山と道スタッフ黒澤の
はじめての海外ハイキング in JMT 【#2】

INTRODUCTION

いつか行きたいJMT。
でもなかなか行けないJMT。

カリフォルニア州シェラネヴァダ山脈に340km渡って伸びるジョン・ミューア・トレイル(JMT)は、ハイカーの聖地であり、トレイルのなかのトレイルです。そんなJMTを山と道スタッフであり、自身もRidge Mountain Gearとして活動する黒澤雄介が、2016年に夫婦で歩いた記録、その第2回目です。

おっかなびっくりドキドキの夫婦は数多の峠と夫婦喧嘩を乗り越え、無事歩ききることができるのか?

等身大のJMTハイキングルポにどうぞお付き合いください。

【#1はこちら】

【5】不安な幕開け

9月5日(JMT1日目)

ストアに併設しているカフェのオープンが8時からだったこともあり、朝はわりとゆっくりめに目を覚ました。ストアにはオープン直前には行列ができた。

僕はベーコンエッグマフィンとホットコーヒーを注文した。朝食を済ませてからバスに乗り、スタート地点のモノ・パス・トレイルヘッドまで移動した。

さていよいよスタート。前回も書いたけれど、この日のルートはJMTではない。予定では2日目にJMTへ合流する。

歩き始めはアメリカの国立公園の壮大な景色に目を奪われた。今までこんなに広い場所を歩いたことはなかった。絵に描いたような一本道がずっと先まで続いていた。

スタートから3時間ほどでパーカー・パスという峠を通過する。看板がひとつ立っているだけ。ここから先はヨセミテ国立公園外になる。

徐々に道が荒れて登りがきつくなる。普段この場所を歩くハイカーも少ないのだろう。途中、トレイルがはっきりしていなく、何度か迷ってしまった。登りもきつくなり、ひたすらスイッチバックを繰り返す。緑はなくなり砂と石だけになる。

前日、前々日と興奮のためほとんど眠れなかったせいか、この登りで一気に力尽きてしまった。対照的に前日、前々日とぐっすり眠った妻はスイスイと登っていき、差がどんどん開いていく。途中でひとりうなだれていると、前方からやってきたランナーが励ましてくれた。

この日の行動時間をあと1時間半ほど残してアルガー・レイクの湖畔で一休みしてるとき、立ち上がれないくらいの猛烈な頭痛に襲われた。こんな頭痛は今までのハイキングでは体験したことがなく、きっと高山病になってしまったのだと思う。立ち上がることもできなくなり、赤ちゃんのハイハイのように這いつくばって平らな場所まで移動し、湖畔でテント泊することにした。

妻に手伝ってもらい、何とかテントを設営して暖かい衣類に着替え、シュラフに潜り込んだ。1時間くらいウトウト。少し頭痛が治まったので、外へ出ると遠くの空が夕暮れに真っ赤に燃えていた。頭痛のせいで食欲はなく、お湯だけ飲んで寝ることにした。まだスタートしたばかりだというのに、1日目から不安な幕開けとなってしまった。

【6】最初の夫婦喧嘩

9月6日(JMT2日目)

昨夜の頭痛はまだ少し残っていたものの、歩いているうちに体調は徐々に回復していった。

トレイルに拳2個ぶんくらいの大きさの糞をたくさん見かたので、声を出したり歌いながら歩いた。なぜなら、僕らはそれをずっと熊の糞だと思い込んでいたのだ。後からわかったことだけれど、熊の糞ではなく馬の糞だった。

湿度はとても低くカラッとしているものの昼間は30°Cを超える。途中の川で水を浴びてリフレッシュする。

2日目のキャンプサイトのガーネット・レイクの湖畔。ここはもうJMTに合流していて、JMTでの初めての夜を過ごした。

JMTの水辺は蚊が多いという話は聞いていたけれど、1匹も飛んでおらず、9月ともなるとまったく気にしなくてよさそうだった。 夕食を済ませ、のんびりと景色を眺めながらホットラムを飲んだ。

9月7日(JMT3日目)

朝、キャンプサイトのガーネット・レイク奥のMt.バナーに朝日が当たる。スタートからここまで歩いてきたルートでも度々あったのだけれど、景色がダイナミック過ぎて、自分が本当にこの場所に居るのかよくわからなくなるような、不思議な感覚になる。荘厳な景色をしばらく眺めながらホットコーヒーを飲んだ。

お昼頃に到着したロザリー・レイクで行動食を食べ水浴びをした。水がとても冷たく澄んでいたので、浄水して粉末の抹茶でアイスグリーンティーを飲んだ。トレイル上にはこのように沢山の湖があり、そのどれもが美しかった。

この日、JMTで最初の夫婦喧嘩をした。1.5Lほど水が入ったプラティパスの水筒 をバックパックの脇ポケットに入れて歩いていたはずなのに、気づいたらなくなっていたのだ。注意不足を指摘されて僕は逆ギレ。それに怒った妻は残り1リットルの水と地図をもったままそそくさと先に走って行ってしまった。追いかけるのもしゃくなので、その場に座り込んでしばらく間隔をあけて歩こうと思ったけれど、道を逸れたときのことを想像すると怖くなり、必死で走って追いかけた。

3日目のゴールはハイカーが多く集まるレッズ・メドウという場所で、久しぶりに沢山の人に出会った。ストアやカフェやシャワーやランドリーがあるまるで楽園のような場所で、ストアに沢山の種類の(20種類以上はあっただろう)クラフトビールが売られていることにも驚いた。日本の山小屋ではスーパードライか一番搾りくらいしか見かけないけれど…。

日本では高くてなかなか手が出せないでいたセイント・アーチャーの1パイントを買い、一気に飲み干した。続いてもう1本飲み、決めた。明日はここでだらだらして1日中ビールを飲もうと。

レッズ・メドウのキャンプサイトはひとつの区画にベンチとテーブルと焚き火台があり、トイレはとても綺麗だった。ストアでビールを買い込み、焚き火をしてだらだらと過ごした。

【7】楽園のような場所

9月8日(JMT4日目)

この日は丸1日休息日。朝日が出て、あたりが暖かくなってから外に出た。

敷地内にいる馬と戯れる。

昼にシャワーを浴びた。4日ぶりのシャワーはとても気持ちよく、併設してあるランドリーで汚れた衣類を洗濯した。

午前中でやることを済ませ、昼食はストア隣のカフェで食べた。トマトとチーズのサンドイッチにコールスローの付け合わせ。それにホットコーヒー。山の中でのフレッシュな野菜はとても美味しいし、貴重だ。

午後はストアで色々な種類のビールを買って飲んだり、昼寝をしたりして過ごした。

ここで休んでいるほかのハイカーもビールを飲みながらダラダラと過ごしている。まるで楽園のようだった。

ここを訪れるハイカー達のスタイルを見るのもとても楽しかった。多く見かけるのはやはりアメリカ人で、ゴッサマーギアやHMGのバックパックが多かった。

レイウェイの自作バックパックを背負った女の子がかなりキュートだったけど、恥ずかしくて声を掛けられなかったのが心残り。数人のハイカーが話しかけてくれて、僕のつたない英語にも親切に対応してくれた。夕食ももちろんこのカフェを利用した。

9月9日(JMT5日目)

前日に丸一日だらだら休んだおかげで、この日は予定していたキャンプサイトより少し先のキャンプサイトまで歩けた。

この日のキャンプサイトはヴァージニア・レイク。午後16時頃に到着したけれど、まだ陽射しは強く、衣類や靴を干すことがで きた。ここも素敵な湖で、周辺に住んでいるリスが木の実を食べたり湖の水を飲んだりしていたのを眺めてのんびりと過ごした。

湖で水浴び。直射日光の元ではヒリヒリとするくらい暑いのだけれど水温は冷たく、泳ぐのはちょっと躊躇するほど。

と、思っていると他のハイカーたちは躊躇せず飛び込んでいて、欧米人の皮膚感覚はやはり日本人とは違うと思った。

僕らが夕食を済ませてのんびりしていると、大きなザックを担いだおばあちゃんがやって来て、「そばに張ってもいいかしら?」と声を掛けてくれた。可愛い格好のおばあちゃんで、僕らのテントやザックに興味津々で、話を聞くと、42日間掛けてひとりでJMTを旅しているのだという。「あなたは何故JMTを歩いているの?」と質問されたけど、僕はうまく答えることができなかった。

21時頃。半月だけれど明るい。風もなく静かな夜で、外へ出てもそれほど寒くなかった。近くに張っていたおばあちゃんのテントの中から大きなイビキが聞こえていた。しばらく撮影していると後ろの方でガサガサと音が聞こえたので、慌ててテントの中へ入った。

【8】歩いて、食べて、寝て

9月10日(JMT6日目)

この日からいくつかの峠越えが続いた。お昼休憩をしたシルバー・パスは今まで歩いてきたなかで一番の眺めだっだ。日中の直射日光の元ではジリジリと肌が焼けるようだけど、湿気が少ないので汗はそれほどかかず、不快ではない。僕は鼻の頭の皮が剥けてきた。

この日のキャンプサイトは初の渓流沿いだった。テントを設営し終わると同時にJMTに来て初めての雨が降ったけど、30分ほどの通り雨だった。

毎晩の楽しみといえば夕食後のホットラムとコーヒーで、なくならないように大切に飲んでいた。

テント設営後に脇に流れている渓流でアイシングをする。毎日、湖や川でやっていたけれど、これをやると次の日がだいぶ楽になる。足がとても黒く汚い。洗っても直ぐに汚くなってしまう。

左人差し指の爪がすぐに血豆になるのはいつものことだ。JMTを歩き始めて2日目には血豆になっていたのでテーピングをしているけれど、今のところ歩きに支障はない。

9月11日(JMT7日目)

この日は歩き始めの2時間ほどは晴天だったけれど、あっという間に空が真っ黒な雲に覆われ、かと思うと僕らの少し後ろからゴロゴロと雷が鳴り始めた。雷の音はみるみるうちに僕らに近づき、森の中を歩いていても怖かったので、高い場所にいたらさぞ恐ろしかったに違いない。

雷が過ぎるとパラパラと雹まじりの雨が降ってきたので、 傘をさしながら標高を上げていく。 上から降りてくるハイカーはずぶ濡れだった。気温がどんどん下がり、ポールを摑む手がかじかんだ。温度計を見たら10°Cを下まわっていた。

1時間ほど傘をさしながら標高を上げた。マリー・レイクまで来ると雨はすっかりやみ、青空が見えて一安心。日が出ると気温と共に僕らの気分も上昇した。

この日のキャンプサイトはサリーキーズ・レイク湖畔の森の中で、標高が高いぶん気温も低かった。

歩き始めてこの日で7日経ったけれど、2人ともとくに体調の不調はなく、元気に歩くことができている。ただ、食料が少なくなってきたので毎日切り詰めているし、毎晩の楽しみのラム酒も少なくってきて、少し気が落ちてきていた。

翌日は早朝からコヨーテの群れが遠くで吠えている声で目が覚めた。

【9】ハイカーズ・ボックス

9月11日(JMT8日目)

朝、トレイルの先からドスドスと大きな音が聞こえてきたかと思うと、荷物をたくさん背負った馬が数頭通り抜けて行った。日本では見ることのない光景なので、一瞬ビックリした。ここでは馬が各ポイントに食料や物資を運んでいるのだろうか…。

お昼前にJMTの中間地点にあたるミューア・トレイル・ランチに到着した。小さなストアがあるが食料は売っておらず、手に入るのはガス缶やエイドキットくらい。宿泊できるロッジがあり、ロッジを利用する人向けの温泉や、夕方からオープンする食堂などもある。

ここにあらかじめ食料など荷物を送っておくことで補給もできるし、ハイカーたちが後の人のために残った食料や燃料などを置いていく「ハイカーズボックス」というものもある。

僕らは4日前に訪れたレッズ・メドウでゴールまでの食料を補給していたけれど、 最低限だったので、ゴールまで食料が持つか、少し不安があった。なので、ここの「ハイカーズ・ボックス」はかなり当てにしていたのだ。

僕らが到着したときにはまだまだたくさんの食料が置いてあったので、いくつかの行動食やドライフードを手に入れることができた。ここでもし食料が手に入らなかった場合は街まで降りる覚悟もしていたけれど、それもせずに済みそうだった。

ここからはまた別の国立公園、「キングス・キャニオン国立公園」へ入る。公園の入り口にある看板が可愛かった。

2週間以上ハイキングするとなると、歩くことと同時にきちんと生活をすることも必要になってくる。着ている服は砂で汚れ臭くなり、髪の毛はガチガチに固まる。顔はぬるぬるで、手足の皺に入り込んだ汚れもなかなか落ちない。歩いて、食べて、寝て、終わり。という訳にはいかなくなるのだ。

以前、夏に北アルプスを7日間歩いたときは、衣類は洗濯せずとも着替えるだけで 何とかなった。けれど、2週間歩くこのハイキングではできるだけ荷物を軽くしたかったので、衣類も最低限の枚数しか持ってきていない。着替えるだけでは補えず、汚れたら洗濯をしなければならない。

この日は少し早めに歩くのを切り上げ、自分たちのケアをすることに決めた。洗濯しやすいように川の側のキャンプサイトを見付けてテントを張り、まずは水浴びをして髪の毛を濯いだ。

スタッフサックに水を汲み、川から離れた場所でスタッフサックの中に汚れ物を入れて洗濯をした。水洗いでもスタッフサックの中の水は真っ黒になった。6回くらい繰り返し水洗いをして、なんとか汚れは軽くなったみたいだった。明日からは少しは気分良く歩けるだろう。

【#3に続く】

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  • 黒澤雄介

    黒澤雄介

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    山と道の唯一の平社員。生産管理担当。中学、高校時代はスケートボードと服作りに夢中で過ごし、専門学校に進み服飾デザインを学ぶ。卒業後にアパレル会社に就職。企画、パターンナー、生産管理職を経験しつつ、この時期、山に出会う。その後、荒波に揉まれ、アパレル業界を去る決意をし、山と道アルバイトを経て2016年入社。2016年9月には妻とアメリカのジョン・ミューア・トレイルのハイキングを経験。写真を撮りながら山を歩いたり、山道具の自作が好き。Ridge Mountain Gearとしてコテージインダストリー活動も行っている。

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