HIKE / LIFE / COMMUNITY TOUR 2017 REMINISCENCE #20 草川啓三

INTRODUCTION

2017年の6月から10月にかけて、山と道は現代美術のフィールドを中心に幅広い活動を行う豊嶋秀樹と共に、トークイベントとポップアップショップを組み合わせて日本中を駆け巡るツアー『HIKE / LIFE / COMMUNITY』を行いました。

北は北海道から南は鹿児島まで、毎回その土地に所縁のあるゲストスピーカーをお迎えしてお話しを伺い、地元のハイカーやお客様と交流した『HIKE / LIFE / COMMUNITY』とは、いったい何だったのか? この『HIKE / LIFE / COMMUNITY TOUR 2017 REMINISCENCE(=回想録)』で、各会場のゲストスピーカーの方々に豊嶋秀樹が収録していたインタビューを通じて振り返っていきます。

#20のゲストは、印刷会社の会社員時代から山の本を執筆しはじめ、著書は共著もあわせて20冊以上にのぼり、今なお、山の魅力を伝え続けている草川 啓三さんです。

毎週のように山に入り、様々なアイデアで山の本を作られている草川さんが語る、山との関わり方とは?

文:豊嶋秀樹

西のホーム、京都へ

前回の高松でのゲストである松村亮平さんのアトリエでひとしきり話を聞いたあと、松村さんは僕たちを「お世話になっている」裏山である峰山へ連れて行ってくれた。松村さんのアトリエ自体がすでに峰山の山腹にあり、車道を少し歩くとすぐに登山道へと入った。

下草のツルが生い茂る雑木林の中の道を行くと、山頂付近で視界がひらけた。山頂は、猫塚古墳という史跡で、あたり全体が崩れかかった石積みとなっていた。高松の街並みとその向こうに見える瀬戸内海を眺めながら、僕は、松村さんの古墳の説明に耳を傾けた。街並みも、海も、古墳も、すべてが時間が止まったように穏やかだった。

翌朝、高松を出発した僕たちは、小雨の降る中、大鳴門橋をわたり淡路島経由で京都へと向かった。次の会場は、山と道の西のホームである『山食音』だ。到着すると、勝手がわかっているので、準備もスムーズに進む。カウンターの中では、店主の東岳志くんがイベント用のカレーの仕込みをしていて、店内にはスパイスのいい香りが立ち込めていた。

本棚には、今日のゲストスピーカーである、草川啓三さんが著した書籍が並んでいた。『近江・湖西の山を歩く』『森の巨人たち: 巨樹と出会う―近畿とその周辺の山』『登る、比良山―比良山系28山・72コース湖の山道案内』『琵琶湖の北に連なる山―近江東北部の山を歩く』など、京都や滋賀周辺の山やルート案内の本が多く、何より、昭文社の『山と高原地図 御在所・霊仙・伊吹』の調査執筆者であるということが、地元の山を歩いてきた草川さんの人生を物語っている。

「若いつもりでいますけど、優先座席に迷いなく座るようになりました」と、草川さんは、笑った。

1948年生まれで、ほとんど僕の父親と同年代の草川さんの、山と本にまつわる話を僕は興味深く聞いていた。

「結婚して妻の実家のある草津に行ったんですが、もともとずっと京都で、30歳を過ぎるまで京都で仕事していました。」

草津は、群馬県の温泉のある草津と勘違いされることもよくあるそうだが、草川さんの住む草津は、琵琶湖の東側、古くは宿場町としての歴史のある滋賀県の町だ。冬に名神高速道路を走っていると、草津を過ぎるあたりから降雪が多くなり、たびたび通行止めになるほど積雪量が多いところでもある。

草川さんは、定年まで印刷会社で会社員をやっていたので、山に行くのは日曜日に限られた。そんな中で、あれだけの著作をいったいいつ書いているのか不思議だった。

「朝早く会社へ行ったり、昼休みを使ったりして、ほとんど会社で書いてました。」

最初は、家業の仕事をしていた草川さんは、本を出したいという気持ちがあって転職し、印刷会社で働くようになったという。

「山に行くだけでは満足できず、山についての本を書こうと思い、とりあえず書き始めたんです。
本が好きだったんですよ。そこで、本を作るにはどうしたらいいのかと考え、印刷会社に勤めるのが早いのではないかという考えにいたったんです。家の仕事を辞めて、印刷会社へ入り、それがきっかけで山の本を作ることにつながったんです。」

本を出すと言っても、草川さんは、原稿を書くだけでなく、本のレイアウトも自身で行うことがほとんどだという。印刷会社へ入る前に写植の仕事から始めたというだけあって、組版のプロなのだ。現在は、 AdobeのIndesignというソフトを使って、データを作成している。場合によっては、入稿用のデータまでを完全にDTPで作成してしまうということだった。そして、写真も自分で撮る。

「すべて、写真と文章を一体で考えてますね。自分で組版しているんで、先にフォーマット作ってしまって、そこにピタッと合うように文章を入れてるんですよ。いい加減に文章を書くんじゃなくて、当てはまるように原稿を書くんです。」

草川さんは、なんてことないよという感じで、手元の本のページをパラパラめくりながら話した。

どこでもええ

『山食音』の店内に、また別のスパイスの香りが漂ってきた。僕は、琵琶湖周辺以外の山について草川さんに質問した。

「他の山にも行ってることは行ってるんです。ほぼ毎週山に行ってるんで、そんなに毎週遠いところには行けませんよ。時間的にも金銭的にも。だからメインは近くの山の日帰りです。あと、歳もとったんで、あまり重たい荷物持って歩くのが嫌なんですよね。だから、たいがい日帰りなんです。日帰りで行けるところと言ったら、滋賀県とかその周りの山しか行けない。北アルプスも行くことは行きますけど、どこでもええって感じですね。」

「どこでもええって感じ」という言葉の達観した響きが素敵だった。

「普通、山ってある程度の高さがないとダメだと思うんですが、わずかでも周りより高いところは山だって思うと、どこでも山になってくる。高度がある方が風景もきれいだし、見た目にも良いんでしょうけど、楽しいところという意味では、低くても良いわけです。」

草川さんは、真面目な顔つきでそう言った。僕は、和尚さんの説法を聞いているような気分だったが、確かに草川さんの言うとおりで、山の楽しさは標高に比例するわけではない。

「滋賀県の北西の福井県との境あたりに野坂山っていう山があって、その辺が好きですね。他には、芦生って京都と滋賀県の境があるんですけど。ああいうところが好きですね。」

僕が、特に好きな山があるのかとたずねると、草川さんはそう答えた。

「自然林がきれいなんです。特に野坂山地は、ブナ林とかがあっていいですね。こないだ僕は巨木の本を出したんですけど、野坂山地っていうのは、巨木にたくさん出会えるっていうのがいちばんの魅力ですね。」

屋久島の巨大な杉の木も素晴らしいけど、巨大な木は屋久島にだけあるんじゃない。僕が住む福岡にも、縄文杉に負けないような立派な杉の木のある山があった。

「それから、山登りやから山頂には行くけど、山頂目的ではない。途中の風景の方が大事ですね。山頂と言っても1000メートルくらいの山だったらどこの山頂でも同じようなもんですし。ヒマラヤの未踏の山頂やったら、こだわったら良いんでしょうけど。」

そう言って、草川さんは笑った。力の抜けた感じが、聞いていて楽しかった。草川さんなら、ヒマラヤの未踏峰であったとしても、どっちでもいいと言いそうだった。

草川さんの、山頂に立つことよりも、山の中にいることそのものや、その間の時間を楽しんでいるという話は、僕の好きなバックカントリーのスキーの感じとも似ている気がした。というのは、スキーで山に入るときは、滑る部分はあっという間に終わってしまうので、そのほとんどは歩いている時間にあるからだ。その時間を楽しまずに、滑ることだけが目的で冬の山で1日を過ごすとしたら、割りに合わないと思う。

「山で泊まることもしなくなりましたね。どうしても身軽に行くほうが楽しいんでね。別に泊まることに自体に抵抗はないんですけど、なかなか、『さあ行こうか』とはならなくなりました。腰が重くなりましたね。昔はずっと沢歩きもやってたんですけど、この頃は濡れるのが嫌でね。黒部とか白山とかの沢、ずっと行ってたんですけど、濡れたままゴロって横になって寝るとかは、もうしたくないですね。」

草川さんの、本当に気軽に荷物も少なくして、そのぶん、山や森を楽しもうという感じがよく伝わってきた。

それは、ほとんど、僕たちが今、ウルトラライト・ハイキングとして楽しんでいることと同じだった。歩いている時間、山に入ることそのものを楽しんでいるのだ。

「そのほうが断然楽しい。軽い荷物でたくさん歩くほうが楽しいですよね。」

草川さんは、ULハイカーでもあった。

いい風景と出会いたい

「滋賀県に200メートル以上の三角点っていうのはいくつくらいあるのかな。その三角点、一応、みんな行こうと思ってるんです。三角点がなくても、ピークらしい、200メートルくらいから上でって思ってるんですけど。勘定してみると、結構行ってない山がまだありますね。」

それは、ある意味、『山』自体を作り出しているように僕には聞こえた。誰も山だと思っていないような場所を山ということにしていくというのは、錬金術のようだった。

「物を集めるって感じですね。三角点をコレクションするっていうか。今までに行った山をリストアップしてると、まだ行ってないところが色々と出てきて。それをコレクションしようっていう気になりますよね。百名山に似てますけど、百名山は人が決めたやつですけど、自分で決めたやつで。」

草川さんの『200m山』のコレクションは、誰も集めていない、取るに足らないようなものを蚤の市で探して楽しんでいるようで、自分のための楽しみという純粋さが、草川さんの人柄とよく似合っているような気がした。そのうちに、『滋賀県の200mの山』という本ができる日もあるかもしれない。

「山を歩きながら、本のアイデア浮かんでくることもありますけど、1時間くらいたったら忘れてます。『なんか思ったのになぁ』って。」

そう言って、草川さんは楽しそうに笑った。

「本は、いくつかのテーマを並行して持って山に行っているうちに、ある程度溜まってきたらこういう本を作ろうかなっていうふうな感じでできていきますね。」

「今まで山の著書って何冊くらいになるんですか?」と、僕が聞くと、「忘れました」と、草川さんは答えて笑った。

「15冊くらいはあると思います。共著とかだったら20冊以上あると思うんですけど」草川さんは、そう続けた。

草川さんには、本以外にも地図の仕事がある。

「毎年、道がちゃんとあるかとか、新しい道ができてないかとか。年に17回か18回は鈴鹿の山に行ってますね。結構、毎年、ルート消したり入れたりして、手を入れてるんですよ。あんまりわからないと思うんですけどね。」

草川さんは笑って言った。

その後にも、草川さんは地図づくりにまつわるできごとを話してくれた。

そして、僕は、草川さんのプレゼンテーションでの話も思い出した。

草川さんは、プレゼンテーションの最後でこう話した。

「一番興味があるのは、山にある道。動物たちの道を人間が歩くようになったり、人間と自然が一体となってできていった道が好き。昔の人が作った道は自然で、ストレスのない気持ちよさがある。『山と本』という、自分が思っていた道をいろんな人の助けもあって歩いてきた。山頂にこだわらずに、いい風景と出会いたいと思って歩いている。これからも、いい風景を求めていい道を歩きたい。70歳の今、そう思います。」

僕は、草川さんのその言葉にジンときてしまった。

そして、僕が歩いている道のことを考えた。

僕はどんな道を辿り、どこへ向かうのだろう。

70歳になったとき、草川さんのように、自分の道を見つけられているのだろうか。

いい風景に出会えるだろうか。

そんなことを思っていると、山頂にこだわらない旅がしたくなった。できれば長めの旅がいい。

ひとり、ゆっくりと、山の中にいる時間を楽しみながら、いい風景を探して。

さて、京都を後に、僕たちの旅は金沢へ向かう。金沢では、ゲストスピーカーを迎えなかったので、残念ながらこの連載では金沢のゲストの話はない。代わりにというわけではないが、僕は前から行ってみたかった白山へ登りに行ってきた。そんな話で次号は始めたいと思う。

【#21に続く】

「山と本の話」草川啓三

「山と本」という二つの柱で歩いてきた「山」のことと「本」のことについての話。

草川啓三(くさがわ けいぞう)

1948年 京都市に生まれる。 1968年 山登りを始める。 1975年 京都山の会に入会、現在に至る。 20歳の時、鈴鹿霊仙山へ登ったのがきっかけで登山を始める。 以後、滋賀、京都の山を中心に歩き続ける。 著書 『近江の山』(京都山の会出版局)、『近江の山を歩く』(ナカニシヤ出版)『鈴鹿の山を歩く』(ナカニシヤ出版)、『芦生の森を歩く』(青山舎)、『近江の峠』(青山舎)、『芦生の森案内』(青山舎)、『山で花と出会う』(青山舎)、『巨樹の誘惑』(青山舎)、『山と高原地図/御在所・霊仙・伊吹』(昭文社)、『近江湖西の山を歩く』(ナカニシヤ出版)、『芦生の森に会いにゆく』(青山舎)、『伊吹山案内』(ナカニシヤ出版)、『伊吹山自然観察ガイド』(山と渓谷社)共著、『極上の山歩き――関西からの山12ヶ月』(ナカニシヤ出版)、『登る、比良山』(ナカニシヤ出版)、『雪山を愉しむ』(ナカニシヤ出版)、『森の巨人たち』(ナカニシヤ出版)、『山登りはこんなにも面白い』〈共著〉(ナカニシヤ出版)

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  • 豊嶋秀樹

    豊嶋秀樹

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    作品制作、空間構成、キュレーション、イベント企画などジャンル横断的な表現活動を行いつつ、現在はgm projectsのメンバーとして活動中。 山と道とは共同プロジェクトである『ハイクローグ』を制作し、九州の仲間と活動する『ハッピーハイカーズ』の発起人でもある。 ハイクのほか、テレマークスキーやクライミングにも夢中になっている。 ベジタリアンゆえ南インド料理にハマり、ミールス皿になるバナナの葉の栽培を趣味にしている。 妻と二人で福岡在住(あまりいませんが)。 『HIKE / LIFE / COMMUNITY』プロジェクトリーダー。

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