HIKERS’ CLASSICS
【#6 雨宮浩樹】

INTRODUCTION

誰にでもある、思い出の道具やどうしても捨てられない道具、ずっと使い続けている道具。

この『HIKERS’ CLASSICS』は、山と道がいつも刺激を受けているハイカーやランナー、アスリートの方々に、それぞれの「クラシック(古典・名作)」と呼べる山道具を語っていただくリレー連載です。

第6回目となる今回の寄稿者は、TJAR(トランスジャパンアルプスレース)やPTL(La Petite Trotte à Léon:UTMBの種目のひとつ)など、多くの過酷な山岳耐久レースに出場されている雨宮浩樹さん。山と道との関係も深く、レースや山行の現場でも多くの山と道製品をご使用いただき、いつも貴重なご意見をお寄せいただいています。

極限まで削った装備で肉体と精神の限界に挑む「鉄人」、雨宮選手のCLASSICSとは?

NOTE

雨宮浩樹

始まりは地質研究

自分と山との出会いは大学生の時、もう20年以上も前の話になる。

関東平野の比較的都会で生まれ育った自分が大学で地質を学ぶために札幌へ移住し、大学3年生から本格的に地質の研究で山に行くようになった。地質の研究で山といえば沢を登って露頭(岩盤が露出しているところ)を探し、国土地理院の地形図に崖マークがあれば道がなくとも藪を漕ぎ、探し当てた露頭で10キロ以上ものサンプルを取って持って帰る、ということが普通だった。登山靴で登山道を歩くよりも先に、地形図をにらめながら長靴で藪を漕いだり沢靴で沢を登ったりしていたのだった。

ほとんど人の入っていない沢は美しく、その頃から(今は行く機会がなかなかないが)沢登りの「あの滝を越えたらどんな景色が待っているんだろう」というドキドキ感がたまらなく大好きだった。

さらに、よく一緒に山に行っていたゼミの仲間に誘われ山スキーを始めると、文字通り白銀の世界の美しさを知り、山スキーの虜にもなった。都会で育った反動みたいなもので、アウトドアにどっぷりと「はまった」。

だが、大学を卒業し社会人になると、一緒に山へ行く仲間が一気にいなくなってしまった。単独での沢や藪漕ぎはさすがに危険と思い(山スキーはひとりでも行っていた)、ようやく登山靴を買い休日に登山道を主に一人で歩くようになった。

それなりに体力に自信があったし、重い荷物にも慣れていたので、このころは「重量なんて体力でカバーできる!」と思っていた。大きな重い荷物を平然と担ぐことが格好良いと思っていたし、荷物を減らすなんてことは考えもしなかったので、次から次へと快適装備を購入した。その当時の登山スタイルはコッヘルの他に飯盒を持ち、生野菜や生米を持ってカレーを作り、持参したテーブルで夕食を食べ座椅子でビールを飲んでくつろぎながら本を読んでテントで泊る、という里と変わらぬ贅沢なものだった。

装備を選び抜くことで、行動も洗練された

そんな折、TJAR(トランスジャパンアルプスレース)やハセツネ(日本山岳耐久レース長谷川恒男CUP)を知る。

TJARはさすがに別次元で自分とは全く縁のないものと思っていたが、ハセツネには出てみたいと思った。職場の飲み会の席でぽろっとハセツネのことを話すと、趣味でフルマラソンをしている人の耳に入り、その場の(酒の)勢いでフルマラソンにエントリーし、その年の秋にハセツネにも出場することが決まってしまった。出場するからには完走したいので、練習としてランニングやトレイルランを始めた。

それでも当時は保守的だったので、トレイルランに使っていたザックは20リットルで、雨具やライトは当然としてエマージェンシーキットやツェルト、フリース、食料(2日分)などを詰め込み、重量もかなりのものだった。それでも色々と軽量化され、シューズも登山靴からトレランシューズに変わったことで軽快に山を歩いたり走ったりすることができ、夜間行動もできるようになったことで行動範囲が劇的に広がった。初めて自転車やクルマに乗ったような新鮮な感覚で、山という世界が一気に広がったのだった。勢いで出場したフルマラソンとハセツネも無事に完走することができ、大きな達成感・満足感があった。

そうしてランニング・トレイルランにもはまり、夏はトレイルラン、冬は山スキーというライフスタイルが確立された。凝り性なので続けているうちに、本当に必要な装備が何かがわかってきて、荷物がどんどん軽量化してゆき、同時に体力もついて、気が付けばTJARにも出場できそうな走力レベルに達していた。TJARの参加要件としての山の経験は十分であり、走力レベルも届くのであれば挑戦したいと思い、2014年のエントリーを決めた。

そこからULハイクの研究が始まった。

以前からツェルトでのビバーク経験は沢登りなどであったが、荷物を根本的に小さく・軽くしていくことはしていなかった。ペグの1本、ガイラインの1本まで必要性や重さを考えていくことは楽しかった。山だけでなく近所の公園や低山でビバークの練習を繰り返し、装備を選び抜いていく。それと同時に、行動も洗練されていったと思う。そして、山では不便も楽しく、むしろ不便を楽しむものだと考えが変わったのだった。

結果としてTJARには2014年から3回連続出場し完走。フランス・スイス・イタリアに跨るモンブラン山麓を歩くPTL(La Petite Trotte à Léon:直訳すると「レオンさんの散歩道」という名称だが実際は距離約300km・累積標高差約25,000mにもおよぶ山岳区間を踏破する山岳耐久レース)も2015年、2017年と完走することができた。

自分のような「ちょっと走れる山ヤ」が長距離山岳耐久レースを完走できたのは、地道な練習に加えて道具の研究と行動の洗練の賜物だと思っている。

「道具の研究」とは言ったものの必要な道具は、シチュエーション(気候・季節・標高・行程など)や何を求めるか(快適性 or 軽さなど)によってケース・バイ・ケースで、道具を使いこなせるかどうかによっても変わり、万能な道具はない、というのが現状だ(自分も毎回正解だったと思えるわけではないので大きなことは言えない)。

読者の皆様も道具選びから楽しみつつ、「ちょっとだけ安全を意識して」それぞれのアウトドアライフを楽しんでほしいと思います。

Hiroki Amamiya’s CLASSICS

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    雨宮浩樹

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    夏はULハイク&トレイルラン、冬は山スキーと四季を通じて山で遊ぶ。 休日にどっぷりと山に浸かるスタイルが高じて山岳耐久レースにも出場。 山道具は安心感と信頼感で選んでいます。

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