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土屋智哉のULハイキング大学 in 山と道

講義4:UL的なスリーピングシステムを考える(1限目)

寝袋の概論/温度帯から見る寝袋の選び方
構成/文:李生美
写真/編集:三田正明
写真(道具)/柿崎豪
2025.05.30
土屋智哉のULハイキング大学 in 山と道

講義4:UL的なスリーピングシステムを考える(1限目)

寝袋の概論/温度帯から見る寝袋の選び方
構成/文:李生美
写真/編集:三田正明
写真(道具)/柿崎豪
2025.05.30

ハイカーズデポ土屋智哉さんをお招きし、山と道スタッフを生徒に開校している「ULハイキング大学 in 山と道」。

これまでバックパック編、シューズ編、テント編とULハイキングの代表的装備それぞれの成り立ちと移り変わりを解説してきましたが、今回はこちらもULハイキングには欠かせない装備である寝袋・スリーピングパッドからなるスリーピングシステム編です。

この1限目では、寝袋の中綿の羽毛と化繊綿の違い、UL的寝具として欠かせないキルトについて、寝袋の快適温度域と限界温度域の考え方、そしてビビィや防寒着との組み合わせに潜む落とし穴など、スリーピングシステムを考える際にまず知っておくべき様々な要素を解説してもらいました。

ではチャイムが鳴ったら、今回も講義の始まりです!

はじめに:各論より総論を語る『ULハイキング大学』

今回は『ULハイキング大学』で4回目の講義になります。バックパックから始まり、シューズ、テントと続いて、今回は眠るためのスリーピングシステムのなかの、寝袋とスリーピングパッドについて話していきたいと思います。

『ULハイキング大学』は基本的にULギアを軸に話をしていますが、まずは各道具の総論を理解してもらうことに重きを置いています。ULのギアは従来の道具と違って、特殊に見える部分が多いよね。従来の登山道具に比べて明らかにシンプルになっているし、特殊素材を使っているので新規性の部分がどうしてもフォーカスされるから、それに僕ら自身も魅せられてる部分は多分にあります。だから細かな部分には目が行くんだけど、全体像が把握できなくて困っている人が多いんじゃないかな。

ULが出てくる前から山をやっている人たちは、一般的な登山とULハイキングの違いを系統立てて考えなくても感覚的に違いを感じているんだけど、ここ10年間で山を始めた人だとすでにULがあるから、ULしか体験していない人もいるよね。だから比較、体験した上でのULのメリット・デメリットも実感がないこともある。いまはSNSで情報収集をする方も多いけど、SNSだと「この道具がすごい」みたいな各論の話にやっぱり目がいくじゃないですか。

それで細かな知識を得られるのはめちゃくちゃありがたいし、皆さんの知識も蓄積はされるけれど、結局、何を選んでいいのか分からないとか、どう理解していいのか分からないという相談を店頭でも受けることが多いんです。なので、『ULハイキング大学』ではもちろん各論の話もしていくんだけれど、まずは取り上げる道具の総論的な話を心がけています。

大学の授業で言えば、専門課程に入るまでの教養課程にあたります。その土台があると、個々のマニアックな話も深めやすいと思うので、そういう意識でこの講義を聞いてもらえるといいかなと思います。

土屋智哉:東京都三鷹市のULハイキングの専門店Hiker’s Depot店主。日本にULハイキングの文化や方法論を紹介した先駆者的存在で、メディア出演も多数。著書に『ウルトラライトハイキング(山と渓谷社)』。

羽毛と化繊綿の寝袋の違い

まずは寝袋について。寝袋は基本的に中綿を布でくるんでいる布団のような構造なので、バックパックやシューズのように構造やデザインにさほどの多様性があるわけではありません。なので、お客さんもどういう基準で選んでいいか分からない。そしてなかなか他人の目にも触れないので、デザインで選ぶということもしにくいアイテムです。

一般的な寝袋。下半身に向かってすぼまった形状と立体的な足元構造、フードとジッパーを備えたマミー型と言われるタイプ。写真はシートゥサミットの超軽量モデル・スパークSp I

まず寝袋の基本的な形は、前後に中綿が入った生地があってフードがある。そうした基本の形がある上で、寝袋の違いとしてみんながまず思い浮かべるのは、「羽毛」と「化繊綿」という、2種類の中綿だと思います。

改めてふたつの違いを整理すると、まず、羽毛の特徴は「軽さ」と「暖かさ」です。僕が学生だった30年前に比べて、羽毛自体もどんどん進化していて、当時は500FP(フィルパワー=羽毛の嵩の高さを表す単位)あれば高性能と言われていましたが、今は800FP以上が高性能の基準になっています。そして化繊綿と羽毛を同重量にした場合、現状は羽毛の方が確実に暖かいです。羽毛と化繊綿で同じ暖かさの寝袋を作ったら、羽毛の方が軽くなります。これは基本事項として、頭に入れておいてください。他にも羽毛には調湿機能が高いので暑苦しくなり過ぎないという点や、身につけるとすぐに暖かくなるなど、防寒素材のトップランナーに長年あり続けている細かな利点がたくさんあります。

一方、化繊綿の特徴は、20年くらい前だと「濡れに強い」と「価格が安い」ことだと言われていました。羽毛の寝袋を買おうとしても値段が高い場合に、化繊綿を勧められていたんです。そして化繊の利点をいちばん感じるのは、寝袋がズブズブに濡れちゃった時。例えばパックラフトに行って荷物が流された時に、寝袋を防水バッグに入れていたつもりが、口がちょっと緩んでいて中が絞らなきゃいけないくらい濡れてしまった。そんな時、化繊綿の場合はフィールドで絞って広げて乾かすことができるけれど、羽毛に関しては水を吸ってぺちゃんこになった羽毛をほぐしながら乾かす作業が必要になるので、その場でケアすることがなかなか難しい。なので寝袋がズブズブに濡れるようなシチュエーションの場合は、化繊綿をおすすめします。

だけど今は化繊綿も安くないんですよ。濡れに強い部分も、近年では撥水加工された羽毛が出てきてテント内の結露程度であれば気にすることなく対応できますので、濡れに対する優位性はズブ濡れになる状況とやや限定的になっています。

あと化繊綿の強みを挙げるなら、中綿が飛び散らないこと。テント内で火器を使うのは危険だから避けるべきなんだけど、やっぱり冬山や雨の時は気をつけながら火器を使うことは現実的にあると思います。その時に誤ってバーナーで寝袋を焼いてしまって穴が開いてしまうという事例があります。あとは刃物を調理や岩場で使っている時に、誤って寝袋を切ってしまうという事例。その時に羽毛の寝袋だと羽毛が飛散しちゃいますよね。それに対して化繊綿はシート状に成型した中綿を封入したものなので、穴が開いてもそこから中綿が飛散することがありません。

なので、トレイルから外れた活動……沢登りやクライミング、バックカントリースキーの時に、化繊綿のメリットが出てくると思います。一方でトレイル上でのハイキングの場合は、オフトレイルでの活動よりも、寝袋のダメージをそこまで考えなくていいので、羽毛の軽さと暖かさに重きを置いていいと思います。

なので、単純にどっちが優れてるかの答えは出せないんだけど、どんなところで活動をするのかをひとつの指標にするといいと思います。この羽毛と化繊の特性は寝袋だけじゃなくて、インサレーションウェアにも大きく当てはまります。こういう基本的な素材の特性を踏まえた上で、ここからはULらしいところに話を持っていきたいと思います。

キルトのメリットとデメリット

寝袋を少しでも軽くするためにULハイカーが考えたのが、現在では多少の市民権を得ているキルト構造の寝袋です。

キルト型の寝袋。写真はエンライトン・イクイップメントのリベレーション85030°FダウンVer.

一般的な寝袋を構成している要素は、中綿、生地、ジッパーやドローコードなどのパーツですよね。そのなかで寝袋を軽くするために、中綿は羽毛を選んだり、生地は耐久性を鑑みたなかで軽いものを選んだり、小さいパーツのジッパーを選んだり、ドローコードを細くしたり、涙ぐましい努力をするんだけど、焼石に水だったんですよね。

構成要素が多い道具であれば、ひとつの要素を軽くしていくとチリも積もれば山となるけど、寝袋はそもそもの構成要素が少ないので、どうしても限界があります。となると、物理的になくしていった方が早いんです。

例えばフードはなくてもいいとか、背面側は寝る時に中綿が潰れちゃうし、重要なのはスリーピングパッドでの保温だから背面側をなくしてしまうとか。そうするとジッパーもなくていいから、さらに軽量化できる。こういう発想で生まれたのがキルトです。

裏返すと、背中側がパックリと開いた形状。足元にのみジッパーがあり、バンジーコードで絞っている。

ULの文脈では1990年代に、講義1にも出てきた「ULの父」とも言える存在のレイ・ジャーディンが、レイウェイという方法論の中で、夫婦ふたりで寝るための掛け布団型の寝袋を自作して使っていました。それぞれが寝袋に入るよりも掛け布団のようなものをふたりでかけて寝た方が、ひとつの道具で済むし軽くなるし、パートナーの体温も伝わるのでより暖かいからです。それがUL文脈でのキルトの出発点でした。

レイウェイのふたり用キルト。www.rayjardine.comより。

つまりキルトはお布団みたいなものなので、背中側がなくて1枚で体にかけられます。その構造を基本として、足元がジッパーやバンジーコードで閉じられていて、ジッパーを外せば掛け布団みたいになるものもあります。

リベレーションは足元のジッパーを解放すると掛け布団のように広げることもできる。

同じような考え方では、イギリスのラブが1980年代後半に、スリーピングパッドを突っ込んで固定できる背面側がメッシュになった構造の寝袋を出していました。昔から軽量化のために、一枚布に近い形の寝袋は作られていたんです。でも、定着しなかった。なぜなら、普通の寝袋と比べればやっぱり寒いからです。

皆さんも冬に家で寝てる時に、夜中にトイレに行って戻ってくると、布団が冷えていることがありますよね。基本的に寝袋は、人間の体温で温めた中の空気が循環しないように、動きを阻害する中綿を入れることで保温力を上げる構造です。布団は物理的にペロンとめくれちゃうと、内側で暖かくなった空気も冷えちゃうし、内側の素材が外気に触れることで、熱もどんどん逃げていっちゃう。

さらに人はどうしても寝返りを打つので、暖かい空気が逃げて寒くなる。中で動いてもめくれないようにキルトの幅を広げると、せっかくいろいろ外して軽くしたのに、重たくなる。そんな矛盾が生じるので、通常の寝袋よりも一般化しなかったんです。

実際に店頭でお客さんと話していても、「キルトはめくれちゃったら寒くないですか?」と聞かれるんですが、そりゃ寒いです。そのデメリットは認識しておかないといけないです。キルトが完璧だったらみんなキルトを使います。大手メーカーもキルトにシフトするはずです。でもそうなっていませんよね。他のUL系ギア同様、キルトもメリット・デメリットのギャップが大きく、使い手にある程度の割り切りが求められる道具であることは間違いありません。

キルトにすることで軽くはなるんだけど、このように通常の寝袋にはない弱点もあります。スリーシーズンで使う場合は気温が0℃前後になることもあるので、キルトで寝れるか寝れないかは、使用する人によって差が出てきます。

そうは言っても、少しでも軽くするのにトライしようと思ったら、やっぱりキルトはUL文脈の中では避けては通れないものです。ただ、その時に一般的な寝袋と同じ機能を求めようとするのは、無理があるのだということは頭に入れておいてください。

それはULのバックパックも同じで、重たいものを背負うんだったら、結局は体力がないと最終的には背負えないですよね。サポート機能がない軽いバックパックを、すべての人が使えるわけではなく、中身を軽くしないといけないという大前提があるのと同じです。

昔は僕も自作のキルト作りをいろいろと頑張ったんですよ。寝返りを打っても背中側から暖気が逃げないように布だけ付けてみたり、いろいろ工夫したんだけど、やればやるほど、どんどん奇形化していくというのかな。潔く切り取ったものを未練たらしくいじるんじゃなくて、キルトの弱点も理解した上で使ってもらうといいと思います。

寝袋の温度帯は6℃刻みで考える

今回の講義でいちばん話したかったのは、寝袋の温度帯についての考え方です。寝袋を買う時に、どの温度帯のものを買えばいいのか、みんなが悩むところだと思います。

バックパックだったら容量によって背負う量や重さが視覚的にイメージできるけど、寝袋は形が基本的に同じだから違いが分かりづらいですよね。もちろん中綿の量で暖かさは変わるんだけど、なんとなく決め手に欠ける。どれを選んでいいのか分からない。そのいちばんの原因は多くの人が温度のことを意識していないところにあります。

近年はバックパックに温度計を付けて、温度を測ることがTIPSとして多少は広まってきました。測った外気温の時に自分がどう感じたかを記録して蓄積していくといいですよ、ともっともらしく言われていますが、温度計をぶら下げていても大体の人はデータを取らずにただ測るだけで終わるんですよ。だから対応温度を細かく提示されてもピンとこないのは当たり前なんです。

そこでまずはざっくりと寝袋の温度感を提示していきます。これは僕がいろんな商品を見比べたり、使ってきたなかでの枠組みなので絶対的なものではありません。これに対して異論が出てくることもあると思うし、例外も生じるんだけど、まずは枠組みを把握するということでは有効だと思っています。

いろんな対応温度の寝袋があるけど、基本的に寝袋を選ぶ時は外気温0℃を基準にして、6℃刻みの温度帯で考えていくと、理解しやすいと思っています。なぜ6℃刻みなのかというと、大体の寝袋には限界温度と快適温度の表記がありますが、ふたつの温度差はどこのメーカーも大体6℃くらいだからです。

日本で流通しているモンベル、ナンガ、イスカの寝袋大手メーカー3社も約6℃差が基準になっています。大体の寝袋は温度表記がひとつの場合は限界温度を表記していることが多いです。なので、限界温度が6℃の寝袋で快適に眠れる温度は12℃、限界温度が0℃の寝袋で快適に眠れる温度は6℃と考えると、大きく外れませんし、理解しやすいと思います。

ユーザーも少しでも寝袋を軽くしたいので、限界温度の方に着目することが多いと思います。限界温度で寝た場合はどんな感じになるかというと、眠れるんだけど夜中に寒さで何度も目が覚める。「さみ〜、寝れね〜」ってなりながらもウトウトと眠りに落ちる。また寒さで起きる。ずいぶん時間が経ったかと思いきや、2時間しか経ってない。それが限界温度のイメージです。

一方で快適温度で寝た場合は、基本的にTシャツと短パンだけとか、行動してきたままの状態で眠れる。6℃しか違わないけど、エアコンの設定温度を1℃変えるだけで結構違いを感じますよね。なので6℃の差は意外に大きいんです。

ちなみに寝袋の温度帯は、基本的に肌着等のみを着て寝ることを想定していて、ダウンジャケットなど防寒着を着込む想定はしていません。ハイカーズデポでやっているハイランドデザインの寝袋も制作はナンガなので、レーティングはナンガの基準に準じています。それに加えて新しい製品を出す時は、試作品をスタッフや知り合い、寒がりの女性とかいろんな人に試してもらってデータを集めた上で、最終的にレーティングを微調整しています。ただ、人によって快適温度は違うし、すごく難しい問題をはらんでいると思います。

でも何かしらの指標を出さないと選ぶことができないから、快適温度と限界温度が設定されているというふうに理解してもらうといいです。

スリーシーズンの寝袋は0℃を軸に

寝袋を選ぶ時に、0℃をひとつの基準と考えるのがいいんだけど、それは日本の山の場合、無雪期でも外気温0℃まで簡単に下がるからなんですよね。デイハイクから山を始めて、山小屋泊も楽しんで、今年はテント泊をしようと寝袋を選んでいる人に0℃基準の話をすると、「そんな寒い時期には行きません」「冬は行かないんで」とよく言われます。

いやいや、0℃は簡単にいきます。経験しているハイカーならわかると思いますが、9月に北アルプスに行くと、0℃になることがまあまああるよね。日中は暖かいんだけど、夜中にグッと冷える。特に紅葉の時期の10月中旬ぐらいであれば、明け方は大体0℃前後、もしくは0℃を下回るのはよくあることだと思います。

寝袋は夏用、スリーシーズン用、冬用、さらに厳冬期用と分けられます。夏用の寝袋は基本的に限界温度6℃、快適温度12℃です。冬用は快適温度が-6℃、限界温度が-12℃より下の気温帯になります。そのさらに下が厳冬期用。問題は6℃から-6℃のレンジなんですよね。スリーシーズンをどう捉えるか。スリーシーズン用の寝袋でも、0℃を限界温度に設定している寝袋と、0℃を快適温度に設定しているものは、違いが大きくあります。

紅葉シーズンの山では、雪は降らないんだけど、そろそろ霜柱が下りる時期。空は澄んでいて、虫もいないし寝るにはいいけど、気温が0℃の時についつい限界温度0℃の寝袋を選びがちになります。限界温度が0℃の寝袋は羽毛量が260g〜280g、総重量が550gのものが多くて、快適温度が0℃の寝袋は羽毛量が400g前後、総重量は750gくらいのものが多いです。

550gと750gを比べると、やっぱり550gを選んじゃいます。寒がりな人も、着込めばなんとかなるかなと考えて、軽いし嵩張らない方を選ぶことが多いです。でも実際にそれで山に行くと、寒くて眠れなかったりします。

昔は基本的に山にはパーティを組んで行くのが主流だったので、ひとつのテントの中に、交互に連なってギューっと寝ることが多かったんです。狭い部屋で宴会をしたら暖かいのと一緒で、テントの中に36℃の熱源がぎゅうぎゅうに詰まっていたら、暖かいですよね。だから寝袋の対応温度がそこまで高くなくても、対応できていました。あと、僕も学生の時にそうだったんだけど、山に登る人のメンタリティとして、「寒い」と言うと負けた気がするんですよ。自分が弱く見えるから嫌だという中学生みたいなノリがありました。分厚い寝袋を持っていくのが恥ずかしかった。

でもコロナ禍以降、テントひとつに対してひとりで寝ることが増えて、熱源が自分しかない状況だと、テント内の気温も変わってくるよね。ちなみに外気温とテントの中の温度差は、ソロテントだと5℃いかないくらいです。

今は山岳会や山岳部に入って冬山からヒマラヤまでエスカレーター式に技術を高めていく登山スタイルが主流だった時代に比べると、冬山に行かない人も多くいらっしゃいます。登山者のメンタリティの多様化により、ここ40年間でいちばん大きく変わったのは、登山者の睡眠に求める快適性です。正直、ハードな登山をしようとすればするほど、眠りの質にはこだわっていられなくなります。一般的にはハードなことをするんだったら、体調を整えるためにも睡眠が大事だと考えるかもしれないんだけど、結局、困難な部分を突破するために、少しでも装備を軽くしなきゃいけないとなると、アルパインクライマーの多くは食料も寝具も削らざるを得なくなる。だから、ひとつの寝袋をふたりで使ったり、特注してひとつの寝袋に3人が入れるものを作ったりということがあります。

昔であれば、限界温度0℃の寝袋がスリーシーズンとして大きくフォーカスされていた時代が当然ありました。羽毛量も少なくていいから軽くなるし、みんなでひとつのテントで寝れば寒さもカバーできます。先に述べたメンタリティの話もふくめ、だから大丈夫だったんです。でも現状だと、快適温度0℃、限界温度-6℃の寝袋じゃないと寒い、なによりも楽しみに山に行っているのに眠れないなんてやっぱりいやだという考えになるのは当たり前のことですよね。

山岳会や山岳部とかのアルパイン志向の強い人だったら限界温度0℃の寝袋を選ぶけど、ハイキング志向というのかな、自然体験を楽しみに行く感覚の人だと、快適温度0℃の寝袋をスリーシーズン用として選ぶことが山との付き合い方、睡眠への向き合い方の目安になるんではないでしょうか。

僕がスリーシーズン用の寝袋を検討しているお客さんと話をしたり勧めたりするのは、快適温度0℃の寝袋です。今の時代は、快適温度0℃、限界温度-6℃をスリーシーズンのスタンダードとして考えた方がいいです。自分は耐寒能力が強いと思っている人であれば、もちろん限界温度0℃の寝袋でもいいと思います。

限界温度0℃と快適温度0℃の差をこういうふうに捉えていくと、実際にバックパックに温度計を付けて外気温を測る時にも、理解が深まると思います。

だから6℃刻みで外気温0℃前後の時、6℃前後の時、12℃前後の時に、自分がどう感じるかをメモする、記憶することが大事です。そして寝る前と明け方の温度をチェックをすること。具体的にこうしたことを心がけてください。そして0℃を基準に6℃刻みの枠組みの中で温度帯のあたりをつけてから、自分の体感にあわせて温度帯を上下にずらしてみると、自分にとっての寝袋の温度帯の最適解が見えてくるのではないかなと思います。

スリーピングシステムの組み合わせの落とし穴

寝袋編の最後に伝えておきたいことがあります。自分の著書『ウルトラライトハイキング』でも、うまく表現できずに反省していることがあって。「スリーピングシステム」という言葉についてです。

システムで考えるということは、単品の道具ではなくて、組み合わせた全体像で考えることです。だからスリーピングシステムを考える時に防寒着を込みにすれば軽量化ができるという話は『ウルトラライトハイキング』でも書いているし、みんなの頭の中にもその考え方があると思います。そしてここに落とし穴があります。

実際の軽量化に際して「防寒着で調整するので、寝袋を少し薄くしようと思うんですけど」という言葉が相談にきたお客さんから出てくることがあります。実は落とし穴が含まれているんです。「防寒着で調整する」という言葉の中には「防寒着を増やす」ことも想定されていることです。

防寒着を増やしたら、寝袋を軽くした意味がありません。あくまで軽量化することを大前提とするならば、寝袋を軽くした時に防寒着を増やしちゃいけないんです。いつも防寒着としてダウンジャケットをバックパックに入れている。でも寝る時は着てなかったハイカーがいるとします。そのハイカーが「寝る時にダウンジャケットを着れば、その分、寝袋を軽くできるじゃないか」と考えるのは理にかなっています。

でも寝袋を軽くしたのに、不安だからと防寒着を増やしたらプラマイゼロです。場合によっては総重量がもとより増えてしまうこともあるでしょう。だから防寒着込みでスリーピングシステムを考える時に、自分がいつも持っていく防寒着から逸脱してしまうと軽量化としては意味がないんです。

寒さが不安で防寒着を増やすぐらいなら寝袋を暖かくした方が絶対に暖かいし軽くなります。防寒着が増えていくと、中綿と一緒に表面生地も増えちゃいますよね。表面生地の分だけ増えなくてもよい重量が増えてしまいます。一方、寝袋を暖かいものに変えるということは、中綿だけが追加されるのと同じです。表面生地は増えません。何かを暖かくするなら、防寒着を増やすよりも寝袋を暖かいものにした方がトータルの重量は軽くなるのです。

同様に、寝袋にビビィを追加して暖かさを調整するのも、落ち着いて考える必要があります。ビビィの重量は軽いものでも200g前後あるので、200g増やすなら羽毛量を増やした方が確実に暖かくなります。それに、そもそもビビィはテントと同じジャンルの製品です。本来はテントやタープもない時に、それ単体で寝るためのものです。だからテントやシェルターの中で保温のために使うとなると、重量的には得るものが少ないと考えた方がいいのです。

ダウン量365gで重量545gのレベレーション850 30℉ダウンVer(上)と、ダウン量180gで重量345gのシートゥサミット・スパークSp1と重量240gのSOLエスケープビビィを組み合わせたもの(下)の比較。総重量585gながらダウン量180gの後者よりも重量545gでダウン量365gの前者の方が暖かい。

だったら、羽毛を増やした方がいい。大体羽毛を50g増やすと、2℃暖かくなると考えてください。もちろん、どのレベルの羽毛なのかで変わるんだけど、800FP以上の羽毛の場合は、50g増やすと2℃くらい温度が上がって、100g増やすと4℃くらい上がります。

テントの中で寝るなら、2〜300gのビビィを追加するよりも寝袋の羽毛を追加した方が、重量あたりの温度変化の効果は非常に高いと考えられます。同様に、防寒着をひとつ足すと、どんなに軽量なダウンジャケットでも200gはします。それを追加するぐらいであれば、羽毛量が50g〜100g多い寝袋を選択するだけで大丈夫です。

でも、そんな話をすると言われるのが、「でも防寒着は着れるじゃないですか」ってことです。でも、歩いている時は暑くなるから防寒着を着ないよね。もちろん寒い時期の明け方に動き出す時もあるし、急激に温度が下がることもあるけど、特にガシガシ歩く人だと日中に防寒着を着ることは少ないはずです。歩いていると、雨具を着るだけでも暑いことがあるじゃない。最近だったら山と道でも出しているアルファダイレクトみたいなアクティブインサレーションのシェルなしのものを、通気性と保温性のバランスから使うこともあるけど、ダウンジャケットを着ながら歩くのはなかなかないですよね。化繊綿のインサーレーションでも、着て歩くとオーバーヒートしちゃう。行動中に着られるものは、実は意外に限られてくるんですよね。そうすると防寒着を着るシチュエーションでいちばん多いのは、テント場に着いてからです。それも軽量化しようと思えば、寝袋を体に巻き付ければいいですよね。見た目は変だけど、こういうアイデアはレイ・ジャーディンの本の中にも出てきます。ULの基本なんですよ。

こうしたことからも、ULや軽量化を前提に考えた時、防寒着を下手に追加して寝る時の暖かさを調整するよりも、ワンランク暖かい寝袋を用意して防寒着を減らす方がシステムそのものはシンプルになります。スリーピングシステムを考える時に、システムを構築するものがシンプルである方が、運用するのはラクだよね。複雑なシステムはやっぱり運用が大変なんですよ。

自分が『ウルトラライトハイキング』で「防寒着もシステムに組み込む」と書いたことで、違う方向に発想は行きがちなんだけど、防寒着を足すんだったら、もともと持っていく防寒着だけっていうのを意識すると、より軽くはなるし、システムの運用もラクになるとは思います。でも、道具好きのハイカーは道具の組み合わせで新しい機能を獲得するのが好きですよね。道具の組み合わせを考える楽しみも絶対にあるから、いままでの話が唯一絶対のものでないことは言うまでもありません。ただ、システムを複雑に組み合わせた時に、重くなる可能性があることは頭においてください。そのうえで、楽しみとしてやってもらうといいと思います。

そしてこういう時によく話題になるのが「羽毛の量が260gの寝袋に羽毛量が140gのダウンジャケットやパンツを合わせた時に羽毛量400gの寝袋と暖かさはイコールになるのか?」という議論なのだけど、正直、暖かさが同じになるのか、分からないとしか言えないんです。

厳密に言えば、ダウンジャケットだとシェルがあるので熱の伝わり方が落ちるはずなんですよ。だから同じ羽毛量になったとしても、400gの寝袋の方が暖かい可能性が高い。

ただ、例えば生地にチタンやアルミのスパッタリングを施していたりすると、また変わってくるとは思います。あとは使ってる生地が高密度で打ち込みがきついものなのかとか、個別でいろんな差は出てくるとは思います。そしてダウンジャケットを着ると特に首周りの密着度が上がる。下半身よりも上半身の方が、寒さに弱いじゃないですか。だとすると、ダウンジャケットを着る行為は、寒さを感じる上半身のところに集中的に羽毛を持ってくる対策とも言えます。フードがなかったとしても襟元ギリギリまで覆えるし、肩周りも覆えますよね。だからもしかしたら暖かいのかもしれません。ここまで細部を考えていくと、さらに道具の各論を考える時に面白いはずです。だから自分はちょっと重たくなってもいいから、140gのダウンジャケットと260gの寝袋を選択します、というハイカーが当然いてもいいんです。

一方「どうせダウンジャケット着ないし」となったら400gの寝袋にしておく。こっちの方が軽くなるし、もし寒かったとしても、シンプルな方がいいと選択するハイカーもいるでしょう。正解がないというのはこういうことです。例えば今後、山と道独自でスリーピングシステムを考えていくという時に、羽毛か化繊の違いはあるけど、いろんなモデルの違いを測定して細かく検証するのも、できるんじゃないのかなと思います。ここまでで何か質問はありますか?

質問 今の話に通ずるところなんですけど、羽毛の寝袋に入る時にダウンジャケットを着るのは、個人的にも保温力のアップに繋がらないんじゃないかと考えています。だけど例えば寝る時に着るものがアクティブインサレーションの場合は、保温力が上がるのでしょうか?

素材単体のアクティブインサレーションは、通気性があるから保温層を作りにくいとは思うんですよ。このカテゴリー自体、オーバーヒートしない、暖かくはならないところに特徴があるわけですよね。ただ外側から蓋をして通気性を阻害すれば、それなりに暖かくなるわけです。それに、体温が寝袋に伝わりやすいので、寝袋の体感温度を早く上げる結果になると思います。ちゃんと検証していないから適当なことは言えないけど、素材の特性からひとつ言えることは、アクティブインサレーションを着て寝袋に入った方が、寝袋本体を暖かいと感じる速度は速いということです。

ただ、ダウンジャケットは着た瞬間に暖かいと思うから、アクティブインサレーションとダウンジャケットをイコールではなかなか考えられないじゃないですか。そもそもの保温力が違うし、特性が違うので。そこは置いといて、例えばインナーダウンジャケットと同じくらいの薄さのものを着た場合と、アクティブインサレーションを着て中に入った場合にどうなるのか。寝袋に温度計を突っ込んで、中の温度がどういう上昇曲線を描いていくのかを測って検証するのもいいかもしれません。答えになっていませんが、いま自分から言えることはこんなところです。

質問 寝る前にダウンジャケットを着て体を温めて、寝袋に入ってから脱ぐのはどうですか?

暖かいと思います。そういうアイデアが個人の細かいTIPSとして面白いと思うんだよね。大きな枠組みが分かってくると、こうにもできるんじゃんと考えるじゃないですか。最終的に誰にでも当てはまる答えは出にくいけど、「俺はこうしてるぜ」みたいなのが、裏技みたいで面白いと思うんですよね。

僕もアクティブインサレーションやアルファ系はあんまり着ていなかったんですよ。出てすぐに試したけど、どうせ歩いてる間はあんまり着ないし、別にいいやと思ってたんです。同重量だったら羽毛を持っていく方が暖かいから、体温保持を考えたら最終的にダウンジャケットでいいんじゃないかと思っていました。

でも今は、ダウンジャケットとキルトを持っていくんだったら、アクティブインサレーションとフルクローズできる寝袋を持っていった方が、暖かく寝られるんじゃないかと思い、あらためて実践しています。晩秋の時期や雪が降りそうな時期で、最低気温がー5〜+5℃の気温帯でのハイキングの場合、どっちがいいのかを試しています。まだ判断はつかないけど、何となく僕の中ではフルクローズできる寝袋とアクティブインサレーションの方がいいんじゃないかなと感じています。

質問 ここ数年、VBL(Vapor Barrier Liner)の製品を持って山に入ることが多いです。羽毛の寝袋も最近は撥水加工されているからロフトが潰れにくくなっていますが、あまりその恩恵を受けたことがなくて。例えば北アルプスに行った時にずぶ濡れになることもあるので、化繊の寝袋にVBLのシュラフカバーを被せて暖まっているんですが、土屋さんは最近、VBLをどう考えてますか?

まずVBLの説明をすると、元々はアラスカやシベリアの極寒地で生まれた寝袋や防寒着、ブーツ内部の濡れ防止のためのシステムです。要は寝汗をかいて、その湿気が寝袋に移ると、ロフトが潰れたり凍ってしまう問題が起きます。あとは靴も中で蒸れて汗が湿った状態で冬に放置しておくと、中が凍ってしまいます。それを防ぐために、自分の寝汗を寝袋に吸わせなかったり、自分の足の汗を靴に吸わせないために、不透湿の膜を足先に覆って靴を履いたり、不透湿のインナーシーツに入って、汗をかいてもそれがブーツ内部や寝袋に移らないようにする仕組みです。

人体は肌面をラップなどの不透湿素材で覆って密封した状態を作ると、ある一定量を超えると発汗が止まるという生理現象があります、それを利用して寝具を濡らさず凍らせないための手法として、極寒地の長旅の中で編み出されました。結局は膜の中で蒸れ蒸れの状態を作るということなので、それによる保温効果もあります。なので、日本だと寝具や靴に湿気を吸わせないという本来のVBLの目的よりも、蒸れ蒸れにさせて暖かくするところにフォーカスが当たるようになりました。

僕も洞窟探検をやっていた時代に、ビニールみたいなツナギを着てからフリースのツナギを着た状態でやることが多かったです。洞窟の中は気温が低いし滝に打たれることもあるんだけど、蒸れ蒸れになるので体温保持ができていました。蒸れが暖かさに繋がる理屈は自分も経験しているからその通りだと思います。

ただ、オペレーションが難しいのも事実です。要はVBLはゴミ袋に入ってると想像すればいいんだけど、ゴミ袋に入った状態で寝汗をかいて蒸れると、洋服は濡れるわけです。翌日に濡れた状態で外に出ると寒くなります。それでもすぐにテントを撤収してすぐに動き始める行動のオペレーションを組んでると寒いと思う時間は少ない。ただ、その時に外の風が強いと、体温を持っていかれないためにどうするのか。濡れた服の上からシェルを着るのか、着乾かすのか、レイヤリングも考える必要があるし、行動もVBLに合わせて考える必要が出てくるので、運用は一筋縄ではいかないかなと思います。

山と道スタッフ・苑田大士が以前『ウルトラライト・パッキングのすすめ』で紹介していたビビィの中に内側に金色のコーティングが貼られたウエスタンマウンテニアリングのホットサックVBLを仕込んだ組み合わせ。VBLで蒸れさせて保温することで、羽毛の寝袋やジャケットを持たないことによる軽量化を実現したが、当然衣服は湿ってしまうので、速乾性のあるベースレイヤーの着用や気温が下がりすぎない山域や季節の選択なども必要になってくる。

それでもVBLが有効なシチュエーションは、1日の行動時間と行動距離を長くすることに特化しているハイキングだと思います。通常通り8時間動いて、テン場に着いてダラダラするパターンの人には、あまり恩恵はないと思う。却ってやることが増えて煩雑になるだけです。僕ら日本のUL第一世代のハイカーたちはVBLにひと通り挑戦したけど、全員挫折したからね(笑)。なのでVBLに関しては有効な手段を僕が教えてほしいくらいです。

それでは、1限目はスリーピングシステムのなかで寝袋について話しました。2限目ではスリーピングパッドについて話していきたいと思います。

【2限目に続く】

連載「土屋智哉のULハイキング大学 in 山と道」

『土屋智哉のULハイキング大学 in 山と道』は、ULハイキングを日本に広めた先駆者であり、アウトドアカルチャーにも深い理解を持つハイカーズデポ店主・土屋智哉さんを講師に迎えた連続講座です。 本講座では、バックパック・シューズ・テントなどULハイキングの基本装備をテーマに、それぞれの来歴や背景、最新の動向までを解説。道具の進化を通じてULハイキングの考え方と歴史が学べる内容になっています。