山と道

ミート・ザ・となりの
ハイカーさん
まな実さん(HLC関西)

山と道HLCのイベントやプログラムに行くと、あっちにもこっちにもいるんですよね、ちょっと気になる雰囲気のハイカーさんが。話を聞いたら何か出てくるんじゃないかと、山と道HLCディレクターの豊嶋秀樹が各地を歩いてローカルハイカーにインタビュー。ついでに、地元の山やお気に入りスポットの情報も教えてもらいます!

というわけで、第4回はシリーズ初の女性ハイカーの登場です。

HLC関西で開催された比良山でのULハイキングワークショップで、テントの横でただ者ではないオーラを放ちながら朝のストレッチをしていたのが印象的でした。聞くと、なんでもダンサーらしい。しかもあの「舞踏」に関わっていた。これはインタビューさせてもらうしかないぞと、豊嶋のアート魂もくすぐられまくり。ということで、HLC関西より福岡まな実さんです。

文:豊嶋秀樹
イラスト:KOHBODY

本名:福岡まな実(ふくおか・まなみ)
出会った場所:HLC関西

まず、お名前と出身から。簡単な生い立ちを。

「福岡まな実、出身は大阪の豊中市です。京都の大学に通って、20代半ばぐらいに京都に引っ越して、今も京都に住んでいます。」

山と道で京都といえば「山食音」ですが、京都で学生時代過ごすのはいいですね! 大学では何の勉強を?

「『生活デザイン』という、木工や陶芸など工芸的なことを選んでやるコースでした。美術には興味があったんですけど、絵を描くという感じではなかったんですね。モノを作ることのほうが好きだったから、将来は家具職人になりたいなとか、漠然と思ったりしていました。学校は嵐山にあったんですけど、友達と川下ったりとか、たき火したり、夜の線路を歩いたりしましたね。」

え? 夜の線路歩くってなに?

「どの線路だったのか覚えてないんですけど、一晩歩いて、たき火して帰るみたいなことをよくしてましたね。あとは課題やって、実家と学校の往復みたいな感じで。取りかかるのも作るのも遅いから、いつも徹夜でやっていました。」

ハイキングはどんな感じで始まったんですか?

「実はまだ山のことはぜんぜん知らないんですよ。山と道のMINIをずっと愛用していたので山と道HLCのことは何となく知っていたんですが、敷居が高いような感じがして参加したことはなかったんです。HLC関西で行きたいと思うプログラムがあって、思い切って申し込んだのがハイキングを始めるきっかけになりました。」

ちなみにそれは何のプログラム?

「『比良山ファストパッキング』です。」

え! いきなりファストパッキング?

注:『比良山ファストパッキング』などが含まれるPLACTICEカテゴリーのプログラムは、 現在は「ULハイキング入門」「ULハイキングワークショップ」へ参加済みの方が対象となっています。

「そうなんですよ。なんか、行きたいってなったんです。ランニングもしてないし、ファストパッキングの意味さえ分かってなかったんですけど、ビーンってきてしまったんですよね。」

それでとにかく谷ノ木舎へ?

「はい。とりあえず、谷ノ木舎へ行って『私なんにも知らないんです、道具もなんにも持ってないんです』って言って。実際に持っていた山道具はモンベルのブーツだけでした。正直に言うと中川さんの話を聞いても、よくわからなかったんです。『歩きながら、なんかちょっと体を揺らす感じで』とかっておっしゃってたんですけど、それってどういうことなんだろうなって。」

その説明だと誰もわからないですよね。それでよく申し込みましたね(笑)。

「ですね(笑)でも、結局、大阪に新型ウイルス感染症の緊急事態宣言が発令されたんでプログラムはキャンセルになったんです。前日にお電話で中止の連絡をいただいたんですが、そのときに、参加予定だった山と道のスタッフの方がもうすでに関西に来ているので中川さんたちはプライベートで行くつもりだという話を聞いて、『それに私も一緒に行っていいですか?』って食いついたんです。そしたらいいよって言ってくださって。それがすごい楽しかったんですよ。」

  • コロナ禍によりプログラムは中止となったが、個人的な小グループで行くことにした比良山でのファストパッキング。撮影:中川裕司

わかった、山と道の渡部(隆宏)さんだ! 大変じゃなかったですか? 渡部さんは100マイラーで山と道屈指のタフな変態ですよ!

「うん、確かになんか変態な感じはしました(笑)。中川さんが先頭を行かれてて、急にばーって走りだしたりするんですよ。『えー、山で走るなんて!』って思ったんですけど、なんか楽しいってなったんですよね。ワーってなった、そのときに。」

その次に参加したプログラムが1泊2日で70kmのルートをいくAMBASSADOR’S SIGNATURE「熊野古道・小辺路ファストパッキング」ですよね。

「前回の比良山のファストパッキングは20キロだったので、単純に考えても70kmだと3日はかかると思ったんですけど。それを2日でということでした。初日は夜9時ぐらいまで走りましたね。」

どうでしたか?大変だったとは思うんですけど。

「出発前からめちゃくちゃ緊張していて、準備もどうしていいやらと悩んで、いろいろアドバイスいただいたり。開催日が迫ってきて、焦って急に練習しておこうと思って家の周りを走ったりして。それが良くなかったんですね、足を痛めちゃって。楽しみにしていたのにうまくいかないなって思いながら、本番も最後まで足を引きずりながらでした。でも、なんとかゴールの熊野大社に着いて参拝すると、自分の期待や悔しさとは無関係に、熊野大社は常に誰に対しても同じ姿でそこにありました。ここまで無事にこれたことにホッとしました。」

故障しつつもやり通せたわけですね。

「中川さんや他の参加者のみなさんに、引っ張ってもらえたからでしたけどね。あの後、3日間くらいは足が腫れて太ももから足首まで同じ太さでした。」

ゴールしたときはきっと感動ですね。

「そうですね。自分の嫌なところや失敗を隠そうとしても、べろんって剝がれちゃう。そんな状態になるってあまりないじゃないですか。なりふり構わず歩いて、熊野に着くことができたことは私にとって大きな出来事でしたね。」

  • ゴールの熊野本宮大社大鳥居前にて。自分の状態とは無関係に大鳥居は変わらぬ姿でそこにあった。

ファストパッキングとかトレイルランニングに興味があるってこと?

「身軽でいたいんですね、すっと動けるような。荷物が重いのとかは絶対に嫌ですね。あと、山で感じる自分の身体に興味があります。足が地面に着く感じとか、においの感じ方とか、そういうことがより細かく感じられたらいいですね。」

じゃあ、次はダンスの話、聞きたいです。インタビューに先立って、タイミングよくまな実さんがダンサーとして出演する舞台を見れたのはラッキーでした。

「ありがとうございました。どうでしたか。」

すごくよかったです。めっちゃ長い感想文書けますよ! まず…(この後、かなり熱く作品の構成や振り付けなどについて、このインタビューの1/3をしめるくらいに語ってしまいました。もちろんカット。)

  • 下鴨車窓プロデュース『漂着(h/s)』2021年 京都より。撮影:松本成弘

  • 下鴨車窓プロデュース『漂着(h/s)』2021年 京都より。撮影:松本成弘

で、ダンスはどういうところから始まったのでしょう?

「短大卒業してからです。」

子どもの頃からやってたわけじゃないんですね?

「ないです。舞台に立ったこともなかった。短大を卒業して神戸のインド料理のレストランでバイトしてて。そこの常連さんに舞踏を撮ってる写真家の方がいたんです。こんなんあるよって言ってチラシをもらったのが『大駱駝艦*』の舞台だったんです。その公演を観たのをきっかけに舞踏やコンテンポラリーダンスの舞台を観に行くようになって、それから劇場の運営や公演の企画制作をしているダンスボックス(現在はNPO法人)と出会ってボランティアで働くようになりました。ダンスボックスのプロデューサーの大谷燠さんも元舞踏家で、大谷さんが振付をして他のスタッフ達5人で舞踏のグループを立ち上げたんですよね。」
 
*1972年に麿赤兒(まろ・あかじ)氏によって結成された日本の舞踏集団。舞踏(ぶとう)は、今や世界的に評価を受けている日本独自の伝統と前衛を混合したダンスで、「暗黒舞踏」として舞踊家土方巽により創始され、美術界・文学界・音楽界を巻き込んで1960年代の前衛総合芸術の渦を巻き起こした。ダンスボックス の大谷燠氏も土方巽の弟子の1人。大駱駝艦の他、現在もよく知られている舞踏カンパニーにヨーロッパを拠点とする山海塾(さんかいじゅく)などがある。

まな実さんの舞踏カンパニーの名前はなんですか?
 
「『千日前青空ダンス倶楽部』です。舞踏っぽいでしょう? 微妙なラインをねらってたと思うんですけど。大谷さんからは当時の舞踏界隈のアングラでキテレツなエピソードを沢山聞きましたね。立ち上げから全作品に出て、9年ぐらいいました。そこをやめてからはカンパニーには所属していなくて、フリーで声掛けていただいたプロジェクトに随時出る感じですね。」

  • 千日前青空ダンス倶楽部『夏の器〜総集編〜』2005年 大阪。前から2番目がまな実さん。

  • 千日前青空ダンス倶楽部『桜咲く憂鬱』2008年 大阪。中央がまな実さん

なるほど。ダンス歴自体は何年ぐらいになるんですか?

「2000年が初舞台なんですよ。恐ろしいですけど22年ですね。嫌だな。」

ダンスはまな実さんにとって、どういうものですか?

「身体の機能と感覚に興味があるので、実は、ダンスも山に行くのと変わらないんですよ。人に見せるという行為があるのがダンスで、ないのがハイキングですね。私にとってダンスっていうのは自分そのものであり、自分の居場所であり、体を通したコミュニケーションですね。」

体を意識すると、健康にも気を使いますよね?

「いらないものがないとか、よく巡っているとか、そういうことには興味がありますね。」

そういうことで言うと、ウルトラライト・ハイキング(以下UL)の深いところとすごくつながりますね。僕がULのおもしろいと思ってるのはその部分です。

「最小で事足りるところを探すっていう。」

それが最大にもなり得るみたいな。

毎日の生活で実践していることとかありますか?

毎日やっていることは、『トーガ(Toega)』です。ムーンライトギア(アウトドアセレクトショップ)の方が紹介されていたのを真似してみたらこれがすごく良かった。足裏横アーチの意識が強まるから踊るときも美術モデルの仕事でポーズをとるときも非常にバランスがとりやすくなりました。裸足で立つ時はいつでもやっています。」

「トーガ」いいですね。他には?

「健康や食というところでは、玄米食です。そのまま炊いただけのものだと私は消化しづらいので、小豆と混ぜて炊いて保温する玄米酵素ご飯にして食べています。基本的に玄米と味噌食ってりゃ大丈夫と思ってしまうところがあって、こういう性分もULに惹かれるゆえんかなぁと思います。」

わかります!

「あと、生ゴミコンポストやってます。生ゴミを基材に毎日混ぜ込んで堆肥にしています。この堆肥を混ぜた土で色々植物育てているのですが、循環している感じが気持ちいいんです。今年初めていちごを植えました。実がなってくれるかなぁ。」

それもわかる!

「よく、身体鍛えてるの?と聞かれるのですが、私は方向性のない筋トレなどは反対派です。気持ちが動けば身体は3日で変わるし、何を感じているかが身体のラインに出てくる。山に行きだしてから身体がまた変わる可能性を感じていてとても楽しみです。」

まな実さんの京都での公演はいろんな意味で僕の好きなタイプの作品でした。演劇ユニット「下鴨車窓」プロデュースによるコンテンポラリーダンスで、『漂着(h/s) 生と死のあわいに漂着する』というタイトルでした。

個性的な男女4人のダンサーが出演する作品の中でまな実さんは濃紺のワンピースに身を包んでステージの上に現れました。作品について語り出すとキリがないのでここでは割愛させていただきますが、10月というのに真夏日のような京都。鴨川沿いに、少々浮世離れしているようにも思える平和な河川敷を散歩しながらたどり着いた劇場空間は、ひんやりと暗く、まさに此岸から彼岸へ足を踏み入れたような雰囲気に満ちていました。

上演が始まると、あちら側の世界のまな実さんの一挙手一投足が、こちら側の僕らの世界を些細に刺激し、見る側の皮膚をそっと触れるように震わせるのでした。

身体表現や芸術の世界に身を置く福岡さんが、山やハイキングに興味を持ったということに僕は「そうそう!」と思わず前のめりになってしまいます。僕自身もずっとアートの世界でやってきて、山やハイキング(そのほか、スキーやサーフィンも!)と出会い、アートで感じていたこととの共通点をそれらに見つけたからです。

最後にぜひみなさんにも読んでいただきたい「熊野古道・小辺路ファストパッキング」を終えたまな実さんのHLC関西インスタグラムへの投稿でしめくくりたいと思います。

「ULは僕たちの日常に響く」というHLCのメッセージをしっかりと受けとってくれたまな実さん。お話し聞かせてくれてありがとうございました。まだまだ聞きたいこともあるし、作品も見てみたいです。また公演があるときはぜひ教えてくださいね。

  • 谷ノ木舎の御神木の前にて。撮影:中川裕司

【付録】
まな実さんの京都ローカルガイド!

まずは山!

家が、比叡山の雲母坂登山口のすぐ近くなんです。なんで、比叡山にはそこからよく。徒歩5分とかで行けますけど。裏ですけど。

そして食!

山道具とごはん 麓(ロク)

私、外にお酒飲みに行ったりとかしないから、お店もあまり知らないんですよね。でも最近インスタで初めて麓を知って。ご飯もケーキもとても美味しかった。ウチから徒歩1分の激近にこんなお店があったとは。ハイキングを企画されていたり山道具も置いていて、京都の山周辺の情報拠点になっているみたいです。

京都大原山田農園 たまご工房


こちらもウチから徒歩3分のたまご屋さんです。知る人ぞ知る、ほぼショーケースのみの小さなお店なんですけど、ここのカスタードがもう他と全然違うんです、濃さが! 比叡山帰りのハイカーさんがお店の横で頬ばっていたりします。

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