#3 バックパックONEのオーバーホール

2020.10.02

山と道では日々、多くの製品の修理を承っています。この『山と道修理部通信』は、そのなかで知り得たユーザーの皆さんが自らの手でも行える修理やケアの方法について情報共有を行うことを主眼においていますが、今回はいつもとは少し趣向を変え、寄せられた修理の一例をご紹介することで、修理部で普段どんな修理を行なっているのかご紹介しようと思います。

修理の案件は、山と道でも最大の積載量を持つバックパックONE。ロングトレイルなど長旅のために作られたバックパックですが、ご依頼の主も相当の距離を共に歩かれてきたようで、なかなかないほどのくたびれ方(笑)。

このクタクタのONEが、どこまで蘇るのか⁉︎ 腕を振るうのは、山と道修理部の北島市郎です。

個性的になって帰って来る道具

修理部の北島です。山と道に届くさまざまな修理品は、お客さまのご使用の中で新品時よりとても個性的になって帰って来ます。

穴や傷ができるとき、そこには必ず何か理由があるはずで、届いた修理品を見てどのようなお客さまがどんなシチュエーションで使用されていたのかを想像して、その都度、一緒に山を旅したような気持ちにさせていただいております。

今回はそんな中でもかなり使い込まれた、とても味わい深いONEを修理する機会をいただけましたので、ふだん山と道で行なっているバックパック修理の実例としてご紹介させていただきます。

まずは修理前の状態を写真で確認していきながら、どんな方がどんな山旅で使ってきたのか、ぜひ皆さまも一緒にお考えください。

BEFORE

ONE (Model 2019) 
Body: Gray(70D Silicone Coated Ripstop Nylon)
Pocket: White(X-Pac VX07)
Zipper: Light Blue(Aqua Guard Zipper)

全体的に激しい使用感を感じる汚れの中で、まずは目に入る3つのワッペン。いきなりネタバレの感もありますが(笑)、海外の有名なトレイルのワッペンのようです。しかもそれが3つとは、持ち主はかなりの旅好きの方のようです。

サイドポケットとボディ生地は特に汚れが目立ちます。日常的にアクセスしますのでポケットの内側も手の汚れが付きやすい場所です。白い生地なので目立ちますが、黒など暗い色の生地でも実は同じように汚れているはずです。

ショルダーストラップはへたりが激しいです。他の部分の劣化具合と比べても極端に柔らかくなっているので重い荷物を長期間に渡り支えてきたことがうかがえます。高負荷が長期間にかかった場合の良い研究事例となりそうです。

ショルダーストラップのコキ部分もテープが擦れて取れかけています。可動部分なので摩耗はしやすい箇所ですが、こちらも高負荷がかかっていたことがわかります。状況や疲労度によって臨機応変にポジション変更して腰と肩への荷重バランスを変えられるのはONEの特徴ですが、1日で長距離を歩くようなシチュエーションではその利用頻度も多くなるのかもしれません。

コンプレッションコード付け根も同様にほつれが生じています。何度もテストを重ねて耐久性を考慮して設計されているONEですが、こういった実例からより負荷がかりやすい箇所を特定し、常に縫製方法や素材のアップデートを行なっています。

フロントポケット部分の複数の穴あきがあります。このONEのポケット生地に使用されているX-PAC VX07は比較的丈夫な生地ですが、鋭利なものが継続して当たったり、岩と接触したりすると穴があく場合があるようです。また経年劣化により生地が剥離すると強度が低下します。

サイドポケットのボトム部分の穴あき。ボディに比べ強度のあるX-PacVX21/VX42生地を使用していますが、鋭利なものと接触してできたような穴があいてしまっています。

背面メッシュ下部とヒップベルトもかなり摩耗しています。ONEに限らず、MINIやTHREEなどでも使用を重ねると摩耗しやすい箇所ですが、ここまでの使用感は珍しいです。

内側のカーボンフレームの1本が破損しています。ONEのカーボンフレームは軽量にできているため、荷物が入った状態で本体に腰かけたり、高い位置から落ちたりするなど、普段とは違う方向から力が加わると破損することがありますのでご注意ください。

【ONE修理の依頼主】
清田勝さん(トリプルクラウン・ハイカー)

使用期間:111日
使用場所:コンチネンタル・ディバイド・トレイル ロッキー山脈(モンタナ州・ワイオミング州・コロラド州・ニューメキシコ州)

このONEのオーナーは、「トリプルクラウン」と呼ばれるアメリカの3大ロングトレイルをすべて踏破した(すでにワッペンの写真の時点でばれていましたね…)、ロングディスタンス・ハイカーの清田勝さんでした。

このONEは「トリプルクラウン」のひとつ、コンチネンタル・ディバイド・トレイル(CDT)を2019年に111日間かけて歩いた際に使用したとのこと。使用年数が短いわりに激しく消耗していたので一体どんな山行をされたのかと気になっていましたが、納得しました。

清田さんによると、CDTでのベースウエイト(食料、水、燃料を除いた装備の全重量)は9kgほど。CDTでは食糧や水の補給が困難なセクションが多く、1週間ぶんの食糧+水5Lを持ち運ぶこともあり、パックウェイト(食料、水、燃料を含む装備の全重量)は最大で17kgほどにもなったとか。最適荷重を11kgとして設計されているONEには、すこし重たすぎたか…。

日々、壮大な景色と時間を清田さんと共に旅してきたONE、修理担当ながら感慨深いものを感じます。清田さんの魅力的な旅のことをご紹介したい気持ちを押さえつつ、まずは修理作業に移ります。

清田勝

学生の頃はサッカーに明け暮れる毎日を過ごし、大人になるのが嫌だった。就職し社会のメインストリームに乗ってはみたものの、「こんな生き方でいいのだろうか?」という疑問はいつも心のどこかにあり続け、1年で退職し自転車に生活のすべてを積み込み日本1周の旅に出る。
それ以降オーストラリアでのワーキングホリデーの他24カ国の放浪の旅を経て、2017年パシフィッククレストトレイル 2018年アパラチアントレイル 2019年コンチネンタルディバイドトレイルと3年間で約12500kmを歩き、日本人6人目のトリプルクラウナーになる。
旅や自然から学んだことをトークショーや講演会、Podcast、フォトブック「World Gift」として発信。

実際の修理

①汚れ洗浄

ポケットのX-PACはもとよりボディの70Dナイロンも汚れが目立ちましたので、修理にあたり、まずは洗浄作業を行いました(今回は使い込まれたONEをどれだけ修復できるかの検証のために行いましたが、普段の修理では洗浄は承っておりません)。すぐに汚れを落とせない長期間のハイキングの場合、土や油汚れなどが固着しやすいようです。

やや根気のいる作業ですが、中性洗剤と洗濯ブラシを使用し細かい部分は歯ブラシなどでこすると端々の黒ずみまで気持ちよく落とすことができました。

白ベースのONEでしたので汚れの状態や、洗浄具合も確認しやすい良い事例となりました。

まず背面パッド、ヒップベルト、バンジーコードなどの付属品を取り外します。

中性洗剤を溶かしたぬるま湯につけてX-PAC素材のポケットの汚れを落とします。洗濯用のブラシや細かい部分は歯ブラシがとても役に立ちました。小学生の頃、同じように上履きを洗ったことを思い出しながら地道にこすります。中性洗剤は以前の修理部通信でもご紹介した「ウタマロリキッド」が非常に強力でおすすめです。

ボディの70Dナイロンも全体にこのように汚れが付着しています。写真は右上部分だけ汚れを落とした状態ですが、落としていない箇所と比べるといかに汚れているかがわかります。こちらも中性洗剤とブラシを活用すると比較的簡単に汚れが落ちました。

ホワイトのX-PACは経年劣化によって当初の真っ白な状態から少しずつ黄ばんでいくことをお客様の修理品などからも確認しています。そちらの黄ばみも落とせるかと思いましたが今回の方法では黄ばみに関しては改善できませんでした。

BEFORE

AFTER

②ショルダーストラップの交換

生地自体やパッドなどが大きく損傷している場合はパーツごと取り換え修理を行います。

長期間使用するとショルダーストラップやヒップベルトの中のパッドが経年劣化によりへたってきたり、生地が摩耗して中のパッドが見えてきたりします。破れなどが小さい場合は部分的に当て布をして補修することも可能ですが、ひどい場合はパーツごと交換となります。

ONEにとってもいちばん重要なパーツであるショルダーストラップやヒップベルトが一新されるとバックパックとしても新たに息を吹き返しますね。へたりが気になる方はぜひご相談ください。

BEFORE

AFTER

ショルダーパーツを一度分解し新しく作製したショルダーに交換します。とはいえショルダーの交換作業は背面を大がかりに分解しなくてはならないので一大工事になります。個人的にバックパックやクロージングなどがパーツの状態で並んでいる様子を見るととてもワクワクしてしまいます。【ショルダー交換:¥6,000~+tax(左右)】

③ヒップベルトの交換

BEFORE

AFTER

取り外し式のヒップベルトもパーツごと交換します。

ヒップベルトのメッシュ部分も消耗しやすい箇所です。少しの破れでしたら部分的に当て布をして補修しますが、もし消耗が激しい場合はヒップベルトごと交換も可能です。今回はメッシュ部分と内側のパッドの消耗が大きかったので交換対応としました。

ONEのヒップベルトは取り外し式となりますのでパーツ自体の交換も容易です。ですが、自分としてはもし内側のパッドが劣化していないのであれば少しずつ継ぎ接ぎ補修を重ねて自分だけのヒップベルトにしていただけたら嬉しいです(笑)。【ベルト交換:¥3,500+tax】

④やぶれ修理

ご使用の中で力がかかる箇所やほつれが生じやすく、使用者の方の特徴がよく現れる部分でもあります。ほつれ方や箇所から実際にどのような使い方をされていたかがなんとなく想像できておもしろいです。

ほつれを直す際はより強度を高めて修理をするように心がけていますので、人間が骨折した箇所がより強度が増すように、実は修理の度に少しずつその方のオリジナルにアップデートされているように思いますね。パッと見はわかりませんが…。

BEFORE

AFTER

BEFORE

AFTER

先ほどもご紹介したコンプレッションコード付け根のほつれは、生地も損傷していますので一度ほどいた上で補強し、再縫製しました。またショルダーストラップのコキ部分のほつれもストラップ交換と共に付け直しました。【やぶれ修理:¥1,000~+tax~】

BEFORE

AFTER

背面メッシュの腰部分の摩耗です。メッシュ素材はその形状からどうしても摩耗しやすい生地です。とくにショルダーや腰回りは使用頻度が多いほど薄くなって破れたりします。一部摩耗している部分は当て布をかがって補修します。さらにひどい場合は新しい生地を途中で接いで交換します。【やぶれ修理:当て布補修¥1,000~、接ぎ生地補修¥2,000~】

BEFORE

AFTER

折れてしまったカーボンロッドを交換し、ロッド用ポケットのほつれを直しました。カーボンロッドは単体で販売していますので簡単に交換できます。【カーボンロッド:1本¥500】

⑤穴あき修理

頑丈なX-PACですが継続した摩擦や鋭利なものの接触により穴があく場合があります。格子状に強度の高い繊維が入っているので小さな穴あきから大きく裂ける可能性は低いですが穴があいたら早めに修理をしてください。

山行中や旅先で穴があいた場合はご購入時にセットしているリペアシートを表から貼ることで対処出来ますので携行しておくことをおすすめします。

フロントポケット部分の穴あきです。X-PACの穴あきに対してはミシンを使用すると縫い目から浸水してしまうので、共生地の両面接着シートを使用してパッチ補修しています。使用後の生地は変色していることが多いので特に白いX-PACなどはパッチ箇所が目立ってしまう場合があります。【穴あき修理:¥500~】

AFTER

今回、清田さんのONEの修理を記録するにあたり、修理前の状態を、通常の山と道の製品写真を撮るのと同じ照明とセッティングで撮影を行いました。

そこに清田さんのONEをセットした瞬間、何とも言えない存在感を感じました。ふだん、綺麗に整えられた製品写真を見ることはできますが、このような使用後の製品を綺麗に撮影した写真というのはあまり見かけたことがありません。

純粋にかっこいいな、と道具としての真価を見た思いでした。

良く使う箇所が壊れて、それを修理する度にその人のオリジナルになっていく過程というのはなんだか魅力的です。

一生使い続けることは難しいかも知れませんが、ひとつでも多くの旅の美しい景色のワンシーンに山と道の道具が一緒にいられるよう、これからも修理方法を研究してゆきたいと思います。

素敵なONEを提供してくれた清田さん、ありがとうございました!

ONE修理参考価格

ジッパー交換:¥5,000
ヒップベルト交換:1本¥3,500
ショルダーストラップの付け替え:¥6,000~(左右)
サイド、ボトム等の穴あき

  • 取り替えの必要がある場合:¥5,000~
  • 軽度でリペアテープ修理可能の場合は、リペアテープでの修理:¥500~
  • メッシュの補修

  • 一部当て布補修:¥1,000~
  • 広範囲接ぎ布補修:¥2,000~
  • エクステンション交換:¥4,000
    カーボンロッド交換:1本¥500
    プラスティックパーツ交換:¥100~
    ※税抜き送料別
    ※修理対応での洗浄作業はお受けしておりません。

    【付属リペアテープについて】

  • 補修は簡単ですので、リペアテープはハイキングの非常用道具として常備してください。
  • 破れた箇所よりも大きく切り出したリペアテープを表/裏それぞれに貼って補修をします。
  • リペアテープの角を切り落としたり、丸く円形に切って貼りますと剥がれにくくなります。
  • ※シリコンコーティングされている生地には使用できません。

    北島市郎
    北島市郎
    山と道で修理・サンプル制作を担当。高専出身、映像機器メーカーでのエンジニアを経て、手仕事の道へ。さまざまなブランドのコレクションを手掛けるサンプル縫製工場にて、裁断士として11年勤務。自然に近い暮らしを模索していた時に山と道と出会い、その思想に衝撃を受け新たな挑戦を決意。その思想を少しでも形に出来るよう、山と道研究員としてサンプル製作に試行錯誤中。ものづくりと自然が好きで、いつか自給自足をすることが夢。
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