#5

2020.03.16

山と道ラボのベースレイヤー編も今回で#5となります。

これまでのベースレイヤー編#3#4ではベースレイヤーに使われる代表的な素材の特性をそれぞれ「着心地」と「保温性」という観点から整理しました。それらの考察をふまえ、今回はベースレイヤーに用いられる素材の総合的な評価を試みてみていきます。

とはいえ、ベースレイヤー素材に求められる機能性はその場面や目的によって異なり、全ての要求事項を完璧に満たす素材は今のところ存在しません。そのため、「総合的な評価」とはいっても、どういった季節とフィールドでどのような行動を行うのか、シチュエーションごとに求められる機能の優先度を定め、優先機能を満たしやすい素材を個別の場面ごとに評価していくことになります。

広告やカタログでは、「速乾性が高く、汗をすばやく処理して冷えを防ぎ、抗菌加工で快適な着心地を保つ」といった夢のようなスペックが書かれていることがよくありますが、一方でそれらの性能が他の素材とくらべて具体的にどの程度優れているのかというデータや、各機能が有用な場面や逆におすすめしない場面といった情報はあまり十分ではないように思えます。実際には化繊の速乾素材が冷えを防ぐとは限りませんし、ウールについても高い保温性がもたらす暑さや防風性に劣ることなど、欠点がないわけではありません。どのようなベースレイヤーであっても、場面による使い分けやレイヤリングによる工夫が求められます。

今回までの記事を通じて読者のベースレイヤーに関するリテラシーが少しでも高まり、明確なコンセプトに基づく優れた商品が市場で支持されるきっかけとなればと願います。

最後に、ベースレイヤー編は一応#1の鼎談から連続した内容となっていますが、各回だけを読んでも内容が完結するようまとめています。しかしながら今回は#3と#4の内容を直接ふまえているため、未読の方はこの機会にこれまでの記事もご確認いただければと思います。

山と道ラボ【ベースレイヤー編#1】
山と道ラボ【ベースレイヤー編#2】
山と道ラボ【ベースレイヤー編#3】
山と道ラボ【ベースレイヤー編#4】

山と道ラボとは

山道具の機能や構造、性能を解析する、山と道の研究部門です。アイテムごとに研究員が徹底的なリサーチを行い、そこで得られた知見を山と道の製品開発にフィードバックする他、この『山と道JOURNALS』で積極的に情報共有していくことで、ハイカーそれぞれの山道具に対するリテラシーを高めることを目指します。

文:渡部隆宏(山と道ラボ)

これまでのまとめと各素材の特徴整理

今回は過去ベースレイヤー編をふまえた総括的な内容となる。そのためいったんこれまでの内容を軽くおさらいしておきたい。

《ベースレイヤー編#1》
トレイルランナーとハイカーそれぞれの重視点

ベースレイヤー編#1ではハイカーズデポの土屋智哉さん、Run boys! Run girls!の桑原慶さんと山と道ラボとの間で鼎談を行い、トレイルランナーとハイカーというそれぞれの視点からベースレイヤーに求める機能や重視点、課題などを語っていただいた。トレイルランではすばやい汗の処理機能と冬場の保温性、ハイキングにおいては保温性と消臭性が重要な機能として浮かび上がった。

《ベースレイヤー編#2》
ベースレイヤーの役割定義とシチュエーション別整理

ベースレイヤー編#2では歴史的な経緯をふまえつつ、ベースレイヤーとは何なのかという本質的な機能を「汗の処理」と定義し、トレイルランナーにはパフォーマンス維持のための速乾性(汗の拡散性)が重視され、ハイカーには快適行動のための吸湿性が重視されると結論づけた。また、ベースレイヤーの類型を「アクティビティレベル」と「活動場面」からシチュエーション別に整理した。

《ベースレイヤー編#3》
「着心地」の評価

ベースレイヤー編#3では各素材の特徴を天然繊維と化繊との相違という観点から整理し、素材特徴を「吸湿性」「吸水性」「速乾性」「調湿性」「ベトつかなさ」「消臭性」といった評価項目に集約し、これらの項目を「着心地」というキーワードにまとめた。

ベースレイヤー編#3の「各素材の特徴まとめ」より抜粋

《ベースレイヤー編#4》「保温性」の評価

続くベースレイヤー編#4では各素材の「保温性」を明らかにした。スタディを重ねるうちに、保温性はいくつかの要因から構成されることが明らかとなった。結論として「繊維の熱伝導率(熱を伝える度合い)」「含気率(空気を含む割合)」「水分率」「べとつき」「通気性」「気化熱」「吸湿発熱」といった項目により、各ベースレイヤー素材の保温性について俯瞰的な評価を行った。

ベースレイヤー編#4の「ベースレイヤー素材の保温性総合評価」より抜粋。

「着心地」×「保温性」の総合評価

以上#3・#4の結果を総合し、ベースレイヤー素材の総合的な評価を行ったのが以下のチャートである。

※すべてニット生地を前提としている。
※保温性については理解を容易にするため、ベースレイヤー編#4で挙げた性質のうち類似した項目を統合して3項目に集約した。具体的には「繊維の熱伝導率(熱を伝える度合い)」「含気率(空気を含む割合)」「水分率」「べとつき」の平均値を『熱伝導(保温性)』、「通気性」を『防風性(保温性)』、「気化熱」「吸湿発熱」の平均値を『気化/発熱(保温性)』に置き換えた。

ウールはおおむね「吸湿性」「調湿性」「ベトつかなさ」「消臭性」「気化/発熱(保温性)」で高いスコアとなっており、水を吸い込む親水性仕上げがほどこされている場合には「吸水性」も優れる(一般的なアウトドア用のベースレイヤーは水をはじく疎水性仕上げが多い)。一方でポリエステルとポリプロピレンの化繊は「速乾性」に優れる。こうしてチャートを見るとポリエステルとポリプロピレンの相違はごくわずかであるが、「熱伝導率(保温性)」でポリプロピレンがやや優れる。チャートにはないがポリプロピレンはポリエステルにくらべ疎水性の度合いが高いのも特徴であるが、染色が難しく熱に弱いといった欠点があり、ベースレイヤーの素材としてはポリエステルの方がメジャーな存在となっている。

さて、このようなウールや化繊素材の特性は、どのような場面や活動に有効となるのであろうか。それぞれの着こなしや使い分けを考えるためにも、シチュエーションに応じた素材の適性を整理する必要がある。

温暖な環境での留意点とリスク

まずは暖かい環境におけるアクティビティでの留意点を検討してみたい。

温暖な環境としてイメージするのは、具体的には初夏から秋にかけての平地や低山、樹林帯などである。このような状況で懸念しなければならないのは熱中症である。熱中症が最も多く発生するのは7月から8月にかけてであるが、暑熱馴化(暑さに身体が慣れること)の進んでいない5月や6月にも多くの患者が発生している。沢山汗をかくような、負荷の高いアクティビティを行う場合は特に危険である。

熱中症のメカニズム

人体には体温を一定に調節する仕組みが備わっているが、さまざまな要因でその調節機能に支障が生じ体温が上昇した場合、脱水やナトリウム不足などによって身体にダメージが生じる。このような事態を熱中症と呼ぶ。人間は通常、体温が摂氏40度を超えると行動できなくなり、ひどい場合には死亡に至ることもある。

熱中症の要因としては、高温高湿などの外部環境要因、激しいスポーツなどの行動的要因、そして水分不足や体質・体調などによる身体的要因に大別される。高温高湿の風のない環境で激しいスポーツをする場合など、複数の要因が重なると熱中症のリスクが増す。

人体は常に熱の生成と放散を組み合わせて体温を調整している。寒冷下では代謝が促進され、ふるえが生じたり鳥肌が立ったりして、体熱を高め保持する仕組みが働く。一方で体温が一定以上に高まった場合には、熱を身体の外に放出しようとする仕組みが働く。

その代表的なメカニズムは発汗で、蒸発と共に打ち水のような冷却効果を発揮し身体をクールダウンする。体温上昇時に皮膚が紅潮するのも冷却のためである。体表に熱い血流を集めることで、ラジエーターのように熱放出を促す。外気が体温よりも低ければ、熱伝導や対流の働きによって体熱が奪われ、身体は冷却されていく。

ところがこの熱の放散がうまくいかなくなる場合がある。具体的には、外気温が高い場合、強い日射しに身体が晒され続けた場合、湿度が高く汗が蒸発しない場合、水分が不足して発汗が不十分となった場合などである。

とくに外気が体温よりも高い場合には、ラジエーター効果が弱まり、逆に外気の高温が人体を加熱していくこととなる。このような状況でも発汗による気化熱は身体の冷却に寄与し、気温が上がるほど発汗が体温調節におよぼす効果が高くなる。

ある研究によると、気温25度では汗が体温調節におよぼす影響は2割程度に過ぎないが、気温35度では9割にも達するという。水は蒸発時に100mlあたり58kcalもの熱を奪う強力な冷却効果をもち、計算上は体温を1度下げる効果があるとされている。

しかし外気の湿度が高い場合や発汗が多すぎる場合には、汗が体表を覆い流れ落ちてしまう。このような汗は蒸発しないため体温調節の効果がなく、身体から水分とミネラルを奪い続け、脱水症状を促すこととなる。汗がうまく蒸発しない場合、人体はさらに体温を下げようと発汗を促進させ、一層脱水が進むという悪循環をまねく。

温暖な環境でのベースレイヤーに求められる機能性

このような状況下で体力の損耗を防ぎ熱中症を防ぐためには、ベースレイヤーが体表から汗を素早く除去し、蒸発させる機能をもっていることが望ましい。すなわち吸水性と速乾性が重要となる。軽く通気性が高い素材も、風の対流を促し汗の蒸発を促すのに有効である。

衣服のデザインという点では、肌にゆとりのある服装よりもぴったりとしたウェアの方が汗の除去に効果的であるとされている。換気を促すゆとりあるウェアは対流を促すものの、大量の汗を吸湿発散機能によって積極的に処理するにはぴったりしたシルエットの方が適しているようだ。

寒冷な環境での留意点とリスク

続いて寒い環境におけるアクティビティでの留意点を検討する。この場合に問題となるのは低体温症である。

積雪期の山に限らず、残雪期の山や標高の高いエリアは常に体温低下のリスクがある。山における低体温症は夏でも発生しており、悪天候で風雨に晒され続ければ季節を問わず起こりうる。また体熱の生成が不十分な停滞時や負荷の低いアクティビティの際に発生しがちであるが、負荷の高い活動であっても汗冷えによる体温低下のリスクはつきまとう。行動負荷が低くても高くても危険があるという点では熱中症よりも注意が必要である。

低体温症のメカニズム

低体温症とは、文字通り体温が下がることによって身体(筋肉)や臓器の機能が損なわれ、行動の支障につながる症状の総称である。医学的には、身体の内部(深部体温)が摂氏35度以下になった場合をさす。一般的には深部体温が35度を下回るとふるえが生じ、34度で歩行が困難になったり錯乱したりといった症状が出る。34度未満になると歩行不能となり、30度未満で意識を失うとされる。

低体温症は、寒冷状態に置かれた時間によって、偶発性(水難事故など)、急性(6時間未満)、亜急性(6~24時間)、慢性(24時間以上)の4つに分類される。慢性は体力の不足した老人などに見られるもので、アウトドアの場面で考えられるのは偶発性、急性、亜急性の3つである。ウェアリングが不十分な状況で寒冷環境に晒された場合、低体温症に至るまでの時間は5~6時間ほどとされている。

熱中症のメカニズムでも述べたように、人体は熱の生成と放出を組み合わせて体温を維持している。寒冷下や強い風雨の中で、行動負荷が低いか、なんらかの理由で負荷が低くなった場合(休憩や停滞時)には、運動による熱の生成が不十分となる、このような場面で衣服の保温力が足りない場合には、体熱が奪われていくことになる。

ベースレイヤー編#3でも触れた通り、熱は伝導、対流、ふく射、気化熱(凝縮熱)という4つの働きを通じて移動する。たとえ夏山であっても、風雨で濡れ強風に晒され続ければ伝導と対流によって体温が急速に失われていく。気温の低い冬山(湿度が低く寒い=「『乾性寒冷』環境」)よりも、多少気温が高くとも風雨の強い夏山(湿度が高く寒い=「『湿性寒冷』環境」)の方が低体温につながりやすいという説もある。

寒冷な環境でのベースレイヤーに求められる機能性

低体温症のリスクがある際にウェアリングで考慮すべきは、断熱と濡れ対策、そして風対策である。

外気温が低い場合には、まず断熱性のある空気層を多く含むウェアリング(厚手のウールや化繊インサレーションなど)が有効である。水が熱を伝える度合いである熱伝導率は空気の24倍もあり、濡れた状態で寒気にさらされるのは非常に危険である。そのため下着は肌から水分(汗・雨による濡れ)を遠ざける吸湿性・吸水性の高いものが望ましい。肌から水分を遠ざけられれば速乾性は必ずしも重要ではなく、むしろ気化熱による冷えのリスクがある。ただしぐっしょりと濡れたままの状態も時間経過と共に冷えの危険性が高まるため、適度に体温で蒸発していく程度の乾燥性があることが理想である。

断熱性のあるウェアリングと同じく重要なことは風の遮断である。風速1m/秒の風は体感温度を1度下げると言われており、気温が10度あっても風速が10m/秒であれば体感気温は0度に等しくなる。雨に濡れた身体が風に晒されれば一層体温低下の危険が増す。

ウェアリングとはまた別次元の話ではあるが、食物(エネルギー)の不足も低体温症の深刻な背景要因である。体熱の生成量はエネルギーの摂取度合いに依存し、エネルギー不足は身体を暖める燃料の不足を意味する。またエネルギーの不足は疲労による行動負荷の低下をまねき、一層の体温低下をもたらす。

風が危険なのは体温を奪うだけでなく、前進や行動を困難にし、エネルギー損耗を高めるという意味で二重のリスクをもたらすためである。ある実験によると、風速10m/秒で5割、風速15m/秒で8割、無風の状態よりも消費エネルギーが増加するという。

シチュエーションと素材の適性

以上の通り、暖かい環境と寒い環境それぞれにおけるリスクと留意点を見てきた。いずれの場合でも、ベースレイヤーの本質的な役割*である「汗の処理」が重要となってくる。ここで、シチュエーションごとにウェアに求められる理想のスペックを定義してみたい。
*ベースレイヤー編#2を参照のこと

アウトドアのシチュエーションについては、以下のように行動負荷の度合いを示す「アクティビティ」をヨコ軸に、気温や標高といった外部環境を示す「活動場面」をタテの軸にとり、行動負荷が大きいか小さいか、活動場面が温暖か寒冷かというそれぞれの組み合わせから4つの類型に整理した。

この表はベースレイヤー編#2末尾に掲載した「ベースレイヤーの類型整理」の表と意味的には同じであり、より読みやすくなるよう簡略化したものである。

表内のレーダーチャートは#1の鼎談や#2〜#4での考察をもとに、シチュエーションごとに重視される機能を筆者の主観で導いたものである。チャート右上の「温暖×負荷大」は大量の汗処理が必要なことからトレイルランニングを想定、左上の「温暖×負荷小」は一般的な低山でのハイキングを想定した。

右下「寒冷×負荷大」の場合は「温暖×負荷大」にくらべ保温性の重要度を高め、汗冷え対策として吸湿性や調湿性も重視した。「寒冷×負荷小」の場合は「温暖×負荷小」をベースに保温性全般を最重要とした。

シチュエーションをこのような軸によって整理した意図は、より実際の行動に即して装備を判断しやすくなると考えたためである。トレイルランニングといっても距離が長く一晩二晩を超すような場合には汗の対策よりも保温性が重要になるし、ロングハイクといっても1日に数十キロを歩くような計画の場合は、汗の処理を考慮したウェアリングが必要となる。実際には同じハイキングやランニングという名前の活動でもその内容はさまざまであり、負荷の度合いと外部環境から装備を検討する方が実際的である。

表の右上は温暖かつ行動負荷が大きい場合であり、典型的には日帰りトレイルランニングや、コースタイムよりも大幅に早く歩くような春~秋の低山でのファストパッキングといったアクティビティが想定される。大量の発汗が想定され、熱中症のリスクも高い。負荷が大きいため活動期間は比較的短く、着心地よりもパフォーマンス(運動性能)が重視される。そのため、消臭や調湿といった着心地に直結する要因よりも、吸水と速乾性能が重視される*。保温性の優先度は低く、むしろ身体のヒートアップを防ぐ機能が必要とされる。
*着心地を構成する要因(具体的には調湿性、消臭性、ベトつかなさ)については、どのような場面でも高いにこしたことはない。ただしあくまでも想定されるシチュエーションに対する必要条件とはいえないと考えられる。

温暖×行動負荷が大きい場合の理想スペック

以下に「温暖×行動負荷が大きい場合」の理想スペックと各素材の特性チャートを並べてみた。このシチュエーションに適性の高い素材としては、まずは化繊のポリエステルとポリプロピレンが挙げられる。いずれも高い速乾性を持ち、気化熱によるクールダウン効果が期待できるためである。

ただしいずれも「吸水性」に乏しいことが欠点である。そのため多くの製品には、肌側から水を吸い上げる構造や親水性の後加工など、汗を吸い上げる工夫が施されている。

※ポリエステルとポリプロピレンの特性はほぼ重複している。ポリプロピレンは前述の通り染色しにくいなどの問題があり、実際の製品は多くない

ウールについては速乾性が課題となるものの、親水性仕上げであれば吸水性も高く適性がある。薄く軽量な製品であれば保温性も下がり、対流による換気効果で速乾性も補えることから、製品によってはこういった発汗量の多いシチュエーションで活用できるケースもあるものと思われる。

温暖×行動負荷が小さい場合の理想スペック

続いて「温暖×行動負荷が小さい場合」の理想スペックと各素材の特性チャートを並べてみた。

「温暖かつ行動負荷が小さい場合」とは、春~秋にかけてコースタイム通りに歩くようなケースであり、多くの一般的なハイキングがあてはまる。気象条件によっては熱中症の危険があるものの、相対的にリスクは小さい。行動負荷が小さいということは汗処理の機能性よりもデイリーウェアに要求されるような着心地の重要度が相対的に増すため、速乾性よりもむしろ適度に汗を処理し続ける吸湿性が重要となってくる。

以上のような観点から、このシチュエーションにおいては吸湿性が高く、派生する調湿性や消臭性といった着心地関連の性能にも優れるウールが有効と考えられる。気温が高く発汗が多いようであれば親水性仕上げの方が適している。

寒冷×行動負荷が大きい場合の理想スペック

「寒冷×行動負荷が大きい場合」の理想スペックと各素材の特性は以下の通りである。

比較的寒い時期にコースタイムより大幅に短い設定で歩く場合などが想定されるが、夏場のトレイルランニングやファストパッキングでも、標高が高い場所で強風にさらされることや、早朝、夕方後の寒冷な時間に行動することが想定されればこのようなシチュエーションへの備えが必要となる。行動負荷が大きければ体熱の生成量も増加するため、寒冷条件ではあるが低体温症のリスクは相対的に低い。ただし発汗量が多いため汗冷えが懸念され、停滞時や強風に備えた保温性も要求される。この場面の汗処理は気化熱による冷えをまねく速乾性よりも、繊維の吸湿作用を利用した方がよい。

以上を考慮すると、このシチュエーションにおけるフィットの高い素材は吸湿性と保温性に優れたウールである。ただし寒冷下での行動時間が短いと考えられるのであれば、速乾性を重視して化繊を選ぶこともありうる。

このシチュエーションでは、ベースレイヤーのみで保温性を確保しようとすると生地も厚くなり、日差しが出たり行動負荷が高まったりした場合にはヒートアップしすぎるということも考えられる。また風への対策も重要となるため、レイヤリング全体での保温性や調節のしやすさを考慮する必要があるだろう。

寒冷×行動負荷が小さい場合の理想スペック

最後に「寒冷×行動負荷が小さい場合」の理想スペックと各素材の特性を整理する。このシチュエーションは低体温症のリスクが最も高く、保温性の確保が最重視され、ここでもウールの適性が高い。シェルで防風性を確保すると同時に、ベースレイヤーそのものも厚手のものを用いるなど、熱伝導性を低める(断熱度を高める)工夫も必要となる。

おわりに

以上のようなシチュエーションごとの整理は、あくまで各素材の典型的なプロファイルをあてはめたにすぎない。実際市場にある製品には、吸水加工を施した化繊素材やボディに防風パネルを配したウールのニットウェア、ウールと化繊の混紡など、想定されるシチュエーションごとにさまざまな工夫が施されている。すなわち、新しい糸や繊維、後加工といった素材開発にとどまらず、織り構造などの生地の工夫、換気や密閉性を高めるデザインなど、さまざまな次元での製品開発が進んでいるのである。

その意味ではこの分析はあくまで便宜的なものにすぎないとも言えるが、ベースレイヤーおよびウェアリング全体を考える上でのヒントを提供できたのではないかと思う。

分析を通じてあらためて気付かされたのは、ウールの万能さである。ウールのベースレイヤーに防風性を担保するシェルを組み合わせれば、かなり広範な状況を切り抜けることができるのではないかと考えられる。山の天候は変わりやすく、ルートをはずれたりすれば行動負荷が高まることもありうる。その意味でウールのベースレイヤーはさまざまな状況に対応しやすく、安全性が高いといえる。

夏の縦走など平地から高所までさまざまな場面が考えられる場合のベースレイヤーの選択については、ベースレイヤー編#3で触れた化繊か天然素材かの区分けが手がかりとなる。比較的活動期間が長い場合には、吸湿性や着心地に関連する性能(特に消臭性)の重要度が高くなるためウールが適している。活動期間が短く負荷が高い場合には、速乾性の高い化繊素材の優先度が増す。活動期間が短く負荷も低い場合には、どのような素材でも好みで選んで大きな問題はないであろう。

最後にちゃぶ台返しではないが、筆者の私見を述べておきたい。

たとえシチュエーションとのフィットが低い素材であってもレイヤリングによって解決できれば問題なく、多少の不快さリスクを甘受してでも、好みを優先するということも当然ありうる。

要するに道具を選ぶ人がメリットもデメリットも含めその特性を自覚していれば良いのであって、あくまで道具は手段であり、スペックに縛られすぎないことも重要と思われる。柔軟な発想でウェアリングを捉え、山を楽しんでいただければ幸いである。

参考資料:
 「被服材料の伝導特性に関する基礎的研究 (第1報) 布の有効熱伝導率の測定」/妹尾順子、米田守弘、丹羽雅子(1985)
 「被服材料の熱伝導特性に関する基礎的研究 (第2報) 含水状態における布の有効熱伝導率」/妹尾順子、米田守弘、丹羽雅子(1985)
 「各種被服材料の有効熱伝導率とふく射による熱伝達」/藤本尊子、関信弘(1987)
 「布の保温性に及ぼす厚み、重さ、および繊維素材の影響」/松平光男(2001)
 「繊維製品における遠赤外線の測定及び評価について」/加藤三貴(2003)
 「ヒトの体温調節」/森本武利(日本繊維製品消費科学会、2003)
 日本熱物性学会研究会-第2回生活環境懇話会資料「人も一個の熱源体である。しかし、・・・・」/諸岡晴美(2007)
 「遠赤外放射特性測定技術と繊維製品の機能性評価」/尾上正行、加藤三貴(2008)
 「トムラウシ山遭難事故調査報告書」/日本山岳ガイド協会・トムラウシ山遭難事故調査特別委員会(2009)
 「繊維製品の保温性評価に関する考察 」/加藤三貴、尾上正行(2010)
 「スポーツにおける実践的暑さ対策とその応用」(ストレングス&コンディショニングジャーナル)/長谷川博(広島大学)(2018)
 「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」/日本スポーツ協会(2018)
 「日経Gooday 『熱中症を衣服の工夫で防ぐコツ(上)』」(2018.8.8)
 「ENDURANCE 限界は何が決めるのか?」/アレックス・ハッチンソン著・露久保由美子訳(2019)
 「熱中症予防サイト」/環境省
 総務省による熱中症統計資料(https://www.fdma.go.jp/disaster/heatstroke/item/heatstroke003_houdou01.pdf ほか)

渡部 隆宏
渡部 隆宏
山と道ラボ研究員。メインリサーチャーとして素材やアウトドア市場など各種のリサーチを担当。デザイン会社などを経て、マーケティング会社の設立に参画。現在も大手企業を中心としてデータ解析などを手がける。総合旅行業務取扱管理者の資格をもち、情報サイトの運営やガイド記事の執筆など、旅に関する仕事も手がける。 山は0泊2日くらいで長く歩くのが好き。たまにロードレースやトレイルランニングレースにも参加している。
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