はじめての100マイル
~TDT挑戦記~(前編)

2021.01.22

100マイル=160kmという距離は、UTMBやUTMFといった国内外の有名耐久レースの距離数に採用されていることが多く、それを走りきることは、ランナーにとってひとつの大きな目標になっています。

昨年、そんな100マイルに、山と道研究所ショップのスタッフ藤田が挑戦しました。そしてその舞台に選んだのが、トレイルランナー井原知一さんが主宰する『TDT(Tour De Tomo)』。羽田から多摩川を遡上して青梅の高水山まで100マイルを往復する「グループラン(と言うにはあまりに壮大ですが…)」です。

ともあれ、100マイルを走るなんて、多くの人が自分とは縁遠いことと思われるかもしれません。けれど、藤田は身長が山と道スタッフでも最も小さな153cm。13才と10才のふたりの子供を絶賛子育て中の母にして、山と道では日夜お客様対応やショップスタッフとして働く、私やあなたのようにどこにでもいる普通の人です。

そんなどこにでもいる普通の女性が、100マイルを走るとどうなるのか。どんな心持ちで、どんな準備をして、どんなふうに本番を迎え、どんなことを体と心で感じて、どんなことを思うのか。

手前味噌ながら、とても素敵なレポートになったので、前後編でお送りします。読めば、きっとあなたも走りだしたくなりますよ。

文:藤田由香里
イラストレーション:KOHBODY

山と道研究所ショップ・スタッフの藤田です。2020年11月28日ー29日にTDT(Tour De Tomo)というイベントで、人生で初めての100マイル(=160km)を走ってきました。練習嫌い、直感優先、やるときはやる、やらないときはとことんやらない、そんな私の100マイルの記録です。少し長くなりますが、ビールでも飲みながらどうぞゆるゆるとお付き合いくださいませ。

TDTとは

まず、TDTとは「Tour De Tomo(ツール・ド・トモ)」の略。主催の井原知一さん(通称:トモさん)は人生で100回100マイルを走ると決め、現在57本の100mileを完走。そんなトモさんが人生で初めて走った100マイルがこのTDTだったという。

井原知一さんa.k.aトモさんと筆者。

コースは東京都の羽田空港近くにある赤鳥居(通称:サロ門)から多摩川沿いを走り、青梅にある高水山・常福院で折り返し、スタートの「サロ門」まで24時間以内に戻る(ロード80%、トレイル20%)。

「レース」ではなく、「グループラン」。「競争」ではなく「共走」。弱音を吐いたり、ネガティブな事を言ったときは失格(例:足が痛くなったら「熟成した」、捻挫をしたら「可動域が広がった」と表現する等)。TDTの最高に痺れるコンセプトは、走ることが決まる前から私の心をずっと掴んで離さなかった。

このTDTは誰でも走ることができるわけではなく、出走するには完走した方からの推薦が必要。さらに希望者の中から抽選が行われ、出走者25名が選ばれる。私は当初はウエイティング(出走待ち)4番目だったのですが、繰り上がり当選で10月に出走が決まった。

なぜTDTだったのか

そもそもなぜ私は100マイルを走ろうかと思ったのか。100マイルだったらなんでもいいというわけではなかった。

2017年、夫が初めて走った100マイルがこのTDTだった。

トモさんがやっているポッドキャスト番組「100miles,100Times」の視聴者枠に応募した。あまり自分の気持ちや想いを他者に話すことのない夫が、熱い気持ちを伝え、手に入れた出走枠。走る前からすでに感慨深かったのだが、走り終えた夫がそれまでとは別人のようになって帰宅したこと、受け取った愛が身体から溢れ出しているかのように見えたことを、今でも鮮明に覚えている(帰宅した姿を見て泣いた)。

その後、夫がランニングカルチャーや仲間たちに貢献しようとする姿を日々目の当たりにし、自分も初めて100マイルを走るのなら絶対にTDTと心に決めていた。もちろんそう簡単に走ることができないことも知っていたけれど、「いつか絶対に!」と心に誓っていた。先にも述べたが、そんな私についにチャンスが回ってきて、いよいよ出走が決まった。

準備編

さて、そんな熱い想いを語りましたが、10月に出走が決まったとはいえ、まあ、さほど準備をしてなかった訳で…(さっきまでの自分語りが恥かしい…)。

残りの1ヶ月半で100マイルを走りきることを目標に覚悟を決めた。とはいえ、私はランニングチームに属していないので、練習メニューを自分で考えなければならない。コースをよくよく調べてみると、おいおい、大嫌いなロードランニングが全体の80%を占めるぞ…(それ故、フルマラソンなど走ったことはない)。むむむ…。

ツルツルの脳みそと少ない経験をフル活用し、TDTのコースとにらめっこしながら辿り着いた練習メニューはこれでした。(以下、あくまで自分のためだけの完全オリジナル練習方法ですので、決して参考にはしないでください)。

  • 週に1回、50kmぐらい走ること(キロ6分ペース)
  • その翌日にハイキング、もしくはゆっくりとしたトレイルランニングをすること
  • プラス週に3-4回10km程度のランニング(これはいつも通り)

TDTのコースは約70kmほどロードを走った後、山岳パートに入る。少ない時間で効率よくこの経験値をあげることだけを目標とした。

ポイントは「50kmぐらい」。目標を50kmと固定してしまうと走れなかったとき、辛い…。自分を責めがちな人間なので、ゆるく目標を立てた。走るのはだいたい週末、早朝から。子供の予定があるときは、50kmを分割して25km + 25kmという感じで走った。コースである多摩川(通称タマリバー)を走ることも考えたけど、自宅からタマリバーまでは片道1時間、往復2時間あれば20km走れる! ということで、近所の公園をぐるぐる走ることにした。

1kmの周回を50周。見る人によれば苦行。普段の私だったら絶対やらない。だけど、「やる」と覚悟を決めていたせいか、気持ちが違った。

楽しい。っていうか、めっちゃくちゃ楽しい!!!

公園をぐるぐるしたトレーニングログ。

時にロングハイクは「禅」に例えられることがある。一歩一歩が積み重ねであるのは当たり前だけど、一歩一歩走る度に心の中に感謝の気持ちが湧き上がるのを感じた。走るのが長くなるほど、感じるこのエネルギー。不思議。

あるとき、いつも通り早朝の公園をぐるぐるしている時、ご褒美にと自動販売機でミルクティーを買った。我慢できずに、行儀悪く歩きながらグビグビ飲んでいると、品のいい老夫婦に声をかけられた。

「まずい、歩き飲みなんてしてたから、注意されるのかも…。」

とっさに頭に浮かんだ「すみません」の言葉が口から出そうになった瞬間、品の良い白髪のご主人から「さっき見つけたから、あなたにあげる。」と、なんと四葉のクローバーを渡されたのだ。

え? ジブリ?? 同じところをぐるぐるしてたから、ジブリの世界にでも迷い込んだの??

一瞬訳がわからなかったけど、とにかく嬉しいのには違いはない。「幸せになります!」と受け取ると、奥様も嬉しそうにニコニコと「幸せになってよ〜」と声をかけてくれ、手を振って別れた。ほわほわとした気持ちで周りを見渡す。喋るネコも竹ぼうきで飛ぶ女の子も現れなかった。

集中し真剣に物事に向き合っていると、それは周りの人にも伝わるのではないだろうか。良いエネルギーを持って暮らせば、その想いやエネルギーは良い影響を周りの人にも与えられる。

自分が覚悟を決めたことが、良い方向に動いていることに気づいた。四葉のクローバーはその日から私のお守りになった。

広がる景色に「アナザースカイみたい!」とテンションが上がる筆者@タマリバー。 写真提供:中島英摩

50kmぐらいのランニングの翌日は、ゆっくりとしたトレランかハイキングで山に入った。研究所ショップの営業時間前に鎌倉の山をスタッフと走ったり、大菩薩嶺にハイキングに出かけた。

また、それ以外にコースである高水山には3回行った。夜間走るということもあり、コースをしっかり覚えておきたかったのと、時間がない&頭で考えられない私はコースを身体で覚えておきたかった。せっかくだからと、1回目は普通に、2回目は少し疲れた状態で、3回目は補給を最小限にしパワーが少し足りない状態で走った。コースとにらめっこした結果、5時間以内で山のパートを納めることがベストと考え、5時間を目標としたが、疲れてグダグダとしたペースでも5時間で帰ってこられることがわかった(ほんの少しだけ安心感を得る…)。

自分で決めた練習メニュー以外で、できる限り実践したことは「普段あまり一緒に走ることができない人と走ってみる」だった。いつもと違う声、話、走り方。一生に一度しかない経験だもの、この機会にできる限り新しい刺激を取り入れて、それまでに固執していた考え方やスタイルを見直したかった。

練習で2回目に訪れたときの高水山常福院。 写真提供:櫻井洋一郎

羽田の「サロ門」にて。自転車で並走してくれたエマちゃんと。 写真提供:中島英摩

結果、これも大正解。とにかく楽しかった。TDTを走る前からすこぶる楽しい! 走ることがめちゃくちゃ楽しい!

こんなに走ることと向き合ったことはない。そして、そんな日々が嬉しくて、毎日最高に充実していた。

ナーバス期

最高に楽しかった準備期間を経て、いよいよあと数日でTDTを迎える。そんな矢先、ふと不安な気持ちが心をよぎりはじめた。走ることが最高に楽し過ぎて、TDTを迎え、当日すごく辛かったら、走ることが嫌いになってしまうのではないか…。

テレビドラマ「101回目のプロポーズ」で浅野温子が武田鉄矢に言った「また人を好きになって、失うのこわいの。ねぇ・・こわいの!」まさしくこれ(知らない世代は名シーンなのでぜひググって欲しい)。

「この楽しかった日々を手放すことが怖い。」

「初めての100マイルという距離に自分が耐え抜くことができるのであろうか…。」

ナーバスは次々とあらゆる不安を寄せ付け、考えなくていい不安まで想像する始末。身体も心もガチガチに固まっていた。極端。そう、私は極端な性格。情緒不安定系ランナーの不安な日々は当日朝まで続いた。

TDT当日

そんな不安な日々のままついに当日の朝を迎えた。顔は完全に笑っていない。小学4年生の娘から「んも〜、楽しいことしに行くんだから、笑ってないとダメよ〜」なんて言われる始末。ごもっとも。

スタートとなるサロ門に到着するも、不安感は増す一方。むしろ緊張感も上乗せされ、もはや何が何だかわからない状態。人相すら違う私をみて、笑う友人たち。笑われても、うまい返しさえ言えない私。カラ元気&引き攣った笑顔を引っ提げ、いよいよスタートとなった。

THE引き攣った笑顔。 写真提供:中島英摩

スタート前にはみんなで円陣を組み、TDTの誓いの言葉をトモさんに続いて唱える。

たとえ怪我をしても

もしくはロストしても

はたまたハンガーノックになったとしても

全て自業自得です。アーメン!

不安と緊張感、そして周りのみんなから伝わるただならぬ高揚感を抱え、11時にスタートした。

ど緊張のなかスタート! 写真提供:中島英摩

【後編に続く】

藤田由香里
藤田由香里
山と道研究所スタッフ。 アパレル業界、一点ものの日傘屋、トレイルランニングショップを経て、2018年より山と道スタッフに。
 キャンプや低山登山が好きだったが、2016年にトレイルランニングに出会い身体と心が自由になる感覚に魅了され、更に山の魅力にどっぷりとはまる。 楽しみながら心も身体も解放したら、仕事も家庭も人生もより豊かで美しいものになる。 笑いながら強くなる。そんな自分だけのスタイルを追い求め、日々爆走中。
JAPANESE/ENGLISH
MORE
JAPANESE/ENGLISH