#2 レインウェアの油脂汚れをきれいにする
山と道では日々、多くの製品の修理を承っています。そのなかで知り得たユーザーの皆さんが自らの手でも行える修理やケアの方法について、この『山と道修理部通信』で情報共有を行っていきます。
第2弾となる今回は、レインウェアやダウンジャケットなどナイロン製ウェアの袖口や首回りの洗濯しても落ちない皮脂汚れや油汚れ、一部の防水透湿メンブレンを使用したレインウェア等でおきる油脂汚れなど、がんこな汚れを落とす方法をご紹介します。
汚れの仕組みを理解して、適切に対処すれば、これまで諦めていたような汚れも、驚くほどきれいになりますよ!
ご紹介するのは、『山と道ラボ』のテキスタイル担当、松本りんです。
文:松本りん
絵:KOHBODY
構成/写真:三田正明
『山と道ラボ』の松本りんと申します。このJOURNALSの記事でもご紹介しているように、『山と道ラボ』では素材やアイテムのリサーチから検査、実験などの研究を行なっていますが、私は主にテキスタイルを担当しています。
テキスタイルとはいわゆる「布」のことですが、糸や組織、コーティングなどの加工、メンブレンとの組み合わせなど、そのバリエーションは多岐に渡ります。近年では様々なテクノロジーを用いて開発された機能性素材もあり、可能性はさらに広がっています。ラボでの研究成果が山と道の製品にどう繋がっていくのか、私自身もとても楽しみです!
また、ラボでは修理部と連携して、お客様から修理のご依頼をいただいた製品の損傷や汚れの分析や検査も行なっています。その研究結果から、今回は山と道UL Rain Hoody PU Sosuiをはじめとした疎水性多孔メンブレンを使用したレインウェアの油脂等によるシミの除去法や、様々なタイプのシミや汚れが付いてしまったナイロン製品ウェアを実際に洗濯ケアしてみた事例をご紹介していきます。
①レインウェアの油脂等によるシミのケア
お客様から、山と道UL Rain Hoody(PU Sosui)を着用時に擦れ防止のため肌にワセリンを塗っていたところ、ワセリンがウェアに付着した部分がシミになってしまい、洗濯しても取れないとのご相談をいただきました。
実物を見てみると、裏側から表側に浸透したクッキリとしたシミが確認できました。油脂汚れを落とすのに効果があるとされる①ぬるま湯での付け置き洗い ②シミに直接洗剤を付けて洗う部分洗い ③クリーニング店での洗濯を行なってみましたが、シミは消えませんでした。
そこで、レインウェアの油脂によるシミについて、山と道ラボの課題として検証・実験を行なってみることになりました。また、油脂シミが取れるならば、同じ油系汚れである皮脂によるシミ(着古したナイロン製品の襟元や袖口が黒ずんでくるのは、多くの場合が皮脂に由来すると考えられます)も除去できるかもしれません。
UL Rain Hoody(PU Sosui)を裏返した状態です。アゴ周りから首元にかけて、油脂性と思われるシミがついてしまい、洗濯しても取れない状態でした。
山と道ラボでの検証
山と道UL Rain Hoody PU Sosuiに採用しているパーテックスシールドプロは、ポリウレタン(PU)の疎水性多孔メンブレンです。多孔メンブレンは膜に微細な孔(穴)が無数に空いた網状の構造になっているため、着用時にワセリンなどの油性のクリームや液が付着した場合、その微細な孔に油脂が入り込み、肌側からメンブレンを浸透して表地まで染み込みシミを発生させてしまっていることがわかりました。また、UL Rain Hoody PU Sosuiに採用しているパーテックスシールドプロは非常に軽量で薄いシェル素材と裏地素材とを組み合わせているため、より顕著に現れてしまったものと考えられます。
一方、山と道UL Rain Hoody PU Shinsuiの素材パーテックスシールドは、親水性無孔メンブレンで孔が無いため、油分は表面に付着しているだけなので、家庭での適切な洗濯でシミは改善できます。
油脂シミはどうして発生するのか?
ワセリンなどの油脂成分、イカリジンやディートなどの虫除け成分、エタノールが含まれている製品(ヘアクリーム・化粧品・日焼け止め・防虫剤 等に該当製品があります)の付着により、シミが発生する可能性が確認されています。
油脂シミ部分の性能はどうなっているのか?
本来の生地とワセリンを付着させてシミになった状態の生地の、透湿・耐水性能をそれぞれ検査機関でテストしてみました。耐水圧に大きな変化は見られませんでしたが、透湿性の数値は著しく低下しました。透湿を促す孔(穴)が油脂によって塞がれ、透湿を妨げると考えられます。1〜2cm程度のシミであれば大きく影響はしないと思われますが、シミが広範囲に及ぶ場合、着用時の透湿による快適性が損なわれる恐れがあります。
油脂・皮脂シミの除去方法
山と道UL Rain Hoody PU Sosuiで生じた油脂によるシミについて、パーテックスシールドプロの販売元である三井物産アイファッション株式会社さんにも情報を共有したところ、対処法として「ドライ・ソルビー」「サンドライ」といった業務用の油脂性専用シミ抜き剤の情報をいただきましたので、ご紹介します。
「ドライ・ソルビー」「サンドライ」は市販でも購入可能で、ミシン油などの機械油による汚れが発生しやすい縫製工場でもよく使われています。
一般的な洗濯用洗剤や台所用洗剤を使用した付け置き洗いや部分洗い、クリーニング店での洗濯でも落ちない油脂性のシミには、これらの油脂性専用シミ抜き剤の使用をお薦めします。
シミ抜き処置をしたら性能は戻るのか?
シミ抜き後の生地を検査機関でテストしました。透湿性能はワセリンのシミが付いた状態とシミ抜き後を比較すると、シミ抜き後は3割程度改善しているものの、元のレベルまでは戻りませんでした。テスト用に多めにワセリンを塗布したため、ワセリンの付着量によっては、もっと改善することも期待できますが、シミ跡は完全に消えても、孔に多少の油成分が残り透湿性能は完全には戻らないことはご了承下さい。
上記ご理解の上、処置はご自身の判断で行なうようにして下さい。
今回の記事は山と道UL Rain Hoody(PU Sosui)を例に解説しましたが、同素材を採用している山と道UL Rain Pants(PU Sosui)も該当します。
②皮脂汚れや油汚れなど、様々な汚れのケア
レインウェアやダウンジャケット等、ナイロン素材ウェアの様々な汚れに対する洗濯ケアについても検証してみましたのでご紹介します。
汚れの種類
汚れの種類は大きく分けて以下の3つに大別されます。
油汚れ
皮脂、機械油、ワセリン、マヨネーズなどの食用油
水溶性汚れ
汗、果汁など
不溶性汚れ
砂、泥、金属粉など
これらのうち水溶性汚れだけなら通常洗濯で落ちますが、油汚れと不溶性汚れはシミになってしまい、普通に洗濯しただけでは落ちません。
また、汚れは1〜3の要素が複合的に絡んでいる場合もあります。例えば、自転車のチェーン油による汚れはただの油汚れではなく、油に鉄粉が混じっているため、「油汚れ + 不溶性汚れ」になります。そういった汚れの場合、まず、油汚れを落としてから鉄の微粒子による不溶性汚れを落とすという2段階の洗濯を行ないます。
山と道スタッフの私物を事例にして、シミや汚れを実際に洗濯ケアしてみました。通常洗濯では落ちなかった汚れを対象にしています。自宅にあるもの、近くのドラッグストアなどで入手できるものでの洗濯ケアをご紹介しますので、ぜひ参考にしてみていただけたらと思います。なお、ケアは、必ず目立たない部分で試して色落ちや変色などが無いか確認したのちに行なうようにして下さい。
症例1:皮脂・泥汚れで袖口が変色したダウンウェア
ダウンウェア等でよく見られる現象の、袖口やポケット周りや襟元等が黒ずんでしまった状態です。洗濯やクリーニングでも改善されないことも多く、機能面では問題なくても、汚れのために着用機会が減っているウェアも多いのではないでしょうか。
これは汗や湿気、雨などで湿った状態で皮脂や砂や泥との接触・摩擦により袖口が汚れて変色したものと推測されますが、泥汚れや皮脂汚れなどにめっぽう強いと主婦から絶大な評価を集める『ウタマロ石けん』シリーズで部分洗いを試みてみました。
『ウタマロ石けん』には蛍光増白剤が含まれているため色柄物に使用する際は注意が必要ですが、中性洗剤である『ウタマロリキッド』は無蛍光のため、色柄物にも安心して使用できます。今回は『ウタマロリキッド』を汚れ部分に塗り、歯ブラシで擦って部分洗いしました。
症例2: 自転車チェーン油が付着した山と道5-pocket pants
チェーンガードのないスポーツバイクに乗っている際、チェーンの潤滑油がパンツの裾に付着してしまうことがよくありますが、潤滑油には鉄粉や泥も混ざった状態のため、上記の油脂性専用シミ抜き剤や『ウタマロ石けん』でも落ちないことが多く、諦めてしまっている方も多いのではないでしょうか。
このような汚れには、実は化粧落とし用のクレンジングオイルが非常に有用です。まずクレンジングオイルで潤滑油由来の油性の汚れ成分を溶かし出し、残った鉄粉等による汚れを歯ブラシ等でこすり洗いします。
クレンジングオイルを付けたまま長時間放置すると、新たな油シミになってしまう恐れがありますので、処置した後に40℃くらいのお湯でクレンジングオイルをしっかり落としてから、洗濯機で洗濯して仕上げるようにして下さい。
おわりに
以上、いろいろなパターンの汚れを紹介させていただきました。
汚れの特性に合ったケアがわかってくると、以前は諦めていたような頑固な汚れも驚くほど綺麗になります。面倒くさいと思われがちな洗濯ケアですが、奥が深くクリエイティブな作業だと改めて感じました。
洗濯ケアによって綺麗に蘇っていく爽快感をぜひ味わっていただき、お気に入りのアイテムを末長くご愛用いただけることを願っています。
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