台北に直営店samplusを構え、HLC台灣の活動も行うなど、山と道にとって最も親しい隣人である台湾。その繋がりは10年を越え、現在ではsamplusにも個性豊かな仲間たちが集まり、台湾のハイキングカルチャーのひとつの拠点になっています。
そんな山と道の台湾での活動や、台湾のハイキングカルチャーについて、そしてsamplusの仲間たちのことをもっと台湾や日本や世界中のハイカーたちに伝えたい。そんな思いでスタートした『台湾通信』第3回となる2025秋号では、samplusスタッフの李による「嘉明湖」までのハイキングと台湾のコンビニを活用した2泊3日の食糧計画、HLC台灣のアンバサダー林政翰(リン)による、秋のHLC台灣のプログラム紹介と保全ボランティアに向けた講習のレポートをお届けします。
台湾ハイキングきっての絶景スポットである嘉明湖にまつわる伝説や、台湾のコンビニ事情も知ることができる今号。秋の夜長のお供に、ぜひ読んでみてくださいね。
① samplusトレイルログ
嘉明湖3日間の山旅——戒茂斯から登る「天使の涙」
まずは、samplusスタッフのトレイルログ(山行記)をご紹介します。今回は、営業チームの李俊儀(以下、李)が、台湾で広く親しまれている登山スポット「嘉明湖(ジャーミンフー)」に、戒茂斯ルートから登った2泊3日の旅についてシェアします。
中上級者向けのトレイルである嘉明湖は、美しい景観で有名です。ピークシーズンの10月~4月には湖水が澄んだ青色に輝き、秋から冬にかけては濃い霧が頻発し、雪景色に出会えることも。夏季は午後のにわか雨で湖面が雲や霧に包まれることが多く、どの季節に訪れても異なる表情を見せてくれます。
そんな多くの登山者の「憧れリスト」に入る嘉明湖での経験を、さっそく李さんに聞いてみましょう!
文:李俊儀(Cy LEE)

みなさん初めまして、李です。台湾の台北生まれで、samplusと台北のセレクトショップCow Recordsのスタッフをしています。日本の南アルプス・北岳に登って以来、すっかり登山にハマってしまいました。
今回の嘉明湖への山行は、友人たちと集まった時に「一緒に登山に行こう」と盛り上がって決まりました。友人が「湖が見えるルートがいいな」と言った瞬間、私はすぐに「それなら嘉明湖だね!」と答えて、目的地が決まったんです。
嘉明湖は、台湾の登山者にとても人気のあるスポットのひとつです。台東県に位置し、標高は約3,310m。台湾で2番目に高い高山湖(1番目は雪山の翠池)であり、透きとおったブルーの湖面はまるで宝石のようで、別名「天使の涙」や「神が地上に落としたサファイア」とも呼ばれています。
嘉明湖へ行くには「嘉明湖歩道」から登るのが一般的ですが、「戒茂斯(カイマオス)」ルートからも登ることができます。「戒茂斯」とは台湾先住民ブヌン族の言葉で「山胡椒」のこと。先住民の生活に欠かせない香料「マガオ」としても知られています。この地一帯には山胡椒が群生しており、かつては重要な採集地であり狩猟場でもあったことから、この名が付けられました。

丸い実は地面に落ちた山胡椒(戒茂斯)。
戒茂斯ルートは入園許可証がいらず、登山の3日前までに入山証を申請すれば大丈夫。道中では苔や地衣類に覆われた深い森や、水量豊かな新武呂渓(シンウロシー)など、多彩な自然の景色を楽しめます。
ルートの後半は中央山脈南二段にそびえるふたつの百岳、三叉山と向陽山を通ることができ、360°の大パノラマを楽しめます。天候に恵まれれば、太平洋まで見渡せることも。縦走やテント泊が好きなハイカーにとって、このルートはまさに魅力的な選択肢となるでしょう。
今回の行程プラン
Day 1:戒茂斯登山口-戒茂斯山分岐点-新武呂溪キャンプ地
Day 2:新武呂溪キャンプ地-排球場キャンプ地-嘉明妹池-獵寮キャンプ地
Day 3:獵寮キャンプ地-嘉明湖-三叉山-嘉明湖山小屋-向陽山小屋-向陽登山口
豊かな生態系を持つ幻想的な森
戒茂斯(カイマオス)の登山口は道路脇にあり、うっかりすると見過ごしてしまいそうな場所。ロープを使って登り始めると、すぐに緑豊かな森が広がります。
台湾の夏は台風シーズンで、登山計画に影響することも多いです。今回も出発の1週間前に台風が通過したばかりで、準備は万全にしたものの、「行けるところまで行こう」というオープンな気持ちで慎重に臨みました。折れた枝や松の葉が道を覆っていて、倒木もちらほら。歩みは遅くなったものの、逆に森の本来の姿をじっくり味わえる時間となりました。

登山口に入り、わずか30秒で鬱蒼とした森へ。

出発の前週に通り過ぎた台風の爪痕が残る東部の森には、折れ枝や倒木が点在していました。

道中で出会った苔むした木々。
新武呂渓を渡った先では、木々の隙間から陽光が差し込み、霧と混ざり合って幻想的な光景に。まるで映画『PERFECT DAYS』で主人公が公園で木漏れ日の写真を撮っていたシーンのようです。彼が本当に求めていた1枚は、どんな光景だったのでしょうか。
木々と岩が絡み合い共存する風景を眺めていると、遠くでは2匹のテンが倒木の上でじゃれ合いながら追いかけっこをしていました。その静と動が織りなす瞬間は、なんともロマンチック。出発してまだ10分なのに、すでにバックパックを下ろしてテントを張り、「新武呂渓2泊3日の旅」にしてしまいたいほど心惹かれる場所でした。――でも、次の機会にしよう。今は今、次は次なのだから。

新武呂渓を渡る。

新武呂渓(シンウロシー)沿いのキャンプ地でテントを張った際、仲間に「顔が血だらけだよ」と言われて、ヒルに噛まれていたことに気づきました。

新武呂渓キャンプ地の森をゆったりと歩く。

ルートを確認中。
山では、常に予期せぬ出来事がつきものです。嘉明妹池へ向かう途中、本来歩くはずだった道は倒木で塞がれていて、やむなく人影の少ないルートへ。そこでは登山道を示すテープが急に少なくなり、踏み跡もはっきりせず、まわりはしんと静まり返っていました。まるで映画『エイリアン:コヴェナント』で探査チームが未知の惑星を調査するシーンのよう。少し緊張感が漂いました。
幸い、その先で登山道が分かりやすくなり、木々には地衣類がびっしりと吊り下がっていて、まるで「よく来たね、心配しないで」と手を振って迎えてくれるよう。その瞬間、気持ちがふっと軽くなり、「なんて美しいんだ!」と感激。ふと「太谷何寥廓、山樹鬱蒼蒼」*という詩句を思い出して、「なんていい詩なんだ」としみじみ。使い方が正しいかは分かりませんが、まさにそんな情景でした。
*中国の詩人・曹植の詩『贈白馬王彪(白馬王彪に贈る)』の一節。「大きな谷はなんと広大で空虚なことか、山の木々は青々と鬱蒼と茂っている」という意味

地衣類に覆われた森。

ここは嘉明湖ではなく、姉妹池である「嘉明妹池」。

台湾の一部の百岳ルートでは、サンバー(水鹿)、シカ、イノシシ、テン、さらには台湾ツキノワグマ(台湾黒熊)に出会えることもある。

森にひっそりと咲く台湾トリカブト。

2日目の宿泊地である獵寮キャンプ地。
複数の登山ルートが交わる嘉明湖
台湾先住民族・ブヌン族の言葉で、嘉明湖は「cidanumas buan」と呼ばれ、「月の鏡」を意味します。ブヌン族の伝説によれば、太古の昔、天空にはふたつの太陽があり、あまりの暑さに人々の暮らしは苦しかったそうです。そこでひとりの勇敢なブヌン族の戦士が、ふたつの太陽のうちのひとつを射抜き、その太陽は月へと姿を変えたと言われています。
月は毎晩、鏡に映る自らの傷跡を見つめながら、かつて太陽であった自分を偲ぶという。その月を映し出す鏡──それこそが嘉明湖なのです。

日の出と太平洋。

三叉山から望む玉山群峰と南二段の稜線。
3日目の未明、湿気があたり一面を包み込んでいます。ヘッドランプを灯し、テントに付いた露を拭って歩き出すと、微笑む月が私たちに寄り添います。太陽が稜線に昇るまでのひとときを共に過ごし、新しい1日を迎えました。
視界は抜群で、遠くには海面に映る空の色と黄金色の草原が織りなす光景も見えました。湖畔に腰を下ろすと、そよ風が頬を撫で、私は目を細めながら嘉明湖を見つめました。
これまで、ここを通り過ぎた数々の記憶が蘇ります。再訪するたびに、まるで古くからの友人を訪ねるような感覚になる嘉明湖。良い時もあれば大変な時もあるけれど、そのたびに新しい物語をそっと語りかけてくれるのです。

嘉明湖と新康山系。
嘉明湖はすでに「嘉明湖国家トレイル」に属しており、複数のルートとつながっています。台湾では、中央山脈南二段ルートは、山小屋泊だけで踏破できる数少ない縦走ルートのひとつです。さらに難易度の高い挑戦をしたければ、向陽山、三叉山、布拉克桑山、新康山を経由する新康横断ルートがあります。これは「4+1の障害」ルートとして有名で、昨年に布拉克桑山を訪れましたが、正直言って本当にキツかったです(汗)。

左上は向陽山北峰。
もし向陽山に行かないなら、向陽山北峰を過ぎたあとは登りがほとんどなくなり、途中はゆるやなトラバース道が続きます。これが本当にラクだし、左右にどんどん絶景が広がるから、心が一気に解き放たれます! 玉山の峰々や南二段の山並みが幾重にも重なって見えて、めちゃくちゃ爽快でした。
仲間が「ここはまるでハッピーロードだな!」と笑い、写真を撮っていた私は思わず振り返って微笑みました。そのとき、頭の中には 「Take me home, country road…」のメロディが流れていました。

向陽山の分岐点。
行程も終わりを迎える頃、雲と霧が稜線を飲み込むように広がり始めました。幸い、雨が降り出したのはほとんど下山し終える頃。交通規制の時間に間に合うように、私たちは足早に登山口を目指しました。
クルマに乗り込み、シートベルトを締めると、まぶたがゆっくりと閉じていきました。夢の中でまだ今回の旅を振り返っていると、運転手さんの声が遠くから聞こえてきます。
「李さん、李さん、駅に着きましたよ!」
②台湾ハイカー的TIPS
台湾のコンビニ食材で解決! 2泊3日の軽量食糧計画
台湾はコンビニの密度が非常に高く、大げさに言えば数歩歩けばすぐに見つかるほど。コンビニには豊富な食材が揃っているため、ハイキングにも大いに役立ちます。
トレイルログに引き続き、李が「戒茂斯」ルートから嘉明湖への2泊3日のハイキングの中で、夕食と行動食を中心に活用した台湾のコンビニ食材を紹介していきます。
文:李俊儀(Cy LEE)

主食におすすめの定番インスタント麺
台湾でのハイキングのメインディッシュとして欠かせないのは、やはり定番のインスタント麺。「排骨鶏湯麺」と「肉燥麺」は、穏やかなスープの味わいと香ばしい香りが台湾の懐かしい雰囲気を漂わせます。具材がなくても、1日の疲れを癒してくれる満足感があります。
さらに重量をあまり気にしないなら、具として煮込んだ牛肉がゴロゴロ入ったレトルトパックが付属する「満漢大餐」おすすめ。山の中で食べれば、まるで牛肉麺専門店に来たような気分になれます。

統一企業 満漢大餐 珍味牛肉麺 具材としてレトルトの煮込み牛肉が付属し、台湾を代表するグルメのひとつ、牛肉麺を簡単に再現できるデラックスなインスタントラーメン
私の場合、麺に限らずメイン料理に卵が加わると満足度が一気に上がります。最近では卵を持ち運べるプラスチックケースもありますが、場所を取るし、食べ終わった殻も持ち帰らなければなりません。そこで便利なのが真空パックの「鉄玉子」。見た目は日本の大涌谷の黒玉子のようですが、食感は全く別物。鉄玉子の白身は弾力があり、噛み応えもあるので、ちょっとした満腹感をプラスできるかもしれません。

福記 香鐵蛋 漢方を入れた醤油で数時間煮込んでは乾かすことを1週間繰り返すことで、独特の風味とゴムのような硬い食感に仕上がるため、「鉄玉子」とも呼ばれる。鶏卵の他、ウズラの卵を使用した鉄玉子もある。
コンビニで手軽に手に入る超軽量な乾燥野菜&フルーツ
乾燥野菜は軽くて食物繊維も補給できる、ハイキングの頼もしい味方です。今回、特に印象的だったのはオクラ。普段はネバネバ感が苦手であまり食べないのですが、乾燥するとその不快感がなくなり、塩コショウ味がクセになるおいしさでした。ただしスープに入れて戻すと、あのネバネバ感が復活するのでご注意を(汗)。

義美生機 台灣椒鹽秋葵 低温真空技術で揚げられた、人工香料・着色料・保存料不使用のオクラチップス。塩コショウで味付けされており、そのまま食べても、料理に使ってもいい。シリーズにはしいたけや玉ねぎ、さつまいもなどもある。
食後にフルーツがあれば、まさに満点の一食になります。今回の乾燥フルーツは完全に乾燥したタイプで、一般的な半生タイプと違い、サクサクとした軽い食感。重量もさらに軽いので持ち運びに最適です。山では紅茶に入れて風味を加えるのもおすすめです。
今回の2泊3日分の夕食と食後のフルーツは、合わせて約455g。乾燥野菜や乾燥フルーツはそのまま行動食としても食べられます。私は普段からこの方法で山の食事を準備しているので、仕事が忙しくて食糧を用意する時間がない方や、旅先で時間を有効に使いたい方は、ぜひ参考にしてください。

samplusスタッフ
台湾・台北出身。登山は日本の南アルプス山系から始めました。音楽、コーヒー、お酒、そして山——それは最高の組み合わせです。写真は、世界を感じ取るための媒介のひとつです。
③ HLC台灣の秋の活動
台湾の保全ボランティアにULハイキングを紹介
続いては、HLC台灣アンバサダーの林政翰(以下、リン)が、HLC台灣の秋のプログラム紹介と、台湾の保全ボランティアたちに軽量化装備を紹介したときの様子、さらにどんなアイテムに関心が集まったのかを語ってくれます。それではリンさん、お願いします!
文:林政翰 (John Lin)

こんにちは、HLC台灣のリンです。
HLC台灣の秋の最初のイベントMEET UP HIKINGは、10月に開催予定です。今回の目的地は陽明山国家公園にある面天山と向天山歩道。特別ゲストとして、台湾の山岳史や山岳文化の専門家・伍元和先生をお招きし、このトレイルにまつわる人文や民族、歴史のストーリーを案内していただきます。文史を織り込んだHLC台灣の活動を、皆さまと共有できることを、とても楽しみにしています。
さらに、11月のHLC PRACTICEは2泊3日で西巒大山(シルアンダイサン)に登ります。西巒大山は玉山山脈の最北に位置する百岳で、その山麓には「巒安堂」と呼ばれる廟の遺跡があります。ここはかつて巒大林場の人倫工作站(林業施設のひとつ)が置かれていた場所で、最盛期には林業に携わる作業員が100人以上が暮らしていたそうです。
今回私たちが歩くのは、西巒大山のO型変形ルートと呼ばれるコース。下山時には従来の往復ルートから外れて、北巒大山へと向かうちょっとした探検的ルートをたどり、北巒大山近くのキャンプ地に宿泊します。きっと楽しい山行になるでしょう!

西巒大山の登山道
軽量化に驚いたボランティアたち
9月中旬の週末、私は南投・水里にある玉山国家公園の管理事務所を訪れ、新たに活動を始める保全ボランティアのみなさんに、ULハイキングと野外救急についての講習を行いました。集まった人たちの職業はさまざまで、彼らは今後、東埔管理站、南安管理站、塔塔加ビジターセンター、雲峰山屋、關高山屋、そして玉山国家公園内の山小屋などで活動していく予定です。

リンさんが保全ボランティアたちへ軽量化装備を紹介
彼らは、ほとんどの軽量装備に興味津々で、なかでも人気だったのはMINI2やUL All-weather Hoody。1泊の山行に必要な装備をすべて詰め込んでも驚くほど軽いことに、ボランティアのみなさんも目を丸くしていました。さらに非常用シェルターの設営も体験してもらい、「軽量化」と「登山の安全」を結びつけ、ふたつが繋がっていることを実感してもらいました。

ボランティアたちに知識と経験をシェア
野外救急のセッションでは、傷病者評価システムを中心に、登山環境下での緊急症例を16ケース用意。ロールプレイを交えながら、身体チェックや病歴の聞き取り、バイタルサインの測定を練習し、緊急度の判断や対応方法を学んでもらいました。遊びの要素も取り入れて、楽しく実践的な学びの場となりました。
最後に、昨年末に小学生を引率した時の体験をシェアしました。道中で数十匹のハチに囲まれたものの、慌てて手を振り回すことなく、冷静に一列で距離を保ちながら素早く離脱し、無事に切り抜けることができたのです。そんな経験をもとに、「冷静さ」と「判断力」の大切さを伝えて、授業を締めくくりました。
野外救急はボランティアにとって新しい領域であり、新しい概念でした。彼らの役割は、救急車やヘリコプターが到着するまでの間に、患者の傷病を識別し、応急処置を行い、状態を安定させること。さらに保温したり、食料や水を与えたりと、基本的な生命維持を提供することです。今回の講習を通して、呼吸・脈拍・皮膚の色・意識状態を欠かさずに観察することこそが、野外救急の核心であることを伝えられたのではないかと思っています。

山と道HLC台灣アンバサダー
カナダの『ヤムナスカ・マウンテンスキル・セメスター』で欧米の登山技術を学び、帰国後『Miasan Outdoor Center』を創立。ハイキングや雪山登山等の講習を行う一方、山小屋等の管理も行っている。20年以上、台湾原住民の布農族からより自然に近い生活を学び続けており、パーマカルチャーや里山生活についての造詣も深い。
台湾でのハイキングに役立つトレイル情報やコンビニ事情を紹介した秋号。ぜひ台湾でのハイキングの際に参考にしてください。次回は冬号でお会いしましょう!