山と道というこの奇妙な山道具メーカーの特徴のひとつは、アウトドアの文脈だけには収まりきらない、実に様々なバックグラウンドを持つ人々との関わりがあることかもしれない。
この『人・山・道 -ULを感じる生き方-』では、そんな山と道の様々な活動を通じて繋がっている大切な友人たちを訪ね、彼らのライフや思考をきいていく。一見、多種多様な彼らに共通点があるとするならば、自ら背負うものを決め、自分の道を歩くその生き方に、ULハイキングのエッセンスやフィーリングを感じること。
#6となる今回は、ニセコでロースタリーカフェ『SPROUT』と複合施設『Camp&Go』を運営しつつ、山と道HLCの北海道アンバサダーを務める(2025年度をもって卒業予定)峠ヶ孝高。ニセコのローカルコミュニティの中心的人物としても存在感を放つ彼の、自然と向き合い、好きを追求し、得意なことをつないでいく生き方とは。
自然と暮らしをコーヒーでつなぐ

北海道のニセコエリア。ウインターシーズンのインバウンドにまつわる話題がニュースで取り上げられることが多く、冬のイメージを持つ人も多いかもしれないが、名峰・羊蹄山とニセコ連峰に囲まれ、尻別川をはじめとした素晴らしい川が流れる、豊かな自然に恵まれた土地には一年を通して多くの人が引き寄せられている。この地の自然と人をつなぎ、人同士の交流を育む場所である、倶知安町にあるロースタリーカフェ『SPROUT』、そしてSPROUTを含むショップやギャラリーなど6つのサイトからなる複合施設『Camp&Go』を主宰するのが峠ヶ孝高さんだ。
HLC北海道のアンバサダーとして山と道にも関係が深い峠ヶさんがSPROUTをオープンしたのは2009年。倶知安の町の中心に位置するSPROUTは「自然と暮らしをコーヒーでつなぐ」ことをコンセプトにして、世界中から集まるスペシャルティ・コーヒーを通じて、人やモノ・コトをつなげ、集う人たちが持ち寄るニセコエリア中の情報が集まる場所だ。そして、2019年にはCamp&Goをスタートさせた。
「ニセコエリアは、自然の魅力に惹かれて多くの人が訪れます。この地に訪れる人は最初はゲストなのですが、迎え入れられた瞬間に次の人を迎えるホストになる場所でもあるのです」と峠ヶさんは語る。

SPROUTのオープンは朝8時。開店時から多くの人が行き来する。特にウインターシーズンは国際色も豊かだ。
“CAMP4”での答え合わせ
峠ヶさんがそう考えるようになった大きなきっかけとなったのは、アメリカ・ヨセミテ国立公園での経験だった。
SPROUTをオープンすると間もなく、コーヒー好きだけでなく、スキーやアウトドアが好きな人など、ニセコという土地柄ゆえの自然と関わる多様な人々が集まるようになった。峠ヶさんが創業時から望んだ通りにSPROUTは、おいしいコーヒーを味わうだけでなく、コミュニティの場として成長していったのだ。
やがて、隣にあった老朽化した建物を取り壊した跡地が空き地となり、その場所を活用して何かをしようと思案していたという。
そんな時に、毎年4人のスキー仲間とともに行っていた2泊3日のスキーによる山旅に出かけた。「細板・革靴」と峠ヶさんが表現する、クラシカルなヒールフリーの細いスキー板と革のブーツという装備で、温泉と温泉をつなぐようにしてある「ニセコオートルート」という全長40kmのニセコ縦走のスキーツアーコースをテント泊で辿るというものだった。

2015年から行っている「ニセコオートルート」では、メンバー全員が「細板・革靴」のクラシックな装備で取り組む。(写真提供:峠ヶ孝高)
その旅の途中、雪で作った円卓を囲んで食事をしている時、峠ヶさんはふと「自分たちが得意なことで、来てくれた人たちに何かできる場所を作りたいんだよね」と話した。すると、その場にいた仲間のひとりが「それって『キャンプ4』みたいだね」と口にしたのだ。
「キャンプ4」。アメリカ・カリフォルニア州のヨセミテ国立公園にある、クライマーたちの聖地と呼ばれるキャンプ場である。雑誌や写真集で目にしていたその場所に峠ヶさんは興味を抱き、仲間たちに「これは行くしかないんじゃない?」と背中を押され、その2ヶ月後には実際に訪れることに。1週間滞在することになった。
初めて訪れたキャンプ4の雰囲気は、峠ヶさんをすぐに魅了した。ひとりで訪れた峠ヶさんを、すでに滞在していたクライマーやハイカーたちが温かく迎えてくれたのだ。
「コロラドから来ていたクライマーの3人と、ハイカーのカップルの2組がいて。僕をすごく歓迎してくれたんです。ご飯に誘ってくれ、デザートまで振る舞ってくれて。片付けを手伝おうとしたら、『いいよいいよ、今日はゲストだから。座って座って』って。で、『明日からはもうキャンプ4の仲間だからね』って言われたのですが、その言葉がすごく心に残ったんです」
翌日からはあたりまえのように「今日はどこ行くの?」と声をかけられ、自分たちの行き先を教え合うような関係が自然と生まれた。1週間の滞在の後、先に来ていた彼らが去る際には「今度はヨシが新しく来る人を歓迎してあげるんだよ」と言葉をかけてくれたという。その経験がCamp&Goの構想に深く結びついていく。
「訪れた人を自分の得意なことで歓迎し、歓迎された人がまた次の人を迎える。そんな連鎖が続けば、とても面白い場所になるのではないか」その考えがCamp&Goの原型となった。キャンプ4を訪れることで、自分の中に芽生えていたイメージの答え合わせができたのだ。そこで体験したもてなしの連鎖。それは、峠ヶさんが思い描いていた場所の理想郷と重なった。ヨセミテを訪れたことで自分の考えに確信を持ち、構想を現実化に向けて進め、2019年12月にはCamp&Goをスタートさせた。

SPROUT(青い建物)のすぐ隣に立つCamp&Go。Camp&Goにはアウトドアショップ、自然食品店、ギャラリースペースの他、この春からは民泊施設もオープンした。
倶知安という街
SPROUTをオープンしたのは2010年。それから現在までは、ウィンターシーズンのインバウンド関連の話題や海外資本のコンドミニアムの乱立、拡大するリゾート開発などの報道で知る人も多いと思うが、この15年でニセコエリアを取り巻く環境は大きく変わったという。
ニセコエリアの中でも、特にヒラフは近年、海外からの富裕層が多く訪れる観光地として知られるようになった。しかし、倶知安駅の周辺は、そこに暮らす人々の生活が息づく場所だ。
「倶知安はリゾート滞在ではなく実際に暮らしている人が多く、自然と暮らしとの距離感がとても近いので、冬はスキーやスノーボード、夏は山や川など自然の中で遊び、仕事や趣味の境目がなくリアルに暮らしを楽しんでいる人が多くいる街です」
SPROUTとCamp&Goは、そんな倶知安の魅力を体現する場所と言えるだろう。日常的に自然と関わる人たちの表現の場であり、訪れた人と暮らしている人とが交われるような存在になっている。

倶知安の駅前にあるSPROUTとCamp&Go。2004年にニセコに移住した峠ヶさんは、ここからニセコエリアの変化を見続けてきた。
テレマークスキーとULハイキング
峠ヶさんのライフスタイルを語る上で欠かせないのが、テレマークスキーの存在だ。
「スキーやスノーボードなど雪の上を滑る道具がたくさんある中で、僕がテレマークスキーを選ぶのは『踏ん張らない』というのが理由のひとつです」
アルペンスキーのように、ブーツ全体をスキー板に固定するのではなく、つま先だけを固定し、かかとを浮かせて滑るテレマークスキー。「アルペンスキーは強いので、かなりハードな斜面でも踏ん張って滑れてしまいます。でも、僕のイメージですが、テレマークスキーや細板&革靴は、力を逃して対応していかないといけないんです。それはULハイキングの考えともリンクしています。楽をするというのではなく、力を入れて突破するのではなく、考えて工夫して状況に合わせて対応していくことが魅力であり、テレマークスキーの楽しさなんです」
UL的な思考は、峠ヶさんの生き方にも深く根付いている。
「暮らしも同じです。その時その時の状況に合わせる。楽をして避けたり逃げたりするのでもなく、試行錯誤してその時のベストを選ぶというところがULに共感するところですね」
峠ヶさんにとって多くの学びをもたらしてくれる存在としてスキーがある。雪深く、冬が長いニセコエリアでの暮らしにおいて、スキーは単なる娯楽ではない。「ひとつは暮らしに楽しみを与えてくれるものですね」とスキーの存在について語る峠ヶさん。
雪の多い地域に暮らしている人にとって、雪の存在は負の要素が多いのも確かだ。除雪や屋根の雪下ろしなど大変な作業が多くある。その大変さを180度変えてくれるのがスキーの存在であり、朝の大変な除雪の後の最高のご褒美でもあるのだそうだ。厳しい自然環境と向き合う日々の暮らしの中で、スキーは喜びを与えてくれる特別な存在なのだろう。
「もうひとつ、スキーは自然と対話ができる道具のひとつです」と峠ヶさん。
「斜面に身を預け、地球の重力に逆らわずに山を滑り降りていくことで、山の地形や天候、雪質など、その時その場所の状況を体で感じることができます。それと同時に自分の今の心や体の状態を感じることができる存在なんです」
パウダースノーを巻き上げ、太陽の光を浴びながら山を滑り降りる感覚は、何物にも代えがたい魅力があるという。
「あの自然に包まれた感覚は、一度味わってしまうと抜け出せない魅力がありますね」

写真:Masahiro Kanakusa
ニセコエリアでのライフを記録する『LOGBOOK』
Camp&Goのスタートとともに始めたものに、『LOGBOOK』という冊子の制作がある。
「カヤックをやっていた時にログブックっていう航海誌でログ(記録)を残していたんです。そこには今日の水量がどれくらいかとかが記されています。そのログブックにように、この土地での記録を残したいっていう思いがあって、ニセコエリアの真狩村に暮らしていてテレマークスキーの仲間である豊嶋秀樹(山と道HLCプロジェクトディレクター)さんにも相談して、仲間たちと一緒に作ることにしたんです」
記録として残し、続けることが重要になるログブック。その『LOGBOOK』はグリーンシーズンとホワイトシーズンの年に2回のペースで制作している。ニセコエリアに暮らすイラストレーターやフォトグラファーなどのクリエイターたちとアイデアを出し合い、作り続けているのだ。
「創刊から5年を経て『LOGBOOK』も今はだんだん熟してきましたが、僕たちがずっと大切にしていることに『本気で遊ぼう』っていうことがあります。『遊び』を『遊び』として本気で取り組もうと。鬼ごっことか、そういう遊びって、誰かがちょっと冷めたり拗ねちゃったりすると面白くなくなることがあるけど、みんなが本気でやるっていうのが大事なんです」
コーヒーとクリーンカップ

焙煎は峠ヶさんの様々な仕事の中でも最も重要な部分だ。「焙煎は自然環境に自分を合わせていくという点でスキーやカヤックとリンクします」という峠ヶさんならではの感覚で、コーヒー豆のおいしさが引き立てられていく。
「自然と暮らしをコーヒーでつなぐ」というコンセプトを持つロースタリーカフェSPROUTの中心、そして焙煎士である峠ヶさんのライフスタイルの中心にあるのがコーヒーであることは間違いない。焙煎士として日々コーヒー豆に向き合う峠ヶさん。コーヒーの焙煎にもスキーと共通する哲学があるそうだ。
「自然(コーヒー豆や気温や湿度などの環境)と対話すること。自然に対して自分が合わせていくことは、焙煎もスキーも同じなんです。焙煎をやればやるほど、そのふたつは共通するなと感じています」
そして、焙煎において最も大切にしているのは、「クリーンカップ」という意識だ。
「『クリーンカップ』とは簡単に言ってしまうと『雑味がない』ということですが、雑味を出さないためには、栽培から収穫、生産処理、輸送、保管と、これまでの工程のすべてにおいてていねいにされている必要があります」
生産者が丹精込めて育てたコーヒー豆の個性を最大限に引き出すこと。それが峠ヶさんの役割だ。
「僕がやることは、これまでコーヒーに関わっているみなさんがていねいに扱ってきたコーヒーの味を、そのまま引き立たせることです」
コーヒーを媒介とした人と人とのつながりを大切にしている峠ヶさんは、昨年からコーヒー農園を実際に訪れるようになった。訪れたのはグアテマラとコスタリカ。農園の人たちとコミュニケーションを取ることで、コーヒーへの愛と理解が一層深まったという。
「おいしいコーヒーを提供して終わりにするのではなく、コーヒーに関わっている人たちのストーリーを伝え、コーヒーを飲む人たちのストーリーも生産者をはじめ、関わっている人たちに伝えて返していくことにしっかり取り組んでいきたいです」




2024年に訪れたグアテマラとコスタリカのコーヒー農園への旅では、多くの生産者や彼らのストーリーに触れることができた。(写真提供:峠ヶ孝高)
そんな峠ヶさんの哲学に、「さんかくらいふ」という考え方がある。生産者・提供者・消費者という三者の間をコーヒーが行き来し、そこにストーリーが加わることで、関係がより深まり、循環していくイメージだ。
「コーヒー豆の生産地って、暖かい土地が多いから、倶知安というこんな寒い雪国で彼らが育てたコーヒーが飲まれている写真を見せるだけで驚かれるんです。コーヒーがすごいところは、コーヒー飲むことで人生が変わっちゃったみたいな人がいっぱいいるんですよ。僕自身もコーヒーを通していろんな人と知り合ったことによってすごく世界が広がりましたし、コーヒーによって人生が豊かになったっていう人がいっぱいいるから、そういう人のストーリーを、生産者の人たちにも伝えたいんです」
今年の3月に訪れたグアテマラには、日本の染物職人がコーヒーで染めたバッグや布を持参した。コーヒーを飲んで終わりということではなく、コーヒーを使って新たなものとなる、循環を体現しているようなプロダクトを介して峠ヶさんの想いを伝えると、グアテマラの農園の人たちはとても喜んでいたそうだ。
いつか、倶知安の雪の季節に中南米などのコーヒー産地の人たちが遊びに来られるよう準備をしているそうだ。そうして「さんかく」がつながり、想いが連鎖し、循環していくことを夢見ている。
SPROUTとCamp&Goがつくる循環

SPROUTとCamp&Goには「ここに行けば何か楽しいことに出会えそうだ」というワクワクする雰囲気が充ちている。
SPROUTとCamp&Goは、ゲストとして訪れる人が次にホストとなり、それぞれの「得意とすること」を持ち寄り、分かち合うことで、新たなつながりが生まれる場所だ。「集まる人の得意とすることで他の誰かに喜んでもらうということを大切にしています」と峠ヶさん。
ヨセミテのキャンプ4で得た経験がベースになり、峠ヶさんのもてなしの心が、訪れる人々の心を豊かにし、その心は、また次のもてなしへとつながっていく。
「SPROUTは15年、Camp&Goは5年。それが積み重なって、今ではたくさんの人がここでホストとして、訪れる人を迎え入れているということがすごく楽しいです」と峠ヶさん。
峠ヶさんが話す「自分の得意とすること」とは、「自分をよく知ること」なのだと感じた。好きを突き詰めて、自分の得意とすることを知るために自分をよく知ることは、自分の内面と本質をしっかりと見定めるという行為とも言える。好きを突き詰めて進み続ける峠ヶさんが育む循環は、これからも多くの人々を惹きつけ、新たな物語を紡いでいくことだろう。