重い女が軽くなる。
26歳UL入門記#4
意地でも山に登るんだ!

2021.11.09

この春(2021年)から加わった山と道の新人の中で、面接時に提出したテキストとイラストの魅力を買われて採用されたのが本稿の主役の26歳女子、寒川奏でした。

ともあれ、山と道が標榜するウルトラライト(UL)ハイキングはおろか、アウトドアもまだ素人同然の寒川。ならば、そんな彼女がULハイキングに入門していく様を研修がわりに記事化していけば、新人教育と原稿作成が同時に行えるではないか! と閃きました。

そんなわけで、#4となる今回では、日本の山岳でも主役中の主役といえる北アルプスに意気揚々と向かった寒川。が、猛烈な雨にあえなく撤退。頂上への渇望をたぎらせた彼女は、「どこでもいいから頂上踏ませろ!」と、日本の山岳の「頂上中の頂上」である富士山へと向かいます。

眠い目を擦りながら、雲上の頂を目指した彼女の見たものとは? 今回もファニーなイラストにおまけマンガまで付いたサービス精神満点な内容でお届けです!

イラスト/文:寒川奏
写真:寒川奏、ニール・ククルカ

山と道新人スタッフの寒川奏(さんがわかなで)です。皆様よろしくお願いいたします。

私はイラストを描いたり、鎌倉の某ワインバーでワインを注いだり、こうしてときどき文章を書いたり、なんなら山と道研究所SHOPに立っていたり、色々やっている26歳の女です。

知識経験のないベイビーハイカーな私のウルトラライト(UL)入門記。 頂上を踏みたい執念で登山した結果過去と向き合うことになった今回のJOURNAL、駄文ではありますが、ぜひ最後まで温かい目と心で読んでやってください。

地球には抗えない! BUT STAY HUNGRY!

今回は日本のサマートレイル代表のひとつ、北アルプスへ挑む。前回、クルマ移動で山に挑んだため、荷物を持っていき過ぎたという反省を活かし、公共交通機関で行くことにした。

彼と渋谷で待ち合わせをし、夜行バスで上高地へ。天気予報どおりやはり雨が降っていたが、「とりあえず」行ってみようということになった。だが判断時に「とりあえず」はとても便利で、間違いも引き起こしやすいリスキーな言葉であるとこの後思い知る。

今回の装備。食べ物を欲張ってしまった印象。

「とりあえず」横尾野営場まで行ってみる。どえらい雨だ、母が自信満々に貸してくれたウォータープルーフの登山靴の中はもうプールになっている。キャンプ泊か山小屋泊かの話し合いののち、「とりあえず」野営場でキャンプすることに。しかし時間が経つにつれ、あたりは野営場だか池だかわからなくなってきた。「とりあえず」テントの中に籠り、持ってきた山ごはんの食べ比べをすることにした。

肉とお酒と甘いものが好みの私による独断と偏見レポなので参考にはしないでください。

無理は禁物。自分だけの命じゃないしね。

お腹いっぱいになって、やることもないので「とりあえず」寝る。雨風はひどくなる一方。地盤が緩まり、3回ペグが抜けた。その度に彼がなおしに外に出てくれる。その間私は夢なのか現実なのかよくわからず「とりあえず」寝ていた。

翌朝、風はマシになっていたが雨は未だ弱まっていない。昨夜はあまりの風で木が倒れたらしい。もう「とりあえず」と言ってられない、引き返そう。

こうして私たちは北アルプスを断念、リベンジを誓った。命の危険を感じるときに引き返すのは恥ずかしいことじゃない。自分のためにも愛する人たちのためにも身の安全を第一に考えよう。

帰り道。足の踏み場があまりなかった。

頂上プリーズ!

しかしすっきりしない。悔しい。どこでもいいから頂上踏ませてくれよ! 上高地から帰ってきて、3日後にまたどこか山に行くために予定を空けてあったため、自宅から1泊2日ほどで行けそうな山を考え「富士山」が浮かんだ。小学生の時、泣きながら登って以来になる。私の彼も行ったことがないと言うし、「富士山」で頂上欲を満たすことにした。もう必死なんだ私は。

ルートと装備。ほぼ水しか持っていません。

富士5合目須走登山口より深夜12時半スタート。樹林帯の道、ヘッドライトで照らせる範囲はそう広くなく、足が取られる。酸素が薄く朦朧としてきて、序盤から割と必死。駐車場で検温後にもらった「体調良好、検温済み」のネオンタグがヘッドライトに反射してチラチラする。見上げると満点の星空で夜中にスタートして良かったと思った。人っ子ひとりいない登山道、富士山に自分たちしかいないみたいだ。

真っ暗な登山道。開放感と酸素の薄さが同時にやってきて少し焦る。

6合目を超えたあたりから樹林が減り、吹きさらしの山肌になってきた。風がとても強く、ウェアが「バタバタバタバタッッ」と音を立てる。風にもたれかかりながら進む。02:00頃、7合目に到着。眠気が襲ってくる。ほぼ無意識で、風除けになる壁の横に座り眠りそうになった。彼に起こされ、また進む。後で聞いたら彼も少し寝ていたらしい。なんて危ないふたりなんだ。

風をよけて座りそのまま寝る。

歩いているうちに気づいたことがある。富士山の各合目手前には「キッツ…まだつかないの…?」くらいの少し目に涙が滲み始めるあたりで、『〜合目まであと200m』の標識があり、「え! あとたったの200mか!」なんて思うがこれがなかなか遠い、着かない。この標識が50m手前とかだったらまた体感時間は違っただろう。「なんだ余裕じゃん」と頭で思った時点で体から少し力が抜けてより疲れる。共感してくれる人もいるはず。「富士山の標識見直し委員会」とかが発足する日があればぜひもう少し近く、せめて100m手前ぐらいに標識を立てて欲しいと思う。

暗い方がいいかも?

きついきついと登っていたら背後が明るくなってきた。太陽だ! ちょうど8合目に到着し、しばし休憩しつつ日の出を楽しむ。強風にさらされて冷えていた顔が朝日でじんわりと暖かくなり心地いい。同時に暗闇であまり見えていなかった寝不足によりパンパンにむくんだ顔が明るみになっていく。温度変化からか鼻水も止まらない。ああ、お願い今は写真を撮らないで。

パンッパンにむくみながらキウイを皮ごと食べる私とそれを照らし始めた朝日。

とても美しい日の出にだいぶ満足した私は「正直もうここで終わりでいいのでは? ほぼ頂上みたいなもんだ!」と思っていたが彼はさらにやる気が出たように見える。どうしてなの。行くしかないじゃない。

眠気と疲労で重い体をもう一度持ち上げ、歩き始める。植物がないため、9合目や頂上が見えているが、先ほどのあと200mの標識もないしまだまだ遠いことを感じ取れる。呼吸に意識を向けながら歩く。「3歩進んでは、一旦止まって深い呼吸のリズム」でどうにかこうにか登頂。

日本に生まれてよかった〜!

ヒィヒィです。

小学生の時は、頂上に着いた途端号泣したらしい。確かに登りたくない山によくわからないまま連れて行かれて、それが日本で一番高い山で、とにかく登りだけで辛かったら、泣くだろう。今回は来たくて来て、楽しんだ。前回とはだいぶ違う。それにしてもめんどくさがりの肥満児だった当時の私、こんなきつい山登れたなんてすごいじゃん。自分をまた見直して褒めれる機会になった。

頂上はとんでもない強風、とても長くいたい状況でもなかったので20分くらいの滞在で下山スタート。時刻は08:00ころだった。

単調な下山道、火山灰の砂利の音が寝不足の私たちには子守唄のようで眠気を誘ってくる。少し休もうと下山道から少しそれた場所に倒れ込んで仮眠。エンジン音が聞こえてきて目が覚める。顔を上げたら運搬車に轢かれそうになっていた。飛び起きてまた下山。そうやって休み休み下山し、11:00ころ最初の須走登山口に到着。お疲れ様ー!

砂だらけになるけど駆け降りるの楽しい〜!

過去を見つめる

なんという達成感。以前号泣させられた因縁も、雨で断念した上高地の無念も吹っ飛んだ。何かをやり切るのはとてもいい。この達成感を手軽に味わうために装備を軽くする。そう思うとULの意味も見えてくる。

ULのユの字も頭にない小学生の時、富士登山で私はほぼなにも持たずに挑んだ。大した重さもない荷物でさえ背負えず両親に預けて辛いと泣いていた。そんなSUL(スーパーウルトラライト)の状態でやっとの思いで登ったのだ。今回見かけた人たちはもっともっと重そうな装備だった。やせっぽちの男の子が分厚いコットンのとても大きなバックパックをお尻まで下げて背負っていた。雨に濡れたらそれはそれは重いだろう。自分の体が隠れてしまうくらい大きなパックパックをパンパンで持っている人もいた。すごい、みんななにを持っているの? ULになりたいと装備を考えれば考えるほど、他の人のバックパックの中身が気になる。なんだか次のステップに上がりつつあるのでは? 楽しくなってまいりました! (私が)。

次回も乞うご期待!

実は下山時に携帯電話をなくしてドラマチックだったのですが、長くなるので漫画にまとめました。よろしければお読みください。あの時、探してくださった富士市の皆様、ありがとうございます。愛しております。

      寒川奏
      寒川奏
      1994年生まれ。デンマークでデザインを学び、ノルウェーに1年間在住。現在は鎌倉でイラストを描いたり、ワインバーにいたりする。食べることとお酒が大好き。目標は今を精一杯生きること。イラストのお仕事大募集中。インスタグラムアカウント @kanadesangawa_doodle
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