TAIWAN Hiker's Handbook

番外編 山と道ラボ渡部の玉山登頂記

取材/文/写真:渡部隆宏
2018.12.25
TAIWAN Hiker's Handbook

番外編 山と道ラボ渡部の玉山登頂記

取材/文/写真:渡部隆宏
2018.12.25

台湾を旅するハイカーのための実践的な手引きとして編纂しているTAIWAN HIKERS’HANDBOOK。

これまで#1で台湾ハイキングの概要を、#2で代表的な山とトレイルを紹介しましたが、今回は番外編として、執筆を担当している山と道ラボ研究員・渡部隆宏が取材のため現地を訪れた際の玉山(Yu Shan)ハイキングの模様をレポートします。

台湾最高峰(3952m)の玉山ですが、登山道はよく整備されており、日本のように食事が出される山小屋もあり、日本アルプスを歩いた経験のある方ならば標高にさえ気をつければ、それほど苦労なく歩くことができます。

複雑なパーミッションの問題はありますが(その取得方とサポートについてはTAIWAN HIKERS’HANDBOOK#3で詳しく扱っていきます)、思っているよりもずっと近い台湾の山。関東や関西在住者が北海道や沖縄に旅するのとそう変わらない時間とコストで旅することができて、そこに数百もの3000m峰がある「山の島」があるのだから、行かない手はありません。

この渡部の玉山登山記も、台湾ハイキングの世界をより立体的に知るための参考になります。山と道の過去の台湾ハイキングの記録もご参照ください。

台湾 南湖大山ハイキング前編
台湾 南湖大山ハイキング後編
山と道の台湾旅游2018【前編】※雪山
山と道の台湾旅游2018【後編】※雪山

事前準備

手伝ってもらえますか

山と道の夏目さんから「台湾のハイキング情報をまとめたいんですけど、手伝ってもらえますか」と言われたのはいつだったか。レインウェアの実験を終え軽く打ち上げをしている帰り、まだ5月だったような…。

山と道と台湾との関わりについてはサイトを見ながら間接的には知っていたし、夏目さんの台湾・南湖大山の登山記も読んでいた。

個人的にも台湾での登山に興味があったものの、山に入るにはパーミッションが必要で外国人にはいろいろ大変だよ、という話はいろいろと聞いていた。私にとっては何かきっかけを探していたところ、渡りに船であった。

山と道では、台湾の登山に関する実用的な情報をまとめ、現地のガイド会社と連携してサポートサービスも具体化していきたいという。多くの日本人に台湾のすばらしい山を体験してほしいという思いに共感し、手を上げたのだった。

どの山に行くか

夏目さんからは、情報をまとめるだけでなく実際に現地で山に行ってきてはどうかというオファーをいただいた。私にとっては願ったりのお話だった。そのようなわけで、リサーチがてら訪れる山の選定をはじめた。

調べていくと秀姑巒山、中央尖山など魅力的な山がたくさんあったが、個人的な好みだけではなくガイド的な価値がある山でなければならないと思った。南湖大山(太魯閣国家公園)と雪山(雪覇国家公園)はすでに山と道のメンバーが訪れている。残りはやはり玉山(Yu shan;玉山国家公園)だろう。

玉山は台湾の最高峰であり、インターネット上にも情報は多い。しかしそれらはツアー利用や現地在住者による体験記などが多く、意外に現地に知り合いもいない一個人が訪れた記録は少ないと感じた。また、外国人の登山者も多いであろう玉山での経験を通じて、いろいろと台湾の登山事情を推測できるだろうと考えた。

というのは表向きの理由。実際には、資料収集の過程で目にした「玉山東峰」の凶悪な面構えを見て、一発で心を打ち抜かれてしまったのだ。

Wikipediaより(Author : Peellden, From Wikipedia, CC BY-SA 3.0)。きっかけとなった写真はこの画像ではなく、別なある本に載っていたものだが、著作権の関係でアップすることはできない。

玉山は標高3952mの主峰を中心として、前峰、西峰、北峰、東峰、南峰と周囲にいくつかのピークがあり、さらに鹿山、南玉山といった周囲の山々を合わせて「玉山群峰」を構成している。登山道も整備されておりどの山も比較的登りやすいらしいが、東峰と南峰は例外で、台湾で最も険しい10の山「十峻」に数えられている。なかでも東峰は十峻の筆頭にあげられているという。

昭和初期に東峰に登った日本の登山家であり博物学者の鹿野忠雄氏が残したエッセイ本によると、玉山から見る東峰の岩壁は「幽鬼のような険悪さ」だそうである。その本には実際の写真も掲載されており、強烈な印象であった。これは、ぜひ行ってみたい。

というわけで、玉山主峰と東峰をめぐるルートに決めたのだった。

パーミッションの申請

国家公園のサイトや夏目さんがとりよせてくれた現地の登山地図、台北のSamplusの助力を得てアクセス方法やコースを確認した。玉山国家公園は公共交通でのアクセスが多少不便で、レンタカーの利用が効率的らしい。私は海外での運転経験がなく、レンタカーの利用には躊躇があったが、他に選択肢はなさそうだった。

そうこうして、台北からレンタカーで移動して登山口に1泊、翌日に前峰と西峰をめぐって山小屋泊、次の日に主峰と北峰、東峰をめぐって下山という2泊3日(登山としては実質1泊2日)のプランを立てた(公共交通の場合は、途中の景勝地・日月潭などでさらに1泊する必要がある)。

パーミッションの申請では少し迷う部分があった。玉山国家公園のサイトでルートを申請しようとすると、東峰と南峰がルートリストに表示されない。台湾語にしたらようやく東峰が現れた。外国人には東峰や南峰に行ってほしくないのだろうか?

国家公園に問い合わせると、「こちらで東峰をめぐるルートに申請を変更しておくから、とりあえず主峰をめぐって降りるルートで申請してくれ」との回答であった。こういったやりとりに数日を要した。

以上のようなステップを経て、ようやく8月の渡航日程が決まった。Samplusの助けがなければパーミッションの申請は不可能だったと思う。やはり外国人にとって台湾の高山登山は敷居が高いと感じた。

Illstration:KOH BODY

書類と装備の手配

日程も決まって準備にとりかかる。

パーミッションの次に用意すべき書類は、現地でレンタカーを運転するための「免許証中国語翻訳」であった。台湾はジュネーブ条約未加入で国際免許証が通用しないのだ。台湾当局との取り決めでJAF(日本自動車連盟)が日本の免許証を中国語に翻訳する手続きを担っており、このJAFの中国語翻訳と日本の免許、パスポートがあれば現地でレンタカーを運転することが可能だという(自分で勝手に中国語翻訳してもダメ)。JAFの東京支社で申請すると、その日のうちに翻訳文が発行された。

レンタカーの手配は航空券予約サイトの大手であるSkyscannerを利用した。現地のレンタカーで小型車というとフォルクスワーゲン・ポロが多いらしく、1日6000円ほどが相場だった。

夏の登山であり食事も出る小屋泊なので、装備は日本の日帰り登山くらいで済むはずだったが、東峰が岩がちなルートとのことで念のためにヘルメットを持参することにし、このときは膝を痛めていたのでトレッキングポールも持っていくことにした。

ふだん私は荷物量に応じてエクストラチャージがかかるLCCを利用することが多く、荷物の軽量化にはそれなりにこだわりを持っているのだが(参考記事『UL海外旅行のすすめ〜手引きと実践』)、今回は通常の航空会社で、さらにハイキングに使わない荷物はレンタカーに置いていけるため、荷物の選定がいつもより甘くなってしまったのは否めない。

他にもカメラ3台やノートPCなどいろいろ荷物が嵩んでしまい総重量は7kg弱、登山時にはPCなどを置いていけるので5.5kgくらいの予定となったが、自分的には十分重い。山と道MINIで軽やかに渡航したかったが、結局山と道Threeを背負っていくことになった。

今回の装備一式。

登山前日

台北から登山口まで

8月某日、予定通り午後のフライトで台北へ向かい、そのまま台北駅近くで一泊した。翌日には駅の構内でレンタカーを借り、登山口の塔塔加(Tataka )へと向かう高速道路を南下した。

日本とは逆となる左ハンドルの運転に戸惑いながらも、台湾の高速道路は道も広く、巨大なサービスエリアもあって快適だった。グーグル・マップのナビが極めて正確に道案内してくれたこともあり、道一本すら間違えることなく、ほぼ予定時間通りに台中を通過した。

台中を過ぎて高速を降り、一般道に入った。玉山に向かう一般道は北から最短距離で向かう南投ルート(21号線)と、嘉義という都市から東に向かうルート(18号線)の2通りがある。南投ルートは落石だらけで危険だという情報があり、18号線で向かったため多少の遠回りを強いられた。

危険度が低いはずの18号線もカーブの続く山道であり、落石や工事で道が悪かったこともあってかなり神経を磨り減らした。標高を上げていくと濃い霧が現れはじめ、路上にはトラップのように落石が続く。日本でも経験したことがないような悪条件のなかで運転し、ようやく塔塔加登山ゲートにたどり着いたときには山から降りてきた後のように疲れていた。

高速道路には日本と同じようにサービスエリアが設置されている。

神経をすり減らした山道。

塔塔加にはビジターセンターがあり、私はそこでパーミッション(国家公園入園証と入山証)を受けとることになっていた。他の山の場合、パーミッションはオンラインで発行される。玉山の場合は、宿泊する山小屋「排雲山莊」の利用料を支払わないとパーミッションを受け取ることができない仕組みとなっており、外国人は現地での現金払いでよいということになっていた(夜間や早朝から登る場合などは、海外送金するなどして事前にパーミッションを受けとっておく必要がある)。そのため、私はこの時点でまでパーミッションを持っておらず、果たして本当に受け取れるのかどうか不安であった。

実際には、パーミッションの受け渡しは塔塔加ビジターセンターではなく排雲登山サービスセンターという別の事務所で行われるとのことであった。サービスセンターのとなりには駐在所があり、入園許可書を受けとった後に駐在所で入山証を受けとるという流れになっているらしい。

やっと駐車場を見つけてクルマを停め、サービスセンターに着いたときには既に営業時間外となっていた。登山日は明日の予定で、本当はこの日のうちにパーミッションを受け取っておきたかったが仕方がない。明朝に出直すことにした。

明日の天気は予報によると雨天とのことで、すでに弱い雨が降り始めていた。

塔塔加ビジターセンター。

東埔山荘

排雲登山サービスセンターの近くには東埔山荘という宿があり、Samplusを通じてこちらを予約しておいたが、電話でなければ予約できないという外国人にはハードルの高い仕様だった。センターのある一帯は駐車場になっており、そこで車中泊をしたりテントを張っている人もいた。

後の登山者のために、東埔山荘についてサイトやWEB上の情報と異なっていた点について記しておく。

・東埔山荘は食事を提供しないことになっておりサイトにもそう明記されているが、実際には事前予約制で夕食と朝食を出していた(夕食は250台湾元、朝は80元)。また、カップ麺と水も販売していた(カップ麺は50元、水が15元)。お湯も自由に使うことができた。

・東埔山荘に一番近い駐車場は東埔停車場だが、山荘まで少し距離がある。東埔山荘の敷地内にも10台ほどの駐車スペースがあり、空きがあればそちらを利用するのがよいと思う。私は登山前日から下山までずっと山荘に駐車させてもらった。

・フロントのスタッフは英語、日本語それぞれなんとか通じる様子であった。日本人が日本語で予約の電話をしてももしかしたらなんとかなったのかもしれない。

・電源もいくつかあり、スマートフォンの充電なども問題なかった。

・実際の登山口までの送迎は予約制(100台湾元)となっていたが、実際には当日勝手に乗り合いバスに乗り込めばOKであった。料金は運転手に現金手渡しであった。

登山1日目(玉山主峰・東峰・北峰)

1日目の行程:東埔山荘→塔塔加登山口→排雲山莊→主峰→東峰→主峰→北峰→主峰→排雲山莊泊

東埔山荘では周囲の宿泊者のイビキがものすごく、ろくに寝むることができなかった。アルコールが飲めなかったのも痛い(東埔山荘は標高約2600mにあるので、一応自重した)。朝、眠い目をこすりながらザックに荷物を詰めた。迷ったあげくトレッキングポールはクルマに置いていくことにした。

午前6時半に開くサービスセンターまで徒歩で向かって念願の入園許可証を入手し、続いて隣の駐在所で入山証を受け取った。これでようやくパーミッションが手元に揃ったわけで、苦労した申請のことを思うとまだ登ってもいないのに妙な達成感があった。

駐在所を出ると乗り合いバスが登山者を待ち合わせていたので100元払って乗り込んだ。林道を3kmほど走ると登山口にたどり着いた。

排雲登山サービスセンター。

念願のパーミッションを入手。

登山口までの乗り合いバス。

この時点で午前7時。空は天気予報とは異なり、雲が多少残りつつも晴れそうな気配があった。

乗り合いバスに同乗した台湾人ハイカーのグループに話しかけられ、単独登山であること告げると驚かれた(この後も台湾のハイカーグループに会うたびに同じような経験をした)。山小屋で会いましょうと告げ、登山口で写真を撮りあう彼らを横目に歩き始めた。

玉山は台湾を代表する山だけあって登山道も道標もよく整備されており、迷うような場所はなく、トイレも何カ所か設置されていた。日本の山と大きく違うのは登山者の数で、入山者は小屋のキャパシティに制約されるので多くとも1日に100名あまり。青空のもと聞こえるのは鳥の声のみで、非常に静かであった。

静かで整備された登山道。

途中何箇所かに設置されていたトイレ。

静かな山道を歩きながらも、私は少し焦っていた。

この日は玉山前峰に登って排雲山莊に着き、そこから西峰を巡るだけの予定であった。しかし、空は晴れ渡りつつあり、天気予報がずれて明日が雨になるのではないかという気がしてきた。

「雨が降ると岩がちな東峰の難易度は格段に上がるだろう。好天のうちに東峰にさっさと登ってしまった方がよいのではないか。東峰までは主峰を越えていく必要があり、それなりの行動時間も必要となる。今日のうちに東峰まで行けるだろうか。コースタイムは事前に把握していたものの、日本より厳しめな設定かもしれない。もともと前日にパーミッションを入手できていればもっと早く出発するはずだった…。」

このような想念がぐるぐると脳内をめぐり、静かな登山道にもかかわらず、自然に歩みが速くなってしまっていた。

結局、もともとの初日と2日目の予定を完全に入れ替えることにした。この日は主峰・東峰・北峰に向かい、前峰と西峰は明日にする。考えを決めたら少し気がラクになった。気がつくと展望が開け、青空と雄大な山々が見える。こんな景色に気づかずに歩いていたことをもったいなく感じた。

途中で大峭壁という巨大な岩壁を通過する。この場所を越えると排雲山莊まであと少しだ。

登山道からの眺望。

大峭壁。

午前9時半に排雲山莊へ到着した。山荘の入口でスタッフらしきおじさんからパーミッションのチェックを受ける。

正式なチェックインは午後からとのことでそのまま主峰に向かうことにして、500ml容器2本にお湯を補給した。500ml2本で足りるか少し不安だったが、荷が重くなるのを恐れてそれ以上の補給はしなかった。排雲山莊は標高約3400mにあるが意外に気温は高く、雨の気配もまったく感じられなかった。

10時に山荘を出発した。山荘からは本格的な登山道(という言い方も変だが)となり傾斜がきつくなるが、鎖や柵できちんと整備されており危険はなかった。

排雲山莊。

主峰直下の道標。

山荘を発って登り続けること1時間ほど、午前11時頃に玉山主峰の山頂へと到着した。台湾島の最高地点であり、当たり前だが遮るものは何もない。全身が開放感につつまれ、焦って登ってきた気持ちも霧散してしまった。

遠くまで青空が広がり、天気予報はなんだったのかと思う。見渡す限り山が続き、奥秩父の山中で感じるような、どこまでも山が続いているような感覚を覚えた。台湾は日本と同じ、山の国だと実感した。

山頂でたたずんでいると、後から台湾のハイカー2人組が登ってきた。やはり単独登山であることを驚かれ、いろいろと事情を聞かれる。これから東峰と北峰に行くと告げると、東峰・北峰は往復にそれぞれ3時間かかるので無理ではないかと止められる。

東側にはこれまでにインターネットや本で見てきた写真と同じ、迫力の岩壁がそそり立っていた。意外に近く見える。正直3時間もかからないと感じたが、間に合わなそうであれば北峰はパスしてもいいので東峰だけには行こうと思った。2人にお礼を言って主峰を降り、東峰の方へと道を下った。

主峰の山頂。

主峰から見た東峰。

主峰までの登山道は道標もしっかりしていたが、東峰へのルートはリボンやケルンなどが散発的にあるたけで、注意しないと見落としそうだった。

とは言っても主峰までが特別に親切だっただけで、日本の北アルプスなどの登山道と変わりはない……はずなのだが、気がつくと道を誤ってしまっていた。いかにも正規のルートのように見える坂を降りていくと、いつの間にか落石の巣のような場所に入り込んでしまった。

薄い岩がぼろぼろ剥がれ落ちる危険な谷で、登ることもそのまま降りることも難しい。崩れる足場に肝を冷やしつつ、ハイマツ的な草木を掴んでトラバースしたりと苦労してなんとか脱出したが、時間を大きくロスしてしまった。

【その模様の動画、せっかくなので環境が許せばHD再生でご覧下さい。】

正しいルートはまっすぐ進んでから左。私はすぐ左に入ってしまったが、よく見るとオレンジのリボンが見える。

こんな斜面をずるずると下る。

主峰と東峰の間にそびえる鳳尾岩。

ようやく登山道に復帰し、気を取り直して東峰へと向かった。

東峰は確かに険しいが、本当に危険な箇所は鎖などで整備されていた。気をつけて進めば危険はなく、北アルプスなどの岩稜を歩き慣れている人であれば問題ないと思う。ただし垂直に近いような壁を進む場面もあり、かなりの高度感を伴う箇所もいくつかあった。

結局、あの台湾ハイカーが教えてくれたコースタイム通りに3時間ほどかかって、14時頃に東峰山頂へと着いた。

空には厚い雲がかかり眺望はなかったが、かつて登山道もない時代に東峰を攻略した先人達の話などを読んですっかり感化されていた自分にとっては感慨深く、パーミッション取得からここまでの道のりを思うと大きな達成感があった。

主峰からこの東峰を下山するまで、誰にも会わなかった。

こんな岩壁が続く。

東峰山頂、標高3869m。

この時点で私は北峰にも行けると判断し、急いで向かうことにした。

落石の巣で余計なエネルギーを使ったせいもあってここまでの行程で水をほぼ使いきっており、どこかで補給する必要があった。北峰には気象観測所があり水が補給できるという。もう少し水分を持てばよかったと思うが後の祭りであった。

東峰から北峰に向かうにはいったん主峰を経由しなければならない。再び主峰に戻り、北峰に向かう岩場を降りる。岩場を越えると東峰へのルートとは一転し、樹林帯となった。少なくとも標高3500m以上のはずだが、緑の豊かさが印象的だった。

15時30分頃に北峰山頂へと到着した。雲がかかって眺望は限られていたが、天気が良ければ東峰や主峰を見渡すことができたと思うと残念である。北峰は高山植物の名所で、季節によっては美しい花々と山を見渡す絶景が楽しめるという。ここから北々峰という山にも行けたらしいが、時間もなさそうなので断念した。

北峰に向かう途中で見えた主峰の岩壁。

気象観測所。

北峰山頂、標高3858m。

山頂の直下にある気象観測所でお湯を貰って容器に充填し、山荘への帰路に着いた。北峰から山荘まで戻るにもやはり主峰を経由しなければならない。17時頃に3度目の主峰通過。ここで雲が少し晴れ、夕暮れの空気を感じることができた。

18時、ようやく山荘に戻る。結局この日は雨に降られず、主峰も東峰も登ることができて幸運だったと思う。

排雲山莊は台湾で唯一といっていい食事の出る山小屋である。私も夕飯を予約しており、丸二日ぶりに温かい食事を取って寝床に入った。排雲山莊には物販はないので、食事を予約していない場合には持ち込んだ食料で過ごすことになる。驚いたのはWiFiがあることで、入口付近ではネットもそこそこ使うことができた。

夜には盛大に星が見え、明日も天気は期待できそうだと思った。

黄昏の時間。

天の川。

登山2日目(玉山西峰・玉山前峰)

2日目の行程:排雲山莊→西峰→排雲山莊→前峰→塔塔加登山口

登山2日目の朝は晴れ、主峰でご来光を見るべく登山者達が朝2時頃からゴソゴソと起きだし出発していた。私は昨日3度も主峰に登っているので、この日は初日にパスしてしまった西峰と前峰を巡って降りることにした。

西峰は山荘から拍子抜けするほどすぐに到着した。たぶん1時間もかからなかったと思う。暗闇の樹林帯の中、唐突に頂上を示す看板があった。暗いことを差し引いても眺望はほぼないと思われたが、何度確かめてもやはりこれが頂上らしい。正直、「微妙…」という感情が拭いきれない。

そのまま西峰で待機していると空が明るくなってきた。頂上付近は樹林で遮られているので、登山道の見通しがきく場所まで降りてご来光を見ることにした。空が紫に染まり玉山のシルエットが浮かび上がる光景を見て、少しは西峰にも来た甲斐があったと思った。

それからもう一度山頂に行き、日本統治時代に建てられたという祠にお参りする。この西峰までの往復途中、誰にも会わなかった。

西峰山頂(3518m)、山荘からは本当にあっさり着いてしまう。

登山道から見た主峰とご来光。

日本統治時代に建てられたという祠。

いったん山荘に戻りお湯を補給した。たった2日間だが妙に濃かった玉山登山も、あとは前峰を残すのみである。

玉山前峰は玉山登山口のごく近くにそびえており、数時間で登れるやさしい山だと聞いていた。山荘を出て登山道を下っていくと、ほどなくして前峰への登山分岐にたどり着いた。前峰には皆この分岐に荷物を置いて軽装で登るらしい。私もザックを置いた。

前峰への登山道はいきなりの急登であった。しばらく登ると緩やかな山道になるが、とたんに岩がちな一帯に出た。沢筋のようなゴツイ岩が転がる急斜面で、日本なら破線で記載されるようなルートである。傾斜がきついこともあって体力消耗度は高く、決してイージーではない山だと思った。前峰では何人かの登山者とすれ違ったが、皆息づかいが激しく、なかなか苦労しているようであった。そして、なぜ軽装で登るのかの理由もわかった。

登りはじめた頃は晴れていたが徐々に雲が出始め、山頂に着いたころには眺望はなかった。今日は好天が続くと思っていたので残念であるが、十分に玉山の山々を堪能できた。

前峰への分岐。

岩がちの登山道。

前峰山頂、3239m。

GPSの軌跡、前峰の急登具合がよくわかる。

前峰を降り、11時ころ登山口へと戻った。乗り合いバスが待ち合わせており、スタート地点の排雲登山サービスセンターまで送ってくれた。

ようやく終わった。達成感というか、開放感というか、まあとにかくノドはカラカラで、ビールを欲していた。しかしこの日のうちに私は台中に行ってクルマを返さなければならない。街に戻るまでが登山と気合いを入れ直し、そのまま東浦山荘の駐車場に向かいクルマに乗り込んだ。

往路では苦労した山道の運転も帰りは慣れてしまい、とくに問題なく台中へ着いた。無事に下山し、良い景色も見れ、終わってみれば幸運に恵まれたとてもよいハイキングであった。その夜は3日ぶりに台中で飲みまくった。

(了)

気付いたこと・注意点

最後に注意点や実際に行ってみて気付いた事柄をまとめておく。以下は玉山群峰という限られたエリアの印象に基づくので、他の山域/ルートには当てはまらない点があるかもしれないがご容赦いただきたい。

  • 水場は日本の登山道よりも少ない印象。
  • マーキング、道標、トイレなどの設備も日本の登山道よりも少ない印象。そもそも登山者が少ないので迷いやすい。ケルンやマーキングを見落とさないように。
  • コースタイムは若干のバラツキを感じる。登りは若干早め、下りは余裕を持ったタイムに感じられた。
  • 山小屋には物販・食事がない。場所によってはお湯の補給が可能。いずれにしても食料と水は十分な用意が必要(必然的に台湾のハイカーの装備は重くなりがちで、リュックもでかい)
  • 上河出版社の百岳地図アプリは機内モードでの運用が可能で、バッテリーの保ちも良好だった。iPhpone7で10時間運用しても6割ほどのバッテリー残量があった。
  • 台湾のハイカーは大変親切で、特に外国人(日本人?)のソロ登山者には優しい。ルートや小屋の設備についての質問など、困ったらいろいろ聞いてみると世話を焼いてくれる。

これまでも多くの人が書かれているが、台湾のハイカーの暖かさには感動した。実はこれは台湾に限らない。香港でも中国でも韓国でも、私が海外で出会った登山者は皆フレンドリーないい人ばかりであった。私も日本の山で外国人に出会ったら同じように接してあげたいと、あらためて感じた次第である。

渡部 隆宏

渡部 隆宏

山と道ラボ研究員。メインリサーチャーとして素材やアウトドア市場など各種のリサーチを担当。デザイン会社などを経て、マーケティング会社の設立に参画。現在も大手企業を中心としてデータ解析などを手がける。総合旅行業務取扱管理者の資格をもち、情報サイトの運営やガイド記事の執筆など、旅に関する仕事も手がける。 山は0泊2日くらいで長く歩くのが好き。たまにロードレースやトレイルランニングレースにも参加している。