【REPORT】
ハッピーハイカーズ法華院ギャザリング2018

INTRODUCTION

さる7月28日から29日にかけて九州の九重連峰・法華院温泉山荘で行われた「ハッピーハイカーズ法華院ギャザリング2018」。

2016年に行われた初回は200枚のチケットが瞬く間に完売したことで大きな話題となりましたが、もちろん今年も山と道も参加し、代表の夏目彰はメイントークのスピーカーを勤めました

2年ぶりの開催となった今年は、一体どんなことが起こったのか? その一部始終を、山と道ジャーナルの三田正明が150,000字の長尺でレポートします!

取材/文:三田正明 
写真:石川博己 松岡朱香 渡邉祐介 馬場祐吏 三田正明

ハッピーハイカーズってなんだ?

2018年7月27日、僕は山と道の一同とともに大分へと飛び立った。約2年ぶりの開催となる『ハッピーハイカーズ 法華院ギャザリング(以下、法華院ギャザリング)』に参加するためだ。

まったく知らない人にためにこの法華院ギャザリングを説明すると、大分県九重山脈の法華院山荘温泉という山小屋を使ってキャンプインで開催されるハイカーのためのイベントで、2日間の会期中、国内のインディペンデント・メーカーやショップの出店や、様々なテーマのトークショーが行われる……と書けば、まあ、よくある物販メインのアウトドア系イベントの類いに思われるかもしれない。でも、それは半分合っていて、半分違っている。

その違いを端的に表現するのは難しいけれど、僕がひとつのポイントだと思うことは、この法華院ギャザリングがまったくの非営利イベントだということだ。もちろん、入場料は徴収するが、それはあくまでイベントの運営費を賄うためで、スタッフはまったくのボランティア…というより、純粋に楽しみとして運営に参加している。

つまり、この法華院ギャザリングの根底にあるのは経済活動ではなく、「FUN」なのだ。これが運営側と登壇者や出店者、参加者の垣根を曖昧にして、まさにハイキングが好きでこのカルチャーに興味のある人々の「GATHERING=集い」といった独特の雰囲気を醸し出しているのではないかと思う。

運営スタッフは主に福岡を中心とした九州在住者からなり、『ハッピー・ハイカーズ』というウェブマガジンや『ハッピー・ハイカーズ・バー』というイベントの運営をしたり、もちろん一緒に山に登って遊んだりしている。そして、そのコミュニティの中心にいるのが豊嶋秀樹という人物だ。

豊嶋さんについては非常に説明が難しいので、僕が過去に取材したTRAILSのこの記事PAPER SKYのこの記事を参考にしてほしいのだけれど、山と道関連でも昨年は『HIKE / LIFE / COMMUNITY』のツアーを山と道の夏目彰と日本を縦断して行なったり、その振り返り記事『HIKE / LIFE / COMMUNITY TOUR 2017 REMINISSESNCE』をこの山と道ジャーナルでも連載中なので、読者の方ならご存知の方は多いだろう。

とはいえ、多岐に渡る豊嶋さんの仕事と遊びと場所とコミュニティを縦断した活動の全貌を知る人はいないだろうし、かくいう僕も知らない。ただ、ひとつだけ言えるのは、豊嶋さんがいなければこのハッピーハイカーズというコミュニティも法華院ギャザリングもなかっただろうということだ(豊嶋さんの福岡移住に始まるハッピーハイカーズの成立についても非常に興味深いストーリーがあるのだが、そちらも本稿の本題とは逸れるので、興味のある方はぜひ根津貴央さんが執筆したこのTRAILSの記事を参考にしてほしい)。

ともあれ、そんな法華院ギャザリングが約2年ぶりに開かれるのだ。山と道をはじめとした国内のUL系インディペンデント・メーカーの多くが出店し、登壇者も全国から集まる。個人的にはこの業界の友人知人が大集合して2泊3日(関係者は基本的に前日入り)を九州の山で過ごすのだから、もうそれだけで楽しみであった。

日本のハイキング・コミュニティ

飛行機とレンタカーを乗り継ぎ、2時過ぎに法華院への登山口となる長者原の駐車場に着いた。さっそく出店組のソラ・チタニウムギアのフーソラさんやアトリエブルーボトルの辻岡さん、ミキクロタの三木夫妻などに会う。長者原から法華院までは出店者や登壇者もみな2時間半ほどの登山道を歩いて登らなくてはならないのだが、このことも法華院ギャザリングの独特な雰囲気を作り出している大きな要因になっている。

長者原から見上げる九重連峰の偉容は圧巻で、今年こそは頂上まで登ろうと誓った。何を隠そう、前回は夜中の3時まで飲み続けたせいで、登山どこではなかったのだ。前回は秋だったけれど、今回は盛夏の開催ということもあり、長者原の湿原も青々と瑞々しく、蒸し暑かったけれど気分良く歩くことができた。息子の照君を背負子で運ぶ夏目家と別れ、僕と山と道スタッフの黒ちゃん(リッジマウンテンギアでもある)と中川君は先行して出店の設営を先に行うことにした。

夕方の5時前にキャンプサイトの坊ガツルに着くと、すでにそれらしいシェルターやテントがいくつも張られていた。「それらしい」とは、アライテントやモンベルでなく、ローカスギアやシックスムーン・デザインということだ。めいめいテントを張り、10分ほど離れた法華院山荘近くの出店者スペースに行くと、ひと足早くこちらに来ていた黒ちゃんが凹んでいた。なんでも、夏目さんがカンカンだという。今回、山と道は出店用に超大型のタープを投入するので、そのタープをifyouhaveやウェルダンなどいくつかのメーカーとシェアしようという話になっていたのに、彼らより後に着くとは何事か、自分のテントよりこっちが先だろ、ということらしい。まあ、みんなも怒ってないし、問題なくない? などと、イージーな僕は考えてしまうけれど、そこにこだわるのが夏目彰という男なのだ。ただ、このときは麓に駐車したクルマに眼鏡を忘れ、3日間昼も夜もサングラスで過ごすというズッコケな事態に陥っていた。そんなとこもまた非常に夏目彰らしいのだけれど。

先に会場入りしていた豊嶋さんやifyouhaveの山口君など居合わせた人総出で巨大なタープを立て、山荘の素晴らしい風呂に入ると、もうスタッフ、出店者、登壇者など関係者が山荘の広い食堂に集っての懇親会の時間になった。ハッピー・ハイカーズのスタッフの面々とは2年前の法華院ギャザリングでも会っているし、メーカー同士も旧知の仲ということもあり、まさに雰囲気は「懇親」そのもので、僕もさっそく振る舞い酒をいただく。

豊嶋さんの提案でそれぞれが前に出て自己紹介することになると、すでに酒もかなり入っていたこともあり、単なる自己紹介でも場は大いに盛り上がった。「自己紹介って、単純だけどいいでしょ?」と豊嶋さん。

「意外とこれだけで充分場が持つんよ。」

さすが、美術展の設営などで数々の現場を取り仕切ってきただけのことはある。「イベントは始まっていないけどすでに良い感じに盛り上がってますね」と僕が言うと、「良いよね。まさにコミュニティ。あとはこの雰囲気をどれだけ参加者にも広げていけるかよね」と言って、豊嶋さんはまた司会に走っていった。

確かに、ここに集っている人たちには、僕も「仲間」のような感覚を持っている。僕が日本のULハイキング・カルチャーの取材を始めて、もう6~7年になるだろうか。その間、このシーンの成長を間近で見てきて、以前は夜空に瞬く星のように点と点であった人々が、いまでは星座のように繋がってきた実感が僕にはある。まさに日本のハイキング・コミュニティが、いま、ここにあると感じられるようになったことは、僕はすごいことだと思っている。ともあれ、現時点ではまだ小さな小さなコミュニティだ。いまここにいない人にもどんどん加わって欲しいし、ここにいる人たちがいなくなっても、そこにはカルチャーの担い手がいて欲しい。そう思って僕は山と道ジャーナルを始めとしたすべての仕事に接している。

懇親会は10時にお開きとなり、まだ飲み足りない面々は山荘からもキャンプサイトからも遠く離れた砂利道の上を「バー路上」と称して酒宴を続けた。そう、カルチャーはいつもストリートから生まれるのだ! そこで交わされた会話は正直酔っ払いのたわ言しかなかったが、闇に沈む九重連峰の山塊に包まれて雲と月が織りなす荘厳な眺めに興奮する酔っ払いのひとりになることは楽しかった。僕たちはまさにハッピーなハイカーたちだった。

集まったメーカーたち

結局、2年前と同じように夜の3時まで飲んでしまった。パーティを途中で切り上げられないのは僕の悪い癖だ。

朝、日が差してサウナのようになったテントから這い出て二日酔いの体に水を流し込み、「今年も九重の頂上までは行けなかったな…」と独り言ちる。辺りを見回すと、すでに昨日からテントの数もグッと増え、これから始まる法華院ギャザリングへの期待で胸を膨らませたハッピーなハイカーたちが次々と到着していた。

重い肝臓を引きずって出店ブースまで行くと、山と道は超巨大タープを張り、その下に名古屋から来たイノッチさんのウェルダンと中村さんのエディット、一二の洋品店を従え一大帝国を築いており(ただ単にタープが大きすぎるため軒下を貸していたともいう)、その前には山と道とも『山と道とBig-O』というライブ・シルクスクリーン・プリントのプロジェクトを行なっているアーティストのカザマナオミ君のリアカーが鎮座していた。ナオミ君はこのあとこのリアカーを引いて、宮崎県の日南市から鹿児島県の鹿屋市まで各地でライブプリンティングをしながら100kmの旅に出るのだという。ナオミ君のような人がいまこのシーンに接近していることが、僕はとても面白いことだと思っている。

その隣にはジェリー鵜飼、尾崎”Jackey Boy Slim”光輝、JUN OSONからなるマウンテン・プア・ボーイズの面々がソロ用タープ一枚という格差を感じるブースを出しており、挨拶すると、さっそく3人が昨日訪れたという混浴風呂の話で持ちきりになった。

「それが結構若い子も入ってるんですよ!」とJUN OSONがいうので、「マジ!? なんて名前の温泉だっけ? 下山したら行きたいなぁ」と返すと、「嘘ですよ。話盛り上げようと思って。実際はおばちゃんばっかりです」というので、大いに落胆した。どんな嘘だよ!

出店ブースを見回してみると、ifyouhaveの山口君は今年は一歳半の娘を連れて家族連れで参加していたし、島根にUターン移住したハリヤマ・プロダクションの三浦君はソラ・チタニウムギアと共同のブースで久しぶりに元気そうな顔を見せてくれた。瞬く間に大人気ブランドに成長したローロー・マウンテンワークスの谷口さんはイベント続きで真っ黒に日焼けしていたし、グレートコッシーマウンテンのコッシーさんはいつも通りの詫びたブースで、いつも通り放っておいて欲しいのか構って欲しいのかわからない表情で座っていた。

その他にもオガワンドとワンダーラスト・イクイップメントのMt.FABsのブース、3月の山と道の台湾ツアーでも台北で偶然会ったジェームスさんのO.W.L.のブース、最近、某巨大アパレルメーカーにコピー商品を作られたという武勇伝(!?)を作った羽地君のミニマライトや、法華院ギャザリングには初参加となるアトリエブルーボトルやミキクロタのブースもあった。国内のインディペンデント・メーカーだけでこれだけのブースが揃うのだから、10年前に日本のUL黎明期を支えた寺澤英明さんのブログ『山より道具』のコメント欄で情報交換していた時代とは、まさに隔世の感である。

山と道 夏目彰
『ハイクとライフとコミュニティ』

法華院山荘のホールではトップバッターとなる夏目さんの『ハイクとライフとコミュニティ』と題したトークが始まった。

冒頭、サングラスを外せないため、昨夜の「バー路上」で皆に絶対にやれとけしかけられた「みなさんお元気ですか? 井上陽水です」と挨拶するネタは、可哀想なほどダダ滑りであったが、さすが、昨年『HIKE / LIFE / COMMUNITY』で全国を回ってトークをしただけはある。トークの進行は立て板に水で、僕などは、このまま山と道が発展を続けていき、鎌倉市商工会の会合などで流暢に挨拶をする夏目社長の姿が浮かんでしまったほどである。

トークの冒頭は、この2018年の法華院ギャザリングのテーマ「ローカル」に則り、夏目さんにとってのローカルである鎌倉の話題から始まった。鎌倉の魅力として、街と山と海が近く、自宅から仕事場までも山道を通っていけること、地元の良質な食材が手に入ること、おいしいパン屋やブリュワリーがあり、彼らが中心になって文化やコミュニティを作り出していることを挙げた。確かに、僕も何度となく鎌倉を訪れていて、そこに住む友人も多くいるけれど、この街の持つ環境的な豊かさと歴史の重さ、そしてそこに住む人々のコミュニティの深さなどは、やはり関東では随一であるといつも思う。ああ、なんで僕は鎌倉に住んでいないのだろうか。

続いて、昨年まわった『HIKE / LIFE / COMMUNITY』の話。その表向きの目的としては日本各地の山と道の顧客と実際に会い、製品を手にとってもらい、彼らの傾向や動向を知ることや、山と道が信奉するULハイキングの考え方を広めることにあったが、夏目家にとっての真の目的は、実は日本全国を回って理想の移住先を見つけることにあったという。

その旅で発見したことはいくつもあった。なかでもステレオタイプな所謂ULハイカーは、日本全国に実はほとんどいないということには衝撃を受けた。かわりに見えてきたのは、北海道から九州まで日本には様々な山域があって、それぞれのローカルの山と寄り添ったそれぞれの土地の山好きのスタイルがあるということだった。そして結果として、現在の夏目さんの「ローカル」である鎌倉ともっと深く関わっていくことを選んだのだという。

一方で、その旅でULカルチャーをさらに広げていく必要性も痛感した。夏目さんにとって、ULの最大の魅力は軽い荷物で山を自由に旅する快感のみならず、生きていく上での「漠然とした不安」が減ることにあるという。多くの荷物を背負わずとも、少ない荷物でも快適に山で数日間を過ごせることを知れば、次は生活ももっとダウンサイジングできるのではないかと考えるようになる。生きていく上で背負うべき荷物を減らせば、もっと楽に、快適に生きていけるのではないか。

その具体例として夏目さんが挙げたのが、『HIKE / LIFE / COMMUNITY』を共にまわり、法華院ギャザリングの発起人でもある豊嶋さんだった。先にも触れた福岡移住の際、豊嶋さんは中古の団地の部屋を格安で購入し、「家賃」という現代人の最大の憂鬱の元から自由になった。それにより仕事の量を大幅に減らすことが可能になり、空いた時間をスキーやクライミングやハイキングなど、その時々で自分のやりたいことに当てられるようになった。仕事に関しても追い立てられるようにこなしていた頃に比べてひとつひとつの仕事に集中できるようになり、クオリティも上がったという。

プレゼンテーションの後半は豊嶋さんを強引に壇上に上げ、共に昨年の『HIKE / LIFE / COMMUNITY』を振り返る形になった。豊嶋さんはツアーで日本全国を回ってみた印象として、どこの場所もそれぞれに良いと思ったという。食の地産地消という言葉があるが、「ライフスタイルの地産地消」もあり、それをうまくやれている人は皆生き生きとパワフルに暮らしていたと。

美術展やイベントなど、多くの人が関わるプロジェクトを取り仕切って来た豊嶋さんは、「幕の内弁当方式」で仕事をするのが好きだという。例えば、とんかつ弁当ならば主役はあくまでとんかつであり、いくら付け合わせのキャベツやポテトサラダがおいしくても、それで評価されることはあまりない。一方、主役のいない幕の内弁当は様々なおかずそれぞれに居場所があり、なかには好きなものも嫌いなものあるけれど、全体としてはおいしい幕の内弁当だったという印象が残る。そんな幕の内弁当のようなあり方が良いと思っていると。つまり、目指すべき目標を設定してそのために人材を集めるのではなく、そこにあるもの、そこに集まった人から何をできるのかを考えた方が、うまくいく確率は高いのではないか? そして、それが正にいま行われているのが、法華院ギャザリングだということなのだろう。

DILL eat, life. 山戸ユカ
『アウトドアにおける食とローカル』

続いては料理研究家であり、八ヶ岳山麓に御夫婦で『DILL eat,life.』というレストランを営む山戸ユカさんの『アウトドアにおける食とローカル』と題したトーク。

僕もお店を訪ねたことがあるけれど(非常に残念ながら料理は食べたことがない!)、林のなかの小川のほとりに立つカントリーハウス調のお店は度肝を抜かれるほど素敵で、そのあまりに理想的な生活環境に打ちのめされたものである。山戸さんは率直でてらいがなく、プロジェクターで映しだされた八ヶ岳の山の写真に会場から感嘆の声が上がるたびに、嬉しそうに「すごいでしょ~」と言う姿が印象的だった。

登山口までもクルマで20分ほど走れば着いてしまう環境に住む山戸さんにとって、八ヶ岳は正に裏山で、夏から秋にかけてはハイキングをしたり、春から冬にかけてはスキーやスノーボードをしたり、その日の気分や体力に合わせて様々な遊び方ができるのが魅力だという。なかでも冬の遊びとしていま好きなのが雪板(ビンディングやエッジのないサーフィンのように雪に乗る道具)で、スノーボードで滑ったらどうってことのない斜面も大冒険になるのが面白いのだとか。雪板は正に八ヶ岳のような雪山がすぐ近くにある環境に住む人ならではの遊びで、僕はますます羨ましくて打ちのめされた。

一方、雪のない時期の遊びとしていま「どハマり」しているのがクライミングで、忙しくて山を長く歩くような心と体の余裕がないときでも、クライミングをしながら山の中で過ごして、1日2~3本しか登らなくても、そこで昼寝したり、食事を作ったり、のんびり過ごすことで英気を養えるという。とくに、「クライミングには深いリラックス効果がある」という話が僕には印象的だった。登るときの緊張感と登った後の開放感という収縮と弛緩が、マインドに作用するのだとか。僕がいま「どハマり」しているサウナの、高温のサウナ室と冷たい水風呂を何度も行き来することで次第に深いリラックス状態になるのと同じかしら。

食にこだわる山戸さんはウルトラライト・ハイキングの方法論にも共感しつつ、山でも普段食べないようなものは食べたくないので(普段から添加物を摂らない生活をしている)食料は削れないという。6年前に夫婦でアメリカのジョン・ミューア・トレイルを3週間かけて歩いたときも、極力インスタント食品は食べず、生野菜を含めた多くの食料を背負った。キャンプサイトで様々な食事を作っていたので、出会ったハイカーからキッチン・シンク(台所)というトレイルネームを名付けられるほどだった。

ともあれ、食料が増えれば重量も増える。なんとか軽く、体に良い食材を使ったトレイルフードを作れないかとその頃からずっと考えていた山戸さんは、この法華院ギャザリングで販売することを「締め切り」として活用し、ご主人や友人と共に『スモール・ツイスト』というトレイルフードのインディペンデントメーカーを始めることにした。

このスモール・ツイスト、僕もDILLのブースで試食させてもらったけれど、おいしくてびっくりした。フリーズドライではなく、調理した料理をディハイドレーターで乾燥させたものをお湯で戻すため、元の料理の味をほぼ損なうことなく再現することができるのだという。こ、これはちょっとした革命ではないのか!? 会場でも売れに売れ、あっという間に売り切れてしまっていた。現状は全て手作業で作っているため大量生産はできないというが、この味とクオリティとオリジナリティがあれば生産体制と流通体制さえ整えば大ブレイクするのではないのか!? そうなれば、僕はますます激しく打ちのめされることだろう。

まあ、そんなことはわからないし鬼に笑われそうな話だけど、プレゼンテーションの最後の山戸さんの言葉が印象的だったのでここに引用しておく。

「私は料理しかできないけど、まわりには農家さんや養鶏家さんや魚を育てている方々がいて、その人たちが、みんなが楽しく、ちゃんとお金を作っていけるような循環を作っていけたらいいなと思っているんです。食からその土地のローカルやカルチャーができたらいいなって。それをうちだけじゃなく、各家庭や行政なんかも巻き込んできたらもっといい。本気になったら絶対できることだと私は思っています。私たちは生きていれば絶対に何かを消費して生きていますけど、その何かは選ぶことができる。農薬をたくさん使って土も水も汚している農家さんと、無農薬でやっている農家さんなら、値段は農薬を使った野菜の方が安いけれど、一生のその積み重ねは、自分の体や環境にはすごく大きくなりますよね。スモールツイストも外国産の食材を使ったりすればもっと安くできますけど(現状は1パッケージ税込1080円)、私たちがそれをやっても意味がないと思うんです。自分がそれをやったからって地球の環境が良くなるわけじゃないけれど、その意識をみなさんと共有することや積み重ねていくことが、自然を愛する私たちには大事なんじゃないかって。自分もそういう選択をしていきたいし、未来の子供たちが遊べるような自然がいつまでも残っていて欲しい。そのためにできることが、みんなそれぞれあるんじゃないかと思うんです。」

こう言ったあと、山戸さんはすこし照れくさそうに「偉そうなことを言いました。はい」と謙遜していたけれど、僕はまったくそんなことはないと思った。

メーカーズ・プレゼンテーション

夏目さん、山戸さんのメインのプレゼンテーションが終わり、夕方からは、同じホールで出店メーカーによるメーカーズ・プレゼンテーションが行われた。現状、日本のULシーンがインディペンデントメーカーを中心に回っているのは事実であるのに、これまでこういったイベントでメーカー自身が自己紹介をする機会はほぼなかったので、参加者にとっても各メーカーにとっても有意義だったのではないだろうか。

トップバッターはifyouhaveの山口君。バックミンスター・フラーが提唱した「シナジー幾何学(Synergetics)」の研究所で働いていたという異色の経歴を持つ山口君は、拠点を変えながら活動を続けている。4年ほど前に出会った頃の彼は安曇野に住んでいたけれど、その後高知に移住し、さらにこの時はその数日後には北海道に引っ越すというタイミングで、そもそも、住む場所を自由に決められる点もメーカー活動を始める大きな動機であったという。高知の田舎で畑を耕して自給自足的な暮らしを送るなかで、彼自身の興味もULからカントリーライフ=CLに移ってきた。カントリーライフを送るなかで自分が欲しいものや必要なものを作っていこうと思っているとか。僕は自分の理想とするライフスタイルを実現するために活動することはインディペンデントメーカーの王道であると思うので、山口君にはこれからも独自のやり方を突き詰めていってほしい。

続いて、現在は生まれ故郷である島根で活動を行なっているハリヤマ・プロダクションズの三浦君。最初は手持ちの山道具の改造や小物の制作から始めたが、友人知人からやSNSを通じて徐々に制作の依頼を受けるようになった。現在では自身のブランドの他、兄と共に立ち上げた会社で島根の広報活動を行なっていたり、バリカンズやAlc-Phoenixなどとも共に物作りを行なっているとか。

三番手は、OKA SKATEBOARDSとして木製スケートボードの制作も行っているジェームスさんによるO.W.L.のプレゼンテーション。写真や映像を多用したプレゼンテーションはウィットに富み、O.W.L.の世界観をよく伝えていて、この辺りは他のメーカーも大いに参考にすべきだと思った。僕がとくに印象的だったのは、O.W.L.がよくTシャツのグラフィックなどに使っている”DEEP SHIGA”というキーワードの話。毎日、自宅のある京都と滋賀の境界から職場である岐阜の大学へと通っているジェームスさんにとって、”DEEP SHIGA”とは現実の滋賀ではなく、ジェームスさんや仲間たちが感じている、心の中にある滋賀なのだという。僕も自分のホームグラウンドである東京の奥多摩や高尾に、DEEP OKUTAMAやDEEP TAKAOを見つけたいと思った。

続いては名古屋のウェルダンのイノッチさん。ULよりも自転車に軸足を置くメーカーで、そもそもはサイクルキャップを作ることから始まった。バイク・オリエンテッドなメーカーらしく、自転車で西日本のお店を回ってポップアップ・ショップを行ったり、先日メーカー立ち上げ10周年を記念してオレゴンをバイクパッキングしてきた模様を紹介したプレゼンテーションは、ハイカーが多い法華院ギャザリングの参加者にとっては新鮮だったと思う。個人的にも自転車を愛好していることもあり、ハイカーとサイクリストのクロスオーバーは一層進んでほしいと思っている。

そして2年前の立ち上げから瞬く間に大人気メーカーに成長したローローマウンテンワークスの谷口さんのプレゼンテーション。元々は婦人用バッグのデザイナーとして長く働いていた谷口さんは、ファッション業界の仕組みに疑問を持っていたという。シーズンごとに新作をいくつも作る意味が、本当にあるのか? 作らなくてもいいものを作っているという思いが、どうしても抜けなかった。ならば自分たちで本当に欲しいものを作ろう、という思いからローローを立ち上げたのだという。僕もULインディペンデントメーカー的な小規模なものづくりや商いの方法論にこそ未来の資本主義があると思っているので、谷口さんのようなものづくりのプロフェッショナルにこそもっとこの世界に参入してきてくれれば、世の中もっと面白くなるはずだと思っている。

続いては、東京の江戸川橋でMt.FABsというオープンファクトリー/ショップを共に運営するオガワンドとワンダーラスト・イクイップメットによる合同プレゼンテーション。Mt. FABsの立ち上げの経緯や、インディペンデントメーカー活動を行なっている人やその周辺の人々のサロンとなっている現状についての話は、東京のシーンをビビッドに伝えるものとして、とくに九州の方々には興味深かったのではないだろうか。僕もいつかMt.FABsにふらりと立ち寄って酒を飲みたくなった。

そしてラストバッターは、先日この山と道ジャーナルにも『HIKERS’ CLASSICS』の記事を寄稿してくれたグレート・コッシー・マウンテンのコッシーさん。メーカープレゼンテーションの時間なのに、地元千葉で行なっている『POP HIKE CHIBA』の紹介に時間をほぼ費やすという構成はどうなのかと思ったが(笑)、最後に村上春樹の『もし僕らのことばがウイスキーであったなら』という書名を引用してコッシーさんが語った言葉が、グレート・コッシー・マウンテンの根幹にあるロマンティシズムを端的に表していると思うので紹介したいと思う。

「もし僕らのことばがハイキングであったなら/とてもシンプルで、とても簡潔で、とても正確な関係性。」

そして夜は参加者全員が食堂に集っての懇親会となった。2年前同様、各メーカーが賞品を出し合ってのチャリティーオークションが開かれ、大いに盛り上がった。結局、カネとモノが絡むと人間はヒートアップするものなのだ。22時に懇親会がお開きとなった後も、飲み足りないものはまた「バー路上」を開催して宴を続けた。もちろん僕も参加して、その日も夜中の1時まで飲んでしまった…。

ローカル・プレゼンテーション

翌朝起きると、東の空が大きな黒雲で覆われていた。伊豆七島あたりを北上していた台風が、なんと西に進路を変え、九州に向かってきているのだという。メーカーブースに行ってみると風で飛ばされたテントもあり、あの巨大な山と道ブースのタープも倒壊していた。昨夜そこで寝た黒ちゃんによると、夜中に何度も強風で倒壊し、最終的には張るのを諦めタープにくるまって寝たという。お、お疲れ…。いつ嵐が来るかわからない状況で、残念ながらメーカーブースは今日はクローズし、予定していたプレゼンテーションもそれぞれの持ち時間を短縮して行われることになった。

2日目のプレゼンテーションのテーマは、この2018年の法華院ギャザリングのテーマでもある「ローカル」で、日本中から集まったスピーカーの方々がそれぞれの「おらが山」自慢をするという趣旨だった。

トップバッターは言わずと知れた兵庫県芦屋のアウトドアショップ、スカイハイ・マウンテンワークスの北野さん。街と山が非常に近い芦屋という土地で、六甲山を遊び尽くしながらカルチャーを発信し、コミュニティを作る北野さんの活動はこの山と道ジャーナルの読者ならば多くの人がご存知のことだと思う。

海外や日本国内にも精力的に足を延ばす北野さんは、様々なフィールドへ行けば行くほど自身のローカルである六甲山のことをより深く知ることができようになったという。そして自分にとってローカルと呼べる場所やコミュニティを早く見つけられるほど、人生も豊かになると。

なかでも最後に北野さんが言ったことは強烈だった。ハイキングでも、クライミングでも、サーフィンでも、「覚悟を決める瞬間」をもっと味わって欲しいという。踏み跡のないバリエーションルートに踏み込む瞬間、ロープのない壁を登っていく瞬間、ビッグウェーブに突っ込んでいく瞬間、生きるか死ぬかの状況に自分を置く覚悟を決めることで、人生で味わったことのないような喜びを感じることができるのだと。もちろん、その決断には常に大きな危険がつきまとうし、技術と経験が不可欠なことは言うまでもないだろう。ともあれ、それこそがアウトドアスポーツの楽しさや喜びの真髄であることも、まぎれもない真実だろう。

続いては、北海道ニセコでスプラウトというコーヒーショップを営む峠ヶ(とうげ)さん(連載中の『HIKE / LIFE / COMMUNITY TOUR 2017 REMINISSENSE』にもご登場いただいているのでぜひチェックしていただきたい)。現在では世界的なスキーエリアとなたニセコは海や湖(洞爺湖)も近く、羊蹄山やニセコ連峰の麓を流れる尻別川はラフティングやカヤックも盛んで、冬はパウダースノーを滑ったり、春は雪解けのホワイトウォーターをカヤックで下ったり、夏は標高を上げてニセコ連峰を縦走したり、四季を通じて様々なアクティビティが楽しめるという。

そして、もっと大きなニセコの特徴は、そんなふうに遊ぶ人がとても多いこと。そんな彼らにとって、風が少なく虫もいない日の出の時間はいちばん良い時間で、その時間にどこにいるかがとても大事だという(なので、峠ヶさんも遊ぶ時間を捻出するためにコーヒーの焙煎は深夜に行うことが多いとか)。そして、夜は誰かの家や店などに集まってフィールドの話をするのもニセコのよくある光景で、春夏秋冬、自然のリズムと共に遊び楽しむ人のコミュニティがあることが、僕はとても羨ましかった。そして最後に、峠々さんはこんな言葉でプレゼンを締めくくった。

「僕がニセコに移住したときもそうだったんですけど、ニセコは人も自然も、大歓迎してくれるんです。来た瞬間からローカルになれるニセコに、ぜひいらしてください。」

3番手は、岩手県のアウトドアショップ、ノッティの上野さん(こちらも連載中の『HIKE / LIFE / COMMUNITY TOUR 2017 REMINISSENSE』にご登場いただいているのでぜひチェックしていただきたい)。「ジャンルを分けずに、クライミングやスキーやランとか、飛び越えて遊ぶ人が好き」という上野さんは、元々ダンスやDJに傾倒していた時代もあり、「グルーブ感」を大事にしているという。

「早池峰山の沢を詰めて登って、クライミングをして、トレランで下ったり、お客さんもいろんな遊びをミックスして遊んでくれる人や、自分のスタイルを持って遊ぶ人が増えてきました。でも、僕は最近、すごい装備がなければ行けない山だけじゃなく、もっと近場でもいいからいろんな人とワイワイ遊んで、そのなかで遊びの深さを突き詰めていきたいと思うんです。それは大人も子供も関係なくて、例えば、最近は雪板にはまっているのですが、土手の斜面や裏山でも十分楽しめるんで、子供達にも雪で遊ぶ楽しさを教えられるんです。お客さんにもいろんなことを体験して欲しいし、仲間が繋がって欲しい。もっといろんな人と遊んで、自分が彼らの道しるべになっていきたいと思っています。東北は山も素敵、食事も素敵、温泉もいっぱい。ぜひ遊びに来てください。」

四国松山のアウトドアショップ、T-マウンテンの菅野さんがお店を開いたきっかけは、地元に根付いた店、四国の山の魅力を伝える店を作りたかったからだという。なんでも、四国はどこに住んでいても裏山やトレイルがすぐ近くにあるのに、地元の人も地元の良さをわかっていないのだとか。西日本最高峰の石鎚山はもちろん、四万十川など素晴らしい河川が数多くあり、海もきれいで沖縄のようなビーチもある。菅野さんも仕事前にサップで瀬戸内海の小島に渡ってコーヒーを飲んで帰ってくることもあるのだとか。最後に、「自然を楽しむだけじゃなく、楽しんできたら、それを家族や友達に伝えてほしい」と菅野さん。

「いま僕たちが楽しんでいる素晴らしいお山や自然を、未来の子供たちに継承していきたいですよね。」

ローカルプレゼンテーションの最後は、東京の岩本町のアウトドアショップ・ムーンライトギアやOMMのディストリビューションを行なっているノマディクスの千代田さん。開口一番、「『おらが山自慢』と行っても、東京は山が遠く、地元感が希薄なんです」という。スカイハイ・マウンテンワークス北野さんの六甲山やノッティの上野さんの八幡平のような、生活圏のすぐそばに山がある環境がずっと羨ましかったとか。

そんな千代田さんが現在住んでいるのが、年間登山者数世界一の高尾山を擁する東京の西方の高尾。高尾山周辺は春や秋の週末ともなると人でごった返すのだが、多くの登山者が歩くメインの登山道を外せば、ほとんど人と会わなくなるという。なかでも、千代田さんのホームが高尾山と谷を挟んだ南高尾エリアで、小さな山域だが、主領を外すとアドベンチャラスな破線ルートがいっぱいある。さらに北高尾エリアに行くとまったく人がいないので、MTBのダウンヒルを楽しんでいるのだとか。

さらに最近ではアンサー4の小林大允さん トレイルランナーの上田瑠偉さん、マウンテンプアボーイズのジャッキーさんなど、刺激的な友人も次々に引っ越してきた。高尾が東京のアウトドア・タウンとなる日も、そう遠くないのかもしれない。

おわりに

外ではいよいよ雨が降り始め、風も強くなってきていた。参加者も出店者もテントやブースを撤収し、次々に山を下り始めていた。まあこうなったらこうなったでしょうがない。僕も、もう充分楽しんだ。

1歳児の照君がいる山と道チームも、イベントの終了を待たず帰ることになった。なので、本当はこの後に福岡の「平尾台自然の郷」ガイドのたろさんとパタゴニア福岡ストアの石津玉代さんによる地元九州の魅力を語るローカルプレゼンテーションがあったのだけど、僕は見れていない(レポートができず申し訳ありません。)。

法華院ギャザリングの振り返りについては、ハッピーハイカーズのウェブマガジンにも豊嶋さんへのインタビューという形で掲載されているのでぜひチェックしてみてほしい。

とにかく僕にとっては多くの人と会い、たくさんの話を聞き、酒を飲み、笑った2泊3日だった。九州ローカルのスタッフの皆さんも素敵だったし、スピーカーの方々が語った彼らのローカルもどこも素敵で、僕は行きたい場所がまた増えた。

そして九州でこれができるのなら、日本全国、どこででもできるのではないかと思った。

日本中にハイキングやアウトドアのコミュニティがあり、誇るべきローカルがあり、そこを行ったり来たりする仲間たちがいたら、最高じゃないか。

夢みたいな話かもしれないけれど、たとえばULが日本で始まった10年前はそんなこと夢にも思わなかった。ならば10年後、何が起こっていたって不思議じゃないと僕は思っている。

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  • 三田 正明

    三田 正明

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    フォトグラファーとしてカルチャー誌や音楽誌で活動する傍、旅に傾倒。 多くの国を放浪するなかで自然の雄大さに惹かれ、自然と触れ合う方法として山に登り始める。 気がつけばアウトドア誌で仕事をするようになり、ライター仕事も増え、現在では本業がわからない状態に。 アウトドア・ライターとしてはULハイキングをライフワークとして追い続けている。 取材活動のなかで出会った山と道・夏目彰氏と何度も山に行ったり、インタビュー取材を行ったり、酒を酌み交わしたりするうちに、いつの間にかこのようなポジションに。 山と道JOURNALSを通じて日本のハイキング・カルチャーの発展に微力ながら貢献したいと考えている。

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