山と道

【はじめての100マイル ~TDT挑戦記~】

はじめての100マイル
~TDT挑戦記~(前編)

100マイル=160kmという距離は、UTMBやUTMFといった国内外の有名耐久レースの距離数に採用されていることが多く、それを走りきることは、ランナーにとってひとつの大きな目標になっています。

昨年、そんな100マイルに、山と道研究所ショップのスタッフ藤田が挑戦しました。そしてその舞台に選んだのが、トレイルランナー井原知一さんが主宰する『TDT(Tour De Tomo)』。羽田から多摩川を遡上して青梅の高水山まで100マイルを往復する「グループラン(と言うにはあまりに壮大ですが…)」です。

ともあれ、100マイルを走るなんて、多くの人が自分とは縁遠いことと思われるかもしれません。けれど、藤田は身長が山と道スタッフでも最も小さな153cm。13才と10才のふたりの子供を絶賛子育て中の母にして、山と道では日夜お客様対応やショップスタッフとして働く、私やあなたのようにどこにでもいる普通の人です。

そんなどこにでもいる普通の女性が、100マイルを走るとどうなるのか。どんな心持ちで、どんな準備をして、どんなふうに本番を迎え、どんなことを体と心で感じて、どんなことを思うのか。

手前味噌ながら、とても素敵なレポートになったので、前後編でお送りします。読めば、きっとあなたも走りだしたくなりますよ。

文:藤田由香里
イラストレーション:KOHBODY

山と道研究所ショップ・スタッフの藤田です。2020年11月28日ー29日にTDT(Tour De Tomo)というイベントで、人生で初めての100マイル(=160km)を走ってきました。練習嫌い、直感優先、やるときはやる、やらないときはとことんやらない、そんな私の100マイルの記録です。少し長くなりますが、ビールでも飲みながらどうぞゆるゆるとお付き合いくださいませ。

TDTとは

まず、TDTとは「Tour De Tomo(ツール・ド・トモ)」の略。主催の井原知一さん(通称:トモさん)は人生で100回100マイルを走ると決め、現在57本の100mileを完走。そんなトモさんが人生で初めて走った100マイルがこのTDTだったという。

コースは東京都の羽田空港近くにある赤鳥居(通称:サロ門)から多摩川沿いを走り、青梅にある高水山・常福院で折り返し、スタートの「サロ門」まで24時間以内に戻る(ロード80%、トレイル20%)。

「レース」ではなく、「グループラン」。「競争」ではなく「共走」。弱音を吐いたり、ネガティブな事を言ったときは失格(例:足が痛くなったら「熟成した」、捻挫をしたら「可動域が広がった」と表現する等)。TDTの最高に痺れるコンセプトは、走ることが決まる前から私の心をずっと掴んで離さなかった。

このTDTは誰でも走ることができるわけではなく、出走するには完走した方からの推薦が必要。さらに希望者の中から抽選が行われ、出走者25名が選ばれる。私は当初はウエイティング(出走待ち)4番目だったのですが、繰り上がり当選で10月に出走が決まった。

なぜTDTだったのか

そもそもなぜ私は100マイルを走ろうかと思ったのか。100マイルだったらなんでもいいというわけではなかった。

2017年、夫が初めて走った100マイルがこのTDTだった。

トモさんがやっているポッドキャスト番組「100miles,100Times」の視聴者枠に応募した。あまり自分の気持ちや想いを他者に話すことのない夫が、熱い気持ちを伝え、手に入れた出走枠。走る前からすでに感慨深かったのだが、走り終えた夫がそれまでとは別人のようになって帰宅したこと、受け取った愛が身体から溢れ出しているかのように見えたことを、今でも鮮明に覚えている(帰宅した姿を見て泣いた)。

その後、夫がランニングカルチャーや仲間たちに貢献しようとする姿を日々目の当たりにし、自分も初めて100マイルを走るのなら絶対にTDTと心に決めていた。もちろんそう簡単に走ることができないことも知っていたけれど、「いつか絶対に!」と心に誓っていた。先にも述べたが、そんな私についにチャンスが回ってきて、いよいよ出走が決まった。

準備編

さて、そんな熱い想いを語りましたが、10月に出走が決まったとはいえ、まあ、さほど準備をしてなかった訳で…(さっきまでの自分語りが恥かしい…)。

残りの1ヶ月半で100マイルを走りきることを目標に覚悟を決めた。とはいえ、私はランニングチームに属していないので、練習メニューを自分で考えなければならない。コースをよくよく調べてみると、おいおい、大嫌いなロードランニングが全体の80%を占めるぞ…(それ故、フルマラソンなど走ったことはない)。むむむ…。

ツルツルの脳みそと少ない経験をフル活用し、TDTのコースとにらめっこしながら辿り着いた練習メニューはこれでした。(以下、あくまで自分のためだけの完全オリジナル練習方法ですので、決して参考にはしないでください)。

  • 週に1回、50kmぐらい走ること(キロ6分ペース)
  • その翌日にハイキング、もしくはゆっくりとしたトレイルランニングをすること
  • プラス週に3-4回10km程度のランニング(これはいつも通り)

TDTのコースは約70kmほどロードを走った後、山岳パートに入る。少ない時間で効率よくこの経験値をあげることだけを目標とした。

ポイントは「50kmぐらい」。目標を50kmと固定してしまうと走れなかったとき、辛い…。自分を責めがちな人間なので、ゆるく目標を立てた。走るのはだいたい週末、早朝から。子供の予定があるときは、50kmを分割して25km + 25kmという感じで走った。コースである多摩川(通称タマリバー)を走ることも考えたけど、自宅からタマリバーまでは片道1時間、往復2時間あれば20km走れる! ということで、近所の公園をぐるぐる走ることにした。

1kmの周回を50周。見る人によれば苦行。普段の私だったら絶対やらない。だけど、「やる」と覚悟を決めていたせいか、気持ちが違った。

楽しい。っていうか、めっちゃくちゃ楽しい!!!

時にロングハイクは「禅」に例えられることがある。一歩一歩が積み重ねであるのは当たり前だけど、一歩一歩走る度に心の中に感謝の気持ちが湧き上がるのを感じた。走るのが長くなるほど、感じるこのエネルギー。不思議。

あるとき、いつも通り早朝の公園をぐるぐるしている時、ご褒美にと自動販売機でミルクティーを買った。我慢できずに、行儀悪く歩きながらグビグビ飲んでいると、品のいい老夫婦に声をかけられた。

「まずい、歩き飲みなんてしてたから、注意されるのかも…。」

とっさに頭に浮かんだ「すみません」の言葉が口から出そうになった瞬間、品の良い白髪のご主人から「さっき見つけたから、あなたにあげる。」と、なんと四葉のクローバーを渡されたのだ。

え? ジブリ?? 同じところをぐるぐるしてたから、ジブリの世界にでも迷い込んだの??

一瞬訳がわからなかったけど、とにかく嬉しいのには違いはない。「幸せになります!」と受け取ると、奥様も嬉しそうにニコニコと「幸せになってよ〜」と声をかけてくれ、手を振って別れた。ほわほわとした気持ちで周りを見渡す。喋るネコも竹ぼうきで飛ぶ女の子も現れなかった。

集中し真剣に物事に向き合っていると、それは周りの人にも伝わるのではないだろうか。良いエネルギーを持って暮らせば、その想いやエネルギーは良い影響を周りの人にも与えられる。

自分が覚悟を決めたことが、良い方向に動いていることに気づいた。四葉のクローバーはその日から私のお守りになった。

50kmぐらいのランニングの翌日は、ゆっくりとしたトレランかハイキングで山に入った。研究所ショップの営業時間前に鎌倉の山をスタッフと走ったり、大菩薩嶺にハイキングに出かけた。

また、それ以外にコースである高水山には3回行った。夜間走るということもあり、コースをしっかり覚えておきたかったのと、時間がない&頭で考えられない私はコースを身体で覚えておきたかった。せっかくだからと、1回目は普通に、2回目は少し疲れた状態で、3回目は補給を最小限にしパワーが少し足りない状態で走った。コースとにらめっこした結果、5時間以内で山のパートを納めることがベストと考え、5時間を目標としたが、疲れてグダグダとしたペースでも5時間で帰ってこられることがわかった(ほんの少しだけ安心感を得る…)。

自分で決めた練習メニュー以外で、できる限り実践したことは「普段あまり一緒に走ることができない人と走ってみる」だった。いつもと違う声、話、走り方。一生に一度しかない経験だもの、この機会にできる限り新しい刺激を取り入れて、それまでに固執していた考え方やスタイルを見直したかった。

  • 練習で2回目に訪れたときの高水山常福院。 写真提供:櫻井洋一郎

  • 羽田の「サロ門」にて。自転車で並走してくれたエマちゃんと。 写真提供:中島英摩

結果、これも大正解。とにかく楽しかった。TDTを走る前からすこぶる楽しい! 走ることがめちゃくちゃ楽しい!

こんなに走ることと向き合ったことはない。そして、そんな日々が嬉しくて、毎日最高に充実していた。

ナーバス期

最高に楽しかった準備期間を経て、いよいよあと数日でTDTを迎える。そんな矢先、ふと不安な気持ちが心をよぎりはじめた。走ることが最高に楽し過ぎて、TDTを迎え、当日すごく辛かったら、走ることが嫌いになってしまうのではないか…。

テレビドラマ「101回目のプロポーズ」で浅野温子が武田鉄矢に言った「また人を好きになって、失うのこわいの。ねぇ・・こわいの!」まさしくこれ(知らない世代は名シーンなのでぜひググって欲しい)。

「この楽しかった日々を手放すことが怖い。」

「初めての100マイルという距離に自分が耐え抜くことができるのであろうか…。」

ナーバスは次々とあらゆる不安を寄せ付け、考えなくていい不安まで想像する始末。身体も心もガチガチに固まっていた。極端。そう、私は極端な性格。情緒不安定系ランナーの不安な日々は当日朝まで続いた。

TDT当日

そんな不安な日々のままついに当日の朝を迎えた。顔は完全に笑っていない。小学4年生の娘から「んも〜、楽しいことしに行くんだから、笑ってないとダメよ〜」なんて言われる始末。ごもっとも。

スタートとなるサロ門に到着するも、不安感は増す一方。むしろ緊張感も上乗せされ、もはや何が何だかわからない状態。人相すら違う私をみて、笑う友人たち。笑われても、うまい返しさえ言えない私。カラ元気&引き攣った笑顔を引っ提げ、いよいよスタートとなった。

スタート前にはみんなで円陣を組み、TDTの誓いの言葉をトモさんに続いて唱える。

たとえ怪我をしても

もしくはロストしても

はたまたハンガーノックになったとしても

全て自業自得です。アーメン!

不安と緊張感、そして周りのみんなから伝わるただならぬ高揚感を抱え、11時にスタートした。

【後編に続く】

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