社是としてスタッフには「ハイキングに行くこと」が課される山と道。「願ったり叶ったり!」と、あちらの山こちらの山、足繁く通うスタッフたち。この『山と道トレイルログ』は、そんなスタッフの日々のハイキングの記録です。今回は、山と道京都スタッフのあやなんこと永井絢菜が、社内の「ULハイキング研修制度」を利用して台湾の山々を歩いた旅をお届けします。
台湾への渡航前に南湖大山の北一段ルートと聖稜線のO型ルートを歩く計画を立て、登山パーミッションも取得して準備万全! かと思いきや、なんと旅の初日に台風の影響で計画がまっさらになってしまった永井。しかし、彼女はそんなところで立ち止まりません。急遽計画を変更して、台湾の古道を歩き始めます。
予想外の出来事から始まった旅は、どこに行き着くのでしょうか。道中に出会う台湾の人たちの温かい助けをもらいながら進んでいく彼女の予測不能な旅に、どうぞお付き合いください。
はじめに
今年のULハイキング研修は隣国、台湾を選んだ。台湾へ行くことにした発端は2025年の1月に遡る。
その頃、私はヴィパッサナー瞑想というものを受けていた。知っている人もいるかもしれないが、10日間、携帯・本・日記などのあらゆる情報源から離れ、誰とも話さず、ひたすら瞑想するというもの。その休憩時間に庭を散歩しながら吸った空気のおいしさに感動した。風が身体中をスーッと通り抜けて、全身が軽くなったようだった。
実際には身体が軽くなったわけではなく、頭の中が整理されて、いつもより空気がおいしく感じられたのだと思う。同時に、これがもっと広い自然の中だったら、どれほど気持ち良いのだろうと思った。その時から“物理的な軽さ”だけでなく、“思考の軽さ”についても関心を持った。そして、瞑想期間中に「今年のULハイキング研修は、静かで大きな自然の中、誰とも話さずじっくり歩けそうなところへ行きたい」と考えていた。煩悩全開。
と、なれば日本はなし。日本語圏内だと会話が生まれてしまう。
そうは言っても研修なので、学びや経験が深められる場所はどこだろう。と考えていた頃、山と道代表の夏目さんがいつかの飲み会で「台湾の山は良いよ」と、楽しそうに話していたのをふと思い出した。
山と道は台北に直営店samplusがあるし、日本人ハイカーに向けて台湾ハイキングを後押しする台湾ハイカーズハンドブックも作成している。しかも、登るためにパーミッション取得が必要な高山に対して、現地のガイド会社・米亞桑(ミアサン)と協力して、パーミッション取得代行申し込みフォームまで展開している。ここまでするくらいだから、台湾の山はよっぽどすごいんだろう。
山と道と台湾の繋がりは深いけれど、自分ごととして台湾の山の魅力を感じられていないなぁと思い、調べ始めた。すると、3,800〜3,900mの高山がひしめいていて、しかも縦走できるらしい。日本にはない山岳地形が広がっている。調べれば調べるほど惹かれていき、「これはすごい山岳国家や!」と(今さら)気づいた。
想像するだけで心が躍っている。「いつか行ってみたい」が「行こう」に変化していた。
ならば、イチ登山者として台湾ハイカーズハンドブックを利用し、自分の足でその魅力を確かめよう!と決めた。
*米亞桑(ミアサン)を介したパーミッション取得の流れは後日JOURNAL記事にて公開予定です。
コースは、TAIWAN Hiker’s Handbookの中から選んだ。「長期テント泊が可能」「公共交通でアクセスできる」「少し難しめでメジャーすぎない」という条件で、下記ふたつの候補があがった。
太魯閣(タロコ)国家公園 :南湖大山(ナンフーダイシャン)の北一段ルート
台湾を代表するクラシックルートのひとつ。中央山脈北部、南湖大山(3,742m)を主峰に鋭い岩稜と広大なカール地形をたどる縦走路。長い行程と厳しいアップダウンを伴う、経験者向けの本格ルート。
雪覇(シュエイバ)国家公園:聖稜線のO型ルート
雪山山脈の主稜線を環状に結ぶ、台湾屈指の名峰群を一度に巡る壮大な縦走ルート。雪山(3,886m)から大霸尖山への稜線をたどり、岩峰と草原が交錯する変化に富んだ景観が広がる。高山のスケール感と稜線歩きの醍醐味を味わえるアルパインルート。
場所的に近いエリアだし両方行ってしまおうということで、ふたつの国家公園を繋げて合計10泊11日の縦走計画を立てた。
だが結果としては、当初想定していた「誰とも話さずじっくり歩く」なんてことは全く起こらず、思ってもみなかった台湾ハイキングの魅力を知ることになる。
では、どうぞ!
DAY0 トラブルからスタートした台湾ハイキング
数ヶ月前からパーミッション取得の準備をし、いつもぎりぎりになりがちなパッキングも今回は出発の数日前には終えて準備万端――のはずだった。ところが関西空港へ向かう電車の中で、米亞桑(ミアサン)から「台風26号の影響で、全国家公園が閉鎖しました」というメールが届いた。台風が接近していることは知っていたけど、計画の日程にドンピシャで当たってしまった。あと数時間で出国するというのに、計画がまっさらになった。
「旅にトラブルはつきもの。自然が起こすことは仕方がない。逆に面白くなるかも!」そう思い、潔く台湾へ向かった。

台北AM1:30着。空港泊。
台北に到着後、まずは山と道直営店であるsamplusへ向かい、仲間へ挨拶と相談。現状、私が計画していたルートはすべて閉鎖。万が一の代案として調べていた台北大縦走も、陽明山(ヤンミンシャン)国家公園の一部を含むため歩けないらしい。
研修で来ているのに、現状ノープランである。まずい。そんななか、スタッフのチーさんが提案してくれた。
「淡蘭古道というトレイルがあってね。ここなら国家公園じゃないし、長く歩ける。しかも太魯閣国家公園の近くの町まで続いているよ。」
太魯閣国家公園とは、もともと歩く予定だったひとつ目の国家公園だ。

トレイルを調べてくれるチーさん(右)とピピさん(左)
調べてみると「100年の歴史ある淡蘭古道」「淡蘭の自然や歴史文化をより深く理解できる古道」とあり、なんとも惹かれる。
このトレイルを歩きながら、もし国家公園が再開したらそのまま太魯閣国家公園に向かえば良い。ぴったりな計画ではないか。よし、それで決定!
明日は天気が持ち堪えそうなので、急ではあるがさっそく明日から歩くことにした。フライトの疲れと、計画を練り直す疲労に負けそうになりながらも、急いで食料を買い出し、淡蘭古道について調べ、早めに眠りに就いた。
samplusのみんなのおかげで「ひとりじゃないんだ」と思えた。

ヘクターさん(左)とジェニーさん(右)がおやつを差し入れてくれた。
DAY1 思いがけず淡蘭古道を歩く
昨日知ったばかりのトレイル、淡蘭古道を歩き始める。淡蘭古道は北・中・南の3つに分かれており、まずは南の道から。南の道は台北市内から宜蘭(イーラン:太魯閣国家公園へ向かう途中にある街)という街まで続いているので、国家公園が再開した時に柔軟に動きやすい。

まずは淡蘭古道の南の道を歩く。
テント場は決まっていない(というより、計画する時間がなかった)。ヘクターさんたち曰く、お寺や小学校ならテントを張らせてもらえることもあるらしい。なんとかなるでしょう。
長い時間をかけて準備した計画が、あっけなく崩れ、全く予想していなかった場所を歩いている。計画が真っ白でも、意外となんとかなるものだなぁ。そんな展開にワクワクしながら、バスで淡蘭古道の出発点へ向かった。道標は整っていて、台北の街を見渡せる場所や、歴史を説明する看板、お寺などもあり、歩き旅をしているようで楽しい。

淡蘭古道を説明する看板

途中で街に寄るので食事や補給もしやすい。

淡蘭古道マークの道標

台北市街を見渡せる。
20km弱歩いた頃、そろそろ寝床を探そうと思った場所はかなりの田舎。小学校も見当たらない。今晩どこで寝よう…。昼間は「なんとかなる」と思えても、夜になるとやはり野宿は怖い。山なら良いけど、海外の知らない街のその辺で眠るのは不安だ。きちんと安全に、安心して寝たい。そもそも、ひとりで海外のトレイルを歩くこと自体、不安がないわけではない。
そんな時、通りすがりの家族を見つけ、「この辺でテントを張れる場所はありませんか?」と尋ねた。お互いに言葉は通じないのでGoogle翻訳とジェスチャーで、淡蘭古道を歩いていることを説明すると、「ご飯をうちで食べていきなさい」という翻訳のスクリーンショットを見せてくれた。

流れのまま、出会った家族と一緒に夜ごはん。
言葉は通じなくても、おいしいものを「おいしいね」と表現しながら食卓を囲んだ。結果的に家に泊めてもらい、お父さんのカラオケを聴きながら楽しい夜を過ごした。相手を知りたいという気持ちに、共通の言語は必ずしも必要ではないのかもしれない。観光地では分からない、人々の暮らしに触れる旅がやっぱり好きだ。

シャワーも貸してもらった。

貸してくださった寝室。ふかふかのベッド。

実際に娘さんと同年代だった。

お父さんのカラオケ。日本の演歌もプレイリストにあった。
DAY2 先の見えない不安
たまたま出会った方のお家のベッドで目覚めた朝。深夜に強い雨音を聞いた記憶がうっすらあるが、ぐっすり眠らせてもらった。
朝起きると「倉庫で朝食を作っています」というGoogle翻訳のスクリーンショットが届いていた。倉庫とは、キッチンとお風呂場がある小さな離れのことだろう。
「ザオアーン(おはよう)」と挨拶すると、お父さんが生姜・卵・ネギのオムレツや、大麦のお粥のようなスープを作ってくれていた。調理している様子を後ろから興味深く眺める。家庭のご飯は、レストランでは味わえない文化や暮らしを感じられる。

朝食を作ってくれるお父さん。

朝食。卵と生姜とネギのオムレツのようなもの。
今日は台風の影響が最も強く、公共交通機関の通っていない区間を歩き続けるのは危険と判断。お父さんの助言もあり、途中をスキップして宜蘭の近くまでクルマで送ってもらい、淡蘭古道南の道の最後の部分を歩いて宜蘭の街へ向かった。

途中でたくさんの猿と遭遇。威嚇された。
もう宜蘭の街まで来てしまった。バックパッカー向けの安宿を調べると、空きがなさそうだったが、他は当日宿泊ということもあり段違いに高い。ダメ元で、街で一番安そうな宿に空きがないか聞きに行ってみた。すると、「女性専用ドミトリールームはエアコンが壊れてて、ネットでは予約を止めてたんだよね。エアコンなしで良かったら泊まってもいいよ」とのこと。もちろん、どこでも寝られるのでOK。そうしてチェックインを済ませた。ラッキー(しかも後から修理業者が来てくれた!)。
だけど、また明日以降の予定を考えなければならない。国家公園はいつ再開するのだろう。そんな予測できないことに囚われず、今できることを考えよう。
明日は北の道を歩こうかと思っているが、問題は道中での宿泊場所。街での野宿は怖いのでやりたくないと、昨晩痛感した。
自分がどうなるのか分からない、予定がない、目的地がない——そういう状態は不安になる。人生も同じだなぁと思った。それが「今日や明日の寝る場所」という具体的な尺度になると、急に現実味を帯びて怖くなる。そんな時、ヘクターさんが「ダメだったら帰ってきたらいい」と言ってくれていたことを思い出し、心が少し緩んだ。不安を分かってくれる人がいることのありがたさを、しみじみと感じた。
DAY3 国家公園再開の報せ
どうせ時間があるなら歩きたい。淡蘭古道北の道を目指して電車に揺られ、始点の大里駅へ向かう。街からどんどん離れ、下車した海沿いの駅は、雨が降り、人影もなく、朝なのに少し寂しい。

誰もいない田舎の駅からスタート。
歩き始めるとすぐに山に入り、海を見渡せる場所に出る。この海の先は日本の石垣島だろうか。このルートは別の古道の一部でもあり、日帰り登山者が多い。天気が悪くても、みんな来るんだなぁ。

いろんな古道があるらしい。

小さな無人島が見えている。もっと先には石垣島があるのかな。

トレイル途中の福隆駅はお弁当が有名らしいので素食(ベジタリアン)弁当を頂いた。
そんな道中、ヘクターさんから「明日から国家公園が再開するよ! スケジュールを変更していってらっしゃい!」という連絡が届く。立ち止まってメールを開き、状況が動き出したことにドキドキした。
さて、どうするか。今日はこのまま淡蘭古道を歩き、明日は準備日にするか。それとも今すぐ街へ戻って明日から入山するか。戻るなら最短ルートは? 今日の宿は? 頭をフル回転させる。
聖稜線自体は、もともとの日程通りであれば問題なく歩けそうだ。南湖大山に関してミアサンに相談すると、以下の条件を満たせば登山可能とのこと。
- パーミッションは13〜18日の日程で取得しているので、その間での入山となる
- 計画がずれた場合、小屋予約は取り消されるためテント必須
明後日出発だと南湖大山は2泊しか行けないことになる。それは短い。やっぱり明日から行こう。そうと決まれば街へ戻り、食料を買い出し、休養だ。全力の機動力を発揮し、最寄駅までヒッチハイクして宜蘭の隣街、礁渓(ジャオシー)まで戻る。

最寄りの駅までヒッチハイク。

電車に揺られ街へ戻る。外を眺めるおじさんがかわいい。
南湖大山の北一段ルートはもともと5泊6日の予定だったが、3泊4日の短縮バージョンに組み直した。明日からいよいよ国家公園へ向かうのか…というふわふわした感覚。急展開続きで気持ちの切り替えが追いついていない気がした。計画がまっさらになったところから始まった台湾珍道中。なにはともあれ、歩けることになって嬉しい。思い描いていた台湾トレイル、始まるぞー!

太魯閣国家公園の南湖大山の北一段ルートは短くアレンジ。その後、雪覇国家公園の聖稜線のO型ルートを歩く。
DAY4 待ちに待った南湖大山へ
朝一番のバスで、南湖大山の登山口である勝光登山口へ向かう。車内には登山の装いの人が半分以上。みんな同じバス停で降りるのかな。

宜蘭から登山口へ向かうバス。
登山口までは約2時間半かかるのだが、うとうと眠ってしまい、はっと気づいた時には下車予定のバス停の直前だった。慌てて停車ボタンを押し、降りたのは私ひとり。降り損ねていたら大変だっただろう。ギリギリで起きた自分に驚きつつ、「呑気だなぁ」と、どこか他人事のように思いながら、勝光登山口へ到着した。

入山への気持ちの切り替えがしづらかった勝光登山口。
ここには「方便屋」という南湖大山登山者向けの宿泊施設がある。1泊500台湾ドル(約2,500円)で、シャワーと朝食付き。部屋数も多く、とても清潔。下山後はここに泊まる予定なので、聖稜線のO型ルート用の食料を預かってもらい、いよいよ登山開始。台風が過ぎ去った後の空は、雲ひとつない真っ青な青空だった。

南湖大山方便屋。登山者用宿泊施設

やっと始まる縦走にウキウキ
せっかく台湾に来たので、一度は山小屋での食事を経験したいと思いミアサンに相談していたが、南湖大山は台風の影響で日程が直前に決まったため申し込めなかった。聖稜線ではソロでの食事申し込みは不可で、他に希望者がいれば相乗りできるのだが、私の予定とは合わなかった。残念だなーと思いながら樹林帯を登っていく。
途中、笑顔が素敵なパワフルなおじさんふたりに追いつく。英語はあまり通じないが、日本から来たことや山行計画を伝える。
おじさん「ひとりで来るなんてすごいね! 食事はどうするの? インスタントラーメン? お米を炊く?」
私「そうです。インスタントラーメンやオートミールです」
おじさん「僕たちは料理人が作ってくれる料理だよ!」
私も料理人の食事を食べたかったけれど申し込めなかったことを、簡単な英単語とジェスチャーで伝えると、「じゃあ私たちのところへ来なさい!」とGoogle翻訳の画面を見せてくれた。食事は人数分しか用意されていないはずだし、疑問だらけだったけれど、深く考えず「なるようになればいいか」と思い、「じゃあまた後で」と別れた。

台湾旅の最後まで仲良くしてくれることになる、パワフルおじさんふたり。
この日は森林限界を超えない場所にあるテント場に到着。テントを張り、初めての台湾の山小屋を見て回っていると、例のパワフルおじさんたちが到着。
おじさん「一緒に踊ってくれませんか?」
私「いいですよ」
ブルーノ・マーズの新曲に合わせて一緒に踊り、ダンスコミュニケーションが終わると、「ご飯だよ!」と言われる。ありがたく、ポーターさんが作ってくれた食事をご馳走になる。山でも、こんな予期せぬ楽しい出来事が起こる。そんな初日だった。
明日は、さらに標高を上げる。

雲稜山屋

初めての夕食

自分の食べる分を取るスタイル

ポーター料理でもクッカーやカトラリーは持参。
DAY5 山頂の絶景を独り占め
昨夜、「朝食も一緒に食べない? 3時においで」と誘われた。3時!? ありがたいけれど、正直そこまで早起きする気力はなく、やんわりと遠慮した。
5時に起床し、パッキングを終えて出発しようとすると、ちょうどパワフルおじさんたちが朝食を食べているところだった。気づけばもう6時。なぜこの時間になっているのか深掘りはせず、また会ってしまったので、結局一緒に朝食を頂く流れに。
歩き始めて2時間もしないうちに展望が開け、南湖大山の山々が見渡せるようになる。足取りは軽く、まずは南湖北山(3,536m)へ到着。

やっと森林限界を抜ける。

南湖北山(3,536m)
絶景を独り占めしながら食べた、初めての素食(ベジタリアン)インスタントラーメンがとてもおいしかった。台湾には素食文化が根付いており、インスタント食品にも選択肢が多い。ゆるくベジ生活をしている自分にとっては、新しい発見がたくさんあり楽しい国だ。

ベジタリアンフードが多彩

格別のインスタントヌードル
雲海の広がる稜線を歩き、12時頃に今日のテント場である南湖山屋に到着。テントを設営し、時間に余裕があったので南湖大山へ登頂することにした。

稜線からの景色
南湖大山山頂は標高3,742m。誰もいない山頂で、初めての景色をひとり静かに目に焼き付ける。日本の山と似た山容のため標高の高さを実感しにくく、自分が3,700m超えのところにいる実感はあまり湧いてなかったが、少し頭痛がする。軽い高山病だろうか。夜中には頭痛で目が覚め、痛み止めを飲んだ。

南湖大山山頂(3,742m)

夕日に赤く照らされる南湖大山系

賑わう南湖山屋
DAY6 ジャン茶の温かさと登山者の厳しい助言
朝日を見るなら今日。4時に起き、南湖大山東峰を目指す。方角的に東峰から朝日が見られるはずだと考えて登り始めたが、山頂直下は気を抜くと落ちそうな崖で、しかも暴風。正しいルートが分かりづらくいろんな岩場を登ったり降りたり。かといって、引き返すのも怖い。滑落しないよう必死に進む。

夜明け前
やっと稜線に出ると、視界一面に日の出前の赤く染まった空と雲海が広がった。思わず「わぁ」と声が漏れる。そのまま山頂へ向かい、朝日を待つ。そこで見た朝日は、今でも鮮明に覚えている。

やっとの思いでなんとか登頂。怖かった。

朝日を独り占め
朝日を堪能したあと、南湖大山より先の巴巴山まで往復。本来はさらに先をテント場にする予定だったが、台風後で川が増水しており、渡渉箇所が危険との情報を聞いたため、無理をせず昨夜と同じ場所に戻る判断をした。

巴巴山(3,264m)

山容は日本と似ている。
台湾の山小屋は政府管理で、日本とは違い寝床が番号で割り振られる簡易的な造り。食事や飲み物の販売はなく、その代わりポーター文化がある。ポーターを雇うと朝夕の食事を作ってもらえ、日中は不要な荷物も運んでくれる。お湯を沸かし、朝のティーや夕方の黒糖生姜茶も用意される。この黒糖生姜茶は「ジャン茶」と呼ばれ、台湾の山では定番らしい。生姜で体が温まり、黒糖のやさしい甘さが冷えた体に染み渡った。
この日もパワフルおじさんたちと同じ山小屋。「兄貴(ポーター)が日本人をもてなしたいと言っている。10人分作っているから一緒に夕食を」とGoogle翻訳で伝えられる。自炊しないと荷物が減らないという現実と、好意を断れない気持ちの間で揺れる。実は昨夜もご馳走になっていて、この山ではまだ一度も夕食を自炊していない。

今晩も…。
夜から翌日にかけて雨予報。頭痛であまり眠れていなかったこともあり、翌日の長い下山に備えて山小屋泊に切り替えた。小屋には多くの登山者がいて、英語を話せる人もいた。聖稜線を歩く予定だと伝えると、「ひとり? 4泊? そのバックパックでは無理」「断崖はひとりで行くべきじゃない」「亡くなった人もいる」と、不安になる言葉が次々に飛んでくる。
聖稜線には「断崖」と呼ばれる難所が数箇所あることは、事前に調べた上で選んだコースだった。心配してくれているのだろうけれど、「もう行くことは決めているのに、そんなこと言わないで…」と、逃げ場のない迷いが全身にのしかかってくるようだった。
泣きそうになっている私を見て、最も厳しかったおじさんが最後にこう言った。
「確かに聖稜線はとても美しい。今の時期は毎日登山者がいる。あなたに経験があるなら大丈夫だろう。ただし、食料はしっかり持ちなさい」
よし、腹を括ろう。食料をきちんと準備し、前日の山小屋で一緒に歩ける人を探す。それでいこう。

初の山小屋泊
DAY7 地元の暮らしに触れる、嬉しい出会い
昨夜も深夜に頭痛で目が覚め、痛み止めを飲んだ。今日は約20kmの下山。出会った人たちが次々と食べ物や物資をくれる。台湾の人たちの親切をすべて受け取った。結果的に、登り始めよりもバックパックは重くなっていたと思う。

勇ましい山々
途中で雨が降り出し、UL All-weather Jacketを着るが、雨が染みて、体が温まりにくい状況だったこともあり冷えた。自分の熱で温めようと思い、小走りでひたすら下山していると、日本語・英語・中国語を話すポーターのイェンさんと出会った。彼も明日から、私と同じ聖稜線のO型ルートへ入るという。
「明日からのお客様グループには日本語を話せる人もいると思うよ。一緒においで!」
なんとびっくり。英語が通じる人が少ないと感じていたなかで日本語が話せる人と出会った。断崖と呼ばれる場所は、いざという時のためにすぐに意思疎通ができたほうが安心。ここで出会えたのも縁だろう。一緒に行かせてもらうことにする。歩きながら、お互いのことを話しつつ下山した。

ずっと雨

ポーターのイェンさん。以前、日本で仕事をしていたことがあるらしい。
下山後、「友達が迎えに来ている。彼の家に泊まって、聖稜線へ向かうつもりだから一緒に来たらいいよ。シャワーも浴びられるし、ルーローハンのおいしい店にも行こう」と誘ってくれた。

下山口から方便屋まで200元(当時:約990円)で迎車サービスがある。徒歩も可能。
出会いは旅の醍醐味。せっかくの機会なので方便屋での宿泊をやめ、イェンさんの友人、ツーホンさんの実家へ。
図らずも、また地元の人の暮らしに触れることができた。

ツーホンさんの実家

貸してもらえた寝室

イェンさんと、友人ツーホンさん

下山後、荷台に乗せてもらって地元のレストランへ。

ルーローハン。他にも臭豆腐、魚のすり身のスープ、小籠包も頂いた。

ツーホンさんの実家は梨山という街でフルーツの梱包工場を経営している。季節ごとにフルーツは変わるそう。今は柿。

貰った柿。山で食べるフレッシュなものは特においしい。

工場ではタイ人の方が多く働いていて、奥様たちが夕食にタイ料理を作ってくれた。
DAY8 聖稜線のO型ルートのはじまり
今日から雪覇国家公園の聖稜線のO型ルートへ向かう。早朝、イェンさんと一緒にポーターを務める方がピックアップに来てくれ、そのまま登山口まで同乗させてもらった。公共交通機関でアクセスできるバス停から登山口までは約9kmもあり、ヒッチハイクを考えていたので、丸ごと解決してしまった。「You are lucky girl」と笑われる。

雪覇国家公園 武陵農場
登山口には、イェンさんのお客様である登山グループの方々がいた。驚いたことに、MINI2を背負っている人や5-Pocket Pantsを履いている人がいて、すぐに打ち解けることができた。日本語がとても上手な方もいて、名前はピンクさん。話を聞くと、日本語教師で、生徒さんたちと一緒に聖稜線を歩きに来たという。登山者7名に対して、ガイド1名、ポーター3名という体制だった。

今回一緒に歩いてくれたグループの方たち。
今日は特に危険な箇所はないため、ひとりで歩く。天気は悪く、展望もなく、ひたすら樹林帯を登り続けて標高3,303mの池有山に到着する。真っ白で何も見えない。

本当は絶景らしい池有山
そのまま先へ進んでいると、右手で「ポキッ」と音がした。トレッキングポールが折れている。

ここが折れるんだ?
思わず「えっ?」と声が出た。5秒くらいじっと眺めて、すぐに「まあ、大丈夫か」と思い直した。ポールがなくても歩けるし、トレッキングポールが必要なワンポールの非自立式テントを使用しているけれど、折れた場所は持ち手のすぐ下なので、おそらくテントも立てられる。トラブルが起きた瞬間、無意識に「計画は継続可能か」「どんな影響があるか」「リカバーできるか」を考えている。経験値がアップした、と前向きに切り替えて小屋へ向かう(心の内は、購入金額や使用年数を思い出してテンションは下がっていた!)。

新達山屋
テント場に到着し、無事にテントも設営できた。しばらくするとピンクさんたちも到着。明日は、聖稜線のO型ルートのなかでも品田断崖、素密達断崖と呼ばれる難所が続く日だ。安全のため、彼女たちと一緒に断崖を歩かせてもらうことにした。

折れたトレッキングポールでも張れた。

仲間の誕生日を祝っている方たちに混じる。

トレッキングポールを直そうとしてくれるベテランガイドのおじいちゃん。
DAY9 緊張感が続く難所へ
早朝4時に出発。最初の難所・品田断崖まではひとりで歩き、断崖手前でみんなと合流し、グループに加わることにする。日の出前の暗闇の中、ひとりずつ慎重に下りていく。ベテランのガイドさんが、足の置き場を的確に示してくれる。品田山(3,524m)に到着すると、すっかり日が昇り、雪覇国家公園の山並みを一望できた。

品田断崖

品田山(3,524m)

みんなで記念撮影。手前の女性がピンクさん。

先までずっと続く山々も歩いてみたい。
「あのずっと先まで続く山も歩けるのか」と想像が膨らむ。目の前に広がるダイナミックな山々に、しばらく見とれていた。台湾の山岳地帯は、狭い土地面積に高山が密集している分、険しさと美しさが凝縮されているように感じる。
次は、最も危険と言われる素密達断崖。下りる前にポーターさんが身体に安全ロープを巻いてくれ、万が一滑落した場合には上から引き上げてくれる体制を整えてくれた。ガイドさんは先に下り、下からサポートしてくれる。

素密達断崖

危険箇所にある看板
岩に設置されたロープを握りしめ、ゆっくりと直下へ下りていく。途中、足場が見えず、身体が一瞬宙に浮くような感覚になり、冷や汗が出た。
私を8人目のメンバーとして、しっかり安全を確保してくれたガイドさん、メンバーのみなさん、ポーターさんたちには感謝しかない。ひとりだったら歩けたか分からない。彼女たちと一緒に歩かせてもらえて本当に良かった。
無事に、今日の宿泊地である素密達山屋に到着。テント場がないため、みんなと一緒に小屋泊となった。一緒に歩いた彼女たちはみんな、山が好きで、日本の山や山と道のことにも興味を持ってくれていた。国や言葉は違っても、好きなことは同じ。好きなことを通じて輪が広がっていくのは幸せだなぁ。

ポーターさんたちによる料理開始

小屋でおしゃべりタイム。
夕食までの時間、日本と台湾の山のこと、普段の暮らし、国際恋愛の話など、話題は尽きない。恋バナは世界共通で盛り上がる。そんななか、ピンクさんが聞いてくれた。
「みんなが聞きたがっていることがある。日本の山は素晴らしいのに、どうしてわざわざ台湾の山に来るの?」
南湖大山でもされた質問だった。私の答えはシンプルだった。「台湾には日本にない高山地帯が広がっている。隣国にこんな魅力的な場所があると知って、歩いてみたいと思ったから。」
ピンクさんはこう続けた。
「台湾の人の国民性だと思うんだけど、他の国のものの方が良いって思いがちなんだよね。日本の山小屋はきれいで、ご飯もビールも買えるでしょう? 台湾は政府管理だから質素で、みんな日本に憧れている。だから不思議に思うんだと思う。」
日本の山小屋は暖かく快適で、食事や飲み物が手に入る。その一方で、経営や後継者問題といった課題もある。台湾の山小屋は簡素だが、だからこそ、より自然に近く、日常から離れた山の時間を過ごせる。便利さとは別の豊かさを感じていた。そして、ポーター文化があり、重い荷物を背負わずに歩けるため、体力に自信がない人でも高山にアクセスしやすい。
優劣で考えたことはなかったが、改めて日本の山についても考えさせられた。どちらも良い。ただ、台湾の人たちは日本の山に強い憧れを持っているという話は、新鮮な気づきだった。日本にはない台湾の山の魅力が、確かにここにはあるのに。
DAY10 自分と向き合う静かな1日
今日はみんなとは別行動となり、再びひとりで出発。
標高3,700〜3,800mの稜線歩き。天気は悪く、気温は0℃近い。立ち止まるとすぐに体が冷える。雨は次第に雪へと変わっていった。

むくんでパンパンの目

よく見たらすでに3,731m。未だに読み方は不明
登山者とはほとんど会わず、静かな山歩きの時間を堪能する。人と関わることは好きだが、山では自分と向き合い、静かに自分のペースで歩きたい。自然に包まれながら歩く時間が、心を整えてくれる。私が山を好きな理由は、きっとそこにある。

このあと、雪がちらほら

むくみ隠しで曇りなのにサングラス
今回の旅の最高峰、雪山が徐々に近づいてくる。今日はその手前、翠池山屋が目的地だ。ここでの思い出はオコジョ。他の登山者のチョコレートを咥えて走り去る姿を見た。食事中も私の周りをぐるぐる回り、じっとこちらを見ていた。完全に狙われている。ポーターさんたちがオコジョには気をつけてと言っていたのを思い出す。落ち着かない食事だった。

ジャパニーズカレーはやはりおいしい。

翠池山屋

翠池。池の水を浄水する。
夕日に照らされ、山々が真っ赤に染まるアーベントロートを眺め、18時半には就寝。

美しいアーベントロートが見られた。
DAY11 氷点下の山頂で浴びた朝日
台湾第2の高峰、雪山(3,886m)へ。4時過ぎに出発。満天の星空なので、日の出も期待できる。遠くに街の灯りが揺らめいて、美しい夜景が見えた。
稜線に出ると、東の空が少しずつ明るくなり始めていた。Enyaの音楽を聴きながら登る。海外トレイルで日の出前に歩く時は、Enyaと決めている。地球の美しさを際立たせ、壮大な冒険をしている気分にしてくれるから。

Enyaの曲で山に浸る。
気温は−10℃、風も強い。暗闇の中、下を向いて歩き続け、ふと顔を上げると雪山の石碑があった。着いてしまったらしい。

早々に着いてしまった。
まだ5時過ぎで、日の出までは1時間ほどある。この寒さではじっとしていられない。風を避けられる場所でお菓子を食べ、温かい飲み物を飲もうとガスストーブを探すが、見当たらない。ない。
翠池山屋で忘れたのか、それともオコジョが持っていったのか。いや、きっと自分の確認不足だろう。ないものは仕方ない。「最終日で良かった。あとは下山だけだ」と気持ちを切り替える。

ずっと自分が歩いてきた道

雪山主峰で記念撮影
ガスストーブ、トレッキングポール……今回の旅で失ったいくつかのものは悲しいけれど、それ以上に、プライスレスな出会いと思い出を得た。
東の空が徐々に色づき、360°に広がるピンクの空を眺めながら、冷えないように体を動かして日の出を待つ。星が少しずつ消え、無地の空へと変わっていく。そこへ徐々に光が差し込み、世界が動き始める感覚。山で迎える日の出前の時間は、特に好きだ。
やがて朝日が昇る。
朝日の美しさは、日常でも毎朝そばにあるはずなのに、気に留めることなく過ごしてしまっている。慌ただしい日常の中でも、同じ時間、同じ地球のどこかで生きている人たちに思いを馳せられたらいいなと思う。

雪山山頂から眺めた朝日
快晴に恵まれ、旅の最高峰で美しい朝日を見ることができたことに満足しながら、下山を開始。雪山登山口へ、無事下山完了。

下山完了。ビジターセンターで紅茶アイスを買ってひと息つく。

観光に来ていた家族がケーキをくれた。
この日は宜蘭の街まで戻る。イェンさんと、もうひとりのポーターさんも同じく戻るため、クルマに同乗させてもらった。何から何まで親切にしてもらい、助けられてばかりだ。南湖大山での偶然の出会いから繋がった人たちのおかげで、台湾での登山は、より深く、忘れられない思い出になった。

宜蘭まで送ってくれた。

街に戻ってローカルレストランでポーターさんたちと食事。ソロで来たはずなのに…ありがたい。
DAY13〜14 台北大縦走セクションハイクへ
台湾に来てからというもの、計画を練り直しながら頭はフル回転、振り返れば毎日歩いていた。台北へ戻り、12日目にようやく1日しっかり休憩を取ることができた。
もともと予備日も作っていたので帰国までフリーの日が2日あった。台北周辺にも魅力的なトレイルが数多くあり、日程が空いているなら歩けるだけ歩きたい。そこで、13日目と14日目は当初から気になっていた「台北大縦走」を、セクションごとに歩くことにした。

台北大縦走の標識になっているイラスト。

台北旅行ついでに台北大縦走を組み合わせるのも楽しそう。
台北大縦走は台北をぐるっと1周するトレイルで、8つのセクションに分かれており、どれも市内から公共交通機関でアクセスしやすいのが魅力だ。1日目は、ホテルからも行きやすかった第5セクションへ。寺院や銅像が点在し、台北市内を見渡せる場所もあり、低山を気軽に楽しめる良いトレイルだった。

台北大縦走第5セクションの途中。

ちょくちょく銅像がある。
翌日は、台北最高峰の七星山(1,120m)へ。ここは台北大縦走の第3セクションに含まれている。学校の課外授業と思われる小学生の団体や、外国人も多く、賑やかな山だった。難易度も高くなく、街と山の距離の近さを改めて感じる。

台北最高峰の七星山

七星山山頂にて。みんな親切でフレンドリー。
台湾は、山を歩きたい人にとって本当に懐が深い。
最後に
台風直撃で計画がまっさらになったところから始まった今回の旅。現地に到着したものの、翌日の状況が読めず、「今の自分に必要な判断は何か」を常に考えていた。
ULハイキングを実践する時の「本当に必要なものは何か?」という問いが、今回は“もの”だけに限らず、「今の自分にとって、本当に必要な判断は? 選択は?」という“思考”の側面で考える機会がたくさんあった。結果として、状況に応じた最善の選択を積み重ねられ、当初の計画以上にいろんな角度から台湾の山の魅力を知ることができた。
状況がどう転ぶのかわからないから、あれこれ心配するより「今」を考えること。
瞑想中に自然の中で空気を吸った時に感じた軽さの感覚と似ていた。たくさんの情報に振り回されず、自分に必要なことを見極めて、軽やかに選択を積み重ねていく。日々の暮らしの中にも根付きそうな、ULの価値観をあらためて確認できた旅だった。
高山縦走を終え、台北に戻ってから南湖大山で出会ったパワフルおじさんふたりが「よくがんばったね、おかえり!」と食事へ連れて行ってくれた。ふたりをはじめ、淡蘭古道のご家族、聖稜線のピンクさんたち、ポーターさんたち、台湾にまた会いたい人がたくさんできた。

最後に、夜景が綺麗な低山にも連れて行ってくれた。
ダイナミックな山々、歴史ある長距離自然歩道、街のすぐそばの低山まで。台湾はハイキング天国だった。
台湾ハイクの魅力はきちんと自分の足で確かめられた。まだまだ登ってみたい山はたくさんある。
またすぐに!
GEAR LIST
BASE WEIGHT* : 4.87kg
*水・食料・燃料以外の装備を詰めたバックパックの総重量




























