山と道ラボ【ベースレイヤー編#1】
特別鼎談・土屋智哉(ハイカーズデポ)×桑原慶(Run boys! Run girls!)×山と道ラボ

INTRODUCTION

山と道ラボが帰ってきました!

大きな反響を呼んだレインウェア編に続くテーマは、もっとも体に近い山道具であるベースレイヤーです。

ハイキングの快適性に大きく関わり、ポリエステルやメリノウールなどそれぞれ異なる特性を持つ様々な素材があり、ときにはその選択の誤りが生死の境目ともなりうる重要な道具でありながら、その素材ごとの特性や構造については、いまだに誤解や印象論が幅を効かせ、本質的な理解やデータに基づいた分析は進んでいないのが現状ではないでしょうか?

そんなベースレイヤーの調査と考察を、レインウェア編と同様にこれから検証実験を踏まえつつ圧倒的密度で進めていく所存なのですが、その前の論点整理のため、ハイカー代表として『ハイカーズデポ』の土屋智哉さん、ランナー代表として『Run boys! Run girls!』の桑原慶さんをお招きし、両者の視点から現代のベースレイヤーを取り巻く現状や課題点について、山と道ラボの夏目彰と渡部隆宏も交えた鼎談を行いました。

結論から言えば、ハイカー側とランナー側、双方からの要求はまったく異なり、改めてベースレイヤーに求められる機能の多様性を認識することとなりましたが、それゆえ、ハイカー、ランナー双方にとって新鮮な内容になりました。例によって10,000字超えの長尺になりますが、どうぞお付き合いいただければ幸いです!

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山と道ラボとは

山道具の機能や構造、性能を解析する、山と道の研究部門です。

アイテムごとに研究員が徹底的なリサーチを行い、そこで得られた知見を山と道の製品開発にフィードバックする他、この『山と道JOURNALS』で積極的に情報共有していくことで、ハイカーそれぞれの山道具に対するリテラシーを高めることを目指します。

構成/文/写真:三田正明

ランナー目線のベースレイヤー論

夏目 今日はお集まりいただき、ありがとうございます。ベースレイヤーってひとくくりに言っても、そこにはラン用に特化されたものがあったり、ハイク用に特化されたものがあったり、使われるシチュエーションやシーズンで求められる要素も変わってくると思います。そこで今日はハイカー代表として土屋さん、ランナー代表として桑原さんにそれぞれ「ハイカーにとっての行動着とは?」「ランナーにとっての行動着とは?」をお話しいただきながら、それぞれに求められる機能や課題を整理していきたいと思っています。

土屋 よろしくです! 

桑原 よろしくお願いします! さっそく本題に入らせていただくと、僕らの店はランの中でもトレイルラン二ングというかなり狭い範囲をメインに扱っているので、ベースレイヤーに限らずウェアに求めることはわりとシンプルで、「1枚でどれだけ体温調節ができるか」という、もうそこ。トレイルランニングって、山の気温の寒暖差に加えて、行動の負荷の幅も大きいので、体感温度の幅がすごく広いんですね。また、着替えのために止まることもなるべく避けたいので、できれば1枚、もしくはシンプルなレイヤリングだけでいかにパフォーマンスやコンディションを維持するための体温や汗の調節ができるのか、という点に話が集約するかと思っています。

渡部 たしかにランはハイクより格段に体感温度の幅がありますね。

桑原 で、身も蓋もないことを言うと、僕はものすごく汗をかくんですね。ウェアの吸水量の許容量を超えているんじゃないかと思うことも結構あって(笑)。そうなると、吸水速乾性の良さよりもメーカーの持つ個性とか、軽さや着心地とか、そういう部分が重要になってくるのかなって。むしろ、冬場の寒さ対策の方が重要で、気温は低くても走ったら一気に暑くなる時こそ考えることが増えますね。

渡部 汗対策はどうされていますか? 速乾性を重視するのか、吸水性を重視するのか。

桑原 僕はベースレイヤーって基本的に吸水と速乾という部分に主軸が置かれていると思っているのですが、基本的には通気させるか、汗を拡散させるか、もしくはそのミックスかっていう、だいたいそんな感じですよね。

渡部 拡散させるとは?

桑原 「拡散系」でいうと、(持参したウェアを出して)これはアークのフェイズっていうベースレイヤー・カテゴリーのちょっと前の世代のモデルなんですけど、生地がポリエステルとポリプロピレンというふたつの素材のストライプ状になっているんです。ポリプロピレンは疎水性で水を含まないので、そこに汗などが伝わったときに、そうじゃないポリエステルの方にワって拡散するような状況を作ってるんですね。今の世代のモデルはポリプロピレンは使わないでポリエステルだけになったんですけど構造は同じで、ポリエステルを繊維の段階から撥水加工したものをストライプ状に編み上げている。

渡部 1箇所に水分が貯まらずに、広く拡散するから乾きやすくなるって発想ですね。でも、ポリプロピレンは汗をかくとすごく臭くなるんですよね。それでポリエステルに変えたのかな?

桑原 実際にそれがいちばんの理由のようです。で、それは「面での拡散」なんですけど、「層での拡散」もあります。ポーラテックのパワードライとか、ファイントラックのドラウトシリーズとかは、肌に触れる面と外側の面が層になってるんですね。先程紹介したフェイズも中厚手のものは生地が層構造になっています。層ごとに吸水性を変えることによって外側に汗を逃していくのが「層での拡散」系。いずれにせよ、吸水速乾性の高いウェアって、構造的な工夫をすることで汗の拡散性を上げて早く蒸発させて逃すっていうものが多いですね。あと、もう一種類、「通気系」って僕が勝手に呼んでいるものが、その名の通りメッシュ素材になっていて風を通すもの。特徴としては軽いことと、風が通ると涼しいこと。ただ、僕個人としては多少生地の厚みがあるものの方が好きです。っていうのは、メッシュで軽いものは僕の印象だと汗吸うとすぐにビシャビシャになって、ウェア自体の快適性が損なわれるんですよ。

渡部 ほとんど吸湿性がないわけですからね。

桑原 なので自分の好みで言うと、なんだかんだ拡散系のノースリーブが好きで。生地の厚みはそれなりにあっても、汗を吸ったり拡散してくれてビシャビシャになりすぎないのがいいですね。メッシュで快適性の高いものなら、アークテリクスのヴェロックスやパタゴニアから昔出ていたエアフローのようにメッシュがハニカム状の構造になっているものもあったりして。

渡部 通気系だけど着心地が良い?

桑原 そうなんです。着心地が良いんで、僕はファストパッキングの時に着たりします。あとはファイントラックのスキンメッシュとかが代表例ですが、「ファーストレイヤー」というか、要はベースレイヤーの下に着るものを着る人も多いですね。ファーストレイヤーは大きくふたつあって、ポリプロピレンで疎水性を持たせているものか、撥水加工をしているもの。構造としては基本的に疎水性/撥水性の素材が肌に触れる部分から水を吐き出してその上の吸湿性のあるウェアに移すことで、肌にいちばん触れる部分に汗を残さない。ただ、夏場はファイントラックのいちばん薄いやつでもやっぱり僕は少し暑さを感じてしまうので着ることが少なくて、冬場に汗冷えを防ぐために重ね着するパターンが多いですね。あとは機能面とは違う話になるんですけど、お店に立ってて思うのは、最近はこういう機能面にこだわるよりも、ある程度の吸水速乾は担保した上で、わりとシンプルなものを好む方が増えてきている印象です。口火を切ったのがパタゴニアのナイントレイルズ・シャツ(現 キャプリーン・クールトレイルシャツ)っていう、素材はポリエステルなんですけどいわゆる杢調というかコットン調のものが4~5年前くらいに出て、それから各社続いています。

渡部 ナイントレイルズシャツはポリエステル100%でしたっけ?

桑原 100%ですね。さっきのハニカム状みたいな構造的な特徴は無いんですけど、そこまでハードな状況じゃなければ意外ともうこれくらいでいけるんじゃないの、みたいな感じで。こういうゆるいスタイルも人気ですね。

渡部 例えば日帰りの範囲であれば機能性はそんなにいらないとか、もう汗処理だけに特化して保温性はいらないとか、そういう考え方で選んでる人が増えている?

桑原 基本的にはミッドレイヤーやレインウェアやウィンドシェルがバックパックに入っているし、結局動くと暑くなってしまうので、夏場はベースレイヤーで保温する方向の体温調整はしなくていいかっていう考え方ですね。

渡部 ランナーだとベースレイヤーに保温機能を求めようという考え方はそもそも無いんですかね?

桑原 夏場に関しては無いですけど、冬になるとやっぱり出てきますね。で、冬に関してはトレイルランナーのマストアイテムがあります。ポーラテックのパワーグリッドを使ったパタゴニアのキャプリーン・サーマルウェイトのジップネック・フーディなんですけれど、これのいちばんの特徴は、グリッド状になったフリースの起毛部分と抜け部分で、抜け部分は完全に向こう側が透けるくらいの差があるんですよ。止まっていると起毛部で保温してくれて、動き出したり風が吹くと抜け部分で通気してくれると。それでさっき言ったトレランのいちばん寒い時と暑い時の気温差や運動強度による体感温度の差の振れ幅にかなり対応してくれる。なおかつハーフジップでフードがバラクラバ状になっているので、暑い時はグワって開けちゃったり、寒い時はフードをかぶったり。

渡部 デザイン的にも体温調節がしやすいんですね。

桑原 僕、これで3月にある「伊豆トレイルジャーニー」っていうレースに出たんですけれど、スタートが朝6時の伊豆の松崎港で、けっこう寒いんですね。でも樹林帯に入るとちょっと暖かくなって、そのあと伊豆稜線歩道っていう風の吹きすさぶ寒い場所に出るんです。そういう寒暖の差がかなりあるレースもこれ1枚でフードをかぶったりジッパーを開けたりっていう体温調節だけで走りきれたこともあったりして。なので、僕はあんまり「これ1枚買っときゃOK!」ていう売り方は基本的にしないんですけど、これに関してはとりあえず持っていてもいいんじゃないかと思います。で、いわゆる肌着的なベースレイヤーの話に戻ると、僕は最初どれだけ寒くても走っていると結果的には暑くなっちゃうので、やっぱり抜け感があるウェアで良かったねって思うことになることが多い。ただ、それも最初に言ったようにいろいろなシチュエーションがあって、冷え性の人とか汗をかきにくい人とか、走っているエリアがもっと寒いエリアだとか、それからレースじゃなくて友達とのんびり走る運動強度の低いランだとか、そういうようなことでもだいぶ状況変わってくるかな、とも思いますが。

夏目 桑原さんのお話を伺っていて印象的だったのは、やはり「暑い」という言葉ですね。ランだと低体温症を防ぐための保温性よりも、高負荷の運動をしても暑くなり過ぎずに快適に動けるってことに重点を置いているってことですよね。

桑原 低体温は低体温で意識はするんですが、冬場のランは気温は寒いのに走ると一気に暑くなるというジレンマが常にあるのが難しいですよね。最近はある程度高い運動強度を意識した化繊とウールの混紡のウェアも出ているんですが、僕はそれでも着て動くと暑いと感じてしまいます。あと、トレイルランニングで、とくに夏場の低山なんかだと、パフォーマンスを落とす要因で熱中症というのも大きいんですよ。熱中症の原因のひとつには本来は汗をかけば汗が蒸発する気化熱で体熱が下がるところを、濡れた服を着ていることで汗が蒸発せずに体に熱がこもってしまうというのもあったりして。そういう部分でもやっぱり夏場の暑さとか、汗をしっかり拡散させることは意識しますね。

夏目 汗をかいたら積極的に気化熱でガンガン発散させていくのがいちばんベストな状態に近いんですかね?

桑原 夏場はそうですね。そういう意味で、さっきも言ったように、シンプルなメッシュ構造のウェアになると、汗かきにくい人には良いかもしれないですけれど、それ自体が水を吸ってグシャッとなってしまうので、僕はある程度一回溜めながらもじわじわ拡散してくれる方が好みだったりします。

ハイカー目線のベースレイヤー論

土屋 こういうランナー目線の話って、普段それほど多く聞くことないから面白いね。次はハイカー側……というか自分の話をすると、ベースレイヤーに関してはこの10数年、基本的にウール一択なんですよ。それは学生時代からいろいろな化繊のベースレイヤーを使ってきた結果なんだけど。でも、そのいちばん大きな理由が、トレランとは真逆なんだよね。トレランって運動強度が高くて、発汗・発熱を伴う時間が長く続くけど、ハイキングは運動強度がトレランに比べると低い。発汗・発熱はするけれど、それによるクールダウンの要請がトレランに比べると低い。基本的には運動強度が高くない状態で風に吹かれたりするシチュエーションが多いので、どちらかというと体温維持の方が大事になってくる。ハイキングにおける熱中症のトラブルは発汗よりも陽射しの問題の方が圧倒的に多いし、そうなると、ベースレイヤーに関しても保温するのが最優先という考え方に自分の中では落ち着いてきた。つまり吸汗して拡散して発散することより、汗を含んだ状態でも体温を保つことを優先すると、現状ではウールなのかなって。あとハイキングの場合、マルチデイハイクってなると、もう化繊は臭い!

一同 (笑)

土屋 圧倒的に臭い。いくら消臭機能が加えられてても、どうしても限度がある。そうなってくると、やっぱり複数日着ても天然の消臭機能があって臭いにくウールってなってくる。だから現状、自分は厳冬期以外は、ほとんどウールのベースレイヤーやカットソーを着ているだけのことがほとんどだよね。さっき、ナイントレイルズ・シャツみたいな、普通のTシャツのような見た目の中庸でオールラウンドなポリエステル・シャツの話が出たけど、それならウールでも基本的にはある程度こなせるっていう感覚。ハイキングくらいの運動強度だと、そこまでいわゆる行動的な機能にこだわらなくてもいいのかなって。もしかして、こだわったらもっと快適なのかもしれないけど。

渡部 冬場はどうされていますか?

土屋 冬は自分の場合はフード付きのウールのロングスリーブ。例えば山と道だったらメリノフーディがあるけど、あれだと少しゆとりがあるから、自分はもう気持ちタイトなアイベックスのインディフーディ(編注:アイベックスは2017年に廃業)をずっと使っている。生地の目付けで言うと190gくらいの長袖のフード付きだよね。で、さらにアクリマからウールネットが出てからは、基本的にはアイベックスの下にウールネットを着ている。だから、ウール×ウール。メッシュで保温層を作りつつウールで吸水・吸汗させると。さらに厳冬期になってもっと寒くなったら、ウールネットの上にダイレクトでパワーグリッド系のフリースを着る。俺の場合はパタゴニアのR1なんだけど、自分の発汗量だったり運動強度だったらば基本それでOK。

クールダウンか体温維持か

土屋 ただ、今日もずっと来るとき考えてたんだけど、アンダーウェアやカットソー、まあそのベースレイヤーっていうものに関していうと、ひとつはいわゆる吸汗・拡散・速乾っていうクールダウンさせる方向……要は熱を内側にこもらせない方向にいくのか。それとも、ウールみたいに保温の方に軸足の重きを置くのか。やっぱりその2軸の柱があるよね。で、もうひとつファクターを挙げるなら快適性なのかな? 肌触りとか、臭くならないとか、汗を吸ってもビショビショになり過ぎないとか、

夏目 ようはクールダウンか体温維持かってことですよね。

桑原 その延長でいうと、いま山と道のメリノヘンリーTシャツを着てますけど、僕も日常着としてのウールは大好きなんです。汗っかきだからこそ、汗をかいても乾けば気にならなくなる良さがすごくあるから、日常着としてはもうめちゃくちゃ重宝してます。

夏目 いま土屋さんのお話を聞いていて思ったのが、やっぱり運動量が多すぎて大量に発汗する時の汗との付き合い方と、ハイキングでの汗との付き合い方ってだいぶ違うかなって。

土屋 違う違う。

桑原 ジワジワ系とドバドバ系とね。

夏目 ハイキングで化繊のベースレイヤーを着てると、僕は汗が肌にまとわりついて気持く悪く感じるけど、ウールは汗を吸っても肌触りが比較的良いから快適。でもランで大量に汗をかくと少し湿ってるどころじゃないから、ちょっと汗を吸う/吸わないは関係が無い。

桑原 はい。

土屋 俺や夏目さんがウール使っているのって、体温維持はもちろんだけど、単純に肌触りや着心地が快適だからってのはあるよね。無意識のうちに僕らが衣類に求めているものって、体温維持とかクールダウンはもちろんだけど、やっぱり快適さ。その快適さが何によるかということはもっと考えたいよね。

渡部 ベースレイヤーの着心地に関係する要素って防臭性とか、肌触りとか、吸湿性という部分だと思うんですけれど、それはある程度どんな状況でも高い方がいいって話ですよね。一方で、体温維持とクールダウンはトレードオフなので、そこでシチュエーションごとにどちらを選ぶかということになってくるとは思うんですけれども。やっぱり、トレランで想定する状況はけっこう特殊ではありますよね。そこでいちばん重視するのは汗処理であり、体温を上げないことだという。

桑原 ただ、それでも丸2日間走るようなロングレースやファストパッキングみたいなマルチデイのアクティビティになってくると、また違う要素が入ってきますね。僕、UTMBっていうレースに出たことがあって。モンブランのまわりを一周するんですけど、夕方の6時にスタートして、夜に風が吹きすさぶ標高2,500〜2,600mの峠を通ったりして。僕は46時間の制限時間ギリギリでゴールしたんですが、ゴール直前は陽射しが照りつけて今度は熱中症になりそうな状況になるんです。極限状態だから、もう快適性を感じるほど頭が回ってなくて(笑)。その時はファーストレイヤーとしてオンヨネのブレステックPPというメッシュインナーを着っぱなしで、ベースレイヤーは大エイドで1回だけ着替えて、あとはアームスリーブとウィンドシェルで体温調節していました。

渡部 そういった寒い状況でも、ウールっていうのは選択肢にならなかったんですか?

桑原 そうですね、やっぱりこう・・・脱ぎ着を考えたくないということはあるかもしれないですね。ウールを着て暑くなり過ぎたり汗を多くかいてウェアが濡れたときに着替える手間を省きたい。アームスリーブが好きなのも、要は動きながら脱ぎ着ができるとこ。さらにいうと、ウィンドシェルも最近のザックってベスト型で前後にペタッとしているんで、そこに、マウンテンハードウェアのゴーストウイスパラージャケットっていう60gぐらいの超軽量のウィンドシェルあったじゃないですか? もう廃番なんですけど、あれが僕大好きで。ものすごく小さくなるので、ザックのポケットに突っ込んでおいて、寒くなってきたら歩きながらそれを出して、ザックの上から羽織っちゃう。

渡部 足を止めないってことですよね。

桑原 むしろ足を止めてザックを下ろしたりすることで逆に一気に寒くなったりもするし、それはすごく大事。さっき言ったように、暑さを感じるタコメーターの振れ幅があるので、ちょっとでもウィーンって上がってくると暑さを感じちゃうので、なるべく動きの中のレイヤリングでこまめに調節したいなっていう考えですね。ただ、トレイルランナーが全くウールを着ないわけではなく、やはり状況によりけりです。雨で気温が下がって、かつトレイルが渋滞で動けず、低体温になりかけた人が多くいたようなレースで、意図的にウールのベースレイヤーを来て保温をしコンディションを保ったっていう友人のランナーもいました。UTMBでもかなり寒いほうに振れる年もあって、そういう年に当たったら自分もウールのウェアを着たり、ザックに入れておくかもしれません。

ファーストレイヤーについて

渡部 ファーストレイヤーでは先ほどファイントラックやアクリマのものが話題に出ましたが、最近話題のものとしてはオンヨネのブレステックPPとかはどうですか?

桑原 寒さや汗冷えを肌の水際で防いでくれるみたいな感覚ですね。例えば、このあいだ冬にヤビツ峠走をしたんですけど、気温は寒くても峠を7〜8km走ると暑くなるんで、そんなときはすごく良いです。

渡部 やっぱり効果を感じます?

桑原 感じます、感じます。肌は全然寒くないのにウェアの表面を触ったら「うわっすげえ冷たいじゃん!」って。

渡部 僕は肌が弱いので、化繊のファーストレイヤー/ドライレイヤー系って試したことないんですよね。絶対肌に合わないだろうなって先入観があって。

土屋 それもあってアクリマのウールネットが出たとき、アトピーの人で化繊の肌触りが不快な人なんかに良いなって。ただ元々、アクリマのベースレイヤーは北欧のクロスカントリースキーの選手がレース用ワンピースの下に着るっていう設定なんだよね。極端に寒いからあれでOKってことなんだろうけど、トレランのシーンなんかだとウールネットだと多分過剰に暑いってことになると思う。

ランニング・ベースレイヤーの課題点

夏目 課題点はどうでしょう? 例えば、山と道でもトレランとか走っているお客さんが居て、聞くと長いレースで寒くなったときに腹を壊したりとか、温度調節がしきれないとか、そういったところで皆さん苦しんでいる印象を受けています。おふたりそれぞれの行動着についての課題点を伺えればと思います。

桑原 腹の冷えはやっぱりトレイルランニングでは大きな問題なんですが、そこに関しては僕はウェアリングよりもピンポイントでガードした方が良いかなと思っています。それこそ腹巻きとか。冬場だったらさっき言ったようにファーストレイヤーも効果的です。別の課題点でいうと、まず、臭いの問題は確かにありますね。それともうひとつ、どの製品も吸水速乾をうたっているけど、僕のようにすぐにその上限を超えてしまう状況があるときに、みんな「半ばこういうもの」と諦めてるんじゃないかなって。というのは、レインウエアほど革新的なイノベーションが起こりにくいこともあるんですけど、新しいベースレイヤーが出た時に「おお! こんなベースレイヤー出たぜ」って、あんまりならない。例えばさっき話に出たアークテリクスのフェイズというベースレイヤーのテクノロジーがポリプロピレンからポリエステルの新しい技術に変わっても多くの人は気にしてないし、「アークのベースレイヤーこんなよくなったぜ!」ってならない。

渡部 確かにそうですね。

桑原 あと、これは課題点とは違う話かもしれませんが、最近、「そういう観点もあるんだ」と思わされたことが、ファイントラックがベースリカバーという吸水性を回復させる洗剤を出したんですよ。化繊のベースレイヤーって本来水を吸わない化学繊維に薬剤によって吸水性を持たせているので、実は着続けるうちに薬剤が落ちてウェアの吸水性がすごく落ちていることを発見したらしいんですよ。なので、それを回復させる洗剤を出したと。でも、何年もみんな吸水速乾性が落ちたなと思いながらも、なんだかんだ走ってたというのは、ある種逆説的じゃないですか? 「落ちちゃったなぁ」って言いながら走れちゃってた。

渡部 レースの短い時間だけなら我慢できちゃうところも大きいですね。例えばナイントレイルズシャツみたいな素材感のものが、現在の『Run boys! Run girls!』のお客さんだとベーシックなラインなのかなと思うのですが。

桑原 そうですね。多いですね。

渡部 機能性だけで言ったらもっといいものはたくさんあるかもしれないけれど……

土屋 ある意味、それでもいいってことかもしれないんだよね。

桑原 そうなっちゃうんですよね。そこをみんなが肌感覚でわかってきているんじゃないのかなって。高尾みたいな近場の山や里山ならすぐ降りれるし、「このぐらいのスタイルでもできるよね」って人が増えてきている気もします。ただ、ウチのランニングクラブのメンバーなんかはレース用のウェアにはやはり、アークやパタゴニア、ティートンブロスなどの吸水速乾性の高いウェアを選んでいくので、その辺は状況に応じてちゃんと使い分けるんだなという印象です。

ハイキング・ベースレイヤーの課題点

土屋 自分が感じている課題のひとつは、メリノウールのウェアの強度の問題。とくに腹のヒップベルトを閉めると擦れる場所に穴が空きやすい。うちらも1万円くらいのメリノのベースレイヤーを買っていただいて、2、3回で「あっ!」ってなるとショッキングじゃん。

渡部 メリノはフィールドでワンシーズンそれなりに着れば穴は空きますよね。

土屋 虫にも食われやすいしね。そういった強度面の問題と、あとはやっぱりULのザックは基本的に背中が密着しているから、汗で濡れるんだよね。行動中に関してはほとんど問題と思ってないけど、テン場に着いたときに背中の乾きがメリノは圧倒的に遅くて、いつまでも濡れている。そのことによる冷え感はないけど不快感はある。で、この上からダウンとか着るとまたベシャッと濡れる。着替えたらいい話だけど、着替えたら着替えたで今度は乾きづらいので、着乾かししないといけない。仕方ないのかなって俺の中では思ってはいるけど、ウールのベースレイヤーの課題を挙げるとしたらそのふたつかな。

渡部 ウールのベースレイヤーの問題は確かに耐久性が低いことと乾きが少し遅いところですよね。好きな人はそこを割り切って使っているとも思うけど。

土屋 そうなんだよね。なら例えば、メリノの背中だけ素材を化繊に変えるとか? でも、果たしてみんなそんな切り替しが付いたものを着たいのかっていう(笑)。

渡部 そうですよね。

土屋 我慢できること、許容できることではあるんだけれど、そのふたつは誰もが感じていることなんじゃないかな。でも結局トレードオフだから、それでもメリットを鑑みてやっぱりウールを選んでる。たとえばレインウェアだと、求められる機能は究極を言えば水を通さないで湿気を出すって部分な訳じゃん? それに比べるとベースレイヤーという肌にダイレクトに着る物は要望の細分化がすんごくあるんだなぁっていま話していて思った。俺、話す前は、「ウールのカットソーで別にいいから、ベースレイヤーについてはとくに話すことないな」と思っていたけど、こうやって話していくと色々出てくるものだね。

渡部 日常着的な快適性もいるし、その上で特定の機能もいるし、デザインも欲しいしと、色々と混ざっていますね。

カジュアル志向とテクニカル志向

夏目 トレイルランニング、ハイキング、それぞれが求めていること、課題点が見えてきましたけど、では形状に関してはどうですか? 例えば、トレランだったらスリーブレスだったりタンクトップだったり、ジップだったり?

桑原 うちのお店独特の傾向かはわからないですけど、ノースリーブがとても人気です。やっぱり袖があると暑いし腕振りにも影響するので。ただ、いわゆるランニングシャツみたいなシングレットはみんな着なくて、ノースリーブが多い印象です。デザインとしては年々シンプルになってきていて、機能的なものでもステッチが同色だったりとか、色も黒とネイビー2色とか、そういうシンプルなものが好まれる傾向ですね。

夏目 アメリカだとトニー・クルピチカみたいに上半身裸で走る人も多いという印象がありますが、紫外線の影響は僕はすごく大きいと思うんですけど、裸やノースリーブだと紫外線は気にならないですか?

桑原 結局そこのダメージを受けますからね。だから気にしている人は気にしていて、アメリカで上半身裸で走っているような人って、クールダウンのために脱いでいることが多いと思うんですけど、逆にメジャーな100マイルレースで優勝したランナーが、ちゃんとアームスリーブで日差し対策をして、エイドステーションではアームスリーブの中に奥さんが氷を詰めていく映像をみたこともあります。ただ僕も暑いレースに接触冷感のアームスリーブ着けて出たことあるんですけれど、それをしていることによる暑さもあったりして、結局脱いでしまったり。

夏目 あと首元がジップで開けるものって減ってきている印象があります。

桑原 ワンアクションで体温調整できるという意味で僕はジップ大好きなんですが、最近のスタイルを気にするような人だと減ってきている印象がありますね。

土屋 自分もこの前、久々に10年前ジョン・ミューア・トレイルを歩いた時の写真を見たら、あの時は化繊着ていたんですよ。(パタゴニアの)キャプリーン2のロングスリーブのジップ。その時はとにかく紫外線対策でロングスリーブ、体温調整でハーフジップ、完璧だろって思ってた。でも、いまは「確かにそうだけど、そこまでじゃなくてもいい」っていう感覚かな? だからハイカーズデポでも、基本的には丸首のハーフスリーブかロングスリーブを推している。もしかしたらアルパインやアイスクライミングみたいなテクニカルなアクティビティのお店になると違う傾向になると思うけれど、一般的な登山用品を扱うようなお店なら、ウエアのデザイン的な要請はどんどんシンプルでプレーンなものによってきている気がする。うちもULやロングハイクをコンセプトにしているので、ようは山でも着れて街でも着れるもの、両方を行き来しても違和感のないもの、それをひとつの機能として考えているから、余計にプレーンなものを扱っているんだけど。

桑原 確かにファイントラックでも杢っぽい質感のシャツを出してきていますからね。世の中的にもそういった流れが来ているのかなって。

土屋 スポーツがよりライフスタイル的になってきたというか、自分の遊びとライフスタイルがより近いものになる、それが全部含まれたものになるというライフスタイル化は、昔に比べると確実に増えている。だからテクニカルなデザインのものって普段着るには抵抗があるから、そういう嗜好は増えていると思うし、そういう嗜好性を持った人がアウトドアにどんどん入ってきているというのはここ5年10年のひとつの傾向かもね。それ以前は登山はもっとテクニカルな傾向が強かったし、いまも大手の店舗さんはその傾向が強い気がする。一般的に山道具に関してデザインやスタイルを求めることって悪とされてきたからね(笑)。登山専門店に行ってデザインの話とかしたら怒られるんじゃないかっていう思いを持ってる人は多々いるから。

渡部 「道具を見た目で選ぶなんてもっての外!」って(笑)。

土屋 一般的な登山やハイキングならやっていることはそこまでの機能を求められていないとしても、お店の側もそうだし、買う側もよりテクニカルなものを嗜好する傾向はやっぱり残っているよね。たとえばハイドレーションパックが流行ったときもみんな使っていたけど、ハイキングならいらないじゃん。ザック下ろせよって(笑)。トレキッキングポールを使うか否かとかも、みんな昔はガシガシやっていたけど、最近は「使わなくても別にいいかな」ってなってきたりとかさ。ただ、いまでも登山専門店の売り場なんかだとテクニカルなものが受けているというのはあるんじゃない? ファイントラックが人気あるというのもそういう部分だと思うし。

まとめに

夏目 だいたい論点も出揃いましたかね。やっぱりハイキングとトレイルランニングだけで話を絞った方がいいのかな?

土屋 山と道のラボだからね。よりテクニカルなアクティビティを入れてくると違う要素やファクターが入りすぎちゃうから、ひとまずトレイルを歩くハイキングと走るトレイルランニングを考えた上で、派生系としてそちらも考えられたらでいいじゃない? たぶんそれが山と道に求められている研究であり、それを元にした製品なんだろうし。

夏目 ありがとうございます。ではまとめに入らせてもらいます。桑原さんはトレイルランで着用するベースレイヤーとして、どんな機能を持つウェアが最高だとおもいますか?

桑原 やっぱり僕はかいた汗をストレスなくしっかり拡散というか乾燥させて、なるべく肌に不快感を与えないようにしてくれるウェアというのが自分のなかではいちばんかな。そして冬場においては汗と体温調節の両方のコントロールをしてくれる、そこがいちばん気にするところです。

夏目 土屋さんはいかがですか?

土屋 体温維持をしてくれる最後の砦なので、とにかく体温維持を確実にしてくれること。あと、基本的にハイキングはマルチデイなアクティビティだということを考えると、俺は臭くならないのはとても大事なことだと思う。小屋泊だったり、行き帰りの公共交通機関だったり、いま一般的に広く行われている登山は完全にウィルダネスに行くというよりは、ある程度の社会性を伴うことが多いと思うんだよね。そう考えたときに、意外と臭くならないというのは。俺の中ではこのふたつなのかな。とくにうちは女性のお客さんも多くて、彼女たちと話していると、行き帰りの電車の中で自分が臭いかもって思うのがすごく嫌なんだよね。男が思う以上に。

渡部 ULハイカーにメリノウールが人気あるのも、メリノは臭わないから着替えを減らして荷物を軽くできるからですからね。

土屋 そうそう。だからハイカーにとっては重要なのは、まずこのふたつなのかなって。だから個人的にはハイキングのベースレイヤーとしてはメリノをいかに改良していくかかな。メリノじゃなくても良い素材があればそれでもいんだけど。現状そこに対して最も二アリーイコールな回答だからメリノなのが実情かな。

夏目 今日は貴重なお話をありがとうございました。

渡部 今後の研究に生かさせてもらいます!

いよいよ次回から山と道ラボは実際にベースレイヤーの迷宮へと足を踏み入れていきます。まだどこにたどり着くか予想もつきませんが、レインウェア編と同様に圧倒的な濃度と密度でリサーチを進めていく予定です。どうぞご期待ください!

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  • 三田 正明

    三田 正明

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    フォトグラファーとしてカルチャー誌や音楽誌で活動する傍、旅に傾倒。 多くの国を放浪するなかで自然の雄大さに惹かれ、自然と触れ合う方法として山に登り始める。 気がつけばアウトドア誌で仕事をするようになり、ライター仕事も増え、現在では本業がわからない状態に。 アウトドア・ライターとしてはULハイキングをライフワークとして追い続けている。 取材活動のなかで出会った山と道・夏目彰氏と何度も山に行ったり、インタビュー取材を行ったり、酒を酌み交わしたりするうちに、いつの間にかこのようなポジションに。 山と道JOURNALSを通じて日本のハイキング・カルチャーの発展に微力ながら貢献したいと考えている。

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