【Make Your Own Hike #3】
5月の富士山デイハイク

2019.05.10

INTRODUCTION

ハイキングは自由だ。どこに行って、何をしたっていいんだ。

『Make Your Own Hike』はお決まりのルートガイドから離れて、ハイカーが独自の視点で”Make”したハイキングの記録を紹介する投稿コーナーです。

ですが実は当コーナー、投稿コーナーを謳いつつ、実は応募がまったく集まらないことが悩み……(記事の末尾に投稿方法の概要を記載していますので、我こそはと思う方はぜひご連絡ください!)。そこで今回は、山と道とその仲間たちが毎年のように登っている春の富士山へのデイハイクのご紹介です。

危険なイメージの強い積雪期の富士山ですが、気温が高くなり天候が安定してくる5月は、クランポンとアイスアックスさえあれば実は意外とスムーズな登り降りが可能で、「日帰りできる標高3776m」という他にはない強烈な魅力を持っています。

かつては「富士山に登るのはつまらない」などと嘘ぶいていたJOUNALS編集長・三田も5月の富士山にすっかり魅了されたひとりで、つい先だっての連休中にも山と道チームで2年ぶりに登頂、すっかり興奮し、その魅力をお伝えすべく筆を取った次第です。

今年は春になっても雪が多く、5月後半までは雪の世界を楽しめそうな富士山。もちろん、時として過酷な状況になりえますし、誰しもが簡単に登れる山ではありませんが、今シーズンの雪山納めに訪れてみてはいかがでしょうか?

写真/文:三田正明

「富士山は登る山じゃない。見る山だ」なんてことを、よく言っていた。

実際、もうずいぶん昔の僕が山の初心者だった頃、はじめて夏の富士山に登ったとき、八合目から上の現実離れした景色には感激したものの、もう2度と自分から富士山に登ることはないだろうと思った。

延々と続くつづら折りの登山道はあまりに退屈だし、そもそも渋滞するほど人の多い山なんてナンセンスだからだ。同じ苦労をして登るなら、北アルプスや南アルプスに登った方がぜんぜん楽しいではないか。

そんな僕が、この4年間というものの毎年のように富士山に登っている。時期は毎年決まってまだ残雪の残る5月。もはや毎年の恒例行事だし、できればこれからもずっと5月の富士山に登り続けたいとも思っている。

2019年、これから雪渓に乗らんとする苑田大士。

きっかけは、2016年に山と道の夏目彰さんから誘われたことだった。1週間ほど前に登った春の富士山が素晴らしかったので、また登りに行こうというのだ(その年は山と道のウインターハイクパンツの試作中で、春になっても夏目さんは残雪の山にせっせっとフィールドテストに出かけていた)。

ともあれ、雪の富士山は僕などが行ける場所ではないと思っていた。厳冬期の富士山は斜面がアイスバーンになり、ひとたび滑落しようものなら数100mも一気に落ち、死亡事故も多いと聞いていたからだ。

だが、夏目さん曰く、春の富士山は雪は多く残っているもののアイスバーンではなく、それほど危険ではないという。ましてや雪のおかげで無雪期よりもすばやく登頂し下山できるので、デイハイクも十分に可能だと。

かつてまったくの初心者の頃に富士山を登ったときは下山するまでに12時間を越えた記憶があったので、果たしてそんなに簡単に登れるのか、半信半疑ではあったけれど、山仲間であるBrown by 2-tacsの本間良二くんや内装デザイナーの阿部臣吾くんも誘って、僕と夏目さんと4人でその年の5月の連休後に登ってみることにした。

2016年の初挑戦時、頂上を仰ぎ見る本間良二。

そして、僕らはやり遂げた。朝8時に吉田口から登頂を始め、昼の1時過ぎには頂上に到達した。その後、雪の斜面を駆け下りるようにして降り、夕方4時半には5合目の駐車場に戻ってきたのだった。

夏目さんの言った通り、雪は残っているもののガリガリ・ベシャベシャの春の雪だし、さすがに高度感はあるもののナイフリッジのような危険箇所もないし、滑落の危険はほぼ感じなかった(あくまでその年のその日のコンディションです。同じ時期に登ったとしても状態はまったく違う可能性がありますので、状況判断は適時各自で行ってください)。しかも、雪渓に取りついてしまえばアックスとクランポンで雪の斜面を直登に近い形で登れるので、吉田口の五合目から頂上まで標高差1400m以上を登るにしては、思いのほか速いペースで登れてしまうのだ。

2016年に無事登頂して盛り上がる一同。左より夏目彰、阿部臣吾、本間良二。

もちろん、標高3500mになる9合目も近くなると空気はぐっと薄くなり、何歩か進むたびに立ち止まっては息を整えた。心臓の鼓動が耳のすぐ近くで鳴っている。ふとあたりを見渡すと、真っ白な斜面の上には青すぎる空が広がり、雲が眼下を流れ、その向こうに山中湖が小さく見える。

下を見ればひやっとするほど斜面は急で、上を見ても山頂にある鳥居はさっきからずっと見えているのに、歩いても歩いてもなかなか近づかない。さっきから、こんなに必死で登っているのに! つらくてたまらないのだが、なぜか笑いがこみ上げる。

ついに頂上にたどり着き、噴火口を覗き込むと、その底は見渡せないほど深く、僕は深遠な何かに触れた気がした。なにせ、ここは標高3776mの日本の最高点なのだ。もっともハイでディープな場所であって当然だ。そんな場所までデイハイクで来れるなんて!

こうして、僕はそれまでの「富士山は登る山じゃない」などという浅薄な考えを捨てたのだった。

2017年の本間良二は全身ほぼすべて天然繊維のクラシカルなスタイルでハイキングを行なった。

この体験に味を占め、翌年はこのメンバーにさらにイラストレーターのジェリー鵜飼さんとJMWの尾崎”Jackie”光輝さんを加え、総勢6名で登ることになった。

だが、数が増えると人は烏合の衆と化すものである。まず、集合が遅れてスタート時間が遅くなり、人数が増えたぶん登るペースもまちまちになり、遅れたメンバーを待つうちに強風にさらされ、体力が削られた。さらにこの日は8合目付近から雲に捕まり、視界はゼロ。気温も低く、ほとんどのメンバーが登頂の意欲を失ったため、あえなく本8合目で敗退、下山となった。

ともあれ、気のおけない仲間と集まって山に行くのは純粋に楽しかったので、これはもう恒例行事として毎年この時期の富士山に登ろうと決めたのだった。

2017年の(左より)尾崎”Jackie”光輝とジェリー鵜飼。

2017年の夏目彰。

そして2018年の春はメンバーの予約が合わず、結局行けず。今年も慌ただしいままゴールデンウィークに突入してしまい、くだんのメンバーは揃わなかったが、僕と夏目さん、そして山と道のスタッフとして新たに加わった苑田大士くんを誘って、10連休終盤の富士山に出かけた。

今回は人数が少ないので「絶対に登頂!」の誓いを立て、朝5時に全員の住む鎌倉を出発した。7時半には吉田口の5合目駐車場に到着し、8時前には登り始めた。今年は春になってからも何度か大雪が降ったようで、冬のはじまりのような雪のコンディションで非常に歩きやすく、風も穏やかで、日差しは暑いほどだった。

富士山5合目は5月でもまだ冬の雰囲気。

2019年の夏目彰。

8合目までもサクサク登り、空気の薄くなるそこから先も今年はスイッチバックしながら登ることにするとそこまで息が切れず、12時半過ぎには山頂に着いてしまった。僕は普段山の頂上に立ってもそこまで嬉しく感じることはないのだけれど、さすがに富士山の山頂に立つとすごく嬉しくなる。山頂に立ってこんなに嬉しくなる山は富士山くらいのものではないか。

あらためて、ハイキングや山登りは面白いと思った。あたりの景色は、神々しいまでの美しさと厳しさである。こんな場所まで来させてくれて、こんな体験をさせてくれるのは山に登ることだけだ。そして日帰りでここまでの感慨を味あわせてくれる山はそうそう無い。

2019年、頂上直下の苑田大士。

お鉢(噴火口)のふちでおにぎりを食べ、テルモスからお茶を飲み、煙草をふかして出発した。夏目さんと大士くんはシリセードで降りるというが、僕は尻が濡れるのも嫌だし、今日の雪は冬の雪のようなコンディションなので自分の滑落停止技術では危険だと思ったので、ひとりで登山道で降りることにした。

想定より大幅に時間を短縮していたし、空は晴れ、風も弱く、素晴らしい午後であった。もう、頭の中は下山後の温泉や食事のことでいっぱいで、雪の斜面を駆けるようにして降った。

9合目から7合目まであっという間に降り、ふと標識をみると、矢印の先に「須走登山口」とある。「あれ?」っと思った瞬間、夏目さんからの電話が鳴った。

話をして地図を確認すると、道を間違えたことがわかった(アプリの地図を持っていたがもう何度も来ていてさらに仲間がいたこともあり、ここまで地図を開かなかったのだ!)。8合目で吉田口と須走口の分岐があり、僕は吉田口から来たのに須走口に来てしまっていたのだ。

8合目まで帰ってもよかったが、また登り返す気力が湧かず、6合目まで降って、須走口から吉田口までのトラバース道を行くことにした。だが、これが地獄だった。

シーズンオフの樹林帯には雪が膝まで積もり、トレイルもわからず、ところどころ踏み跡はあるもののそれが吉田口まで続いているわけではなく、さらに土砂に埋められた溶岩帯のトラバースがいくつもあった。富士山に登ったあとにOMMレースをしているような気分で、誰もいない荒野の道なき道を2時間半ほど彷徨った。食料はもうなく、テルモスに残ったわずかなお茶だけが頼りだった。

はぐれたふたりよりも2時間近く遅れて吉田口に着いた頃には、体力と精神力の限界をとっくに越えていた。僕の顔を見た夏目さんは満面の笑みで「ちょっと見ないうちに痩せたね!」と言った。

けれど、待っていてくれたふたりには悪いけど、僕は晴れやかな気分だった。1日のうちにここまで人をハイにしたかと思うと苦難の底に落としたり、肉体も精神も激しく揺さぶったり、必死にさせたり、最高な気分にさせてくれる遊びはなかなかない。やっぱりハイキングはシンプルで、とてもパワフルだ。

だからまた、僕たちは春の富士山を目指す。

あの荘厳な世界に身を置き、薄い大気を吸うために。日本最高峰の山を自らの体で感じて、世界の壮大さと自分の小ささを知るために。それでもなおそこにへばりつき、その頂きを目指そうとする自分の精神と肉体に会うために。

そしていまの僕はこう言う。

「富士山は見るための山ではない。登る山だ。」

[NOTICE]
10 Things you should know
to hiking Mt. Fuji in spring.

①4月中旬までの富士山は真冬と考えること。5月に入ると安全性が増す。

②クランポン、アイスアックス、ウインターブーツ必須。

③冬山初心者は経験者と訪れること。

④山頂付近は時として風速20m以上の強風が吹き荒れる。悪天候時には登らないこと。

⑤標高3776mはいつ高山病になってもおかしくない高度。少しでも体調に異変を感じたらすぐに下山すること。

⑥5合目から上では食料も水も手に入らない。

⑦5合目から上にはトイレもない。

⑧下山時は8合目の吉田口と須走口の分岐に注意。

⑨春の富士山は雪対策のためほとんどの道標が取り外されている。

⑩吉田口5合目までの富士山スバルラインの営業時間は4月1日〜19日は9:00~17:00 (下り終了時間18:00)、4月20日〜30日は6:00~18:00 (下り終了時間19:00)、5月は3:00~18:00 (下り終了時間19:00)。通行料は普通車往復2,060円。山頂から駐車場まで3時間はかかるので、ゆとりをもって行動すること。

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三田 正明
三田 正明
フォトグラファーとしてカルチャー誌や音楽誌で活動する傍、旅に傾倒。 多くの国を放浪するなかで自然の雄大さに惹かれ、自然と触れ合う方法として山に登り始める。 気がつけばアウトドア誌で仕事をするようになり、ライター仕事も増え、現在では本業がわからない状態に。 アウトドア・ライターとしてはULハイキングをライフワークとして追い続けている。 取材活動のなかで出会った山と道・夏目彰氏と何度も山に行ったり、インタビュー取材を行ったり、酒を酌み交わしたりするうちに、いつの間にかこのようなポジションに。 山と道JOURNALSを通じて日本のハイキング・カルチャーの発展に微力ながら貢献したいと考えている。
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