The Greatest Trail of All Time ~PCTの渡り鳥~

#6 己を超えて、シエラの終わりへ

山と道京都スタッフ「大ちゃん」のPCTスルーハイク記
文/写真:伊東大輔
2024.07.31
The Greatest Trail of All Time ~PCTの渡り鳥~

#6 己を超えて、シエラの終わりへ

山と道京都スタッフ「大ちゃん」のPCTスルーハイク記
文/写真:伊東大輔
2024.07.31

メキシコ国境からカナダ国境まで、アメリカ西海岸の山々や砂漠を越え4,265kmに渡って伸びるパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)。「トリプルクラウン」と呼ばれるアメリカ3大トレイルのひとつであり、さらにウルトラライト・ハイキングそのものも、そこを歩くハイカーの中から生まれてきた正にULの故郷とも言えるトレイルです。

そんな「ロングトレイルの中のロングトレイル」PCTを、山と道京都スタッフ、伊東大輔が2022年にスルーハイクした模様を綴る全10回の連載の#6。夜の50マイルチャレンジを共に乗り越えたストレッチと、久々の再会を果たした伊東。新たなバディとしてまた一緒に旅をすることになった彼から、とある提案を受けます。ですが、いよいよ1,000マイルに迫るなかで、ついに体力の限界が訪れ…。

【これまでの連載】

さよなら大好きなバディ

ミューアパスで再会したストレッチがぼくたち4人と一緒に旅をするようになり3日が経ち、約500kmにおよぶシエラセクションも折り返し地点を過ぎた。とは言ってもPCT全体でみると、1/3も歩き切っていない。全然進んでないと捉えるか、まだまだたくさん歩けると捉えるかで、だいぶ心の持ちようも変わりそうだ。

湖のほとりに位置するトレイルタウン、バーミリオン・バレー・リゾート(以下、VVR)に辿り着いたぼくは、これまでの旅に名残惜しさを感じながらも、新たな一歩を踏み出そうとしていた。

「あんまり早く歩くんじゃねえぞ。追いつけなくなっちまう。」

どこか腹をくくったような表情で言葉を振り絞ったターザンと、唇を噛みしめて彼を真っ直ぐ見つめるぼくは、これまでの旅を締めるようにがっちりハグをした。パピーが一緒に歩くようになり、落ちたペースに合わせるのはどうしても気が乗らず、ぼくは彼らと別れて歩くことを決意した。

おそらくターザンとはもう会えないだろう。

実は、ターザンはPCTのオレゴンとワシントンのセクションを昨年歩いており、金銭的な理由もあってシエラセクションを歩き終えた後、トレイルから離れる予定なのだ。つまり彼の旅は残り250kmほど、10日ほどで終わりを迎える。

ターザンもぼくと過ごす最後の時間だと分かっているのだろう。

これまで旅を共にしてきた、ターザン(右)とウォーターボーイ(中)とぼく。

彼と出会ったのはかれこれ1ヶ月以上前。

どんな時も他人に流されず、自分の道をじっくりと歩く彼に、ぼくはいつしか憧れを抱いていた。彼の大きな背中は、周りの行動を気にして、自分のあり方に迷ってばかりいたぼくの道標となってくれた。彼と旅を共にできたからこそ、ぼくは今「自分」をもって旅をしていられている。

「あんなハイカーかっこいいよな。一緒に歩けたら最高なんだろうな。」

テレビの向こう側にいるかのような憧れの存在だったのだが、いつの日か彼の姿が隣にあり、夢のように楽しい毎日があっという間に過ぎ去り、そして終わりを迎えた。

別れを惜しむ気持ちが胸を締めつけ、彼の方へ振り返りたくもなるが、「自分は自分」。それはターザンが教えてくれたこと。自分の心の声にちゃんと耳をかたむけ、わがままに旅をすればいいと思う。誰に頼まれたわけでもない、自分の旅なのだから。

これまでのような「またね」ではなく、「さようなら」の言葉を添えてのお別れ。

ありがとうターザン。君に出会えてほんとうに幸せだったよ。

フォルダを見返すとターザンをモデルにした写真が多い。それだけ大好きなハイカーだった。

15 Days Hiking

VVRでバディのターザンとウォーターボーイ、パピーと別れた後、ぼくはストレッチと旅を共にすることになった。

彼とは1日に歩く距離や行程の組み方、ハイキングの考え方がすごく似ているので、無理をせずに自分らしく旅ができる。そう考えていたのはストレッチも同じだったようで、「ゴート(ぼくのトレイルネーム)とのハイキングはプレッシャーがなくて好きだよ」と言い、再会すべくして再会したと思わざるを得なかった。

そんな彼からVVRで、ある打診があった。

「1週間後に270km先のエベッツパスに行かなくちゃならないから、VVRではゼロデイ(トレイルを歩かない休息日)を取れないんだよ。ゴートと一緒に歩きたいんだけど…。もしよかったらぼくのプランに乗らないかい?」

「だいたい1日40kmか〜。なかなかハードな行程だな。まぁ、やるだけやってみるよ。」

彼は1週間後に、エベッツパスで父親と会う約束をしているそうだ。シエラで1日40kmというのはかなりタフなプランに思えたが、せっかく再会した息の合うハイカーが「一緒に歩きたい」と言ってくれているのを無下にはできない。それにここからのエリアは街に接続する道路も比較的多いので、ついていけなくなればひとりで街に下りればいい。

もともとのターザンたちとの計画は、ビショップからVVRの240kmを8日間で歩き終えた後、食料補給&ゼロデイを取り、ふたたび次の街へ繋ぐというもの。しかし、VVRからはターザンたちと別れて、ストレッチと歩くことになったので、ゼロデイを取ることなく7日間の追加のハイキングをすることになった。つまりは休日返上で15日間連続で行動する、なかなかのブラックハイキングとなる。

地図を確認すると、270kmを歩き切ってしまえば、あれだけ遠い存在に感じていたシエラセクションも終わりを迎えてしまう。少し寂しさを感じながらも、カナダの国境へと確実に近づいていることに、心の中で小さくガッツポーズを決めた。

900マイルを越えて、いよいよ4桁が近づいてきた。

絶景続きの場所で、めずらしく写真をおねだりしてきたストレッチ。

折れた心と別れの決意

シエラも中央部に差し掛かり、強烈なアップダウンと息を切らせる希薄な空気には慣れてきたが、休み無しに毎日歩き続けることが、想像以上に疲労を蓄積させている。ぼくの心と体は、午前中で動きたくなくなるほどに悲鳴をあげていた。

VVRを出発して3日目の夜、テント場についたぼくとストレッチは地図を広げて作戦会議を始めた。

「残り4日で150kmか。なんとか歩けそうだな〜」

「でも最終日はなるべく早く街に着いてゆっくりしたいな。夕方にモーテルにチェックインするとなんだか損した気分にならない?」

「言えてるな〜」

「よし! じゃあ最終日は早朝に15kmだけ歩いて、昼前の到着を目指そうよ!」

「おっけ〜」
 
半分夢の中のぼくは、ストレッチが立てた予定をなんのフィルターも通さずに耳に入れ、すぐさま自分のテントに倒れ込んだ。街まであと4日…。シャワーにベッド、ジャンクフードのご褒美がぼくを待っている。今夜は夢にフカフカのベッドと、肉汁たっぷりのハンバーガーが出てきそうだ。

「ん?……ちょっと待てよ?」

いまにも眠りに落ちそうなぼくはハッと目を見開いた。

「最終日に15kmしか歩かないってことは、残りの3日で135km歩くってことだよな? それって1日45kmも歩くってこと⁉︎」

これまで11日間歩き続けた、振り絞る力も残らない体で、シエラを1日45km歩くイメージなんて全く湧かなかった。

まぁ無理そうならストレッチに先に行ってもらおう。ぼくは誰とも会う約束をしていないから、いつ街に降りても問題ないし…。なるようになるだろう。

シエラのフライフィッシャー。やってみたかったな。

かの有名なヨセミテ国立公園の……名称は覚えていないが巨大な岩壁だ。(※エル・キャピタン)

「ゴート、そろそろ起きな〜」

翌朝、ずっしりとのしかかる疲労のせいか、自分のアラームで起きることができず、テントの外から投げかけられたストレッチの声で目が覚めた。目をつむったままムクッと起き上がり、頭の回転が追いついてくるのをしばらく待ち、テントの外で荷造りをするストレッチに声をかけた。

「……おはようストレッチ。疲れていて全然起きれなかったよ。出発するまでだいぶ時間がかかりそうだから先に行ってて。」

「まだ目も開いてないもんな。了解。今日は25km先の湖でランチにしようぜ。」

彼とは歩くペースがさほど変わらないので、昼には湖のほとりか、眺めのいい場所でランチを一緒にとることが多い。彼に手を振ったぼくは結露で濡れてしまった寝袋を朝日に当て、温かいコーヒーをすすった。

湖のほとりで昼食をとるストレッチ。

この日は所々に苔が茂っている湿気じみた、まるで日本の樹林帯のような急登のトレイルが続き、見慣れた景色に少し退屈していた。自分とバックパック、そして心の重さがずっしりと脚にのしかかり、もう昼を迎えようというのに、まだ10kmほどしか歩いていない。

「この辺は景色もよくないしテンションが上がらないな。そもそもこんな行程、最初から無理に決まってるわ。」

じわじわと限界へ追い込まれる体に、ぼくの弱い心が丸裸となり、自然と歩けない言い訳を探してしまっていた。

「もう嫌だ! 面白くない! 歩きたくない!」

結局、ストレッチとの約束のランチにも辿りつけず、これ以上一緒に行動していてもお互いの旅が摩擦し合うだけだと考えたぼくは、別れて行動しようと彼に提案することを決めた。

まったく伝わらないと思うが、ぼくが苦しめられた日本の低山のようなトレイル。

「おーゴート! やっときたか。」
 
午後6時頃、トレイルの側にある湖の畔から聞き慣れた声が聞こえてきた。ストレッチはぼくを待つためにここで早めの夕食をとっていたようだ。彼を見つけるなり、ぼくはじっくり考えてきたセリフを、ぶつけるように彼に伝えた。

「なぁストレッチ。もう体力の限界で君のペースに合わせられないから、ぼくに構わず先に行ってくれ。またいつか追いつくからさ。」

ハイカーは自立した存在であるべきで、無理して他人に合わせることはしなくていいと思っている。これまでの旅で散々悩んで見つけた答えであるし、ここで彼と別れることは仕方ないと考えていた。

しかし、彼からは思いもよらぬ返事が返ってきた。

「いや、それはないな。ゴートが疲れているなら今日は早めに休もう。」

彼はそう言うが、それは目先の問題から目を背けているだけで、根本的には何も解決していない。予定よりも早く切り上げたところで、すぐに体力が回復するとは思えないし、それに明日以降に歩く距離が後回しになるだけだ。

「予定が遅れていけば街で父親と過ごせる時間が減るだけだろ? ぼくは自分でどうにかするから先に行ってくれよ!」

食いかかるようにしっかりと意見を仲間にぶつけたのは、この旅で初めてではないだろうか。それほどぼくの意思は固かったのだが、なぜだか彼は首を縦に振ってくれなかった。

「ん〜。とりあえずゴートを置いていく気はないから。そんな大きな問題じゃないよ。急がないから行ける所まで行こう。」

正直、先に行ってくれた方が気が楽だ。ストレッチはなぜそこまで一緒に歩くことにこだわっているのだろう。その理由は見当もつかなかったが…。ただただ嬉しかった。そこまで言われて一緒に行かないとは言えないだろう。彼の言葉と表情、そしてぼくを想ってくれる気持ちは、倒れ込んでいたぼくの弱い心を叩き起こした。

結局、彼の言葉に甘えてこの日は40kmを少し越えた場所でキャンプをすることにした。エベッツパスまでは残り100kmほど。なんとか彼の期待に応えたいと思うぼくは、絶対に最後まで歩き切ると自分の心と指切りをした。もしこれを狙っての言葉だったとしたら、彼は相当な策士だな。

シエラは本当に水が綺麗だ。

ついに辿り着いた1,000マイルだが、それどころではない。

千鳥足とバディとの約束

翌日、ぼくは森の奥から聞こえてくる賑やかな音楽と騒ぎ声にセンサーを反応させ、かすかな期待を抱いていた。スマホを取り出し地図アプリを確認すると、この先にはソノラパスの登山口があるようだ。早くこの目で答え合わせをしたいぼくは、吸い込まれるようにそちらの方へと向かった。

「やあ、お疲れさま。なんでも揃ってるから好きなものを食べるんだな!」

そこには20人を越えるハイカーが、ずらっと並べられたアウトドアチェアに腰をかけ、見てるだけでヨダレが出そうなほどの食事を頬張っていた。トレイルマジックだ(トレイルエンジェルがトレイル上でPCTハイカーに無償で食事やドリンクを提供してくれること)。

トレイルエンジェルがホットドッグにピザ、ドーナツやスナック、さらにはビールを大量に用意して、飢えたハイカーたちを迎え入れてくれていた。

「ホットドッグを焼いているんだけど、食べ…。」

「いただきます!!」

「あはは、どうやら君は1本では足りなさそうだな。2本焼いてやるから少し待ってな。そこにビールもあるから好きなだけ飲むといい。」

腹ペコのぼくは飢えた魚のように、食い気味でその言葉に飛びついた。喉がつっかえるほど勢いよく食事を頬張り、この雰囲気に気を良くしたぼくは、グビグビと音を立ててビールを体に流し込んだ。

ボロ雑巾のようなぼくの前に、タイミングを見計らったように現れた彼らは、まさしく「エンジェル」。食事とビール、温かい心遣いに、お腹と同時にスカスカだった心を満たし、いつしか下を向き続けていたぼくは、歩く自信を取り戻していた。

15日間歩き続けることも、心と体が限界を迎えることも、ベストタイミングでトレイルエンジェルに出会うことも。すべてが神様の脚本通りに感じられ、その先には当然のように明るい未来が描かれていた。

しかし、その物語はまだクライマックスへは向かってはいなかった。

これだけ大規模なトレイルマジックは後にも先にもなかった。

エンジェルの愛がこめられた手料理は疲弊した体に染み渡る。

「もっとゆっくりしていたいけど、そろそろ行かなくちゃ。」

エンジェルたちにありったけの感謝の言葉を伝え、ぼくは羽を生やしたように足取り軽くトレイルへと戻った。

しかし、ほんの1kmほど歩いたところで思いもよらない異変が起きた。まったく斜度も障害物もない、真っ平らなトレイルで、スリップして尻もちをついてしまった。なんとか立ち上がったのだが、ふらふらと足元がおぼつかず、再びトレイルの脇に倒れ込んだ。

そうだ。大切なことを忘れていた。さも酒豪かのように勢いよく酒を平げたが、ぼくはアルコールに弱いんだった。トレイルマジックのお祭りのような雰囲気にのまれて、調子に乗ってしまった。それにここまでに蓄積された経験のない疲労も原因のひとつだろう。

「汗をかいてアルコールを飛ばそう。」

そんな間抜けな方法しか思いつかず、なんとか前へ進もうとするが、10歩も歩けずに気分が悪くなってしまった。

なす術なく、真っ青な顔をしてしばらくトレイル脇で天を仰いでいると、先ほどのトレイルマジックで再会した友人のハイカー、ギャビンの声が、遠のく意識の奥から聞こえてきた。

「ゴートじゃないか。さっき休んでたばかりなのに、こんなところでなにしてるんだ?」
 
「あぁ、ギャビンか。実はさ…。酔っ払って動けないんだよ。」

起き上がる元気もないぼくは、目を閉じ、寝転んだままで彼の問いかけに答えた。

「ギャハハ! まじかよゴート、お前最高だよ!!」

ギャビンは笑いを堪えることができず、今まで見せたこともないほどの笑顔でぼくにスマートフォンを向け、カシャカシャと写真を撮っている。まぁそりゃ変だよな。トレイルで酔っ払って動けなくなっているハイカーなんてぼくも見たことがないよ。

「なぁギャビン。ひとつお願いがあるんだ。」

「なんだい? 水でも欲しいのか?」

「違うんだ。この先にストレッチが歩いているから伝言をお願いしたいんだ。『いまぼくは酔っ払っていて歩けない。でも必ず今日中に君に追いつくから。絶対にだ』と。」

相棒との誓いを果たすべく…とカッコよく言いたいところだが、そんな立派なものではなく、ただの酔っ払いの戯言だ。追いつく自信がどこから出てきたか不思議でならない。もしかしたら約束を守りたい自分に、言い聞かせた言葉だったのかもしれない。

時刻は14時を回っており、今日の目的地までは残り25km。焦る気持ちとは裏腹に何もできない無力なぼくは、真っ青な空を見上げて目を閉じることしかできなかった。

よく考えるとこんな綺麗な場所で昼寝できるなんて贅沢だ。

草木を揺らす風の音で、ぼくは心地の良い眠りから目を覚ました。

スマホを確認すると、どうやら1時間ほど眠っていたようだ。おそるおそる立ち上がってみると、好調とは言い難い状態ではあったがなんとか歩けそうだった。ここから目的地のテント場までは25km。頭を動かしている暇なんてないぼくは、すぐにバックパックを担ぎ込んだ。今日は絶対に歩き切ってやると、ストレッチと自分に誓ったじゃないか。ぼくを信じてくれている彼を何度も裏切るわけにはいかないだろう。彼の想いに応えようとするぼくの体は、まるで誰かの体に憑依しているかのように軽く、信じられないほど脚は前へと進んでいった。アップダウンや岩で歩きにくい道も続き、決して容易いトレイルではないのだが、そんなのに一喜一憂していられない。ぼくに許された唯一の行動は前へ進むことだけだ。

「ぼくが今日中に追いつくなんて、信じられないだろうから、きっとストレッチは驚くだろうな。」

そんな彼の驚く顔を思い浮かべると、ニヤニヤしてしまうよ。きっと喜んでくれるだろうな。昨晩受け取ったストレッチの想いを握りしめ、立ち止まることのないほど、ぼくは夢中でトレイルを歩き続けた。

まだ残雪のある北シエラのトレイル。

21時を過ぎた頃、ヘッドライトを照らしながら真っ暗なトレイルを歩いていると、暗闇の先にストレッチのテントを見つけ、ぼくはホッと胸を撫で下ろした。彼を驚かせようと、サプライズの仕掛け人かのように、ぼくはストレッチのテントを覗きこんだ。

「おーゴート。やっときたか〜!」

「お待たせ。なんとかここまで歩いてこれたよ!」

「ギャビンから聞いたぜ。酔って動けなかったんだってな。」

彼の表情はぼくが辿り着いたことに、なんの驚きもしなかったように見える。むしろ「来て当たり前だろ? 約束したもんな!」と言い出しそうな落ち着いた表情をしていた。

あの時間から追いつくことは容易くなく、現実的でないことも彼は分かっていたはず。それにも関わらず、ぼくの伝言を少しも疑わずにいてくれた。彼がぼくを信じ抜いてくれていたことが、何よりも嬉しいご褒美だった。

ぼくを信じてくれてありがとう、ストレッチ。

絶景としか表現のしようがない。

2日後の昼頃、無事にエベッツパスに辿り着いたぼくたちは、ストレッチの父親の運転でマークリービルの街へと向かった。コテージを予約していたそうで、「ゴートも一緒にどうだい?」とお誘いを受けたが、流石に久しぶりの親子の時間を邪魔する訳にはいかず、ひとりでモーテルに泊まることにした。

数日前、ストレッチからこんな質問をされたことをふと思い出した。

「ゴートは辛い時、自分で自分を奮い立たせるタイプか、人から元気をもらうか、どっちのタイプ?」

そんなこと深く考えたことがなかったぼくは、「場合によるかな」となんとも当たり障りのない回答をしていたが、こんなにも早く答え合わせをする時がくるなんて思ってもいなかった。

PCTの旅は難関のシエラを越え、いよいよ折り返しを迎えようとしている。次のセクションの北カリフォルニアは、どんな旅をぼくに用意してくれているのだろうか。

久しぶりの人間界ではピザをいただいた。

YouTube

伊東とスタッフJKが旅の模様をYouTubeでも振り返りました。

伊東大輔

伊東大輔

山と道京都スタッフ。 もともと海外に憧れを持っており、旅中の出会いにより海外のアウトドア文化に傾倒。カナダへのカヌーツーリングやアラスカでのトレッキングを経験する。もっと長い旅を求めて2022年に北米のロングトレイル、パシフィック・クレスト・トレイル(PCT)、2023年にコンチネンタル・ディバイド・トレイル(CDT)、スペインのカミーノ巡礼を旅する。旅で出会ったULやハイキングカルチャーを多くの人と共感したいと考え、山と道へ入社。「自分らしい旅」を求めてこれからも様々なスタイルの旅を模索していこうと目論んでいる。

連載「The Greatest Trail of All Time ~PCTの渡り鳥~」