前編
この3月、山と道とその仲間たちは、台湾を訪れました。
表向きの理由は、このたび台北に完成したsamplusのオープニングイベントとして『HIKE / LIFE / COMMUNITY』を開催することでしたが、我々の真の目当ては、台湾第二の高峰(3886m)、雪山(シュエシャン)でのハイキングにありました。これから始まるのは、そんな1週間の旅の記録です。
たくさんの人に出会い、台北の喧騒に触れ、雪を纏った深山を彷徨い、溢れるほどビールを飲んだこの旅を、山と道の夏目彰と黒澤雄介、『HIKE / LIFE / COMMUNITY』の豊嶋秀樹、『山と道とBig O』のカザマナオミ、『山と道JOURNALS』の三田正明ら、旅のメンバー5人のリレー日記形式でお送りします。
このレポートを通じて山と道と台湾との繋がりについて、samplusについて、そして何よりも台湾の人々や山の魅力を少しでも紹介できたらと考えています。台北の飲茶屋でビールを飲んでいるときみたいに、リラックスして読んでくれたら嬉しいです!
はじめに~山と道と台湾/夏目彰
2018年3月16日、僕たち山と道とその仲間たちは台湾を訪れた。
すでにニュースとしてお伝えしたけれど、実は台北に山と道も協力したsamplusという新しいスペースができた。samplusは山と道の台湾の取引先であるCOW RECORDS、そのオーナーのヘクター・ホームの弟で山と道ウェブのアートワークを手がけているKOH BODY(洪寶弟/以下コウくん)のデザイン事務所Raying Studio、そして山と道の3者による複合的な空間で、将来的には山と道の全ラインナップが揃う先鋭的な山道具店となり、様々なイベントもそこで行っていく予定だ。
そのオープンを記念して、2017年に全国を縦断して行った『HIKE / LIFE / COMMUNITY』を台北で開催することで、僕は台湾のお客様と直に触れ合って彼らがどんな人々なのかを知り、同時に僕たちがどんなことを考えているのかを共有したいと考えた。同時に山と道の仲間たちを台湾に連れていき、台湾の人や街や山の魅力を知ってもらいたいとも。
samplus
旅のメンバーは山と道を僕と一緒に創業した妻の由美子と息子の照、スタッフの黒澤、『HIKE / LIFE / COMMUNITY』のプロジェクトリーダーを務めてくれている豊嶋秀樹さん、山と道JOURNALS編集長の三田正明さん、『山と道とBig O』というプロジェクトを共に手掛けているアーティストのカザマナオミ君の総勢7名。仕事の都合で1日遅れの到着となった三田さんを除いて、僕たちは3月17と18日の2日間で行われたイベントの前日にそれぞれの飛行機で台湾に降り立ち、samplusに集合した。イベントが終わった翌日には由美子と照を除いたみんなで台湾第二の高峰「雪山(シュエシャン)」に2泊3日で登る予定だ。
空港でのナオミ君。登山用ヘルメットがバックパックに入らなかったのでかぶっていたら、整備員に間違われていた(笑)。
台湾のこの旅を書き記していくにあたって、はじめに山と道と台湾との繋がりについて記しておきたい。
2011年に創業してから間もなく、海外からはじめて山と道の商品を取り扱いたいと連絡があった。台湾の台北にあるA.C.S.というお店で、店長のチンミンさんは鎌倉まで会いにきてくれた。A.C.S.は台湾のパタゴニアの代理店がはじめたお店だということも知り、日本の隣の国で山と道の商品が販売されることを面白いと感じた。台湾との付き合いは順調に進み、鎌倉でチンミンさんに会うたびに台湾の山情報について教えてもらっていたので、今度は僕たちが台湾に訪れようとずっと思っていた。
それがようやく実現できたのは2015年の1月だった。そして台北に到着したその夜、チンミンさんをはじめA.C.S.のスタッフのみなさんとの会食で初めて会ったのが、COW RECORDSのヘクターさんだった。元台湾パタゴニアで働いていたへクターさんはみんなの兄貴分にあたるような人で、ちょうど会社を辞め、COW RECORDSをオープンするタイミングだった。
A.C.S.(2015年) 右端がヘクターさん、左端がチンミンさん
会食の翌日、僕たちはチンミンさんと一緒に台湾五岳のひとつ、南湖大山(3740m)に向かった。台湾に行くならぜひ台湾の山を歩きたいと、チンミンさんに相談しながらできるかぎりの情報を収集していたのだけれど、台湾には3000m以上の高山が200座以上もあり、日本の北アルプスと南アルプスを足したよりも大きな中央山脈をはじめ、大きな山脈が5つも走っている。九州と同じくらいの島の中に富士山よりも高い山脈が広がっているなんて、調べているだけでもワクワクした。
ただ、危険度の高い高山に入山するためにはパーミットが必要で、それが日本から取りにくいことが問題だった。それぞれの山域は国立公園が管理していて、WEBサイトもあり、コンタクトもとりやすい。ただ、パーミットの入手には緊急連絡先として台湾の現地住所と電話番号が必要だったのと、警察署への届け出が必須で、結局僕たちはチンミンさんに助けてもらってパーミットを入手した。
南湖大山の旅は素晴らしかった。日本のアルプスよりも巨大な山塊とどこまでも続く稜線、眼下に広がる雲海と苔むした巨木の森。日本の隣の国にこれだけの大きな山脈が広がることに興奮した。その山行と台湾の山に関しては山と道のブログに書いたので、興味のある人は読んでみてほしい。
台湾のハイカーは異国から来た僕たちにとても優しく、寛大だった。お茶やご飯などをわけていただき、グループの輪に混ぜてくれた。帰りのバスでは隣席のハイカーのカップルがとても親切で、バスの終着点の宜蘭(イーラン)という街から台北に戻るには電車の方が早いと教えてくれたり、切符の買い方がわからないだろうと、切符の買うまで手ほどきしてくれた。
僕は台湾の山の美しさ、偉大さ以上に台湾人の優しさに感動した。僕はできる限り多くの人に台湾の素晴らしさを知って欲しいと感じるようになった。 そして台湾と日本の山の情報を共有し、できるなら国を越えて、山好き同士が交流できるようになればいいなと思うようになった。
その後、A.C.S.は諸事情によりクローズとなり、チンミンさんは台湾のパタゴニアのスタッフに戻り、山と道の商品の取り扱いはCOW RECORDSに移ることになった。オーナーのヘクターさんは他のどの取扱店よりも頻繁に鎌倉に訪れてくれ、そのたびに弟のコウくんも交えてお酒を酌み交わし、僕は台湾の山の素晴らしさと夢を語った。そしてその夢が、遂にsamplusとして形になることになった。
僕はこのsamplusが、台湾人や日本人だけでなく世界中の山好きと台湾の山を結びつける登山基地になればいいなと願っている。
DAY1-DAY2/豊嶋秀樹
■3月16日 台北到着
最後に台湾へ行ったのは、2005年だった。もうかれこれ13年も前ということになる。きっとずいぶん様変わりしているんだろうなと思いながら福岡空港発のタイガーエア台北桃園空港行きへ乗り込んだ。
13年ぶりとなるまでは、台湾へは何度か行っていた。印象深いのは、美術作家の奈良美智さんとのプロジェクトで作品を作りに行ったことだろう。とは言っても、ほとんどの時間を美術館内で作業していたので、あまりあちこちを見て回れたわけではない。
当時作っていた作品は主に現地で集めた廃材を使って作っていたので、台湾でも家屋を解体したときに出た廃材を求めて、美術館の担当のスタッフの運転する車であちこちに探し回った。台北を抜けて郊外へと向かい、檳榔(噛みタバコのような嗜好品)屋が立ち並ぶ埃っぽい街道の傍に廃材屋さんを見つけ、檳榔を噛んで口の端をピンク色に染めた親父さんに案内してもらった。
余談だが、廃材の再利用に関しては国によってかなり事情が違う。ロサンゼルスでは映画の撮影セットなどでの需要があるので、いくつか専門的に扱っている店もあった。オランダでは、古い木は重宝がられていて、特に床材はタイプごとにバンドをかけられ、きちっと棚に並べられていた。アンティークのような扱いなのだろう。タイやインドネシアでは、当たり前のように廃材を扱うお店が何件も軒を連ねていた。廃材が一番手に入りにくい国は実は日本だ。日本では、家屋を解体するときに巨大なカニの爪のようなものが取り付けられた重機でクシャクシャと潰して、そのままトラックへ積み込んで産廃処理場行きとなる。よほどの銘木なんかでない限り、解体したものを仕分けして再利用するということはない。スクラップアンドビルドを美学に風景を更新してきた日本の流儀なのだろう。
10数年まえの台湾の廃材屋に集まる埃まみれの材料は、新しく生まれ変わろうとしている台北の脱皮した抜け殻のように見えた。どんな街にも人と同じように成長の段階がある。街は成長する過程で思春期を経験し、青年となり、やがて成熟し老いていく。当時の台北はちょうど思春期から青年となろうとしていた時期だったのではないかと思う。
そんなことを思い出したり、機内誌を読みながらウトウトしているうちに、飛行機が高度を下げて着陸態勢に入った。
今回の台北への旅は、『HIKE / LIFE / COMMUNITY』というプロジェクトを台北で開催することになったからだった。プロジェクトについての説明はここでは割愛するが、この山と道のウェブサイトのあちこちに関連投稿があると思うのでそちらを参照していただきたい。会場は、新たに山と道と台北のCOW RECORDSというお店のオーナーのヘクターさんが共同運営していくことになったsamplusというお店だった。
福岡からひとり到着した僕は、みんなよりも先に滞在先のAir B&Bで借りた部屋にチェックインしておくという段取りだった。空港から真新しい地下鉄を乗り継いでシティホール駅へと到着し、賑わっているきれいな地下街を抜けて地上へ上がると、13年前には101という高層ビルができたばかりで周囲には何もなかった地区が、すっかりと現代的な都市の風景へと変貌を遂げていたことに、予想はしていたものの僕は驚かされた。もちろん13年も経てば変わって当たり前だし、東京も13年前に比べたら随分と変わったはずだ。ともあれ、台北の街は久しぶりに会った友人の息子のように、しばらく見ない間にぐっと背も高くなり胸板も厚くなった、たくましい青年として僕の前に現れた。
旅のスタイルも様変わりした。飛行機はLCC、宿はAIR B&B、移動はUber、地図はスマホのGoogle Map、そしてどこでもWifiが飛んでいるのでみんなとのやりとりはSNS経由で簡単にできる。このことについてはいろんな意見があるだろうけど、新しい台北にはそんなスタイルも似合っている気がした。変わらないのは、通りに漂う強烈なハッカクの香りだった。僕はむしろその匂いにホッとして宿へ向かった。
■3月17日 台北/samplus 『HIKE / LIFE / COMMUNITY』
昨日の夜まで内装工事をやっていたというsamplusの店内では、次第にお客さんが集まってきて、オーナーのヘクターさん、ヘクターさんの妻のジェニーさん、弟のコウさん、スタッフのビンビンさんはやってくるお客さんの相手をするのにだんだんと忙しくなってきていた。samplusがあるのは、日本で言うところの渋谷のようなロケーションだ。周囲にはレストランがたくさんあって、日本のラーメン屋が随分と流行っているようだった。
会場ではナオミくんのライブシルクに長蛇の列ができていた。夏目くんは風邪を引いたと言って少し体調が悪そうだ。店内をテルが楽しそうに走り回っているのを由美ちゃんが後を追っかけてる。クロちゃんは山と道コーナーでお客さんにバックパックの説明をしていて、日本語が堪能なRAYINGのコウさんが通訳を担当していた。遅れて到着した三田さんもさっき合流した。今回の山と道チームが揃った。どういうわけか、自転車で台湾を旅していたOKA SKATEBOARDSのジュエームズもふらりとやってきた。今夜は楽しくなりそうだ。
日が暮れるにつれてお客さんの数は増えて、店内は少し蒸し暑いくらいだった。イベントでのトークの時間までまだ少しあったので、バルコニーへ出て台湾ビールを飲んだ。samplusは通りに面した2階にあったので、バルコニーからはちょうどいい感じで行き交う人や車を見下ろせた。
こうしてビールを飲みながらぼうっと街の空気に身を委ねていると、もうここが台北なのかよくわからなくなってくる。渋谷だと言われればすっかり信じてしまうだろうし、福岡の天神だと言われても疑わないだろう。
13年前にはそう思わなかったような気がした。その理由を聞かれてもはっきりと答えられるわけではないけれど、13年の間に台北は東京やそのほかの世界の大都市と同じような時間の流れる街になったということかもしれない。それが良いとか悪いとかそういうことではなくて、それは実に人が成長するのと同じことなのだと思う。そこには喜びと少しの淋しさが混在している。アジアの大都市には特に強く感じる感覚だった。
バンコクにいても、ジャカルタにいても、ソウルにいても、もう大した違いはないのかもしれない。もちろん、言葉も違うし、食べ物も違う。でも、もうそこに以前はあったであろう「ギャップ」のようなものは存在しなくなったということではないか。少しせっかちな意見かもしれないけど、僕はむしろその状況を楽しく思っている。
福岡なんかに住んでいると、距離的にも交通費的にも東京に行こうが、台北に行こうが、ソウルに行こうが、LCCの普及のおかげで大差なくなってきているということも大きく影響している。ベースが均質的になってきているぶん、反対にそれぞれの違いも際立ってきているとも言える。
それは街だけでなく、人についても言えるだろう。僕が表を歩いていても、外見からでは僕が日本人だと簡単には言い当てられない。黙って歩いていれば僕は台湾人だ。パッと見てわかる違いがない中で、みんな自由につながり始めている。SNSの普及もあって、コミュニティーにとって国境はたやすく超えられるものとなった。そのぶん、関係性も薄く広くなっているという側面もあるだろう。膨大な情報とタイムラインを流れていくやりとりに翻弄されそうになりがちな毎日の中で、自分が誰で、何を考え、どう生きているのかということを確認することはますます重要になってきている。こうして、「ハイク」という言葉を手がかりに、国籍を超えて集まってくる仲間を見ているとなおさらそう感じる。
台湾は「素食」といって菜食の習慣が広く浸透している。ビュッフェ形式の店も多くて、お昼時には近所に勤めている人でごった返していた。メニューはどれも野菜ばかりだから物足りないということはなく、逆に、「これ全部野菜なの?」って聞き返したくなるようなものも多い。大豆や小麦グルテンで作った「肉もどき」の完成度が素晴らしく、あまりにその食感が肉そのものすぎて、ベジタリアンの僕は肉を食べているようで逆に「野菜でいいんですけどー」って言いたくなるくらいのものもあった。
そして、台北では英語がかなり通じた。前からそうだったのかもしれないが今回強くそれを感じた。おかげで、イベント中も集まってくれた台湾のみんなと直接話すことができた。ガレージメーカーをやっている人、人気ブロガーの山ガール、山のガイドをやっている人、バイクパッキングのブランドをやっている人、日本の山にも度々登ってる山好きの人。みんな台湾の山のことなどいろんなことを僕に教えてくれた。僕も日本の山やアウトドアのスタイルについて話した。そして、その場でFacebookの申請をしたり、インスタグラムのアカウントを訪ねあったりした。
翌朝、僕はイベントに来ていたお客さんに教えてもらった「象山」という標高183mの小さな山まで走りに行ってきた。山頂からは台北の街並みがよく見渡せた。目の前に101ビルがそびえ立っている。ここから眺めると街はすっかり脱皮を終えてしまったように見えた。僕は、象山からさらに先へと続いているトレイルをもう少し走ってみることにした。街を背に山はどこまでも続いているようだった。
それぞれの土地の「ハイク」「ライフ」「コミュニティー」をめぐる旅はこうして海を渡り、国境を越えて台湾へたどり着いた。今回のイベントのおかげで、僕は、台湾の山へも登ることができたし、たくさんの仲間にも出会うことができた。そして、またすぐに戻ってくるような気がしている。
僕には、何かのきっかけでそれから何年も通うことになった場所がいくつもある。台湾もそうなりそうな淡い予感がした。少なくとも、次は13年も間が空くことはないだろう。事実、僕は妻へのお土産に台湾のクライミングのガイドブックを手に入れていて、そこにはヨダレのでそうな素敵な岩がたくさん紹介されている。思っているより次回はすぐにやってきそうだ。
今後の僕の人生は、ほんのりハッカクの香りがするはずだ。
DAY3/カザマナオミ
■3月18日 台北/山と道とBig-O@samplus
前日の『HIKE / LIFE / COMMUNITY』でのプリントに続き、翌日もsamplusで『Big O Project』と題したその場で、好きな図柄を、好きな場所に、好きな色でプリントするライブ・スクリーンプリント活動を開催!
これまで日本各地のフェスやお祭り、ビジネスを通じて環境保護を訴えるパタゴニアのストア、アメリカやヨーロッパ、アジアなど様々な場所でプリントをしてきたけれど、台湾は初開催。ライブ・スクリーンプリントはやはりその場の吸引力というか、人との繋がりがないと成立しないので、初めて開催する場所はいつもドキドキします。
だけど、初日も2日目もできたてホヤホヤのsamplusロゴのプリントを求めて行列ができました。オーナーのヘクターはじめ、samplus/COW RECORDSのスタッフとお客さんとの間には日々の関係の積み重ねを感じるコミュニティー感があり、自分はとても暖かい場所にお邪魔させていただいているんだ、と感じました。そうなると、お調子者の自分は「よっしゃあっー! いっちょやったるぜえー!」とスイッチが入ります。
自分は台湾語が話せないので英語でのやり取りとなるのですが、現地の方は英語の能力が高く、コミュニケーションは無問題! やりとりを通じてこっちが台湾語を覚えちゃったりして、「このミャアー(魚)の図柄をどこにプリントする? ゼンミャン(前面)? コウミャン(後面)?」なんて感じで、英語と台湾語を交えてやったり。
すると、頭の中のDJが音を掛け始めて、プリントの色を載せる段階ではまさにダンスしている状態に! そこにビールの差し入れが入って、もう最高のDISCO現象が起こるのです。ただ、自分には腕が2本しかないので、ひとつ一つやっていくしかない。なので、沢山の人を待たせてしまうことになるのですが、そのDISCOゾーンに入った自分が、無意識に色達をスクリーン(図柄の付いたフレーム)上にロックオンして、周りの方々にスクリーンがズレないように手でロックオンしていただき、スキージー(インクを生地にプリントする刷毛のようなもの)を引き刷り、スクリーンを外すと、そのインクという液体の色達が交じり合い、自由にダンスし、波動を放ちます。
その様子にみんなで「ここがいいっ!」とか、「私はこの部分が好きっ!」とか、食べれないけど『酒のつまみ現象』が起こり、目に見えない何かが醸し始め、その場が発酵していきます。そうして「やろうっ!」なんてこれっぽっちも思って行っていないのだけれど、すなわち今、ここで起こることに一喜一憂するライブ感がヒト、モノ、コトを繋げ、踊り続けることで耕され(cultivate)、やがてcultureとなるんだなあ~と、自分は思うのです。外(環境)に内(心)が影響され、踊る。交じる。一体となる。前が開く。それは、山に登る行為となんら変わらない心地良さであると思います。山は人を強制的に呼吸させる。それが人を無意識に導き、心のロックを外して、オープンマインドに導く。
これからの未来を感じた台北、samplus ストアでした
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