HIKE / LIFE / COMMUNITY
TOUR 2017 REMINISCENCE
#04 峠ヶ孝高(SPROUT)

INTRODUCTION

2017年の6月から10月にかけて、山と道は現代美術のフィールドを中心に幅広い活動を行う豊嶋秀樹と共に、トークイベントとポップアップショップを組み合わせて日本中を駆け巡るツアー『HIKE / LIFE / COMMUNITY』を行いました。

北は北海道から南は鹿児島まで、毎回その土地に所縁のあるゲストスピーカーをお迎えしてお話しを伺い、地元のハイカーやお客様と交流した『HIKE / LIFE / COMMUNITY』とは、いったい何だったのか? この『HIKE / LIFE / COMMUNITY TOUR 2017 REMINISCENCE(=回想録)』で、各会場のゲストスピーカーの方々に豊嶋秀樹が収録していたインタビューを通じて振り返っていきます。

第4回目は、北海道ニセコのアウトドアコミュニティの中心的な役割を果たしているカフェ、SPROUTの峠ヶ孝高さん。仕事と遊びと家族が『三種の神器』と語る、峠ヶさんの「ライフ」に迫ります。

雪のないニセコへ

札幌では、山と道の商品の取扱店でもあるFLHQでイベントを開催し、ゲストには帯広で話してもらった岳さんに再び登場していただいた。無事にイベントを終えた翌日は少しフリーな時間が取れ、夏目ファミリーは友人の案内で札幌観光を楽しんでいた。

ジョギング日和だったので、僕は碁盤の目のように整備された町並みを抜けて、クラーク博士像のある羊ヶ丘展望台を目指してゆっくり走った。爽やかな初夏の光が札幌の街全体を明るい気持ちで満たしていた。丘の上は、観光バスが数台止まっていて、多くのアジア人観光客で賑わっていた。クラーク博士の像は思っていたよりも大きくて、博士は、「ちょっと待って」と誰かを引き止めているように右手を水平にあげていた。僕は「ボーイズ・ビー・アンビシャス」と呟きながら博士を写真に収め、街へと引き返した。

今日はこれからニセコへ向かうと思うと嬉しい気持ちになった。僕は、毎年冬になるとスキーをするために北海道にこもっている。実際には、ニセコからは羊蹄山を挟んで裏側になる真狩という小さな村に滞在しているのだが、買い物やスキー場へ行くときにはニセコへもしばしば通っていた。ここでいう「ニセコ」とは、正確にはニセコ町を指すわけではない。一般的に「ニセコ」というときには、ニセコ町や倶知安町をはじめ、岩内町、共和町、蘭越町を含む、ニセコ連峰山麓の総称として「ニセコ」と呼ぶ。ニセコはもう第二の故郷とも感じられるくらい馴染みがあったが、実は、夏のニセコとなると、訪れるのは今回が初めてだった。

明るい緑のなかのドライブは気持ちよかった。中山峠を越えていくと、羊蹄山が見えてくる。冬に僕が毎日のように滑っている山だ。雪のない羊蹄山は遠くからは黒く見えて僕が知っているのとはずいぶん印象が違っていた。学生時代の遊び仲間のスーツ姿を初めて見たときみたいに、少し置いていかれたような寂しい感じがした。

仕事と遊びと家族

ニセコのJ R倶知安駅前にあるSPROUTというカフェへ向かっていた。オーナーの峠ヶ孝高さんは、実は一緒にテレマークスキーをする仲間なのでよく知っている。だから、今日は「ヨシくん」と、いつもの僕の呼び方でいかせてもらおう。

SPROUTは、店名に“OUTDOOR ESPRESSO”と冠が付いているとおり、ニセコでアウトドアの活動に関わっている人なら誰でもといってもいいくらいにみんなが知っているカフェだ。店内の大きな本棚には、ヨシくんが集めたアウトドアや自分の興味のある分野の本がびっしりと並べられ、物販コーナーにはスキーやアウトドア関係、ニセコ周辺の作家のグッズなどが陳列されている。

「仕事と遊びと家族のバランスが大事だと思うんです。」

焙煎機が据え付けてあるガラス張りの部屋の前に椅子を並べながら、ヨシくんは言った。昨日のイベントでのトークでは、ニセコでの自分のライフスタイルについて話してくれた。2004年に千葉からニセコへ移住し、カヤックのインストラクターやスキー場でのパトロールの仕事を経て、2009年にこのSPROUTをオープンした。そして、現在は、妻と3人の息子(そのうち2人はなんと双子!)と一緒に店の2階にある住居に住んでいる。

「仕事と遊びと家族のバランスがうまく取れて、それがちゃんと回っている感じが大切ですね。それが遊びを楽しくするし、仕事の刺激になるし、家族の大切さを感じさせてくれます。移住してきた頃にはなかった感覚ですが、家族が増えてきて、仕事も充実してきて、もちろん山でやることも増えて、すごく感じるようになりました。」

ヨシくんは、そう言って笑った。笑うと、真っ黒に日焼けした顔に白い歯が目立った。僕は、遊び仲間のヨシくんのことをある程度知っているつもりでいたが、今日は改めてニセコに移住しようと思った頃の話から聞いてみたいと思っていた。

移住するなら結婚してから行きなさい

「とにかく、移住したての頃は遊びが中心でしたね。カヤックとスキーっていう僕にとっての2本柱の遊びを満足させてくれる場所がニセコだったんです。カヤックについてはニセコは特に有名なエリアというわけではないんですけど、逆にそこが良かったんですね。北海道の川は本当にワイルドというか、何も整備されていないんです。それがすごく良かった。あとは雪解け水と渇水で同じ川でも全然表情が違っていて、それがおもしろいんです。スキーについてはやっぱりここのパウダースノーですよね。この量のパウダースノーっていうのはニセコが一番だって思いました。」

ニセコの雪について、わざわざ付け足さなくてもいいかもしれないが、ニセコのパウダースノーはやっぱりすごいと僕も思う。積雪量だけで言えば、上信越の方が多く降るだろうし、雪の軽さだけで言えば、内陸の山域へ行けばもっと軽い雪に出会えるだろう。では、なぜニセコのパウダースノーなのかといえば、わずかに湿り気のあることで、スキーで滑るのに最も適した雪となるからである。そして、そんな雪が毎日のように降るということも重要な要素だ。とくに2018年は、本当に素晴らしかったと前のめりで付け足しておきたい。(これについては長くなるので割愛します、笑)

「移住した時はまだ独身でしたね。それまで、僕は千葉のアウトドアショップで働いていて、妻のユッコとはすでにそこで知り合っていたんですけど、まだ結婚はしていませんでした。僕は大学の時からニセコに住みたいって思っていたけど、妻の方はなかなか決心がつかなかったみたいです。僕が先に移住して2年くらい経って、妻もようやく決心がついたんですが、『移住するなら結婚してから行きなさい』っていう父親の意見もあって、妻がこっちに来るタイミングで結婚しました。」

その後、長男が生まれるまでの7年間は、二人でニセコを満喫して遊んでばかりいたらしい。

「夏はアウトドア事業を色々とやっているニセコの会社で働いて、冬はスキー場のパトロールをやってました。遊びと仕事の区別は全然ついてない生活でしたね。僕にとって、そのアウトドア事業の会社は学校みたいなところでした。ある時、トレイルランニングのレースを開催することになって、トレランに関しては何も経験のない僕にレースディレクターを任せてくれたんですね。僕が昔ボクシングをやっていたので、『走るのは得意だろう』っていう程度の理由で声かけてもらったんです。それがゼロから何かを作っていくということですごくいい経験になりました。後に、カフェをやろうって思えたのも、この時の経験が大きいですね。」

三種の神器がそろう

会社に5年勤めて退職した後、ニセコのアウトドアカルチャーの発信地となっていくカフェ、SPROUTをオープンさせることになった。実はずっと以前から、ヨシくんはアウトドア好きが集まるカフェがやりたいと思っていたのだという。

「星野道夫さんにすごく憧れていたんで、二十歳の時にアラスカへ旅行に行ったんです。飛行機の乗り換えもあってシアトルへ立ち寄ったんですが、その時に、街中に個性的なカフェがたくさんあったんです。音楽好きが集まるカフェだったり、本が好きな人が集まるカフェだったりして、それぞれにコミュニティーがある感じで、その時に、僕もニセコでアウトドア好きが集まるカフェができたらいいなって思うようになりました。」

僕が初めてSPROUTに行った頃は、ヨシくんはまだ昼間はスキー場のパトロールの仕事は続けていて、お店に行くと妻のユッコちゃんと会うことの方が多かったことを思い出した。今では、アウトドア好きはもちろんのこと、ニセコという土地柄、アジア人や西洋人のお客さんもたくさんいて、そこに駅前の喫茶店ということも加わって、しっかりと地域に根ざした店になっている。ふらりと入ると、北米のどこかの小さな町のカフェにでも来たかような気持ちになる店だ。

そして、店のオープンから2年後に長男が産まれる。ここで、ヨシくんが最初に話してくれた「仕事」「家族」「遊び」という三種の神器が出揃うことになった。

「長男が生まれる前に僕の母親が亡くなったんです。そういうこともあって、家族って大事だな、家族って良いなっていう想いが強くなりましたね。その頃から、仕事もしっかりやって、たくさん遊んで、家族と一緒に充実してっていう3本柱ができあがってきた感じです。」

人それぞれ、生きていれば当然いろんなことがあって、迷ったり悩んだりすることもあるけれど、無理せず自然な流れに身を任せていくことがライフステージの変化にともなう健全なライフスタイルを育んでいくことに繋がっていくのだろうか。ヨシくんの今までの話を聞いていて、僕はそんなふうに思った。

昨年からヨシくんは焙煎も始めたので、スペシャルティーコーヒーのほか、店のオリジナルブレンドも飲めるようになった。SPROUTでは、「ニセコオートルート」や「Mt. YOTEI」という素敵な名前がついたコーヒー豆の販売も行っている。

この春に、僕はヨシくんともう一人の仲間の3人で、日本海に面した雷電山からニセコアンヌプリまでの約40キロほどある「ニセコオートルート」と呼ばれる縦走路をテレマークスキーを使ってツアーした。日程に余裕のあった僕たちは、ゴールであるはずのニセコアンヌプリからさらに延長し、最終的にSPROUTを目指すことにした。最後の1kmくらいを板を担いで歩いてSPROUTに着いたとき、ちょうど店番をしていた妻のユッコちゃんが僕たちの旅を労って、「ニセコオートルート」ブレンドのコーヒーを淹れてくれたのだった。

「カフェとかコーヒーで食っていくんだっていう覚悟みたいなものができたんですね。それなら、今まで人にお願いしていた焙煎も自分でやらなきゃいけないんじゃないかって思うようになりました。何も知らないところから教えてもらって、最近、ようやく『焙煎もやり始めました』って言えるようになったところです。」

芽の出る「場」として

朝、ひと走りしたあと、7時ごろから焙煎を始めて、8時に店を開けて、9時に子供たちを保育園に送り、雪のいい日には10時ごろから友達と山に滑りに行ったりというのが最近の定番のサイクルだという。こう聞いて憧れる人も多いだろうライフタイルは、本人の意識によるところが大きいとは思うが、もうひとつ、これを実現させる要素が山と街が近いというニセコという環境にあるのだろう。このあたりの話はイベントで詳しく話してくれているのでこのテキスト末尾の動画の方もみていてだきたい。

焙煎の次は、豆の買い付けにも興味がでてくるんじゃないと僕は質問した。

「そこに遊びを絡めたいですね。ハワイとか行けばトレランのイベントとかレースがあるし、そしたらハワイの農園とかも行けるかなって、あ、逆ですかね。」

ヨシくんは、楽しそうに笑った。

SPROUTは「場」としての健全さが気持ちいい店だ。ヨシくんたち家族やスタッフのみんな、そこに集まる人たちを見ていると、「場」というものは建物のことじゃないなって改めて思う。そこがどんな立派な建物だったとしても、誰がそこに集まってるかに尽きる。

新興住宅街に育った僕は、子供の頃に遊んだ空き地のことを思い出す。近くには造成中の空き地がたくさんあったけど、どういうわけか人気のある空き地とそうでないところがあった。人気のある空き地に特に何があるわけでもなかったが、そこには面白い友達が集まっていた。何もないから、飽きずに遊び続けるためには工夫しないといけない。面白いことをやろうっていう子供たちの気持ちが新しい遊びをたくさん生み出して、僕たちは一日中飽きることなく遊び続けた。SPROUTにも、そんなマインドを持った人が集まっているように思えた。そして、今日もまたそこから新しいSPROUT(芽)が出ようとしている。

ニセコを出る朝、朝4時にヨシくんと一緒にニセコアンヌプリへ登った。山頂へ着く頃、ちょうど朝日が昇ってきた。雪のあるときにしか見たことがなかった山頂からの風景は新鮮だった。正面には羊蹄山、背後にはニセコオートルートのある山並みが見渡せた。次のシーズンはどんな冬になるんだろうかと考えると僕は待ちきれない気分になって、今はまだ雪のない斜面をひとつひとつ追いかけながらしばらく眺めていた。

【#5に続く】

2017年 7月5日 ニセコ SPROUT

峠ヶ孝高 『コーヒー屋さんの山遊び』

山遊びが大好きなコーヒー屋さんの日常と、
コーヒーと山遊びの不思議な共通点についての話

峠ヶ孝高

1979年生まれ。千葉県出身。2004年に北海道のニセコに移住。カヤックインストラクター、スキーパトロールなどを経て、2009年にコーヒーとニセコのアウトドアスポーツをはじめとしたカルチャーが集まるカフェ『SPROUT』を開業。2017年には自家焙煎もスタート。現在はコーヒーを勉強しながらトレイルランニングやスキー、カヤック、3人の子供たちとの遊びに、一生懸命アクティブな日々を過ごしている。

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  • 豊嶋秀樹

    豊嶋秀樹

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    作品制作、空間構成、キュレーション、イベント企画などジャンル横断的な表現活動を行いつつ、現在はgm projectsのメンバーとして活動中。 山と道とは共同プロジェクトである『ハイクローグ』を制作し、九州の仲間と活動する『ハッピーハイカーズ』の発起人でもある。 ハイクのほか、テレマークスキーやクライミングにも夢中になっている。 ベジタリアンゆえ南インド料理にハマり、ミールス皿になるバナナの葉の栽培を趣味にしている。 妻と二人で福岡在住(あまりいませんが)。 『HIKE / LIFE / COMMUNITY』プロジェクトリーダー。

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