社是としてスタッフには「ハイキングに行くこと」が課される山と道。「願ったり叶ったり!」と、あちらの山こちらの山、足繁く通うスタッフたち。この『山と道トレイルログ』は、そんなスタッフの日々のハイキングの記録です。今回は、山と道豊岡ファクトリーのスタッフである澁谷亮一が、社内の「ULハイキング研修制度」を利用して、丹後半島を海沿いに歩きながら豊岡ファクトリーを目指す7日間の旅路をお届けします。
社内で最年長の57歳にして、初のロングトレイルに挑戦することになった澁谷。自分なりに定義した「ULハイカー」と「ULハイキング」の答え合わせをしようと歩き始めますが、宿泊場所の確保に奔走したり、道をロストしたりと、なかなかの洗礼を受けることに。しかし、失敗を受け入れ自身と向き合うことで、だんだんと長く歩くことに対する思索を深めています。そんな初めてづくしの澁谷の旅路を、どうぞ見届けてください。
はじめに
豊岡ファクトリースタッフの澁谷です。
2025年2月に山と道に入社し、豊岡ファクトリーでバックパックやスタッフサックなどの量産に携わっています。前職ではITシステム、インフラの開発や運用を仕事にしていたため縫製業務の経験は全くなく、57歳と豊岡ファクトリー最高齢にして一番の初心者。若者たちに教えを請いながら、より良いものづくりを目指して試行錯誤を重ねる日々を送っています。
ハイキング歴もとても浅く、2024年10月に奥多摩の低山に友人に誘われて登ったのが初めてというULハイキング初心者です。そんな私なので「ULハイキング」「ULハイカー」は想像上のものでしかありませんでした。
今回のULハイキング研修では、自分で考えた「ULハイキング」「ULハイカー」の定義の答え合わせをしようと考えました。以下が自分の考えた定義です。
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ULハイキング
- 自然の中で新たな「もの」「こと」に触れて自分の変化を感じるための発見の時間
- 新たな「もの」「こと」を入れられる隙間を作り、常に新鮮な気持ちで自分の変化と向き合える人
- すべてのことに「べき」を持たず良い加減で自然体な人(起こる変化に臨機応変に対応して、その変化を楽しむことができる)
ULハイカー
ルートは豊岡ファクトリーがある兵庫県豊岡市に関わるものにしたいと考えました。自然豊かで住む人たちも温かく、大好きな場所だからです。その結果、同じ日本海側に面した隣県である京都府の与謝野町をスタートして、豊岡ファクトリーを目指すルートを答え合わせの舞台にすることとしました。

大江山連峰トレイルメインルートからスタート。丹後半島を海沿いにぐるりと歩き、山陰海岸ジオパークトレイルの一部を巡りながら豊岡ファクトリーを目指す。
出発前夜に最終パッキングした装備は以下です。

他にもあれこれ持っていきたい欲求をグッと抑えて、なんとか厳選した装備。

ベースウェイトで4.8kg弱、パックウェイトでは9.5kg程度となったが、334g分の贅沢品「生命の水(ウイスキー)」とアクリル製のグラスを持参。
当初は豊岡ファクトリーで作ったばかりの自作MINIで行く予定でしたが、ハイキング期間内で雨予報が多かったため、雨の中での撤収時にも一旦荷物を押し込めるだけの容量の余裕があり、耐水性能もMINIよりも高いTHREEを選択しました。
スリーピングシステムは、場所によってハンモック泊とタープ泊を使い分けました。適当な木がある場所ではハンモック(イーノ/サブ6)を選択。タープ(フリーライト/スウィングタープ)は雨除けの屋根、キルトタイプの寝袋(エンライト・イクイップメント/レヴェレーション スリーピング キルト 950)をアンダーキルトとして利用するスタイルに。
ハンモックが設営できない場所では、タープをトレッキングポールで立ち上げてタープ泊にし、グラウンドシートの上にUL Pad+(100cm)を敷いて寝袋というスタイルで就寝しました。出発が10月下旬ということもあり、寒さが気になったので、保険としてシルクのトラベルシーツ(コクーン/シルクトラベルシーツ)も持参することに。
旅程を思い浮かべながら、ああでもないこうでもないと持ち物を入れたり出したりするのは楽しい時間でした。
ハイキング歴は1年程度、1日20km以上、複数日でのロングトレイル、5泊以上のテント泊、ベースウェイト5kg未満でのハイキングすべてが初めてという、初心者のULハイキング研修の顛末はいかに。
DAY1 大江山連峰トレイルからスタート
10月27日。初日は豊岡駅始発の京都丹後鉄道宮豊線に乗り、赤石ヶ岳への登山口に近い与謝野駅まで電車移動。
兵庫県豊岡市で暮らし始めて8ヶ月ほど経つが、この電車に乗るのは初めて。自転車を分解せずにそのまま持ち込めるスペースが設けられており、まだ旅の本番が始まってもいないにも関わらず、丹後半島を巡るバイクパッキングの旅をあれこれと思案する時間となった。

自転車を輪行袋に入れずそのまま置けるスペースがある京都丹後鉄道宮豊線。始発の電車内は乗車時無人だったが、下車する頃には通勤通学の人たちで席は埋まっていた。
与謝野駅から登山口のある加悦双峰公園までは徒歩で3時間半程度。計画時に歩きでの移動も考えたが、自分の体力も考慮して、無難にタクシー移動を選択した。
道中、運転手さんからの「この季節に行く人はほとんどいないけど、何をしに?」との問いに今回の計画を話したところ、半分呆れたような驚きの反応。「気をつけて行ってきてください」との激励を受けて、登山口に立った。

加悦双峰公園の登山口。広域地図があり、登山道もとてもきれいに整備されている。
最初に登る赤石ヶ岳は「赤赤縦走路」と呼ばれる赤石ヶ岳から赤岩山を繋ぐ大江山連峰トレイルメインルートの出発地点だが、10月下旬の平日のためか登山者は誰もおらず。首都圏近郊エリアや有名な山域の混み具合に慣れてしまうと、寂しいぐらいであった。

誰もいない赤石ヶ岳山頂を貸し切って、しばしの休憩。
この日は赤石ヶ岳をスタートして、千丈ヶ嶽(大江山)、鳩ヶ峰、鍋塚山、大笠山という山々を巡ったが、登山道はきれいに整備されており、天気も良いことも相まって快適な山行となった。ただ、この間も誰とも出会うことない貸切状態で、結局、翌日下山するまでに出会ったのは鹿のみだった…。

他の山頂も案内板やベンチなどきれいに整備されていた。メンテナンスされている方に感謝。
当初の予定では、大江山連峰トレイルを歩き切るか、難しそうであれば途中にある池ヶ成キャンプ場を利用するつもりだった。しかし、池ヶ成キャンプ場がすでに閉鎖されていることを知らず、事前確認が不十分だったため、やむを得ず安全を確保できる場所で一夜を明かすことになった。
DAY2 「こうあるべき」からの脱却
2日目も雨のスタート。赤岩山登頂後に下山し、キャンプ場のある大内峠一字観公園まで約30kmほど歩いていく。

雨音しか聞こえず、静かで心落ち着く雰囲気。

ルート途中のスキー場。冬場は風景が一変するのだろう。ここから正面に見える山側の道を歩くことになる。
雨は依然として降り続き、途中からは靴の中もぐちゅぐちゅと水が染み出す状態に。しかしドライレイヤーソックスを重ねて履いていたためか、肌に水が到達するまでの時間をかなり稼いでくれたようだった。つま先の汗冷え防止だけでなく、雨天時の着用も有効だなと感じた。
2日目のルートは前日に比べてあまり整備されておらず、標識やテープなどがほとんどない区間があったのだが、よく確認もせずに思い込みで歩き続けた結果、大きくルートを外れてしまい50〜60分程度の時間をロス。
急いでルートに戻ろうとしたら、今度はぬかるんだ地面に足を滑らせて派手にひっくり返り、DW 5-Pocket Pantsのお尻とバックパック表面が泥だらけに。鋭利な石や切り株などがなかったことを喜ぶべきではあったが、ルートロスもあって気分は大幅にダウン。

雨に濡れた苔むした岩と木の根が、ツルツルと滑る…。
そこで思い出したのが、自分が考えたULハイカーの定義。“起こる変化に臨機応変に対応して、その変化を楽しむことができる”としたが、「いやいや、臨機応変に対応してないし、楽しめてないじゃん!」と自分に突っ込みつつ、無意識に“べき”を持っていたことを認識。何かというと“キレイな状態であるべき”という“べき”だ。
泥だらけになったバックパックや服を嫌がり、汚れを拭いたり、落としたりしていた。体調や機能性には全く問題なく、誰の目もない状況で、なんで汚れたことを気にしているのだろうか?
普段の社会生活において“人を不快にさせない”という他者への気遣いはあるものの、どちらかというと“汚い人、不快な人と思われたくない”という自分の観点や、小さい頃から学校や家庭で“キレイにしなさい”と言われ続けた結果、持つことになった“べき”な気がする。
だが、こんな状況においては全く不要なものであることは確かなので、その場でそんな“べき”をポイ捨てすることに。少しだけ、自分が目指すULハイカーに近づく。
その後、無事ルートに戻り、杉山を経てこの日のゴールである赤岩山に着いたが、雨が降り続いていて眺望も望めないため、早々に山頂を後にして下山ルートへ。

赤岩山山頂は写真だけ撮って早々に下山ルートへ。
下山して舗装路へ。市街地が近づくにつれて、人通りも増えていく。天橋立の辺りでは海外観光客もたくさんいて、とても賑わっていたのだが、人の気配が全くなかった山中からの急な変化だったので、日常と非日常の境目が自分の外界から内面に移ってきたような、なんだか不思議な感覚になった。

コスモスの花と人の気配で、ちょっと華やいだ気分に。
宿泊予定のキャンプ場に連絡したところ、17時で受付終了して人も帰ってしまうとのこと。時計を見ると16時で、歩いては間に合わない距離だったため、止むなく路線バスで大内峠一字観公園キャンプ場のある山の麓までスキップ。なんとか受付時間に間に合うことができた(公共交通機関の利用はこれが最初で最後!)。
キャンプ場はとてもきれいに整備されていたが、ハンモックを張れる木はなかったため、この日はタープ泊。他の宿泊者は遠くに1組のみ。日が暮れると眼下に天橋立とその周辺の夜景が見えて、とても贅沢な環境であった。
雨が降ったり止んだりの1日だったが、翌日の晴天を期待して就寝。

区画毎にベンチがあり、地面も整地されていて快適なキャンプ場だった。

夜景と星空の夜。明日は晴れそう。
DAY3 日本三景を超えて海沿い歩き
3日目は朝日を眺めながら軽めの朝食を食べて、早めに6時出発。
今回は20,000mAhのモバイルバッテリーを持参したのだが、想定以上にスマホで写真を撮り、ログ用にスマートウォッチのGPS機能も長時間使った結果、モバイルバッテリーの残容量が心もとなくなっていた。そのため、モバイルバッテリーレンタルサービスを利用すべく、予定よりもかなり遠回りのルートを選択して、サービスを提携しているコンビニへ。
ここで借りておけば、道中のコンビニで返却しつつ、充電済みのバッテリーを再度借りられる。そんな計画でバッテリー問題の解消を目論んだのだが、残念ながら丹後半島ルートにコンビニが全くないという事実の前に頓挫。途中に立ち寄った公共施設や昼食を取ったお店で充電をさせてもらうことでしのぐことになってしまった。
3日目は、天橋立を通ってから一旦山側の道に入り、山中を巡ってから宿泊予定の丹後海と星の見える公園キャンプ場に下りる予定だったのだが、天橋立を抜けたところでキャンプ場に連絡したところ、なんと予約は1週間前までとのこと! 「そこをなんとか」という交渉も通用せず、予定を変更することに。

天橋立に向かう途中の阿蘇海の風景。天橋立によって日本海の宮津湾から仕切られてできた内海とのこと。

天橋立は松島、宮島とともに日本三景のひとつ。
結局、翌日行く予定だった海沿いに家が立ち並ぶ「舟屋」で有名な伊根町まで今日のうちに歩くという選択をして、海沿いの道をまっすぐ歩き伊根町へ向かった。幸い気候も良く、平坦な道が続いたおかげで心肺への負担も少なかった。歩くことに集中できた結果、無事に辿り着くことができた。

伊根町に続く海沿いの道は、歩道がとても狭いかそもそもないところもあり、スピードが出たクルマが通り過ぎる度に不安を感じながら歩いた。

観光客が帰った後の伊根の街は静かで、水面に映る夕日がきれいだった。

高台の公園から夕日が沈む伊根湾を眺める。
DAY4 ウォーキングハイの境地へ
4日目。4時過ぎに起床し、荷物を片付けて5時前には出発。
この日は丹後半島をさらに北上し、半島の突端にある経ヶ岬を経て京丹後市の海岸沿いにある高嶋キャンプ場を目指す。経ヶ岬から先は山陰海岸ジオパークトレイルの京都セクションでもある。
天気も良く、日の出の時間には水平線から昇る朝日を拝めた。「徐福上陸の地」とされている新井崎神社では、鳥居の中に朝日が差し込む神々しい光景に巡り会い、白々と夜が明ける時間の海と空を脇に見ながら歩いていると、何だかエネルギーが充填される感覚に。清々しい気持ちで進んでいく。

数歩進む度に位置が上がっていく太陽。気持ちの良い朝!

「徐福上陸の地」とされている新井崎神社。鳥居の中心に朝日が登ってくるという神々しい瞬間。
それ以降も棚田、岬、港、山道を歩き、最後は山陰海岸ジオパークトレイルに至った。風景の変化に富んだルートで、体調と足の調子の良さ、天気の良さも相まって非常に楽しく快適に歩くことができた。途中「もうこのまま永遠に歩き続けられる!」という謎の無敵感に至ることになり、初めての経験で驚きだった。いわゆるウォーキングハイ?

日本海とのコントラストが美しい新井の棚田。

変化に富んだ風景だが、歩きだとよりディテールが感じられて飽きることがない。
経ヶ岬は山陰海岸ジオパークトレイルの最終ゴール地だが、今回は逆行ルートのため半島北側に出てからは経ヶ岬、袖志の棚田などを経て、高嶋キャンプ場に辿り着いた。海辺のキャンプ場は他に誰もおらず貸切状態。ここもハンモックを吊るせる木がなかったため、タープ泊となった。
夕暮れ時には波の音を聞きながら夕飯を食べ、日が暮れた後は星空を眺めながら本日の1杯という至福の時間を過ごして就寝。

ついに「山陰海岸ジオパーク」トレイルへ。通常のルートだと経ヶ岬がゴールだが、今回は逆ルートなので経ヶ岬からスタート。

海辺のキャンプ場。「今日は他に誰もいないので自由に使ってください」との管理人さんのお言葉に甘えて、少し高台の草むらに広々とタープを張った。
DAY5 日本古来の歩き方が最適解⁉︎
5日目の朝、波の音で目を覚ます。見上げた空は少し曇ってはいるものの、雨の気配はなくひと安心。コーヒーとエナジーバーで朝食を済ませて出発。この日は日本海の海岸沿いを進み、琴引浜掛津キャンプ場を目指して30km弱歩く予定。
事前の計画段階で、山と道鎌倉店長の苑田さんや豊岡ファクトリーのメンバーから舗装路を歩く際の足への負担と、その予防についてアドバイスをもらっていた。そのため、アルトラの標準インソールの下にスペンコのインソールを追加し、キネシオロジーテープで両足の膝周りを念入りにテーピングしていた。そのおかげか、5日目まで古傷のある膝のトラブルは全く発生しておらず、気分良く砂浜を進んだ。
ただ、このまま天気が保ってほしいという思いは叶わず、岬をふたつ超えた辺りから雲行きが怪しくなり、ついに強めの雨に。

スキーとサッカーで痛めた膝の不安を解消するために念入りにテーピング。膝下につけたサポーターは連日装着した結果、皮膚がかぶれてしまい途中から取り外した。

周囲約1km、高さ約20mの巨岩「立岩」。地下から上昇してきたマグマが固まり、その後の荒波や雨風による侵食で周囲の岩石が削り取られてできた岩とのこと。
舗装路に出てからも雨脚は弱まらず、行き来するクルマに何度も盛大に水を浴びせられて、展望もない上に全身濡れそぼりながらただ歩くだけのこの道で、なぜか突然、多幸感に包まれた。
傍から見れば、全く快適とはいえないこの状況でそんな感覚になったことが不思議ではあったが、心と身体にストレスがなければどんな状況でも幸せな気持ちになれるのだなぁと、嬉しい気持ちになりながら先に進んだ。

天気は悪く雨も強かったが心身ともに軽く、ただただ進む。
舗装路の歩きはこの日で3日目だったが、比較的平坦な道が多く心肺機能への負荷も低いため、歩くことに集中する時間が長い。結果として“歩くこと”や“歩き方”に思いを巡らすことになった。
今回のコースは古い遺跡や史跡も多く、昔の人はどんなふうにここを歩いたのだろうか? どんな歩き方をしていたのだろうか? と度々考えた。人を運ぶ馬や籠を使える人たちは限られており、歩きが唯一の移動手段だった時代の人たちは、実はとてもUL装備だったのかもしれないと思い至った。
シンプルなゼロドロップ・ベアフットサンダル(草鞋、足袋)、変幻自在なバックパック(風呂敷、振分荷物)、天然素材で通気性がよいハット(笠)、レイヤリングがしやすく嵩張らないウエア(着物、羽織)など、まさにUL、というか究極のUL!
歩き方については3日目ぐらいからトレッキングポールを持ってみたり、歩幅を変えたり、速度を変えたりと試行錯誤していたが、なんとなく自分なりのラクな歩き方が分かってきていた。
具体的には、背中を丸めずに軽く前傾させた姿勢。この姿勢になると、自然と足が前に踏み出されるようになり、かつ姿勢的に踵での着地が難しいため、自然に身体のすぐ下あたりに足が踏み出され、さらに逆の足が同じように前に出るという繰り返し。歩く速度の緩急は上半身の角度で調整でき、倒せば自然と早くなり、立てればゆっくりになる。
両腕も意識的には振らずに自然に両脇に置いている(というか垂らしている?)状態で、全体的に“動かす”というよりも、“動いてしまった”というような感覚。
基本的にこの方法で最終日まで歩いたのだが、研修終了後に改めてネットで調べてみると、日本古来の歩き方である「ナンバ歩き」に近いことが分かった。いろいろ試した結果、古来の歩き方に近づいたのは、日本人として必然だったのかも?

間人(たいざ)にあった自然のプール。小学校のプールだったようだが、現在は一般開放されている。
結局、この日は雨が止むことはなく、楽しみにしていた日本最大級の鳴砂の浜として知られる琴引浜の砂は、雨で濡れて鳴くはずもなく早々に通過。まだ時間に余裕があったが、風も強くなってきたこともあり、無理せず近場の琴引浜掛津キャンプ場に泊まることにした。
地面があまり良い状態でなく、手頃な木もあったため宿泊はタープとハンモックの組み合わせに。UL All-weather Coatを足元側のトップキルト兼雨除けカバーとして利用したのだが、この日も誤算がひとつ。
利用するタープはシーム処理をしておらず、強い雨にタープ内側にいくつかあるループの縫い合わせ箇所から雨漏りが発生。かつ、ちょうどハンモックの上で雨漏りしてしまうという悲しい状況に。
今回の旅の中で雨風ともに一番強い日で、その場で雨漏りを防ぐ有効な手立てもなかったため、ループの縫い合わせ箇所にタオルや手ぬぐいを挟んで雨水を伝わせて、脇に逃がす即席雨どいを装着してしのぐことにした。
夜はかなりの強風で寒さを感じたのだが、使っていなかったUL Padを上半身の掛け布団(?)代わりにハンモック内に入れてみた。その結果、アンダーキルトで絞られているハンモック側面にUL Padが良い加減で引っ掛かり、上半身にスライド式のドームのような空間が生まれた。頭の上まで引くと、自分の吐いた空気が留まってかなり暖かくなり、かつスマホを見れるぐらいのスペースもできて、とても効果的だった。
敷布団と掛け布団を逆に使っているようなイメージではあるが、UL Padをハンモック内に敷いてキルトを上にする方式だと、UL Padの厚みでハンモックの身体に沿う動きが阻害されてしまうため、個人的には今回の使い方が良い気がするが、改めて比較してみたい。
雨がタープを叩く音、風でタープが揺れる音、風に煽られて高くなっているだろう波の音を聞きながら、タープが飛ばされないことを祈って就寝。

雨と強風にはなんとか耐えてくれたが、少々不安な夜だった。
DAY6 歩きでこそ得られる恩恵
6日目の朝。風は弱くなっているものの、依然として雨は止まず。
起床時点でも、すでに十分に湿っていたが、撤収中にさらに濡れてしまうことを避けるべく、荷物をTHREEとスタッフパックに雑に詰め込んで、前日に確認しておいた海水浴場の更衣室に避難。
着替えながら感じたのはウェアの匂い。脇や首元などは特に臭いは感じなかったものの、下着、Chemical B Pocket T-shirt、Alpha Vest、DW 5-Pocket Pantsの腰部分から汗の酸えたような匂いが…。
背中を伝った汗が腰回りに滞留し、それをTHREEのヒップベルトで密閉してしまった状態だったので、それもそうかと納得。
裾が邪魔だったこともあり、一番上のウェア以外はすべてDW 5-Pocket Pantsに入れていたのも原因かもしれない。重ね着をする季節の腰回り汗問題は、特に解決策が浮かばなかったので、経験者の皆さんに教えを請いたい。
6日目は久美浜湾近くのキャンプ場を目指すルートで、久美浜湾はクルマであれば豊岡からもそう遠くなく、徐々に見知った地名が増えてきたことで、ゴールをイメージできるようになってきた。
8時過ぎには雨が止んだため浜辺のルートを進んだが、前日の天気もあってか人気はなく、市街地に出るまでは誰とも出会わなかった。青空も顔を覗かせてきた広い砂浜にひとりきり、波の音を聞きながらの道のりは、なかなか贅沢な時間だった。

波の音を聴きながら夜明けの浜辺をひとり歩く贅沢な時間。

明るくなってきた。今日は天気が良いだろうか?
そこから市街地に入り、ついに2日目に借りたモバイルバッテリーを返せるコンビニが出現! 返却&再レンタルをしたが、こんな手段がない高山ロングトレイルでの電源問題はよりシビアになる。使う機材と使用状況に合わせたバッテリー消費具合の把握が必須だなと改めて感じた。
この日の半ば辺りで、豊岡からクルマで何度か来たことがある地域に入った。
クルマだと豊岡から40〜50分の距離なのだが、徒歩ではさらにもう1日かけて帰るような道のり。効率、時間を優先すると徒歩が移動手段の選択肢に入らないのは当たり前だが、クルマでの移動が風景をスナップショットで切り取る記録方式だとすると、徒歩での移動は動画もしくはHDRでの記録のようで、質・量的に圧倒的に豊かな入力を得られる。
普段の移動速度では気づきもしないたくさんのことが、厚みを持って感じられることは徒歩移動の大きな優位点であり、楽しみでもある。
今回の歩きの途中でも、電柱すべてに固有のIDが付与されていることを知った(常識?)。“紅葉”というラベルを付けて処理されてしまうこの季節の木々の葉の色合い、形のグラデーションの繊細さを知り、海の水面の色の多様さを知り、流れる雲の速さ、形を知った。些細なことではあるが、自分の経験に確実に蓄積されるであろうものをたくさん得られたことは、歩くことの恩恵だと感じた。

豊岡ファクトリーのメンバーもサーフィンをしに来る夕日ヶ浦の海岸。ここまで来ると、豊岡が近づいていることを感じる。
この日の宿泊場所であるタカジンランド久美浜オートキャンプ場は、久美浜湾という湖のような静かな湾の側にあるのだが、道中に日本海の白波が立つ海を見続けただけに、静かな水面に暮れる太陽が輝く風景は全く別の場所のよう。丹後半島の多様性を認識しつつ、キャンプ場へ向かった。

久美浜湾に沈んでいく夕暮れ時。水面は穏やかで波の音は聞こえず、静かな時間が流れる。
ハンモック設営可能な木がたくさんあることは事前に確認していたので、最終日はハンモック泊予定だったのだが、ここでも問題が…。
なんと朝のバタバタ撤収の際に、タープを張っていたガイラインを忘れてきた模様…。これまで一度も忘れたことがなかったので、慌てていたことが原因だなと反省。予備もなく、夕方からパラパラと小雨が降ってきたこともあり、この日もタープ泊となった。
夕飯はひと袋残しておいたスモールツイストのトレイルフード、持参した最後のお酒を寝酒にして、今日までの6日間を思い返しながら最後の夜を味わいつつ就寝。

ハンモックにちょうど良い区画を選んだが、タープ用のガイラインを忘れたので仕方なくタープ泊。

最後の晩の「生命の水」はLAGAVULIN AGED 16 YEARS。一番好きなものは最後に残しておくタイプ。ひとり祝杯を上げるも、それはまだ早かったことを翌日知ることに…。
DAY7 血と泥のフィナーレ
最終日の7日目は雨も止んで、日中は青空も見えそうな気配。
ゴールである豊岡は間近なので、早めに着いてゆっくりしようと、暗いうちから出発。

街灯もなく、ヘッドライトの明かりを頼りに進む明け方。
この日はキャンプ場のそばにあるかぶと山に登り、久美浜湾をぐるりと回った後に小天橋を通って岬側から兵庫県に入り、円山川沿いを歩いて豊岡を目指していく。
もっと短距離で豊岡に入れる道もあるのだが、せっかくなので山陰海岸ジオパークトレイルに合わせたルートに。後半は久しぶりの山道があるものの困難な箇所はなく、順調に行けば明るいうちに豊岡に着く予定。途中で城崎温泉の温泉に入り、ビールでも1杯! と、ピクニック気分で歩みを進めたのだが…。

かぶと山からの風景。湾を巡って兵庫に入る今日歩くルートが正面に。

久美浜湾をぐるりと回って反対側へ。今度は正面がかぶと山。

通った家々の軒先にはたくさんの柿が干されていて、秋を感じる風景。
京都と兵庫の県境付近で山道ルートに入ると、「本当にここなの?」という荒れ具合。後日、山陰海岸ジオパークトレイルのコースのガイドページを見たらタイトルがこれ。
「コース21:コウノトリ立ち寄る湿地とほぼ森に還った山道を越える」
確かに“ほぼ森に還った山道”だった(笑)。

ここで合ってるのだろうかと悩むルートの入口。よく見たら道脇の小さな木製の看板に、小さく山陰海岸ジオパークトレイルのシールがあった。
さらに、前日まで森ではうるさいぐらいに聞こえていた鹿の鳴き声がパタリと止んで、鹿ではない糞や足跡があり、濃厚な獣の気配が…。
これは早々に立ち去るべきと、笛吹おじさんと化して笛をピーピーと吹きながら足早に進むも、山道を抜け切る前に持参していた紙のガイド地図がちょうど途切れてしまう。
仕方なくスマホの地図アプリを開きながら進むと分岐に。「ジオパークトレイル」というぐらいだから、山道を行くのであろうと勝手に判断して登りの破線ルートを進んだのだが、これが大きな間違いだった!
進むにつれて、あれ…? あれあれ⁇ となってきて、明らかに「ここじゃない感」満載の急登。前日の雨もあってか、土にズボズボと足を取られる急斜面で、登るも戻るも嫌な場所に…。
しばらく思案して、せっかくここまで来たのだから山頂を見てから下ろうと自分に言い聞かせて、土に爪立ててさらに登ることを選択。この時点でピクニック気分は微塵もなく、なんとか早く元の道に戻りたいという気持ちのみ。

ズルズルと中途半端なところまで来てしまい、「こんなはずではなかったのに」と思いながら登っていった。
なんとか尾根に辿り着いたが、その先の下りルートには3つの選択肢があった。ここから先の平坦な道を結構進んだ後に等高線の狭い箇所が続くルートふたつと、現在地から少し歩いた先の脇から下りる道で、最初は急だが徐々に緩やかになるルート。早く下りたい一心で、一番早く下山路に入る3つ目のルートに向かった。
この時、確実にとスマホの地図を片手に見ながら歩いたのが間違いだったのだが、気付いた時には地面にうつ伏せに…。
張り出した木の根に足を取られ前のめりに転んでしまった。スマホで片手が塞がっていたためもう片方の手で地面に手をついたものの支えきれず、木の根本に顔が激突。あ、イタタタと起き上がり顔を触った手には血が…。顔から血が出た経験は鼻血がひげ剃りミスかというぐらいなので、血を見てプチパニックに。
「ここで血が止まらなかったら」とか、「熊が血の匂いを嗅ぎつけて」とか、良くない想像が浮かんでヤバい、ヤバい!となったが、なんとか落ち着きを取り戻す。水と手ぬぐいで顔を拭き、大きめのキズパワーパッド(絆創膏)を血が出ていると思われる箇所へ貼り付けた。
冷静になって考えると、当たる場所が悪ければより深く切ってしまった可能性もあったはず。すぐ止血できるぐらいの傷で済んだのは、本当に不幸中の幸いだなぁと思い至り、ここまでの道中で手を合わせた神社仏閣、お地蔵様の加護だったのだとポジティブに考えて進むことにする。
下りのルートは案の定ズルズルと滑り落ちるような斜面だったが、泥だらけになりながらなんとか林道へ。
後から地図を見直したところ、下りてきた箇所は最初に間違った分岐の片方を進んだすぐ先だったようで、そちらに行けばほんの少しで済んだであろうなんてことない距離を、必死に登り、血を流し、また必死に下るという謎の苦労をしていた模様(涙)。でも、この程度で済んでほんとうに良かった…。

ドロドロになって振り出しに戻るの画。
それ以降は見知った風景になったが、豊岡市内に至る円山川という一級河川の河川敷を歩くルートは街の灯りが見えるものの、歩けども歩けどもゴールに近づかず。
雨も降り出して日も暮れて、一番ラクだと思っていた最終日が、7日間の中で最も厳しい1日となった。

円山川を歩きやすい対岸に渡って豊岡を目指す。明るいうちに到着の予定だったのだが…。

見えているのに近づかない豊岡の街…。

そして日が暮れ、街灯もないためヘッドライトだけが頼り。でも遠くに見知った橋が見えてきた!
15時、遅くても16時には着けると思ってスタートしたのだが、結局豊岡ファクトリーに辿り着いたのは、日もすっかり暮れた19時前で大幅に遅延。
でも、あれこれとミスやトラブルはあったものの、「リタイヤすることなく豊岡まで歩き切ったことは、初めての長距離ハイクにしては上出来だな」と、ファクトリーの入口の床に座って出発時とは異なる色になっているシューズ(ソックスと色合いがマッチ!)を見ながらつぶやく。
まぁ、よくやったよ自分! まずはビールだ! ファクトリーの冷蔵庫にあるかな?

シューズが違う色になっていた。
振り返って
今回のような長距離ハイクは全く経験がなく、想像すらできなかった状態でのスタートでした。大小のトラブルはあったもののリタイヤすることなく、7日間で217kmのルートを歩き切れたことで、この歳になってもまだこれぐらいはできるんだという自信が持てたことは嬉しい収穫でした。
最後に、今回のテーマであった自分の考える「ULハイキング」と「ULハイカー」の答え合わせ結果です。改めて、下記が定義していたもの。
-
ULハイキング
- 自然の中で新たな「もの」「こと」に触れて自分の変化を感じるための発見の時間
- 新たな「もの」「こと」を入れられる隙間を作り、常に新鮮な気持ちで自分の変化と向き合える人
- すべてのことに「べき」を持たず良い加減で自然体な人(起こる変化に臨機応変に対応して、その変化を楽しむことができる)
ULハイカー
「ULハイキング」については、振り返るとまさに自分の変化を感じる発見の連続でした。「ULハイカー」は 自分が在りたい人物像とも言えるのですが、今回の体験を経ても内容に変化はないものの、自分はまだそこまでには至れていないなぁというのが現時点での実感です。でも、どれだけ歳を重ねても何か足りてないことを見つけて「まだ、まだ」と言ってるのかもしれませんね。
今度は同じルートをバイクパッキングで巡ってみます!
GEAR LIST
BASE WEIGHT* : 4.78kg
*水・食料・燃料以外の装備を詰めたバックパックの総重量




























