HIKE / LIFE / COMMUNITY TOUR 2017 REMINISCENCE #17 菅野 哲

INTRODUCTION

2017年の6月から10月にかけて、山と道は現代美術のフィールドを中心に幅広い活動を行う豊嶋秀樹と共に、トークイベントとポップアップショップを組み合わせて日本中を駆け巡るツアー『HIKE / LIFE / COMMUNITY』を行いました。

北は北海道から南は鹿児島まで、毎回その土地に所縁のあるゲストスピーカーをお迎えしてお話しを伺い、地元のハイカーやお客様と交流した『HIKE / LIFE / COMMUNITY』とは、いったい何だったのか? この『HIKE / LIFE / COMMUNITY TOUR 2017 REMINISCENCE(=回想録)』で、各会場のゲストスピーカーの方々に豊嶋秀樹が収録していたインタビューを通じて振り返っていきます。

#17のゲストは、松山で『T-mountain』を営み、山と道では四国地方のHLCアンバサダーを勤めていただいている菅野 哲さん。『T-mountain』は四国の山好きの憩いの場であり、人生のことも教えてもらえるかもしれないアウトドアショップです。

それぞれの土地にはそれぞれのいいところがある。ローカルの良さについて興味深いお話を菅野さんに語っていただきました。

文/写真:豊嶋秀樹

島をわたる

九州と四国は豊後水道を挟んで隣あう島だが、ふたつをつなぐ橋はかかっていない。本州を経由せずに車で行くとなると、北九州から、もしくは別府や佐賀関などの大分からフェリーを利用して海峡を渡ることになる。

福岡でイベントを終えた僕たちは、住めそうなくらい大きな10人乗りのハイエースワゴンに乗り込み、ひとまず陸路で関門橋をへて本州へ渡った。

夏目くんたちと車中で話し、このまま直接松山へ入ってしまうのではなく、広島で1泊して行こうということになった。

広島の中心街に宿を取り、夕食どきまでの間、夏目ファミリーと僕は、アーケードのあるだだっ広い商店街をブラブラと歩いた。ときおり通り過ぎるレトロな市電を眺め、平和記念公園の方へのんびりと散歩を楽しんだ。

原爆ドームが夜の川辺にライトアップされていた。僕たちは、しばらくの間、きっとそれぞれに様々な思いを巡らせながら、悲惨な事実の痕跡である今にも崩れ落ちてしまいそうな廃墟を見上げていた。僕は、小学校の修学旅行でここに来たはずだったが、そのときのことは少しも思い出せなかった。帰り際に、川の対岸から見えた原爆ドームは、本来きっとそうであったはずのロマンチックな雰囲気をたたえて見えた。

翌朝、僕たちは、あえて瀬戸内海をフェリーで渡り、松山へ向かうことにした。時間のことだけを考えると、尾道からしまなみ海道を経由した方が早いのかもしれないが、ここはせっかくなので瀬戸内の船旅を楽しみたい。川ほどの幅しかないような狭い島と島の間をすり抜けるように船は進んだ。夏目くんは、好きなアニメ映画で見た風景だと言って喜んでいた。

松山港へ到着すると市街地まではすぐだった。僕たちは、観光客の多い松山城へ向かう通りにある『T-mountain』の菅野さんを訪ねた。

玄関出たらアウトドア

「アウトドアって、街を離れて自然の中に入って行くというイメージがあるかもしれないですが、僕のイメージは、『ドアの外』なんです。玄関出たらアウトドアって考えがもともとあったんですよ。」

松山でのトークイベントの中で菅野さんが話してくれた、この「アウトドア」の考え方に僕はすごく感心させられた。確かに、アウトドアはインドアと対をなす言葉で、その仕切りになっているのはドアの存在だ。

「どこからどこまでが自然かというのも、はっきりとしたラインがあるわけじゃない。店の前の街路樹でさえも自然の一部だと思う。ドア開けたところから、空気ですべてが繋がってるわけだし、天気は、都会にいても自然そのものだし。ドアのことをもっと言っていいのなら、『心のドアを開こう』なんていうのもありますよね。ドアっていろんな意味がある。僕は、そういうことを含む意味で、『アウトドア』だと思っています。」

父親の影響で子供の頃から屋外での遊びばかりしていたという菅野さんらしい捉え方だ。

「みんな、自分で自分のボーダーラインを引いてると思うんですよ。『山って危ないんでしょう』とか、『私、行ってもいいんですか?』と言うような初心者の方もお店に来てくれます。そういうとき、僕は、『行ったらええやん、スニーカーでも行けるから』って答えるんですよ。」

文字にすると少しきつく感じるかもしれないが、僕は、菅野さんの伊予弁というのか、愛媛のなまりのあるイントネーションは、どこか女性的に聞こえて柔らかい感じがして好きだ。

「サーフィンに例えるとわかりやすいと思うんですけど、たとえばビッグウェーバーは、ビッグウェーブを乗りにいくじゃないですか。でも初心者は、腿くらいのスープでも必死ですよね。それでも乗れたらハッピーでしょ?レベルは違うけど、ビッグウェーバーが1本乗れるのと、スープで初心者が立てるのって喜びとしては同じですよね。人それぞれの楽しみ方ということだと思います。」

サーフィンを去年始めたばかりの僕にはとてもわかりやすい話だった。どんな小さな波でも、僕にとってはビッグウェーブだった。

菅野さんの話で、僕は、山の方へ引っ越した友達の家に泊まりに行ったときのことを思い出した。

その朝、友人たちより早く起きた僕は、ひとりで裏山へ散歩に出かけた。玄関にあった友達の長靴を履いて、登山道のない藪山の尾根を登って山頂へ向かった。眺望のない山頂についた後、下山し始めると、すぐに道を見失った。隣の沢へ入り込んだのだろう。登りは20分くらいだったにもかかわらず、家に帰り着くのに1時間半近くかかった。大事にいたらなかったので言えることだが、この経験は僕にとって、とても刺激的で楽しいものとなった。山の楽しみ方は標高だけに比例するのではない、自分との関わりあい方や感じ方の方が重要なのだと考えるようになった。波も山も大きさではないのだ。

「その人が楽しめたらそれでいいんですよね。その先がエクストリームである必要もないし」

菅野さんは、そう付け加えた。

僕たちは、菅野さんが友人たちの手を借りながら、自分で大工工事をして作った店の一角で話していた。

『T-mountain』の店内は、所狭しと、たくさんのアウトドアの道具やウェアでいっぱいだった。開放的な大きなガラス窓からは、通りを行き交う人の姿が見える。

菅野さんは、愛媛の大型アウトドアショップの店長を務めたのちに、4年前(取材当時)『T-mountain』をオープンした。当たり前のことかもしれないが、オープン当初はなかなかうまくいかないこともあったという。

「大型店の店長の菅野は、辞めたら、ただの菅野なんだなって思い知りました。店に来てもらうことの大変さを知りましたね。他にもいろんなお店やネット通販なんかもある中で、『T-mountain』で買いたいとか、『T-mountain』の菅野と話をするのが楽しいとか、そういう人をゼロから増やしていかないといけないって気がついたんですよ。そこは自分で作っていかないといけない。最初は甘えていたんですよ。『15年のキャリアがある、お客さんもたくさんついてる菅野が独立しました、はい、たくさんお客さんが来ますよ』って。そんなに甘くはなかったですね。完璧にイチからでしたね。」

菅野さんは、そう言って苦笑いした。

これ、ぜんぶ四国です

「山の道具を売るお店だけど、ここで知ったことや買った道具によって、お客さんの暮らしが豊かになってくれたら、僕はいちばん嬉しいなって思っています。道具や商売の後ろにある、お客さんと山との関わり、ひいてはその人の人生みたいなものと関わっていきたいんです。お客さんと一緒に歳をとっていきたいなって。」

『T-mountain』をどんなところにしたいのかという僕の問いに対する菅野さんの答えだった。

僕は、アウトドアショップに限らず、個人経営の店の魅力は、個性的なマスターのいる喫茶店のようなものではないかと思っている。僕たちは、そこでコーヒーの味を覚え、海の向こうの音楽を聴き、人生のことも教えてもらった。菅野さんの『T-mountain』にも、そんな喫茶店の香りが立ち込めていると思う。

「それから、ここは専門店なんですが、誰でも入ってこれるようなお店にしたいとも思っています。さっきも、学校帰りの高校生が通学用のリュックを探しに来てくれました。」

僕は、その高校生を、学校帰りに駅の裏にあるジャズ喫茶に通っていた高校生の僕自身に重ねた。精一杯背伸びしていたけど、それを受け入れてくれるマスターがいる店だった。

「たまに山に一緒に行くおじさんがいて、その方は大型バイクにも乗るんです。その人が、『自分が50馬力しかなかったら、100馬力の人とツーリングには行けんのよ。哲ちゃんは、100馬力のエンジン積んでるから、アクセル戻したら10馬力の人とも一緒に行けるはず』って言われて。なるほど、いいお話いただいたなって思いました。」

『T-mountain』は、お客さんや周囲の人、そして、家族によって育まれている。

「独立してすごく幸せを感じてますね。サラリーマンじゃなくなったから、もちろん大変なことは多い、でもそのぶん喜びも多い。家族との時間も増えたんですよ。勤めていたときは残業も多かったし、お父さんが家にいないことも多かった。今は、僕も家事を分担して完璧にこなしてるし、奥さんは喜んでくれています。いちばんの理解者で、応援してくれています。あとは、もう少し儲かればもっといいんですけどね。」

そう言って、菅野さんはケラケラと楽しそうに笑った。

「家族のためにも、仕事としても成立しないといけないですからね。潰れてしまっては意味がない。でも、それよりもやっぱりこうやってこの店に集まってくれる方のための使命感というものが大きいです。これは何としてでも継続せんといかんよねって強く思っています」

『T-mountain』のような場があることにみんな救われていると、僕は思う。アウトドアに限らず、町に一軒良い本屋があるとか、趣味のいいセレクトショップや気の利いた映画館があってくれるだけで、『この町にいれる』という気持ちになるのだと思う。その町のキーパーソンのような人たちががんばってくれていることに反応して、『わたしもこの町でやっていこうかな』ということに繫がっていく。誰かがなんとかしてくれるのを待つのではなく、自分の住む町をよくしたいという気持ちが繋がって、良い町になっていくのだろう。

「本当に救われている人が多いと思う。『山好きだし、この店があるし、ここでええわ』って思えている人、絶対いると思う」と、僕は菅野さんに力説した。

昨日のイベントのプレゼンテーションの中で、菅野さんは「世界のいろんな山に行ったけど、四国にたくさんいいところがある、それをアピールしたい」と語った。

菅野さんが見せてくれたスライドでは、沖縄のような透明度の高い青い海や、北アルプスのような切り立った雪山などがたくさん出てきた。でも、それらはすべて四国の海や山の写真だった。

「沖縄まで行かなくても、北アルプスまで行かなくても、四国にたくさんいいところがあります。これ、ぜんぶ四国です。」

菅野さんは、大真面目な顔をして僕たちにそう言った。

菅野さんの四国を、僕なら九州になるが、自分の住む場所と置き換えてみるといいだろう。それぞれの土地にはそれぞれのいいところがある。僕たちは、そのいいところをちゃんと見つけて楽しむという感覚とライフスタイルを持っていたい。

菅野さんの四国愛が僕にも飛び火していた。帰る前に僕は、松山城に登って行くことにした。城のある山の上からは、松山の街並みが見渡せた。『T-mountain』のような店のあるこの町はいいところだな、と僕はあらためてそう思った。

僕たちの旅は、四国から本州へ戻る。今度はしまなみ海道を通って尾道へ向かおう。

【#18に続く】

『四国のT-mountainで伝えたいこと』
スピーカー:菅野哲

父親の影響で山でばかり遊んでいた子供の頃から、『T-mountain』を開くまでの自分史と四国の自然の魅力についての話。

菅野 哲(かんの・てつ)

T-mountain代表。四国・松山城の麓で山系アウトドアセレクトショップを営む。山は歩く、走る、攀じる、滑る、どれも好き。20代から日本の主要な山はもちろん、海外の山へも出かけてきた。近年は、自分の生活に密着した里山や決して特別ではない近くにある山々の魅力に深く心をくすぐられている。
四国の素晴らしい自然を世界へ発信するため、日々あちこちでソトアソビ実践中。
三人の愛娘との登山が最も至福の時。

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  • 豊嶋秀樹

    豊嶋秀樹

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    作品制作、空間構成、キュレーション、イベント企画などジャンル横断的な表現活動を行いつつ、現在はgm projectsのメンバーとして活動中。 山と道とは共同プロジェクトである『ハイクローグ』を制作し、九州の仲間と活動する『ハッピーハイカーズ』の発起人でもある。 ハイクのほか、テレマークスキーやクライミングにも夢中になっている。 ベジタリアンゆえ南インド料理にハマり、ミールス皿になるバナナの葉の栽培を趣味にしている。 妻と二人で福岡在住(あまりいませんが)。 『HIKE / LIFE / COMMUNITY』プロジェクトリーダー。

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