にあるサンシャインジュースの実店舗は月火木金日 11:00~18:00/水土 12:00~17:00で営業中。(写真提供:サンシャインジュース)

「コールドプレスジュースを最初に飲んだときに『バチッ!』っと、自分にすごくハマったんです。『この感覚最高!』っていうやつ。その感覚を薄めずに伝えられるフォーマットがどうやったらできるのかをずっと模索しています。それはジュースそのもののことでもあるし、物事の考え方についても言えることだと思っています。超ウルトラニッチなジュースを今の所の表現手段として選んでしまったんですが(笑)、ジュースの持つ力、そして僕自身が初めて飲んだ時の衝撃的な感覚を伝えるために、シンプルなことの大切さをどれだけ多くの人の感覚に訴えられるかに挑戦し続けているんだと思います。」

東京・恵比寿の1号店から始まったサンシャインジュース。当時、日本ではほとんど知られていなかったコールドプレスジュースはすぐに人気となり、ブームとなった。その先駆けだったサンシャインジュースとコウさんは、気付いてみると、望む望まないに関わらずブームのフロントラインに立っていたというわけだ。そんな時にビジネスをスケールアップする機会があり店舗は増え、一時は6店舗にまで拡大した。だが、拡大を続ける中で、コウさんは本来自分が望んでいた形とのギャップも感じたという。その違和感をクリアにするため、ルーツに立ち返るような方向に軌道修正することを決意。一度は規模拡大したビジネスを縮小化していった。

全国各地でのポップアップではエネルギーに満ちた素材を使ってその場でジュースを搾る。撮影を行ったコウさんの友人、リーさんが運営する神奈川県葉山町にある「Bassed Farm」(@bassed_farm)で採れた新鮮な野菜とフルーツ。

「店舗を減らしていく期間には大変なことが色々とありましたが、2022年にはまた恵比寿の店だけになりました。元に戻ることで、やれることは少なくなるかもしれないけど、いちばん最初からやりたくてやっていることを、よりシャープに表現できるようにしようと思ったんです。身軽になったことでやるべきことも選べるようになったし、同時に、やらないことも選べるようになりましたね。言うなれば振り出しに戻ってはいるんですけど、ただ振り出しに戻っているわけじゃなくて、サンシャインジュースとしての濃度は濃くなって、奥行きがだいぶ深くなっていると思っています。」

一度規模を拡大したビジネスを縮小していく作業には多くの困難があったと想像できるが、コウさんが本来伝えたかったことをまっすぐに伝えるためには、原点に立ち返るために手放し、身軽になっていく作業が必要だった。

より身軽な体制になってからは各地でのポップアップイベントなどによって、ジュースの魅力をダイレクトに多くの人とシェアできる時間を持てるようになった。

すると、さまざまな土地で人と触れ合いながらジュースを搾ることが増えたことで、次なる展開となる移動式店舗のアイデアが生まれた。それが世界初の試みとなる、移動式のオフグリッドでコールドプレスジュースとローフードの製造と提供が可能なコンセプトショップ、サンシャインジュース・ウィールズだ。

サンシャインジュース・ウィールズはジュースマシン、ブレンダー、ディハイドレーターを搭載し、最高品質のコールドプレスジュースをはじめ、スムージーやローフードまで製造可能。それら全ての設備の電源はソーラーパネルで発電し、さらに軽油ガソリンだけでなく、廃油で移動をすることもできるオフグリッドな移動ショップ。

「植物は70%ぐらいが水分で、その水分を形成するのは環境そのものですよね。雨、太陽、土、その全ての力を得て植物は元気に生きていくんです。その土地のエネルギーを吸い上げながら、彼らの体の中に溜め込んでいるもの、それがコールドプレスジュースなんですよ。僕が言っているジュースはそういうこと。そう考えると、その植物たちがいる環境に自分が近づいていくべきだと思いました。ジュースを飲むっていう行為を通してその土地にある季節を感じたり、土地のエネルギーを感じたり、『ワーッ!』っていう細胞が喜ぶ感覚を得るとかね。ジュースにはその土地の情報が全部入っているから、できるだけダイレクトに、シャープに伝えたいんです。それがもしかすると『おいしい』っていうことなんじゃないかと思っています。『おいしい』を考えた時に、味覚は人それぞれ絶対に違うと思うんですけど、『僕が言っている“おいしい“はこの“おいしい“です』っていうことを伝えたかったんです。」

そのためには、こちらから植物たちが最もエネルギーが高い、生きている状態の場所まで近づきたい。そして、その移動もできればクリーンにしたい。その思いが結実したのがサンシャインジュース・ウィールズなのだという。

「それはもちろん地球環境に対しての意識もあるのですが、自分は声を大にして『植物、植物!』って言っているのに、植物が育つ環境を壊しながら移動するのはどうなんだろう? と思って。僕自身ができるだけクリーンに動いて、よい環境で育ったピュアなエネルギーを提供したい。ジュースを飲んで『おいしい! 元気! 最高!』ってなる人が増えて、そうなればその先に環境問題も大事なんだってところにも考えがいくじゃないですか。廃油で動いたり、ソーラーでエネルギーを得たり、ジュースを搾った残渣で植物の育つ土を作る、それらの行為によってこちらがいい状態になっていれば、繋がった人たちもスパイラルして伝わっていくんじゃないかと思うんです。」

Bassed Farmで採れた野菜をすぐにジュースにしてリーさんにふるまう。Bassed Farmではサンシャインジュース・ウィールズの燃料である廃油を集める廃油ステーション設置プロジェクトが進行中だという。

整理される感覚がいいですね

自分自身を常にいい状態にしておく。そんなコウさんの思考や行動は日々の食、そして瞑想とランニングが支えている。

「ジュースが今のところ究極ではあるんですけど、普段から素材そのもののエネルギーが高いものを食べることはすごく大事ですね。あとは走ること、そして瞑想すること。ランニングは体に酸素をしっかり取り入れて、体を巡らせるためのスイッチになるという点もあります。アクティブメンテナンスみたいなことで、強制的に1回新たなフレッシュネスを入れていくっていう感じです。ランニングを瞑想的に捉えたりしていた時期もあったんですけど、今はランニングと瞑想は分かれています。」

コウさんは心身の健康をとても大切にしている。そして、健康であることで様々な良い広がりが生まれることを信じている。

「健康であることって、とても大切だと思うんです。自分自身が健康だと、友達や周りの人も健康になる。健康ってどんどんインフルエンスしていくものだと思うんですよ。それはフィジカルな健康にもメンタルの健康にも言えて、さらにはスピリチュアル的な部分も含めて、自分がいい状態でいることができると、周りの人に対してもよく接することができて、どんどん繋がっていくことができる。その先にあることって、もう世界平和しかありません。ランニングも瞑想も、自分にとってはそれだけ単体で見たら走って気持ちいいとか、瞑想をして落ち着くという要素もあるけど、やっぱり大切なのは、どうやって自分自身のよい状態をつくるか、それをどうやって人に伝えてシェアしていけるかだと思うんです。だから、わかりやすくてシンプルなジュースを通してもそれを形にしたいですね。」

「もっと軽く、本当にやりたいことにフォーカスできる形にしたいですね」とコウさん。

瞑想もランニングも自分自身のよい状態をつくるための行為であり、身体も思考もシャープにしていくことは、本当に大切なものを見極めていくことにつながるのだろう。そこには山と道が大切にするULの思想との共通点を見ることができる。

「イベントなどを通して山と道が表現しようとしていることを近くで見たり、(山と道代表の)夏目さんと話をすることですごく刺激を受けています。夏目さんと初めて会ったのは2020年頃だと思います。その頃ちょうど100マイルレースを走ったりしていたこともあって、物理的にギアが軽いことで得られることは何となくわかっていたんですけど、もっと思想的な意味合いがあるっていうところを感じたり、見たり聞いたりできたことが大きかった。山と道のプロダクトを使わせてもらうようになると、本当に荷物が減るんです。旅も多くて移動が多い中で、今まで2枚持っていたウェアが1枚になったり、目に見えて荷物が減りましたね。その『整理される感覚』がすごくよくて。今まで無駄なものをいっぱい持っていたことを実感させてもらっています。それを山を歩かない旅でも感じることができるんです。」

手放し、本質を見極めていく行為はコウさんの中でもとても重要なことなのだろう。ビジネスにおいても一度は大きくしたが、多くのものを手放し、小さくしたことで見えてきたものがある。傍目には極限までシンプルになっているように感じられるコウさんの現在だが、どうやらまだまだそぎ落とし、手放すことを止めないようだ。

「暮らしも思考も、もっともっとシャープにいたいですね。もっと軽く、本当に必要なもの、本当にやりたいことにフォーカスできる形にしたい。今のサンシャインジュースには、もっとそぎ落とせるところがたくさんあると感じます。それを今、関わってくれている人たちと共に見極めながら新しい形も模索してみたいと思います。とはいえ、それを実行するのは結構ドキドキするし、本当にこれ落としちゃっていいのか? みたいな感情もありますけどね。でも、それは本当は必要がないということを自分自身はもうわかっているんです。」

地面に近づいてダイレクトに食べる「地球食い」(!)。 「これが最高にうまいんです!」とコウさん。

コウ・ノリの大切にしているモノとコト

モノ
「一番大切にしているのは愛です。やっぱり愛しかないなと。常に愛のある気持ちでいたいですね。余裕がないと愛が生まれませんし、愛を持って何事に対してもピュアに見ていたいなと思っています。愛の伝染で世界平和ですよ!」

コト
「続けることはすごく大切。続けられなかったこともたくさんあるんですけどね。やっぱり続けることっていうのは、すごいことですよね。僕の場合だとジュース通して感じた衝撃や感動を、どんな形に変わっても続けていきたいですね。」

コウ・ノリ
コウ・ノリ

「サンシャインジュース」代表。アメリカ、日本、台湾での生活を経て、2014年、東京・恵比寿に日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」をオープン。「生きた自然のエネルギーを味わってほしい」と100%自然由来・植物由来にこだわり、全国の生産者から直接仕入れる野菜で作ったジュースを販売する。2022年8月にはオフグリッド車での移動式コンセプトショップ「SUNSHINE JUICE WHEELS」もスタート。#stayjuicyを合言葉に、各地で自然環境・エネルギー・食・農・健康など幅広い分野の情報を発信する。

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