#5 刺繍でメリノの穴を補修

2023.07.20

肌触りや着心地の良さ、汗をかいても匂わないこと、天然の調温調湿機能などなど、ご存知の通りメリノウールは最高です。その愛ゆえに、山と道でも数多くのメリノ製品を作っていますが、メリノと付き合っていく以上、避けては通れないのがこすれや虫食いなどによる穴あき問題。

これまで、山と道修理部ではフェルティングという技法によって補修を行なってきましたが、手作業ゆえに手間がかかり、たくさんの穴あきや大きな穴あきには対応できないこともありました。そこで、独自の補修方法として刺繍に注目。研究を重ね、刺繍ミシンによる穴あき補修方法を確立することができました。

今回はそんな刺繍修理を確立するまでの試行錯誤と、実際の刺繍修理のご案内、またそこから広がる可能性について、修理部・北島市郎が語ります。

穴があくことはネガティブなことですが、それをポジティブな何かに変えられるかもしれない…大げさかもしれませんが、この刺繍によるメリノウールの補修には北島のそんな思いも詰まっています。山と道修理部ではこれからもお客様に長く大切に製品を使っていただけるお手伝いを続けていきますので、ぜひお気軽にお問い合わせください!

談話:北島市郎
構成・文:三田正明
写真:大竹ヒカル

メリノの穴あきとフェルティング修理

自分は山と道の修理に携わるようになり4年ほどが経ちますが、その間は、まさにメリノウールの穴と格闘してきた4年間でした。

メリノの穴あきの原因はまずなんといっても虫食いと、次に擦れたり引っかかったりした場所からの糸切れで起こることが大半です。虫にとっては食料のひとつであるウールは保管状態によってどうしても虫食いが発生しますし、1本の長い繊維で織り上げる科学繊維と違い、ウールは細かい繊維を撚り合わせて1本の糸にしているので、どうしても擦れなどには強度的な限界があるのです。

メリノウールの穴あき。非常にショックですがメリノウールと付き合う以上、避けられない問題です。

当初はメリノの穴あきの補修法が確立されておらず、たとえ補修したとしても接着芯を裏に貼って糸でかがったりと非常に手間がかかり、基本的にはお受けできませんでした。ですが何とか補修できないかと模索した結果、フェルティングという技法を導入することでもう少し手軽に修理できるようになり、それからは修理が増え、現在ではパンツ類の穴あき補修に次いで多い修理案件になっています。

羊の原毛をフェルトの針で刺し固めることによって繊維と繊維を絡めてフェルト化させて小さな穴や傷を修復するフェルティングはとてもアナログな技法で、繊維をいったん傷つけることによって補修することもあり、修理技法として活用しているメーカーはほぼないようです。ただ、簡単な器具でお客様自身でも補修ができ、道具を自分で改造したり作ったりして使うULハイキングの文化とも親和性が高い手法であることもあり、山と道では修理法として採用してお客様にもその方法を紹介してきました。

普通ならできない穴あき補修をお受けすることでお客様に喜んでいただけることにとても嬉しく感じているのですが、虫食いの穴あきの場合は一度に複数の穴が開いてしまうこともあり、作業にある程度時間のかかるフェルティングでは穴あきの数があまりにも多かったりすると対応できないという悩みがずっとありました。

ここまでたくさん穴があいてしまうと、フェルティング補修で直すには手間と工賃が嵩んでしまい、現実的でありませんでした。

また、2021年から山と道のメリノウール生地の糸構造が双糸から単糸に変わったことでフェルティング補修により繊細さが求められるようになり、時には失敗して逆に穴を大きくしてしまう場合も出てきたため、何か別の方法はないかとずっと模索してました。

刺繍修理の可能性

これは全ての修理に言えることですが、元通りに直すことはやっぱり難しい。バックパックなどでパーツごと全部取り替えればきれいにはなりますが、穴あきの場合は部分的に直さないといけないことが多いので、元通りきれいに直すことができないのです。

これまで行ってきた穴あき補修の一例。

その中で、穴あき修理の跡がどうせ目立ってしまうんだったら、それをむしろデザインとして楽しんでもらえる方法はないのかと考えました。ヨーロッパのダーニングという針と糸を使った伝統的なお直しの手法や、日本の刺し子と呼ばれる布を重ね合わせて刺し縫いする方法とか、現代のいま見てもすごくデザインとしても良かったりすることもあって、天然繊維ならではの穴あきを受け入れた上で、デザインに変えていけるような修理ができないかと模索しました。

修理方法として取り入れられないかと試行したダーニング補修の例。面白い風合いになるのですが手間がかかり、修理方法として取り入れるのは現実的でありませんでした。

ダーニングや刺し子も技法としては素晴らしいのですが、手間もかかり、一点一点オーダーメイドになるので修理部として補修をお受けすることは現実的ではありません。それを手作業でなく、ミシンによる刺繍で同じようなことができないかと考えました。

ただ刺繍もワッペンで使うような普通の刺繍用の糸でやるとものすごく硬い仕上がりになってしまう。それを手縫いのような柔らかな風合いにするにはどうしたらいいかすごく時間がかかりました。

試行錯誤の結果、刺繍のパターンや糸を工夫することで馴染みもよく、比較的柔らかい風合いにすることができました。これまでのフェルティングでは1箇所につき手作業で10~20分ほどかかっていたところ、刺繍ミシンであれば5分もかからずに塞ぐことができ、修理費用を抑えることでこれまでよりもより多くの穴あきに対応できるようになりました。

刺繍ミシンによる穴あき補修例

上でご紹介した穴あきだらけの100% Merino Pulloverを刺繍ミシンで穴あき補修しました。補修跡はやや目立ちますが、独特の風合いが出ることで愛着を持って使っていただけるのではないかと思っています。さすがにここまで多くの穴あきを補修するのは費用も嵩んでしまいますが、まずはご相談ください。

また、現在は同色の糸による修理のみ承っていますが、ご希望のお客様には別の色の糸を使った配色の修理も承っていきたいと考えています。また、2色の糸を使うことで独特の風合いを作ることもできるので、こちらも提案していきたいと思っています。

配色での穴あき補修例

配色での刺繍補修の例。分かりやすいように派手に入れてみました。刺繍補修は基本的に同色の補修がメインとなりますが、ご希望の方には対応したいと思いますのでご相談ください。

また、フェルティングはやはりリスクもあったり、慣れないと技術的にも難しい部分があるのですが、刺繍の場合はセッティングだけちゃんと覚えてしまえば作業でき、配色での修理はもちろん好きな図形を刺繍することもできるので、鎌倉と京都の直営店に刺繍ミシンを設置して、そこでお客様と実際にコミュニケーションしながら修理を行えたら面白いねと、いま準備を進めています。

その取り組みの第一弾として、「山と道修理部のメリノウールリペアデイ」と銘打ち、山と道のメリノウール製品の修繕にフォーカスを当てたプログラムを2023年7月30日に『山と道 材木座』で開催します。当日は修理部スタッフが1日在店し、道具を長く使うための簡単な修理やTipsを紹介します。当日は残念ながら予約が埋まってしまっているのですが、ショップ営業終了後のミートアップでもライブリペアを行う予定で、そちらはまだ空きがありますのでご興味ある方はぜひプログラムの詳細ページをご確認ください。

ネガをポジに変える

山と道のお客様、特に修理部を活用してくれるお客様はすごく愛情の大きい方が多く、普通だったらもうこれだけ穴があいたら着るってことは考えられないようなものも、それでも一緒に行った山や過ごした時間があるからなるべく直して使いたいという依頼を沢山いただきます。それは修理部をやっていて本当に驚いたことですし、お客様からはものに対する考え方をいつもすごく学ばせてもらっています。

5-Pocket Shortsの補修例。全体的に穴あきや破れがありましたが、お客様からの強い要望で大規模に修理することに。さらに修理跡が目立つ方が良いとのことで、同色でなく配色で当て布を施しました。

100% Merino Hoodyの補修例。肘部分が大きく裂けてしまっていましたが、お客様とも相談の上、エルボーパッチのように大きく当て布をしてカバーしました。

Merino Capの補修例。大きな穴や生地のほつれがありましたが、刺繍によって補修を行いました。

Light 5-Pocket Shortsの補修例。こちらも左臀部が大きく裂け、右臀部にも数箇所穴あきが見られましたが、左臀部に切り返しのような大きな当て布をし、右臀部の穴も共生地で塞ぎました。

やっぱり山と道はULハイキング精神のブランドでもあるし、ただ修理して直って終わりというだけではなく、そこから自分で修理をしてみようとか、改造してみようとか、自分で何かもの作りをしてみようとか、そのきっかけになるようなことができればいいなと思っています。穴があくことはネガティブなことですが、それをポジティブに変えられるかもしれない。

大げさかもしれませんが、この刺繍によるメリノウールの補修には修理部としてのそんな思いも詰まっています。

もちろん、穴があかないことがいちばん良いのですが、あいた穴を塞いだら「あれ、なんかたまたまちょっとかわいい柄になってるぞ」みたいに、そこから偶発的なデザインや何かが生まれたり、よりオリジナルな道具となるお手伝いを修理部としてできたら嬉しいです。

刺繍補修はこのような図柄を使った補修も検討中です。興味ある方は「山と道修理部のメリノウールリペアデイ」などのイベントで刺繍することもできますのでぜひお越しください。

メリノウールの刺繍修理サービスについて

山と道のメリノウール製品の穴あきを裏から生地をあてたうえで刺繍ミシンを利用して補修いたします。補修箇所は多少固くなり跡も残りますが、頑丈に修理できます。

費用:1カ所¥1,000〜(+穴あき1カ所につき¥500)

※穴あきの状況によって修理方法と金額に変動があります。
※穴あきの数が多いものも割引できる場合がありますのでご相談ください。
※送料は別途ご負担いただきます。
  山と道への発送:元払い
  山と道からの返送:¥700(税込)

ご希望の方はSUPPORT→修理についての修理依頼申込みフォームよりお問い合わせください。

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