現在、日本各地に台湾を加えた8つの拠点で活動を行なっている山と道HLCでは、ULハイキングが繋ぐコミュニティ作りを目指して日々、様々なプログラムを行なっています。このHLC Reportでは、そんな活動の内容をシェアしていきます。
今回は、山本陸が最年少アンバサダーを務めるHLC北陸の『北アルプス2泊3日ULハイキング』の模様を、山本と参加者の皆さんのリレー形式でレポートしてもらいました。
山と道HLCの中でも最難関であるPRACTICEカテゴリーの今回のプログラムでは、日本海の親不知海岸から始まる「栂海新道(つがみしんどう)」を歩き、後立山連峰の白馬岳まで繋ぐ50kmに及ぶ3日間の旅に挑戦。ひとりでは厳しい道のりでも、チームなら乗り越えられる。“SEA TO SUMMIT”なトレイルにロマンを抱きながらも、様々な経験値の参加者の皆さんが己の限界に挑んだリアルな記録をお届けします。
1年を通して多種多様なプログラムを展開する山と道HLC。興味を持たれた方は、近くの活動をぜひチェックしてみてください。
はじめに
山本陸(HLC北陸アンバサダー)

8月28日から30日の3日間、HLC北陸では2回目となるPRACTICE*プログラムで、日本海の親不知海岸から吹上のコルまでの約27kmを結ぶ栂海新道を歩く『北アルプス2泊3日ULハイキング』に挑戦してきました。
*PRACTICEとは
過去に山と道HLCへの参加経験のある自立したハイカーを対象とし、アンバサダーと参加者がひとつのチームとなってクリエイティブなULハイキングを実践します。年間の集大成的な位置付けのプログラムで、それぞれのULハイカーとしての経験を活かしてルートや装備などを探求し、ULハイキングの可能性にチャレンジします。
スタート地点の親不知海岸は北陸道の難所としても有名ですが、北アルプスの玄関口としてご存じのハイカーの方も多いのではないでしょうか。そんな海抜0mから始まる栂海新道は、尾根のアップダウンを何度も何度も繰り返し、はるか遠く北アルプスまで続くまさに“SEA TO SUMMIT”なルートとなっています。地元の『さわがに山岳会』の方々の並々ならぬ尽力により開拓され、繋がれ、維持されてきました。
今回のPRACTICEでは朝日岳を越え、さらに後立山連峰の白馬岳まで目指すため、2日目には30kmを歩く計画を立てました。そんな深い深い山が続くハードなプログラムに参加してくれたのは、3名のハイカー。計画の遂行にUL化は必須のため、参加者にはベースウェイト4kg以下で準備を進めてもらいました。
山と道HLCでは初となる北アルプスエリアでのプログラムは、想像以上に厳しいルートと気候条件となりましたが、各自の経験を活かし、時にはチームで助け合い、創意工夫もしながら歩いてきました。参加された皆さんと一緒に、今回のPRACTICEレポートをリレー形式で綴りましたので、ぜひご一読ください!

【1日目】親不知海岸(栂海新道起点)8:00 → 白鳥小屋 12:00 → 黄連の水場 15:30 → 栂海山荘 17:00(行動時間:約9時間)
【2日目】栂海山荘 4:40 → 犬ヶ岳4:50→サワガニ山 6:00 → 黒岩山 7:00 → 吹上のコル 10:00 → 朝日岳 11:00 → 雪倉岳 13:30 → 白馬岳 16:00 → 白馬岳頂上宿舎 16:30(行動時間:約12時間)
【3日目】白馬岳頂上宿舎 5:00 → 杓子岳6:00 → 白馬鑓ヶ岳6:30 → 白馬鑓温泉(はくばやりおんせん)分岐 7:00 → 白馬鑓温泉小屋 8:30 → 小日向のコル 10:30 → 猿倉山荘 12:00(行動時間:約7時間)
DAY1 親不知海岸〜白鳥小屋〜黄連の水場〜栂海山荘
書いた人:ギジ

ギジ:倅との焚き火がアウトドアの始まり。高島トレイルの最中に落とした浄水器を探すため荷物をデポしたところ、あまりの身体の軽さに感激し軽装志向に至る。焚き火の前でまったり過ごすのと、比較的長い距離と時間を歩き続けるのが好き。うっかりしていると荷物が増える。
「海抜0mから始まる北アルプス」。ロマンが最高級この上なしの内容に飛びついて、参加したHLC北陸PRACTICE。
事前の装備リスト作成は、気を抜くと重くなってしまう装備を見つめ直す良い機会で、ベースウェイトは4kgを切った。しかし食料3kgと水2Lは多い。HLCを終えて自宅へ戻って測ってみると、残った食料は2kgに近い。必要量と同時に摂取可能量も意識して用意すべきと思った次第。
さて、栂海新道は言ってみれば海岸が登山口。日本海の波に触れると、旅の始まりにワクワクし、気持ちが盛り上がってきた。今日の目的地は10時間も歩けばたどり着く。不安は常に70%を越える湿度で、風もあまりなく歩みを止めると汗が滲む。予想気温は高いので、汗冷えの不安がないのが幸いだ。

海抜0mの親不知海岸からスタート!
ひたすら皆で歩く。メンバーに刺激を受けて自分も負けられないと奮起する。その中でアンバサダー山本さんは終始メンバーに目を配っておられたので、心強かった。山本さんは歩く時はどんどん先へ進み、くつろぐ時はまったり茶を一服。歩くだけ(でも楽しいのですが)の私の2倍は楽しんでるよう。今後の参考にさせて頂きます。

見晴らしの良い場所で振り向けば、遥か遠くに日本海が広がり、暑さを忘れる。歩き始めた海抜0mから現在地までの距離と標高が誇らしい。さらに歩く。白鳥小屋で小休憩。屋根に登って遠くを眺めたり、ストレッチをしたりと各々が足を休める。
陽が西に傾く。照らされた日本海が黄金色に輝いて本当にきれい。皆と歓声をあげて眺める。歩いてきたからこそ得ることのできた、このご褒美に感謝。

幻想的な風景に歓声があがる
黄連の水場で水を補給。凍らせた水をパッキングして昨夜20時過ぎに家を出たけれど、氷はいまだ健在。冷たい水で喉を潤す。
17時過ぎに栂海山荘に到着。皆で健闘を労う。水平距離13km、累積標高2,000m越え。歩き応えある初日を終えた。北に広がる日本海、南にそびえる北アルプス。海と山を繋ぐ場に立っていることが嬉しい。
草木の生い茂る季節であるにも関わらず、藪漕ぎすることはなかった。登ったり下ったり地図読みしたり、歩くことだけを楽しむことができた。栂海新道を日々整備されている方々に頭が下がる。

陽が沈む前にそれぞれがシェルターを張り食事をとり始める。食べ終えるとマッサージなどして、すぐ眠りに就いた。集うことなし。みんな疲労回復を優先しているのだ。明日の行程は今日の倍くらいの距離。初めて高山で長距離を歩く。
DAY2 栂海山荘〜サワガニ山〜風吹のコル〜朝日岳〜白馬岳〜白馬岳頂上宿舎
書いた人:ケン

ケン:関東育ちの愛知暮らし。家で過ごすのが苦手で、フラフラ外遊びが好きな57歳。バイクツーリングで目的地を決めないで走り回っていたが、家族ができてからは、年2回ぐらいのキャンプやルアー釣りぐらいで過ごしていた。しかし家族旅行で訪れた木曽駒ヶ岳の登山者のカッコよさにやられ、山散歩を開始。UL界隈の方々とのふれあいの中で、山と人の関わりを感じられる散歩が楽しいことに気づいて、ただいま、散歩距離を伸ばし中。
今回のルートの栂海新道は、図書館で何とはなしに手に取った本で知った。日本山岳会の海外遠征が盛んな時期に、自分なら何が出来るか考えた小野健さんが、自分の住む町からアルプスの高みへ1本の道を通すことを夢見て『さわがに山岳会』を結成し、手弁当で仲間と開通させた道であると。 そのロマンを感じたいと漠然と思っていた。
そんな栂海新道がHLC北陸のPRACTICEとして登場。しかも親不知海岸からスタート! 自分にはまだ早いと悩んだが娘に話したら、「やってダメと思ったらやめればいいじゃん! 行ってきなよ」との声もあり、チャレンジを決めた。
移動距離が最も長く、今回のメインとなる2日目の朝。出発予定4時30分に向けて3時30分起床。栂海山荘前のキャンプ場は平らでフカフカの草があり、まるで天然の絨毯のようで快適に眠れた。一方で気温は10℃以上はあり、就寝着にLight Alpha Tights、Alpha Socks、寝袋にモンベルのダウンハガー#3とSOLエスケープライトヴィヴィでは少し暑すぎるぐらいだった。

夜明け前に出発
出発時間、みんな準備完了すると雨粒がパラパラ! 『さわがに山岳会』の旗に挨拶し出発。小野健碑にも無事をお願いして、犬ヶ岳頂上からサワガニ山までの細尾根を慎重に歩いていく。
雲間から朝日を迎えると、これから目指す朝日岳が尾根道の先にそびえており、アルプスらしくなってきた。谷間には雪が残り、朝日を浴びて輝いている。

花畑が広がるメルヘンの世界
適度なアップダウンがある尾根道を、青空と雪渓に迎えられて黒岩山までは快適なハイキング。メンバーのハルさんの黄色いTHREEが見えたり消えたりを追いかけて、黒岩平の高山の花々、池塘を見ながらゆっくりと進む。昨日の樹林帯地獄とはまるで違うメルヘンの世界が広がる。
照葉ノ池の大きな雪渓の、溶けたてキンキンの冷えた水を飲み、朝日岳登山道との合流点となる栂海新道の終点、吹上のコルに到着。まずは栂海新道を歩ききったことをみんなで喜ぶ…が、まだ今日のゴールまでは3分の1しか歩いていない。

吹上のコルでしっかり休憩してエネルギーをチャージ
「ここからがチャレンジ!」とばかりに、高級エナジージェルを投入。朝日岳までの急登を登りながら、「とにかく立ち止まらない、半歩ずつでいいから前に進む!」と自分に言い聞かせて、とにかく歩く、歩く。
先行のギジさん、陸さんの姿は霧の中。次のみんなとの合流は雪倉岳だが、霧で視界はほぼなし! 白い世界を歩く歩く! 時折見える雪倉岳までの長い長い急登! とにかく前へ前へ。
登り切ったところで陸さん、ギジさんの笑顔! 寒い強風のなか待っていただいていてくれたことに感謝!

白馬岳へ向かう道は強風により、山肌が時折姿を見せる状況だった。
17時前に白馬岳頂上宿舎に到着することが厳しい状況のため、ペースの早い陸さん、ギジさんよりも早く歩き始めたが、体が重くなかなか進まない。
ニュースで聞いた「疲労で歩行困難」のコメントが頭に浮かぶ。このまま動けなくなったら迷惑かける! 以前、白馬岳から下った蓮華温泉までの鉱山道ルートでエスケープすることが頭に浮かび、陸さんにそういう選択をするかもしれないことを告げる。
分岐で判断することにして、強風の中を歩く歩く! 白馬岳までのルートに人の姿なし。後ろのハルさんの姿も確認出来ない。心が折れそうになった時、霧が晴れて小蓮華から白馬岳までの稜線が目の前に! その美しさに元気をもらい、雪倉避難小屋、鉱山道分岐を通過後は覚悟を決め、とにかく半歩ずつ前へ前へ!

チングルマの向こうに太陽に輝く白馬岳の美しさといったら。やっとの思いで三国境に到着すると白馬岳まで1kmの看板が。何とか明るい時間にテン場に着けそうだ!
残り1座の登り、ときどき立ち止まりながらも白馬山頂に17時着。その後小屋まで下ると、霧の中に白馬岳頂上宿舎のシルエットが。テン場に着くと一番奥で、陸さん、ギジさんが手を振って迎えてくれた。
今回は自分の実力以上のものを引っ張ってもらって、何とか歩くことができた。少し自分の限界を超えられたような気がする。
選定したギアのうち、使わなかったものはUL Mittensのみで、翌日の白馬三山の強風下でも今回の装備で対応することができた。ただし行動食は1.5kg程準備したが、約半分が残ったので次回への課題とする。
DAY3 白馬岳頂上宿舎〜白馬鑓温泉小屋 〜小日向のコル〜猿倉山荘
書いた人:ハル

ハル:兵庫県出身の50代。20代の頃、ワーホリでオーストラリアのタスマニア滞在時と、アジアをバックパッカー中にトレッキングにハマるが、帰国後20年は山歩きから離れた生活を送る。六甲全山縦走をきっかけにロングトレイルに興味を持ち、コロナ禍からテント泊を始める。現在、軽量化に移行しようと苦戦中。
白馬岳頂上宿舎のキャンプ場は稜線上にあり、台風が近づいている影響で風も強かった。夜中の間ずっと吹き続けた風の風速は平均で10m/sほど、突風時は20m/sだったとか。
夜明け前の4時ごろ、ペグが飛んでテントが飛びそうになるほどの強風に見舞われ、強制的にテントを撤収。昨日は強風で小屋に停滞していたハイカーも少なくないらしい。無事、時間内に山を下りることができるだろうか?
撤収を終えメンバーたちと緊急でミーティングを行う。別ルートからロープウェイで下りようかとも検討したが、強風でロープウェイが運休すると、結局歩いて下りなければならないため、元のプラン通り白馬鑓温泉経由で猿倉に下山をすることになった。

白馬岳頂上宿舎のキャンプ場
ガスの中、スタートまもなくして夜が明ける。本当に少しの間だけ見えた朝日に力をもらって気力をチャージ。
杓子岳から白馬鑓ヶ岳にかけては、ガスで2m先も見えないなか、横殴りの風に身体を持っていかれないよう踏ん張りながら歩く。自分より大きなリュックだと風の影響を受けやすいが、コンパクトなUL装備だとそうはならないので、本当にありがたい。そして風に舞うサコッシュにイラつきながら、山を下りたら絶対にウエストポーチを買おうと決めた。

森林限界を下り、樹林帯に入る頃には風が止んで晴れ間に変わった。人とは単純なもので、天気が良いと足取りも軽く、トレランをしているメンバーはサーっと先に下りていく。にわか仕込みのランでは怪我が怖い私は、小走りで追いかける。途中に鎖場があったが、ポールを仕舞えば問題なく下りることができた。
白馬鑓温泉小屋は売店も充実し、温泉もあって魅力的だけど、翌日に仕事を控えている身としてはゴールの猿倉まで一気に歩く、歩く。

絶景も堪能できる白馬鑓温泉。次は入りたい。
雪渓や高山のお花畑に目を奪われたり、すれ違うハイカーの方との会話を楽しんだりと、ときどき歩みを止めながらも正午に猿倉へゴール!
全員が無事下山し、厳しい山行となった今回のPRACTICEを達成できた喜びを分かち合った。
猿倉から白馬駅までタクシーで移動して3日間の振り返り。恒例の計測タイムでは私のバックパックは5kgを超えていた。バックパックをMINIからTHREEにした時に「これくらいは良いよね」と放り込んだ小物たちがあったような。
その分、軽くするつもりでボトルホルダーやウエストポーチなどのギアアクセサリーを付けずに歩いた結果、うまくエネルギー補給ができずに2日目にハンガーノックを起こしてしまった。すぐ補給するために、ボトルホルダーが必要なのかー。ウエストポーチが役立つのかー。PRACTICEでないと見えなかった課題が、またひとつクリアになりました
最後に、いまだにULハイカーになりきれない私を、穏やかにサポートしてくれた陸さんや、メンバーのギジさんとケンさんのおかげで、大変な箇所でも和気あいあいとした雰囲気で歩き終えることができました。ありがとうございました!

無事に全員でゴール!
おわりに
山本陸(HLC北陸アンバサダー)
海抜0mの親不知海岸から2,932mの白馬岳へ、50km弱を2泊3日で歩く。先人の開拓者のロマンを感じられるルートですが、軽量化を進めて挑んだ今回でも、歩き切るには長く厳しい道のりでした。
特に2日目は、通常のハイキングの2日分の行程である30km弱を1日で歩き切りました。これはULを実践し、軽量化を進めてきた参加者のこれまでのULハイキング経験と、励ましあいサポートしあいながら進んだチームの力、強風や暑さなどの気象条件に柔軟に対応するための実地での判断、それらの賜物だったのではないでしょうか。みなさんにも大きな自信がついたのではないかと思います。
チームでのハイキングではありますが、各自がのびのびと自分のペースで心地よく歩けるようにサポートしました。チームで歩く時間もあれば、それぞれのペースで黙々と距離をとりながら足を進める時間も多く、要所要所で立ち止まり話あいながらしっかり休みもとる。離れて歩いていても目的地は同じ。そんな仲間を意識しあいながら歩けたのも良かったです。
念願の北アルプスのプログラムはとても充実したものとなりました。来年も北アルプスでのPRACTICEを計画できればと、早速いろんなルートを思い描いてワクワクしています。これを読んでいるあなたと、一緒に歩ける日を楽しみにしています!