ミート・ザ・となりの
ハイカーさん
むとちゃん(HLC東北)

2020.12.04

山と道HLCのイベントやプログラムに行くと、あっちにもこっちにもいるんですよね。ちょっと気になる雰囲気のハイカーさんが。

話を聞いたら何か出てくるんじゃないかと、山と道HLCディレクターの豊嶋秀樹が各地を歩いてローカルハイカーにインタビュー。ついでに、地元の山や酒の情報も教えてもらいます!

記念すべき第1回は、スキンヘッドに鋭い眼光がタダ者ではない(むしろちょっとコワい)オーラを放つ、「秋田ハイキング界のスティーブ・ガッド」むとちゃんです。

文/写真:豊嶋秀樹
イラスト:KOHBODY

本名:武藤央展(ムトウヒロノブ)
出会った場所:HLC東北

むとちゃん、お生まれは?

今年で29歳になるんですけど、生まれも秋田で、秋田から出たことないです。最初は父親の実家のあった土崎、その後保戸野ってところで幼稚園まで過ごして、小学校入る直前で今いる川反の家に越して来て、今も実家暮らしです。

秋田の飲屋街といえば川反通り。そのすぐ裏のマンションがむとちゃんのご実家。両親とむとちゃんと猫のタスキとの3人と1匹暮らし。

現在、失業中ってことですが。

ははは〜、そうなんです。大学卒業して就職したんですけど、この前辞めちゃって、今は無職です(ちなみに現在は再就職したとのこと)。もともと僕はバンドマンで、ドラムやってたんですよ。高校の時に始めたんですけど、文化祭だけでは飽き足らず地元のライブハウスでやりたいってなって、そこから音楽漬け。大学生になって、先輩がやってるRICKLEAFってバンドに引き抜いてもらったんです。youtubeの動画があるんですけど…。

せっかくなので、動画もご覧ください〜! RICKLEAFのFrameです! むとちゃん、あんまり出てこないんですけどね(笑)。

もしかして、目指すはロックスターだったとか?

ミュージシャンになる気でいたんですよ。バンドを移ったのも下心あったかもですね、「RICKLEAFに入ればいけんじゃねーか?」みたいな。こっちの方が売れそうって(笑)。

卒業後はフリーターやりながら音楽やってくつもりで、就活とかもろくにせず。でも、親と姉からの「それはどうなん?」という圧力がグワーッとくるの感じて、地元の医療機械の卸売の会社に拾ってもらいました。就職してからも2年くらいはバンド活動をゴリゴリやってましたね。

そのうちに、よくある話ですが、バンド内でちょっとしたイザコザがあって、辞める辞めないみたいになって。

バンド時代のむとちゃん。 写真提供:武藤央展

山はいつから?

ちょうどそれくらいの時期にひとりで山行ったりしだしたんですよ。昨日調べてみたんですけど、初めて登ったのが2015年8月の鳥海山でした。

バンド時代から服好きだったんで、フェスブームのアウトドア系のファッションの流行りにすぐに乗っかりました。で、そういう格好するなら、それに見合うようなことをしようって気になって、山の雑誌とか入門書とか読み始めたけど、やっぱ実際に登ってみないとわからないなーって。そこに、由利牛の肉を担いで上がって鳥海山の本殿に奉納するという不思議な登山に誘ってもらって、これは渡りに船だって思って、そこで初めて山に登ったんですよ。

登ってみると、このくらいだったらひとりでもできそうだなって思って、そこからひとりで黙々と県内の有名な山に順番に登るという感じのスタートでした。

ツアー登山終了後の懇親会にて奉納した由利牛を堪能。 写真提供:武藤央展

そして、なんとJMT(ジョン・ミューア・トレイル)へ。

山からUL(ウルトラライト・ハイキング)に興味を持ったらロングディスタンス・ハイキングの話に繋がって、ロングディスタンスときたら絶対シエラの話になるんですよね。情報源がネットしかなかったので、読み漁ってたら必ずそこに行き着く。いつか自分も行ってみたいなって思うようになって、ハイカーズデポとTRAILSが毎年行なっている『ロングディスタンス・ハイカーズ・デイ』に行ったんです。

すると、JMTを去年歩いたという女性ハイカーが話しかけてくれて、そこでJMTがちょっとリアルになりだした。やらないといけないことも整理できたんで、これはもしかしたら、ガンバれば行けるかもしんないなって思うと、盛り上がってきちゃって、「よし行くぞ!」って感じで、その年に行きました。2019年の9月ですね。

JMTハイキング4日目。Muir pass手前のSapphire Lake付近にて。 写真提供:武藤央展

JMTを歩いてみてどうだった?

もう最高でした、トレイルも、その行き帰りも。初海外旅行の衝撃と、初ロングトレイルの衝撃が一緒に来たって感じですね。

成田からロスへ入って、ロスから電車と高速バス乗り継いでビショップという町まで行って、そこからタクシーチャーターしてトレイルヘッドまで。ルートが、トレイルヘッドとエンドが近いループを描けるところ*だったんで、帰路も全く同じ宿に泊まって、全く同じバスと電車で。行きは、緊張して待合室でガタガタしてたけど、帰りはホットドッグ買う余裕ができた。慣れてきたらもっと楽しいんだろうなって、帰りながら考えてました。

*BISHOP PASS: North Lake-South Lake Loopという呼称で地図が販売されてます。

日本に帰ってきてハイカーズデポに行って土屋(智哉さん。ハイカーズデポ店主)さんと話していると「君が今回歩いたサイクルを補給しながら何回も繰り返すのがロングディスタンスだから」っていう話をしていただいて、そうかと思って、もっと長く歩いてみたいなって思いましたね。

JMT3日目evolution meadowへ向かう手前で出会ったカンザスから来たジェーンとジェド。9日間のJMTセクションハイクの道中だという。僕が歩く道を話したら「とても良いエリアを選んだね」と言われて嬉しかったのを覚えている。(むとちゃん) 写真提供:武藤央展

次はPCT(パシフィッククレストトレイル)?

もちろん、行ってみたいとは思いますね。アメリカでバックパッカーの宿に泊まると、現地のハイカー達と日本の話になる。「東北から来たんだ」っていうのを僕の英語力で説明しようとすると、”Northern Japan”みたいな、ざっくりした感じになる。

それまでは、東北でも日本海側と太平洋側では遠く離れた別ものって感じてたんですけど、アメリカから見ると、まぁ”Northern Japan”ですよね。すると、秋田からは遠いと思っていた、太平洋側の『みちのく潮風トレイル』も地元のトレイルだって気がしてきたんです。

そういうわけで、PCTとか言う前に、まずは地元の全線開通したてのトレイルをスルーハイクしてみようって思ったんです。でも、スルーハイクとなると、ひと月半くらいかかるんです。会社、休むのは至難の技だ、休職とかできないかなって、色々と社内制度とか調べたんですけど、病気でもしない限り無理と判明。それで結局、辞めることにしたんです。そこからは無職で現在に至るということです。

みちのく潮風トレイルDAY11。岩手県宮古市の景勝地浄土ヶ浜にて。 写真提供:武藤央展

むとちゃんがみちのく潮風トレイルを歩き始めると、後を追いかけるようにちょうどコロナ禍がはじまり、結局、14日目294キロ地点で断念することに。本人は、その時のインスタグラムにこう綴っている。

“雨に打たれながら撤収し、朝一番に日本本州最東端の岬にやってきました。曇ってるのもありとても寂しい感じの場所でした。

ここを通過したら山田町を目指す訳ですが、どうにも気分が上がらず、つまらないな、飽きて来たな、という思いが心を覆い尽くし、一旦帰ろうか、というところまできてしまい、現在山田町まで降りてきて、盛岡へ向かうバスを待っています。データブックによると294キロ地点みたいです。

そもそもなぜみちのく潮風トレイルを歩こうかと思ったかというと、去年のJMTセクションハイキングの5泊6日よりも長い期間で歩きたいと思ったことがきっかけでした。

前職を退職したタイミングもありこの春歩くと決めていた訳ですが結果一筆書きでの踏破は叶わず。だとしても13泊14日全て野営ではないにしろ、去年思った「もっと長く歩いたらどうなるのか?」という好奇心はとりあえず満たされ、結論は「いくら好きでも飽きる」というところに落ち着いたので、これを踏まえて山田以南のセクションも後に歩ければいいかなと思ってます。

セクションハイキングというのは休めない日本人の苦肉の策と思っている自分が居て、どうせならスルーでしょ!とやってきた訳ですが、飽きないように、新鮮な気持ちを忘れないように、全てのセクションを楽しむポジティブな方法でもあるのだなということも分かりました。

これ以上書いても辞めた言い訳を並べるだけなので辞めますが、スルーハイクおめでとうという未来を想像して毎日イイねしてくれた皆さんすいません笑

コロナやら色々落ち着いて気持ちも持ち直したら続きやりますんでその時はよろしくお願いします。”

インスタの話を。料理と猫とMYOG(Make Your Own Gear=自作ギアのこと)が多いよね。

料理は、僕は実家を出たことがないんで、ずっと家で食べさせてもらっていたんですが、お袋が1年半くらい前から居酒屋をやりはじめて、それにともない家で飯が出なくなるということで、これを機に料理をしたほうがいいかもしれないって思ったのが始まり。猫は、タスキって言います。推定2歳のメスです。うちにしばらく泊まっていたお袋の知人が拾ってきちゃったんです。それからうちにいます。

MYOGは3年前くらいからやってます。最初は古着屋さんで見つけたアウトドアのズボンのお直し。でかくて、これちっちゃくなんないかなって。お袋がミシン持ってるんで相談したら「こうこうすればできるんじゃない?」って言われてやったのが最初で、そっからちょろちょろと。

ちょろちょろと、というにはかなり本格的な領域に入っている。ズボンの修理の次はいきなりバックパックだったという。そのバックパックはもう人にあげてしまって手元にはない。

そういうの、いきなりできるもんなの? パターンとかあったの?

パターン、ないっす! Ray-Way*ってあるじゃないですか。あれをやろうかなって思ったんですけど、Ray-Wayをやってる動画をyoutubeに上げてる人がいて、それ見たら「買わなくてもできそうじゃね?」って思って、とりあえずやってみたんです。で、やってみたらそれなりにできたって感じなので教わったことない。こうなってるってことは、多分こういうパターンでいけるのかな、みたいなのをめっちゃ考えてやってます。高価な布なので失敗しないように、紙で試作を重ねて、それで「ヨシっ!」てなってから布を切ってって感じでやってますね。

*ULハイキングの始祖、レイ・ジャーディンが主宰するバックパックやタープの自作キット・ブランド。

むとちゃん製作のMYOG作品を紹介。まずはバックパックx5。

バイクパッキング用サドルバッグ、フレームバッグ、ステムバッグ、ツールバッグ、輪行袋。

ポーチ、スタッフサック等。

レジ袋有料化に伴い作成した買い物バック、UNIFLAMEの焚き火台がすっぽり入るトートバック。 以上4点の写真提供:武藤央展

製作のためのアトリエを作ったんだよね?

そうなんです。この部屋、ご覧のとおりかなり狭いんで。祖父母が住んでいた家が10年くらい空き家になっていて、母も片付けないとねと言いつつ手がつけられていなかったんです。それで、僕、仕事辞めて時間あったんで、その家の片付けを始めたら、いい感じの洋間がひとつあって、そこをミシン部屋にさせてもらおうと思ったんです。庭の草刈りやDIYで部屋をリノベーションすること自体が楽しかったですね。

むとちゃんのアトリエ。床や壁の張り直しなどをセルフリノベーション。 写真提供:武藤央展

ということで、むとちゃんの実家にお邪魔して、グダグダと脈略のあまりない感じで話を聞かせてもらいました。

むとちゃんを初めて見たのは、春先に山と道HLC東北アンバサダーの上野裕樹さんたちと鳥海山にBCスキーに出かけた時のことです。

よく晴れわたり、日本海がドーンと見えるポカポカ陽気の中、細身で長身のシュッとしたお兄さんが、ガチのUL積雪期仕様といったスタイルで僕たちの横をサックサックと軽快に斜面を直登して行きました。「ヘェ〜、こんな人もいるんだな」と、印象に残ったことを覚えています。

数ヶ月後、HLC東北のプログラムで岩手県にある上野さんのお店『knotty』へ行くと、「実は、鳥海山でお見かけしたんですよ」と初対面の参加者から言われたのです。そう、それが実はむとちゃんだったというわけです。

今回、こういうカタチで取材させてもらうなんてその時は思っていなかったけど、むとちゃんのようなハイカーと出会えることは山と道HLCの魅力の一つです。そして、むとちゃんとの出会いがキーストーンとなり、この新連載を始めるにあたってのインスピレーションを与えてくれました。そんなむとちゃんに第1回で話を聞かせてもらったことは嬉しい限りです。

実は、この取材は半年近く前に行なったもので、内容が現在のむとちゃんに追いついていないことを申し訳なく思います。むとちゃんは、現在、縫製工場に就職してミシンの修行のような毎日を送りつつ、週末には自分のアトリエへ通うという日々を送っているとのことです。

最近の足取りについては、ぜひ本人のインスタグラムで振り返ってみてください。

それでは、むとちゃん、今度の春は一緒にテレマークスキーで鳥海山へ行きましょう!

【付録】
むとちゃんの秋田ローカルガイド
「山と酒」

まずは山!

太平山って、秋田市の人は絶対登ったことがあると思うんです。金山滝っていう登り口から女人堂っていうお堂があって、小ピークなんですけど登り1時間ちょっとくらいかな。すごいアクセスが良くて、市内から車で20分くらいで行けるんですよ。僕の中では一番身近で、一番歩いている山ですね。女人堂からは秋田市が見渡せるんで、登った感じにもなるし、意外となだらか区間もあってトレイルランナーとかも多いですよ!

むとちゃんに話を聞いた後、筆者豊嶋も太平山の中岳へ。信仰の山らしい雰囲気が続く。6月初旬だったので新緑が美しい。

女人堂の前で休憩する熟年ローカルハイカーさんの御一行としばしおしゃべり。実は訛りが強くてほとんど聞き取れなかった(笑)。次回は奥岳をまわる縦走路を歩いてみたい。

そして、酒!

僕すごいビールが好きなんです。『ブリュッコリー』ってお店なんですけど、若い人が一人でマイクロブリュワリーをやっていて、半分樽があって、半分タップルームです。毎回、趣向が違ういろんなものを作ってる。お値段もそれなりにするので、僕もガブガブ飲めるわけじゃなんですけど、オススメです。

写真提供:武藤央展

もう1軒!

じゃあ、お袋の居酒屋『かりんここりんこ』を。お袋自身が昔芝居をやっていて、その仲間が集まる行きつけのお店を引き継ぐ形でやることになったんですよ。だから、お客さんは、絵を描いたり、芝居をしたりという文科系の人が多いみたいです。料理は、普通にうちの母の手料理ですけど、よろしければ、ぜひ。

写真提供:武藤央展

最後におすすめの寄り道を!

めっちゃベタで、ちょっと遠いですけど『なまはげ館』。なまはげってめっちゃ種類あるんすよ。展示はさておき、なまはげ体験ってのががあるんですよ。古い日本家屋にお客さんがぎゅうぎゅう詰めになって座ってると、なまはげの流儀でバシャーンって入ってきて、「泣く子はいねぇがぁーっ」ってやつを間近で見れて、大人でも結構ビビるんですよ。あれば僕も去年初めて行って別に面白くないでしょと舐めてたんですけど、あれはやっぱ面白いっす。

むとちゃん手書きの秋田ローカルガイドマップ
豊嶋秀樹
豊嶋秀樹
作品制作、空間構成、キュレーション、イベント企画などジャンル横断的な表現活動を行いつつ、現在はgm projectsのメンバーとして活動中。 山と道とは共同プロジェクトである『ハイクローグ』を制作し、九州の仲間と活動する『ハッピーハイカーズ』の発起人でもある。 ハイクのほか、テレマークスキーやクライミングにも夢中になっている。 ベジタリアンゆえ南インド料理にハマり、ミールス皿になるバナナの葉の栽培を趣味にしている。 妻と二人で福岡在住(あまりいませんが)。 『HIKE / LIFE / COMMUNITY』プロジェクトリーダー。
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