山と道スタッフ黒澤の
はじめての海外ハイキング in JMT 【#1】

INTRODUCTION

いつか行きたいJMT。
でもなかなか行けないJMT。

カリフォルニア州シェラネヴァダ山脈に340km渡って伸びるジョン・ミューア・トレイル(JMT)は、ハイカーの聖地であり、トレイルのなかのトレイルです。そんなJMTを山と道スタッフであり、自身もRidge Mountain Gearとして活動する黒澤雄介が、2016年に山と道夏目夫妻に第一子が誕生して会社が一ヶ月休業したことを機に、夫婦で歩いてきました。

ですが、はじめての海外でのハイキング!
おまけに全長340kmのロングディスタンストレイル!

おっかなびっくりドキドキの夫婦は数多の峠と夫婦喧嘩を乗り越え、無事歩ききることができるのか? 

等身大のJMTハイキングルポにどうぞお付き合いください。

【1】パーミットの所得

以前からうっすらと、「はじめて海外をロングハイキングするのならばJMT(ジョン・ミューア・トレイル)がよいだろう」と思っていた。実際に歩くきっかけとなったのは2016年の6月頃、「9月に会社を1ヵ月お休みにするからどこか海外でも歩いてきなよ」と、突然、山と道の社長の夏目に言われたこと。今までうっすらと思っていたことが急に現実味を帯び始め、僕はすぐにJMTを歩こうと決めた。

そこからJMTを歩くためにいろいろ調べ始めた。とくにいちばん厄介だったのは、皆が苦労していたパーミットの取得だった。希望のスタート日とトレイルヘッド(スタート地点)と1日目のキャンプサイトを選び、それに加えて1日に通過できるハイカーを人数制限している「ドナヒュー・パス」という峠を何日に通過したいかも申告しなくてはならない(たしか1日45人限定だったと思う)。

以上の諸々を記入した書類をファックスで送ると、返事はEメールで日本時間の早朝に送られてきた。希望が通らなかった場合は再申請が必要になり、再申請は同じように書類に記入してFAXを送らなければならないのだけれど、僕らは希望日を変え4〜5回ファックスを送ったけれどどれも駄目で、毎朝4時頃Eメールで返ってくる返事を見てはため息をついていた。

「これはもうドナヒュー・パスを通過せずにJMT外のトレイルヘッドからスタートするしかない」と決め、再度申請。それでも書類に不備があったらしく、許可が下りないと返事のEメール。もういてもたってもいられず明け方にFAX送信先のウィルダネスセンターに国際電話をして苦手な英語で希望のルートと希望の日にちを伝えて何とか手配することができた。パーミットが取得できるまでの精神的なストレスは大きなもので、今でもよくあの夏の朝を思い出す。

さて、そんなこんなでようやく歩けることとなったJMTについて、少し解説しておこうと思います。

本来、JMTをスルーハイクするとなればヨセミテ国立公園内のハッピーアイルというトレイルヘッドからゴールの米国本土最高峰のMt.ホイットニー(4,418m)まで南下するルートが一般的で、距離にして340km。よく例えられるのが東京から名古屋くらいの距離だ。

しかし、先に説明した通りハッピーアイルからスタートしてドナヒュー・パスを通過するパーミットが取得出来なかったので、僕らはいちばん人気がなく取得しやすかったモノパスという場所をトレイルヘッドに選んだ。人気のないトレイルヘッドだけに情報も少なく、ナショナルジオグラフィック社製のJMTのマップにもギリギリ載っているくらいで、実際に歩き始めてもJMTのメインルートに合流するまでの2日間はほとんど人に会わなかった。

【2】JMTの装備と役立ったもの

最初に、JMTを歩くための装備に関しても少し話しておこうと思います。僕たちが歩いた9月は秋に入るシーズンだったけれど、日中は30度近く気温が上昇することもあり、普段、日本の夏の北アルプスを歩く装備を中心に構成していった。

JMTでとくに役立ったアイテム

【3】はじめてのアメリカ

パーミットが取れると一気に気持ちが楽になり、準備も捗った。実際にJMTに行った人のブログなどを読んだり、実際にJMTを歩いた友人に話を聞いたりして情報集めた。もちろんJMTを2度歩いている夏目にも何度か相談をした。何はともあれ無事準備も終了し、JMTに向けて出発した。

サンフランシスコ国際空港から1日目のホテルがある場所まで移動した電車の中からの写真。時間は19時を過ぎていたと思うのだけれど外はまだ明るかった。僕はアメリカに行くこと自体が初めての経験でとても高揚していた。

ホテルにチェックインするともうすっかり夜で、近くを少し散歩して繁盛しているダイナーに入り夕飯にした。食事の量は想像通り多かった。ハイネケンを1本飲んだらどっと疲れが出たのでホテルに戻って就寝した。

サンフランシスコ到着2日目。その日はこれから始まる旅の食料と足りない道具を調達する日にしていた。20thセンチュリーカフェという店で朝食にした。店内がとても可愛いインテリアに埋め尽くされ、店員は全て女性。皆びっしりとタトゥーが入っていたのが印象的だった。僕はエッグトーストとコーヒーを注文してすこしゆっくりした。

その後REIというアウトドアショップに行き飛行機に持ち込めなかったガス缶を購入した。その他にも日本で食べたことがなかったアメリカ製のフリーズドライ食品等を買い込んだ。

サンフランシスコにはオーガニック食材を取り扱うスーパーが幾つかあった。ハイキング中に食べる為にフレッシュフルーツを幾つか購入し、その後ひとまずホテルに戻り翌日からの旅に備えてパッキングをし直した。

まだお昼を少し過ぎたくらいだったので、サンフランシスコの街を観光することにした。お決まりの路面電車に乗ったり有名な港町へ出掛けてみたり。夕飯はミッション地区にあるパピートヘイズというオーガニック食材を使ったメキシコ料理屋でご飯を食べた。美味しいIPAビールも飲めてとても満足だった。

歩いてホテルに戻る途中に偶然ミッケラバー・サンフランシスコの前を通った。ミッケラーは日本でほんの数回しか飲んだことがなかったので記念に入ってみることにした。翌朝は早朝のバスに乗り出発しなければならなかったのだけれど、とても美味しいビールばかり。結局ここでも数杯飲んでしまい、ふらふらと歩いてホテルまで帰った。

【4】ヨセミテ・バレーへ

サンフランシスコに到着してから3日目。ヨセミテバレーへと出発する。サンフランシスコからヨセミテバレーへの行き方は色々な人のブログを漁ったりもしたけれど、グーグルマップで検索すると簡単に行き方が出てきた。

サンフランシスコ市街のテンポラリートランスベイターミナル(バスのターミナル)から路線バスでエメリービル駅へ、そこからアムトラックという列車に乗る。僕らがエメリービル駅に到着した午前7時にはまだ券売所が閉まっており、開くまで少し待った。ヨセミテバレー行きのバスが出ているマーセード駅までのチケットを購入し、ついでに駅の売店で朝食用のパイと茹で玉子とスナック菓子を購入した。

時間近くになりホームへ出る。日本のホームのように乗り場の案内がない。どこら辺で待っていれば良いのだろう…。そのうちに列車が到着して、現地の人達も右往左往している。皆、乗り馴れていない様子だった。遠くの車両から車掌さんが出てきて「こっちだよ、早く!!」と手招きをするので、皆で走って列車に乗り込んだ。

Amtrakの中はとても快適だった。この日は平日だったせいか車内はとても空いていた。列車内はWi-Fi環境も整っているし充電もできる。アメリカの広大な景色を眺めながら3時間ほど列車に揺られた。

マーセード駅に到着して列車から降りると、とても暑く安心した。JMTの9月の気温はきちんと調べて装備調節をしてきたものの、サンフランシスコは思ったよりも寒く、まだ9月だというのに夜はダウンジャケットが必要なくらい冷えた。この気温のままだと僕たちがもってきていた装備では不安だったのだ。でもマーセード駅に到着してその暑さにとても安心したのを今でもはっきりと憶えている。

マーセード駅から目的地のヨセミテバレーまではバスに乗り換え2時間半、サンフランシコから6時間以上かかって、やっとヨセミテバレーへ到着した。

パーミットを受け取りは本来ならばウィルダネスセンターへ行かなければならないのだけれど、間違えてビジターセンターへ行ってしまった。ビジターセンターで僕等のつたない英語で「パーミットを受け取りたい」と説明するも全く通じず係の人も困り顔。途中親切なおじいちゃんハイカーが乱入して来て高山病の恐ろしさをレクチャーし始めた。ありがたいけれど今の僕たちはそんな場合じゃない。15分ほど話してビジターセンターとウィルダネスセンターが違うということに気付く….

その後、無事ウィルダネスセンタへ。一通り説明を受け、予約していたパーミットを受け取った。

念願のパーミット。これは今でも額装して大切に部屋に飾っている。それだけこれを受け取る迄に色々苦労した…

さて、本来JMTをスルーハイクする場合、ヨセミテバレー近くのハッピーアイルというトレイルヘッドからスタートするのだけれど、先にも書いたけれど僕たちはそのハッピーアイルからスタートのパーミットが取れなかった。パーミットも当日枠もあり、出発の日の朝早くから並んで取るという選択肢もあるのだけれど、それも面倒臭くてやめた。僕たちは簡単にパーミットが取れるモノ・パスというトレイルヘッドからスタートすることに決めた。そこからを歩いた記事も見かけたことがないので面白そうだし、とにかくパーミットが簡単に取れるというのが決め手だった。

この日のテント場はトゥオルミー・メドウという場所。そこまではまたバスで移動する。17:00の最終バスに、沢山のハイカーが乗り込んだ。チュオラム・メドーまで2時間弱、ヨセミテ国立公園内の景色はとても素晴らしかった。

19時、トゥオルミー・メドウに到着した。まだまだ全然明るい。写真に写っているストアでこの日の食料を購入してすぐ裏のキャンプグラウンドへ。

トゥオルミー・メドウのキャンプグランド。とてもフラットでふかふかの好立地だった。ストアで買ってきたサンドイッチとソーセージとバドワイザーで夕食にした。現地のハイカーが近寄り話しかけてくれる。

「どこから来たの?夜になったら一緒に焚き火に行こうよ」

翌日からはいよいよハイキングがスタートする。この夜は興奮してほとんど眠れなかった。

【#2に続く】

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  • 黒澤雄介

    黒澤雄介

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    山と道の唯一の平社員。生産管理担当。中学、高校時代はスケートボードと服作りに夢中で過ごし、専門学校に進み服飾デザインを学ぶ。卒業後にアパレル会社に就職。企画、パターンナー、生産管理職を経験しつつ、この時期、山に出会う。その後、荒波に揉まれ、アパレル業界を去る決意をし、山と道アルバイトを経て2016年入社。2016年9月には妻とアメリカのジョン・ミューア・トレイルのハイキングを経験。写真を撮りながら山を歩いたり、山道具の自作が好き。Ridge Mountain Gearとしてコテージインダストリー活動も行っている。

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