福島から青森まで4県29市町村を結び、1,000kmを超えて伸びる「みちのく潮風トレイル(略称:MCT)」。2019年の全線開通から徐々に認知も広がり、現在では名実共に国内ロングトレイルの代表格としてその文化を育んできました。
山と道京都で働く伊東大輔も、その魅力に深く魅せられたひとり。2024年に実際に歩いた経験から、MCTの魅力と概要、様々なTIPSや役立ち情報、おすすめのセクションやモデルルートまでを、ここに海外トレイルの経験も豊富な伊東らしい視点でまとめました。
この道を歩き出す仲間の一歩を後押ししたい———そんな思いを込めた、ハイカーによる、ハイカーのためのハンドブック。どうぞあなたの旅の助けになりますように!
風をなぞるように空を羽ばたくウミネコに誘われ、僕は旅の終着点にたどり着いた。
ジリジリと肌を焼かれたひと月前の旅の始まりと比べると、肌を纏う空気が凛と冷たく、秋の訪れを感じさせる。夏と秋に架かる橋をゆっくりと渡り終え、過ぎた季節を遠目で懐かしんでいた。
これまでも季節を跨ぐような長い旅路を歩いてきたが、そのどれとも違う感覚が僕の中に湧き出てきた。「歩き切った」みたいな、はっきりとしたゴールテープを切った達成感はなく、日常がそっと終わっていくような、でもこの先も続いていきそうな、そんな不思議な余韻が静かに残っている。東北の景色や地元の人たちとの毎日の触れ合いは、すっかり僕の日常になっていたのかもしれない。
いつも右側で僕を見守ってくれていた、どこまでも広がる青い海と再会の約束をして、この地で刻んだ思い出を心の引き出しにそっとしまった。

波によって削られた荒々しい海岸は、一体どれだけの年月をかけて今の景色を形成したのだろうか(石巻市・雄勝海岸)

三陸海岸はウミネコの繁殖地であり、彼らが旅を見守ってくれる(宮古市・浄土ヶ浜)

ジブリ映画に出てきそうな海へと続くノスタルジーな風景(大船渡市・下船渡)

一筋の光も差し込まない手掘りトンネルは、僕たちの冒険心を駆り立てる(田野畑村・北山浜)

里と里とを繋ぐ峠の道は、その地に重ねてきた歴史の奥行きを想像させる(釜石市・箱崎半島)
はじめに
みなさんは「みちのく潮風トレイル(略称:MCT)」をご存じですか? 青森県八戸市から福島県相馬市までの東北太平洋岸を繋ぐ、全長1,000kmを超える長距離自然歩道(ロングトレイル)で、私自身も2024年9月7日から10月10日にかけて全線を歩きました。
私はこれまで海外のロングトレイルを中心に旅をしてきましたが、その経験に負けないほどの魅力がみちのく潮風トレイルの随所に散りばめられていました。母国を旅する誇りや、東北という場所を知ること、地元の方が与えてくれる愛、そしてシンプルな毎日に感じる確かな豊かさ。多くのハイカーに母国に根付いたロングトレイルを自分の目で見て、肌で感じてきてほしいと願っています。
とはいえ、見知らぬ場所を旅することは、誰しも少なからず不安はあるはず。この「MCTハイカーズハンドブック」は、その魅力だけではなく、ハイカーによる、ハイカーのための情報をまとめました。

旅の始まり、そして終わりでもある青森県八戸市の蕪島。南北端には立派なモニュメントが設置されている。

宮城県名取市にあるみちのく潮風トレイル名取トレイルセンター。情報収集はもちろん、ロングトレイルにまつわる書籍や宿泊できるキャンプ場も併設するので、立ち寄ってみると面白いだろう。
みちのく潮風トレイルとは?

概要
北端の青森県八戸市蕪島から南端の福島県相馬市松川浦までの沿岸地域に伸びる、青森、岩手、宮城、福島の4県29市町村を結ぶロングトレイル。
距離
全長1,059km
累積標高
約38,000m
最高標高地点
標高740m(階上岳/青森県階上町)
みちのく潮風トレイルの成り立ち
みちのく潮風トレイルは、2011年3月11日に発生した東日本大震災からの復興を後押しするために、東北の未来を支える取り組みのひとつとして生まれたロングトレイルです。環境省のグリーン復興プロジェクトの一環として策定され、青森・岩手・宮城・福島の4県、沿線の自治体、民間団体、そして地域に暮らす人々が手を取り合い、一歩ずつ整備を進めてきました。2013年からセクションごとに開通を重ね、2019年に全線開通、みちのく潮風トレイルは日本を代表するロングトレイルとして歩み始めました。
このトレイルは観光やレジャーのためだけに整備されたものではありません。歩き旅を通してハイカーが地域を訪れ、自然や文化を感じ、そしてその場所で生活を営む人々と出会う。その偶然の出会いがもたらす人と人との交流が、復興を支えていく力になる――そんな期待が込められているそうです。「みちのく潮風トレイル憲章」は、この道を未来へと繋ぐため、そして時間や距離を超えて、関わる人々に理念や思いを共有することを目的に策定されています。

澄んだ海の景色はみちのく潮風トレイルのハイライトと言える(山田町・船越半島)

砂浜にたたずむウミネコたち(石巻市雄勝町・荒浜海水浴場)

トレイルは大小様々な港町を訪れる(気仙沼市・気仙沼漁港)

生活に根付いた海にまつわる風景も、訪れる人にとっては魅力のひとつ(普代村・大田名部漁港)
ロングトレイルと長距離自然歩道
近年、「ロングトレイル」という言葉が広がり、目にする機会も多くなったのではないでしょうか?
ロングトレイルとは長大な距離の自然路(登山道や林道、時には舗装路)を「歩いて旅をする道」として整備し、歩き旅を楽しむことを目的として、これまで世界中で作られてきました。そのカルチャーはアメリカを中心に育まれ、1930年代に開通したアパラチアン・トレイル(約3,500km、通称AT)や、パシフィック・クレスト・トレイル(約4,200km、通称PCT)は代表的なロングトレイルと言えます。そして、本来、巡礼の道として作られた四国のお遍路やスペインのカミーノ巡礼も、現在ではレジャーとしての一面を併せ持ち、ロングトレイルのひとつとして世界中のハイカーたちに歩かれています。
そして、実は日本でもロングトレイルは古くから存在しており、東海自然歩道(東京・高尾〜大阪・箕面)は、1970年にアメリカのATから着想を得て計画が始まりました。日本のロングトレイルは「長距離自然歩道」と呼ばれ、合計10本、総距離27,000kmのトレイルが日本中に張り巡らされています。長距離自然歩道は、単にロングトレイルを直訳した言葉でしょうが、それだけでなく日本の自然環境や文化が反映され、国土に合わせて独自の進化を遂げた「日本流のロングトレイル」と解釈できるかもしれません。

パシフィック・クレスト・トレイル(アメリカ)

カミーノ巡礼・フランス人の道(スペイン)

日本中に総距離27,000kmものトレイルが張り巡らされているのには驚きだ(出展:環境省HP)
縦走登山とロングトレイルの違い
何km以上歩けばロングトレイルなのか? 長い距離を歩く縦走、例えば北アルプスの縦走はロングトレイルなの? ロングトレイルという言葉が一般化してきたが故に、縦走登山との違いが曖昧になってきているように感じています。実際、ロングトレイルには正確な定義や距離の設定がある訳ではありませんし、はっきりとした境界線を引く必要はないと思います。
しかし、これから綴っていく「みちのく潮風トレイル」をクリアにイメージしてもらうために、あえて区別をするならば、「山頂を目指すことが目的の登山」に対して、ロングトレイルの本質は「山と里を繋ぐ歩き旅」だと考えています。ロングトレイルとは単に長距離を歩くことだけでなく、それに付随する全ての体験を含む行為です。
例えば、ロングトレイルの特徴的な体験のひとつとして、沿線の街に住む方々との出会いが挙げられます。ロングトレイルは長い時間をかけて長大な距離を歩く旅であるため、街での食料補給が欠かせません。必然的に沿線の街へ立ち寄り、スーパーで食料を調達したり、レストランで食事をしたり、ときには宿にお世話になったりすることもあります。街は、自らの足で移動を繰り返す旅人と、その地で日常生活を送っている地元の方々との交差点になり、偶然が巡り合わせるその出会いは、旅に欠かせないピースとなります。あらかじめ用意された台本がない出会いこそ、ロングトレイルの魅力と言っても過言ではありません。

街のモーテルでくつろぐハイカーたち(アメリカ・PCT)

アメリカのトレイルではヒッチハイクで街へ向かうのが定番だが、みちのく潮風トレイルはトレイルが街を通過する(アメリカ・PCT)
みちのく潮風トレイルの魅力
実際にみちのく潮風トレイルを歩くとどんな魅力に出会えるのか。ここでは私が実際に歩いて感じた4つの魅力を紹介します。
① 移り変わる豊かな自然
自然の中に身を置く旅で「景観」を楽しみにしているハイカーは多いのではないでしょうか?
みちのく潮風トレイルは南北に約220km、海岸線が約300kmに及ぶ日本最大規模の三陸ジオパーク内を通過しており、朝日に照らされる神秘的な海原、山の上から眺めるどこまでも広がる青の世界、時に荒々しさを見せる波打ち際など、旅の随所にダイナミックな海の景色を側に感じられます。
岩手県宮古市を境に南北で地形の成り立ちが異なり、北部は長い年月をかけて侵食された海岸段丘、南部は複雑に入り組んだリアス海岸が見られ、歩き進めるごとに表情を変える海岸線は地球の成り立ちの奥深さを感じさせてくれます。北部は約1億8千万年前の海底堆積物、南部は遥か5億年前に赤道付近から旅をしてきた大陸の一部だったそうで、両者は約1億4千万年前にアジア大陸で衝突し、その偶然の出会いが現在の三陸エリアを形成しました。
三陸ジオパーク内でこの歴史を知ったのですが、まさにその場所を歩き進めることで感じられる景色の変化に、地球が生み出したロマンを感じ、遥か遠くの過去に想いを馳せたのを今でも覚えています。

自然が長い年月をかけて作り出した、海岸沿いのコントラスト(宮古市・重茂半島)

岩手県北部の海岸段丘。そこから見渡す海面は高さも相まってダイナミックさを増す(田野畑村・北山崎)

山頂からリアス海岸を眺めるハイカー(女川町・石投山)

荒々しい海面と対照的な優しい朝日が旅の終わりを迎えてくれた(八戸市・種差海岸)
② 古の旅を回想させる山と里
ダイナミックな海の景観はみちのく潮風トレイルのハイライトのひとつですが、魅力はそれだけではありません。
みちのく潮風トレイルは里と里とを繋ぎ合わせるように、東北の地で育まれた豊かな自然の中を歩きます。そしてこのトレイルで出会う風景には、歴史や文化が垣間見える場所が多々あり、山道も頂上へ向かう登山道だけでなく、多くが峠道や街道として人々の営みに利用されてきたものです。例えば、青森県八戸市から宮城県気仙沼市を結ぶ三陸浜街道の一部も、みちのく潮風トレイルとして歩かれており、その道は古くから交易の役割を担ってきたそうです。山を歩いて隣の里へと移動するシンプルな旅は、古の旅人に想いを重ね、過去へタイムスリップするような感覚を覚えます。
この「目の前の景色」に「過去の景色を想像し、重ねられる感覚」は母国のロングトレイルだからこその魅力だと思っています。実際に、これまで歩いた海外のロングトレイルでは、その感覚を得たことはありませんでした。生まれ育った国だからこそ、土地や文化の歴史に触れた経験が少なからずあり、それが想像力を膨らませてくれるのです。もちろん海外の歴史、文化、土地に精通している人は海外でも同じようなことが感じられるのでしょうが、きっと少数派なはずです。
そして、そんな想像を膨らませる旅を続けるうちに、幼い頃のある記憶とみちのく潮風トレイルの歩き旅が同じだと気づきました。
「これって漫画の世界で見たことあるかも…!」
幼い頃に読んだ漫画で目にした、主人公が仲間と山を越えて遠くの里へ旅に出る場面。里の人たちに手を振って山へ向かい、荷物を担いで山道をゆく。道中で魔物に出会ったり、時には「今夜の晩飯にしよう!」と狩りをしたり、夜は焚き火を囲んで過ごし、野宿で夜を明かす。そして目的の里へ降り立つ――まさか、あの頃に見た漫画の世界に飛び込む日が来るとは思いませんでした。それが魅力的かどうかは人それぞれですが、私は間違いなくその感覚にワクワクさせられました。
「山を歩いて里と里をつなぐ行為」は今も昔も、最もシンプルな旅の手段として存在し続けています。みちのく潮風トレイルには、その場所で生活を営んだ人たちの過去が見えてくる、思考的な景色が待っています。

青森県八戸市から宮城県気仙沼市を結ぶ浜街道の看板(三陸浜街道・鳥谷坂)

古の旅人に想いを馳せて里を目指して峠道を越えてゆく(三陸浜街道・鳥谷坂)

この石畳はいったいどれくらいの時代を越えてきたのだろうか(釜石市・石塚峠)

苔むした木道がノスタルジーな雰囲気を盛り上げてくれる(南三陸町・田束山)
③ 地元に支えられるトレイルカルチャー
同じトレイルを歩く同志であるハイカーや、旅を応援してくれる地元の方々など、偶然がもたらす出会いはロングトレイルの旅の魅力のひとつです。
私が過去に旅をしたアメリカのPCTは50年以上の歴史を持ち、「トレイルエンジェル」と呼ばれる地元の方々によって旅が支えられています。トレイル整備、町へのヒッチハイク、ウォーターキャッシュ(※水のないエリアにウォータータンクを設置してくれている)、トレイルマジック(※トレイルヘッドで軽食やドリンクを振る舞ってくれる)。形のあるサポートだけではなく、”Happy Trails”の言葉を添えて、笑顔で送り出してくれるその優しさに、何度背中を押されたか数え切れません。
そしてみちのく潮風トレイルの旅の中でも、形は違えどトレイルカルチャーの芽吹きを感じました。全線開通から5年ほどしか経っていないにも関わらず、トレイルを認知し、ハイカーをサポートしてくれる地元の方に多く出会いました。トレイルや幕営場所の情報提供、水や食べ物のお裾分け、そして時には自宅に招いてくださったり。もちろん何かを与えられることも大きな手助けになりますが、何よりその優しさがひとりの旅の隙間を埋めてくれます。ハイカーを認知し、ロングトレイルの旅を支えてくれる地元の方はまぎれもなく「トレイルエンジェル」と呼べる存在でした。
そして、歩いてみて驚きだったのが、みちのく潮風トレイルが大きな崩れもなく、藪でトレイルが隠れていることもなく、快適にハイキングができたこと。「快適に歩けたことが驚き」と言うのは失礼に聞こえるかもしれませんが、自然の中に伸びる全長1,000kmを超える歩道を維持するのは容易でないでしょう。アメリカのロングトレイルを歩いた際、踏み跡が消えている場所をよく見かけました。歩く人と整備する人がいなければ、トレイルは簡単に自然へと還ってしまうのです。それにも関わらず、みちのく潮風トレイルがトレイルを維持できているのは、管理団体(NPO法人みちのくトレイルクラブ)の尽力と、環境省、県市町村など道の管理者、地元の整備ボランティアの方の協力によるものでしょう。
実際、トレイル沿線の街に降りた時、偶然出会った人からこんな声をかけられました。
「お、ハイカーさんか! あそこの区間は歩きやすかったやろ〜。先週整備したばっかりや!」
管理団体が一括して長大な距離の自然歩道を整備することは難しく、地元の方の協力が不可欠で、多くの場所(トレイル)がボランティアによって支えられているそうです。開通約5年でトレイルが認知され、ハイカーとトレイルに力を貸してくれる人ができたことはトレイルカルチャーの成長の証なのかもしれません。
また、みちのく潮風トレイルには、ハイカーが楽しく、安全に歩き旅が出来るようサポートを提供してくれている「みちのく潮風トレイルサポーターズ」の存在があります。トレイル沿線の街でお店や宿、キャンプ場を営んでいる方々が、給水、充電、トイレ、幕営場所の提供など、ハイカーに必要な手助けをしてくれています。
ただゴールを目指して歩き続けるだけではなく、道中で様々な出会いが待ってくれているのも歩き旅の特徴であり、魅力です。そして様々な形でトレイルを支えてくれる人たちの存在の上に、私たちの旅が成り立っていることを忘れてはいけません。

トレイル整備をしてくれているみちのくトレイルクラブのスタッフに偶然お会いした。

みちのく潮風トレイルハイカーの多くが立ち寄る「潮目」。周辺の整備もしてくれているそうで、実際に愛をトレイルの随所で感じられた。

山盛りの唐揚げ弁当を提供してくれる「こっこ屋」のお母さんにも大変お世話になった。歩いて旅をする中で、東北の地が、「また戻りたい場所」になった。

とある民宿でいただいた採れたてのワカメと朝食のおにぎり。受け取った優しさのバトンは、次に繋いでいかなくては。
④ 震災の跡をたどる
みちのく潮風トレイルは、2011年に発生した東日本大震災からの復興に貢献するため、環境省によって策定されたプロジェクトの一部です。震災がもたらした痛々しい痕跡は、今も伝承館や震災遺構として東北の地で受け継がれ、震災を過去の出来事にしないため、そして未来を守るために、その地で起きた現実と教訓を伝え続けています。当時、テレビのニュースで耳にしていた陸前高田、石巻、気仙沼、大船渡、女川……。就職活動の真っ只中だった私は、それらの地名を、自分が決して出会うことのない歴史上の出来事のように捉えていました。
実際に現地へ足を運び、被害の痕跡を目の当たりにしても、過去に戻ることも、過去を変えることもできません。言葉を失ってしまうほどの現実を前に手を合わせても、どんな言葉を添えるべきなのか分からず、ただ呆然と立ち尽くすことしかできませんでした。
「ご冥福をお祈りします」
「震災を忘れず、未来へ継承します」
きっと、そんな言葉を添えるのが正しいのかもしれません。しかし、現実に起きた被害を目の当たりにし、被災者のことを想うと、どうしてもその言葉を口にすることはできませんでした。自然の脅威によって「生きる」ことを突然奪われた人たちには、きっと希望や夢があったはずです。この世界で、幸せになりたかったのだろうと思います。赤の他人である自分が「未来へ継承する」などと祈るのは、あまりにも都合がいいのではないかと。
そうすることしかできないと頭では分かっていても、無力な自分がもどかしい。何もできない自分と向き合いながら、ブルーな気分のままトレイルを歩いた時間は、今でも忘れられません。
旅を終えて1年以上が経ちましたが、その思いを消化できたのかと言えば、正直そうではありません。それでも、あの場所で教えてもらった「今を生きる」ことの尊さは、今もなお私の心の中に刻まれ続けています。自分が想像している明日が、必ずしも保証されているわけではないのだと。
正直、この記事で震災について触れるかどうか、迷いました。震災の表面しか見ていない自分が、多くの方が目にする記事で触れていい内容ではないのではないかと。けれど、震災の跡をたどる中で、消化しきれないほど多くのことを感じたのは事実ですし、自国で起きた災害を、ぜひ自分の目で見てほしいと願っています。

震災遺構門脇小学校(石巻市)

震災遺構大川小学校(石巻市)

東日本大震災遺構・伝承館(気仙沼市)

東日本大震災遺構・伝承館(気仙沼市)
【#2に続く】














