山と道

ミート・ザ・となりの
ハイカーさん
岡崎さん(HLC四国)

山と道HLCのイベントやプログラムに行くと、あっちにもこっちにもいるんですよね、ちょっと気になる雰囲気のハイカーさんが。話を聞いたら何か出てくるんじゃないかと、山と道HLCディレクターの豊嶋秀樹が各地を歩いてローカルハイカーにインタビュー。ついでに、地元の山や酒の情報も教えてもらいます! あ、今回はお酒はナシでした。

というわけで、第3回は、なんとお坊さんの登場です。初めて会ったのは、2017年に日本全国を回ったHIKE/LIFE/COMMUNITYツアーの松山会場にて。トレイルランナーであり、ハイカーであり、なんとドローンをも操る丸坊主のお坊さんというインパクト抜群のキャラクターで、お遍路の話をいろいろと聞いたことがずっと記憶に残っていました。

次に会ったのは、HLC四国の石鎚山系を縦走するプログラムのゴール直前、石鎚山のトレイルにて。その時は、美人女性ハイカーおふたりも連れられていて変に勘ぐったりしちゃいましたが、こんな煩悩だらけの僕に喝を入れてもらいましょう。それでは高知より岡崎さんです〜。

文/写真:豊嶋秀樹
イラスト:KOHBODY

本名:岡崎孝生(おかざきこうせい)
出会った場所:HLC四国

いきなりだけどハイキングはどんな感じで?

単なるハイキングとなると、失礼に聞こえるかもしれないですけど、徳がないというか。趣味的に自分が楽しむことを目的とすることは、僕たちの生き方として良くないんですよ。でも、例えば自分の意思だけでは行けない子供達や経験のない人からなど同行を頼まれたりしたら、それは感謝されるんで徳があるんですよ。それが無駄のない時間の使い方ということです。自分が満足するためだけに山に行っても人が幸せになるわけではないんで行かないんです。だからひとりで山に行くときは、何かのついでの通り道ということが多いですね。体力維持のために近所の里山などにはコソコソ行きますが。

なるほど! じゃあ、トレランは?

高野山の学校へ行っているときに、山の中でやることもないんで走り始めたら気持ちよかったんで。

さすがお坊さん!やっぱり生い立ちから聞かせてください!

生まれも育ちも高知市内です。心の赴くまま遊び呆けた子供時代を過ごして、高知の高校へ行ったんですが、中退して人生を色々見直す旅に出ました。

ん? それは高校時代になんかがあったってこと?

「3回ほど停学になったり、とにかく悪ガキやったんです。環境を変えなあかんということで、祖母が今の僕の師匠に僕のことを相談したら、ハワイに知り合いのお坊さんがおるから、そこのお寺に行ってこいってなったんですよ。」

ハワイって、あのハワイ?

そうです(笑)。高知を一歩も出たことない子が高校を辞めて単身でハワイに行ったんですよ。でも、ハワイに着いてそのお寺に行ったら誰もいなくて。お寺の前で立ちすくしていたら近所の人が来て、『お坊さんはロスに行っていて、ここにはいないよ』と。その人が、お坊さんに電話してくれたんですが、『何しに来たの? 聞いてないよ』ってお坊さんに言われてしまいました。そこでハッとなり、お坊さんに会うための段取りは自分でしないといけなかったんやと気づかされたんです。井の中の蛙大海を知らず、でしたね。仕方なくそのまま日本に帰ってきました。」

あらら、それで帰ってきてどうしたの?

師匠にまた相談すると、『高校くらいは出ておいた方がいい』ということで高野山高校へ入って3年生からやり直しました。でも、高校を卒業する頃になってもやりたいこともなかったし、就職するつもりもないし、とりあえず先延ばしというか、そのまま高野山大学へ行って、結局8年間在学しました。

高野山の学校へ行ったのに、お坊さんになるつもりはなかったの?

もともと信仰心があって高野山へ行ったわけではないし、実はお坊さんには悪いイメージしかなかったんです。僕がまだ夜の街で遊んでばかりいた頃にも、そこで悪そうなお坊さんの姿を目にするわけです。人の生き死にを仕事にして、贅沢して、まったく尊敬できるように見えなかった。高野山の学校に行っても、まわりにはお寺さんの息子さんとかが多かったんですが、ビジネスとしてというか形だけのいわゆる「葬式仏教」ばかりな感じで、仏の道を求めているというような人には会わなかったですね。約10年間いてたくさんお坊さんを見てきましたけど、たまたま僕が尊敬できるお坊さんに会えなかっただけなんですが。そういうこともあって、高野山にいたにも関わらず、「お坊さんにだけはなりたくない』って思っていました。

それがなんで仏の道へ?

短い人生をなんか世のため人のために使ったらどうやって、不意に師匠に言われたんですよ。あらためて師匠の生き方に目を向けると、明らかに高野山とか、他のところで見てきたお坊さんとはぜんぜん違う。お坊さんに対してマイナスなイメージを持っていたぶん、余計に疑り深く、冷静に見ることができたと思います。仏教のもとをたどれば、お釈迦様が生きている人を救いに導いたことが始まりであって、師匠もそういう生き方をされている。お葬式とか檀家さんを持つお寺を捨てて、単身で相談や祈願など、生きている人を導くという生き方をしていました。これが本来の僧侶であり、仏道者としての生き方だと感銘を受けました。自分も後世のためになるような生き方がしたいと思い、今までの過去を償うじゃないですけど、この道に入ると決めて師匠に弟子入りをお願いしました。28歳のときですね。

弟子入りするには何か契りとかあるの? 今日からお前は入ったぞ、みたいな。

認めてくれたらそれでいいんですけど、それまで不信心でやってきたので、初めは禊(みそぎ)として、まずは七ヵ寺参りをしろって言われ、近所に善楽寺ってお寺があるんですけど、そこから青龍寺までの80キロくらいの道を毎日自転車で走って七つのお寺を参るということを3ヶ月くらい続けました。弟子になりたいという証としてということですね。

その後はどんな修行を?

南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」という真言があって、それを毎日一万遍唱える行をやりました。自分を内省するというか、心を空にして一生懸命、一心に唱える。そうやって毎日一万遍唱えるのを一千万遍する行をやってみろと言われて、それを一千万遍になるまで2年半くらいやっていました。

今もやっている修行はあるの?

一万遍唱えるっていう行は今でも毎朝ずっと続けています。2時間くらいですかね。そうやって人生の中で自分を見つめられる貴重な時間を持つというのは、いざなんかあったときにすごい役に立つことやと思います。あとは、修行の本質をいうと、起きてから寝るまでがずっと修行中なので、1日中、自分の行動、心の動き方のすべてを見つめます。そうやって心を成長させるようにしています。

修行を始めて12年、自分自身は大きく変わった?

「高校時代の僕を知っている人は、僕がお坊さんになったって聞いてみんなすごいびっくりしていました。修行を始めてからの12年でかなり変わりましたね。世界の見え方も変わってくるんでおもしろいですね。」

続けていく自信は?

「仕事としてお坊さんを選んだんではなくて、生き方として選んだんで、もはや、この生き方以外は思い浮かばないです。還俗して普通に生きていくつもりもなければ、やっていける自信もない。毎日の僕らのお勤めには休みもないんです。なぜなら、生きることに休みはないからです。」

経済的には大丈夫? 余計な心配だけど。

「お礼としてお金をもらうことはありますが、お酒を飲むわけでもないし、タバコを吸うわけでもないし、そんなにお金が出ていくことがないんで。生きることにはとくに困ってないですね。」

じゃあ、お遍路について聞かせてください。「お四国」とも言うんですよね。

「初めてお四国をまわったのは、高校生のときです。停学になった代わりにお四国へ行くということで。2回目は、親に大学の授業料を出してもらう条件として、卒業するまでにお四国を歩いて回ることを与えられて。この道に入ってからお四国をまわることになったときは、自分の目に写るものであったり、感じるものすべてをなんでこういうふうに感じたのかなとか、なんでこうゆう現象が起こったのかなとか、そういうのを全部自分の修行と捉えて、あえてゆっくりと歩きましたね。」

お四国をまわるってどんな感じなんだろう? ある意味でのロングトレイルと言えると思うけど。

お四国を歩いて学んだことや感じたことを忘れて、元の日常的な心の使い方に戻ると意味がないなと思ってます。だからそうならないように、今も、心の動き方や感じ方はお四国を歩いているときと変わらないように保っています。毎日が旅感覚でいるぶん、どこにも行かんでもいいし、行きたいところもないし、身近な当たり前な生活が幸せです。心さえあればどこに行っても、行かなくても感じることも学ぶこともできます。そうやって自分の考え方や世界をどうやって作るか、それが一番大切かなと思います。なので、人によってはロングトレイルもお四国と同じなんじゃないかって思いますがどうでしょう。

確かに。じゃあ、最後にせっかくなのでドローンの話も少し聞かせてください。

ドローンの話ですか! ドローンは防災のためにあったほうがええかなと思って、買ったんですよ。東日本大震災のときに、震災後すぐに石巻に1ヶ月くらいボランティアに行ってきたんですが、ぬかるみや歩きにくい場所がたくさんあるので、不明者の捜索をするのにドローンがあればいいなと思ったんです。高知もいずれは津波がくると言われてるし、ゆくゆくは人のために活用できると思ったんですよ。一応、ドローンの資格もとったんですけど、実際には出番がない。そういう中で、コロナ禍が始まって、ドローンだったら人と接触せずに撮影できると思って、叔父がサーフィンしてるんで一緒に行って撮るようになったら、人に喜ばれるし、依頼も来るようになってしまったという、あくまでも自然な流れという感じですね。

HLC四国の看板男も出演〜! 映像制作/提供:岡崎孝生

岡崎さんにインタビューしてこの原稿をつくるにあたって、昔のワルの時代の写真とかある? と僕が聞くと、写真はまったくないんですよという答えが返ってきました。ほんとに? 1枚も? って思ったんですが、よく考えると岡崎さんは自分の過去を断ち切って、出家してお坊さんをやっているわけで、そりゃ、昔の写真はないよねって思いました。

告白しますが、最初に松山で会った時も、石鎚山のトレイルで会った時も、実はまだ僕は岡崎さんが「本当の」お坊さんだとは思っていなくて、ちょっぴり怪しい人なのかもなんて内心思っていました。岡崎さん、この場を借りて謝ります、ごめんなさい。岡崎さんは僕が最初に出会った本当のお坊さんでした。

このインタビューのために岡崎さんに数時間、ゆっくり話を聞くことは、目からウロコの連続でした。

ハイキングやトレイルランニングの話もたくさんしてもらったんですが、これだけ身近にお坊さんの話を聞けることもなかなかないという思いから、生き方、あり方の話のボリュームが大きくなりました。

とくに印象に残った岡崎さんの言葉は、「仕事としてではなく、生き方としてお坊さんを選んだ」です。僕自身も「仕事ってなんだ?」「生きるってどういうこと?」ってことを意識することが多いんですが、岡崎さんの言葉はまさにそんな僕の疑問や興味に突き刺さります。

岡崎さんは、話の最後にこう付け加えました。

「こういうふうな生き方や答えを、自分で見つけるための修行を与えてくれる師匠と出会えたことがとにかくいちばん大きかったですね。」

現在、岡崎さんとお弟子さんたちは、山を開墾しゼロから、相談所や一般の方が修行出来る道場など、師匠の志を継いだ自分たちのお寺作りをしています。

岡崎さん、とても気持ちの良い時間をありがとうございました。次に会ったときは僕も一緒に少し座らせてください。

山道祭をドローンで撮影してくれるっていう話も楽しみにしていました、今年はなくなっちゃいましたが、また来年はよろしくお願いします。

では、またすぐに!

【付録】
岡崎さんの高知ローカルガイド
「山と食」

まずは山!

近場でおすすめは僕の山ですけど(笑)。何もないですけどね。南嶺という高知のトレイルランナーのメッカみたいな、高知市が一望できて、山の向こう側には太平洋も見える、ええ山がありますね。標高は359mの低い山なんですが走りやすいんですよ(南嶺は、最高峰の烏帽子山をはじめ、鷲尾山、柏尾山、宇津野山などのいくつかの山の集まりを指す)。

  • 「夜は誰も来ない好きな場所。10秒のセルフタイマーで撮るのは大変でした」画像提供:岡崎孝生

おすすめの酒!って言いたいところですが、お酒は飲まないので食!

「すしバル うますし」って言うんですが、トレイルランナーの知り合いがやっているお寿司屋さんです。おすすめのネタはカモですね、土佐鴨の寿司が絶品です。

あとは、ここも友達がやっているカレーの「錆と煤(さびとすす)」ですね。高知でも人気の本格的な南インドのお店です。ミールス食べによく行きますね。

最後にお遍路に興味ある人へ!

連絡くれれば喜んでアドバイスしますよ。携帯に電話ください。080-2981-9873です。

せっかく回るのなら徳を積まないともったいないです。旅行だったらいつでも行けるけど、修行としていくことってなかなかないと思います。心の持ちようが大切ですね。スタンプラリーじゃないんで、そこら辺をどう捉えるかですね。お四国中はお酒を飲まないとか、自分に何か課したり、自分で自分を律することをしながら行ってる人も多いです。どうせ行くんなら日常の生活とは違う心の使い方をしてみて、帰ってきたときにそれが日常になるようにすると良いと思います。

【特別付録】岡崎さんのお経‼︎‼︎

岡崎さんの裏山のお気に入りのスポットで少しお経を唱えてもらいました。

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