山と道

【HLC Ambassador’s Signature】

HLC Ambassador’s Signature #4
中川裕司『熊野古道・小辺路ファストパッキング』

日本各地のローカルで活動されているアンバサダーのみなさんと共に、「ハイク」と「ライフ」と「コミュニティ」が循環的に繋がる環境づくりを目指した活動を行っている山と道HLC。この『HLC Ambassador’s Signature』は、個性豊かなアンバサダーのみなさんの「シグネチャー」とも呼べるアクティビティやフィールドを語ってもらうリレー連載です。

4人目のアンバサダーは、この春に大阪市谷町で山道具屋『谷ノ木舎』をオープンされたHLC関西の中川裕司さん。今回は「旅をするように山を行くのが好き」という中川さんが、この3年間通っているという熊野古道でのファストパッキングの旅を綴ってくれました。

通常では2泊から3泊かかる行程をビバーク装備を背負いながら丸1日で、しかも厳冬期の2月上旬に駆け抜けてしまおうというこの計画。一見ハードコアですが、テキストは中川さんらしくしみじみと旅情に溢れたものになっています。中川さんにもっと山や旅の話をきいてみたいと思われた方は、ぜひ『谷ノ木舎』を訪れたり、HLC関西のプログラムへのご参加を!

文/写真:中川裕司

はじめに

ここ数年、年に一度は熊野詣りに行っている。2018年の早春は吉野から熊野をつなぐロングトレイル大峯奥駈道を、フォトグラファーの飯坂大くんと3泊4日で熊野本宮大社までお詣りハイクに行った。

たまたま彼はその直前に災いから脱したところで、歩き出しから色々と思うところがあったようだ。そういえば自分も前厄だったな、なんて言いながら共に修験道を歩いていた。前厄の厄落としとこじつけたからには、本厄と後厄、お礼詣りと、しばらく継続しなくてはいけないな、と思ったのが2年前になる。

2019年の本厄はアルトラの代理店に勤めている仲谷清志くんと、終電で高野山まで乗り込み、同じく春のはじめに、同じくの熊野本宮大社を目指して今度は熊野古道・小辺路(こへち)を駆け抜けた。日付変更にスタートし翌日の夕刻にお詣りを済ますことができた。

そして今年2020年は後厄。厳冬期となるが、なんとなくなるべく早めにこなしておきたかった。この「なんとなく」のおかげでパンデミックが起こる前に遂行することができた。

19年に行った小辺路なら何度か行っているので安心感はあるし、里山がメインの古道なので、岩陵地帯や雪面だからといってもとりわけ危険箇所も思い浮かばない。距離も約70kmでスノーランしながらのファストパッキングを楽しむのにちょうどいい。

ここで小辺路について軽く触れておくと、密教の聖地である高野山を起点とし、水ヶ峰、伯母子岳、三浦峠、果無峠などの1000m級の山越えを経て、熊野本宮大社までの山岳古道で、ユネスコ世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の「熊野参詣道」の構成資産の一部として登録されている。

そして、ファストパッキングについても解説しておくと、衣食住の装備を背負いながらハイキングよりさらに装備を軽量コンパクト化し、素早く移動することで従来よりも長距離の山旅を行う縦走山行のスタイルで、今回の行程は『山と高原地図』のコースタイムで1480分(24時間半)の通常は3泊ほどかけて歩く道のりを、1日で駆け抜ける計画だった。

以上でも以下でもない
ギアチョイス

2月7日に出発することにした。

この冬はめっぽう積雪が少なかったので、雪のセクションがあるのか不安に思っていたが、前週に入った寒波の影響か、始発の列車で向かう最中から、雪がぱらつきはじめ、麓の極楽橋駅に辿り着いた頃には綺麗な雪景色になっていた。

高野山の街に着き、トレイルヘッドの近くにあるマーケットで、最後に行動食の予備を買い足し、8時半頃に旅がスタートした。

まずは雪が積もったばかりのキラキラした林道を、小動物の足跡を眺めたりしながら、雪を散らして足を進めた。凛とした空気がじつに心地よかった。

雪はどんどん激しくなり、伯母子岳(出発から20km程度)のピークを前にする頃には、スネを超えるくらいまで積もっていた。

気温は-10°cに届かないくらいだったと思う。風が強く吹かなければ、暑くも寒くもなく心地よく動けるウェアリング。風が強く吹けば、ウインドシェル代わりに山と道のULレインフーディをまとえば、これがまたちょうどいい。今回は同じく山と道のアルファハラマキを常に巻いていたのもあって安心感があった。

バックパックは、今回の荷物からしては少し大きい山と道のMINIを敢えて使用。コンプレッションを限界まで絞って薄い状態にしたので、体幹に寄っているので揺れも無いに等しい。もともとのパックウエイトも軽いが、背中に吸いつき、重みを感じないレベル(笑)。

トレイルランニング用の20L以下のパックと比較しても重量は遜色なく、アクセス面での不安はヒップベルトにオプションのジップパックを取り付けることでカバーした。我ながらいいチョイスをしたと、優越感に浸り足取りも軽くなった。

強いていうならば、アルファハラマキのベルクロの接続部が、MINIの背面とすれあって痛くなったので、ベルクロ部分をお腹側にまわして対処することにした。組み合わせとして、長距離のランには相性が良くなかったのかもしれない。

通うことから見えること

伯母子岳ピークから峠の小屋までは膝まで積雪があり、想像を越える雪のセクションにワクワクしながらも少々焦っていたのだが、結局この雪はスタート25km地点あたりの三田谷に到達する頃には消えてしまい、その後雪にまみれることはなかった。寂しさも半分あったけれど、停滞やビバークを雪の中でする最悪の想定も少なからず考える必要もあったので、半分は安堵の気持ちだった。

最初にも触れた通り、熊野古道は『古道』なので何度となく人里に踏み入れる。人の庭先みたいなところを通ったりもするし、公衆トイレや、時には自動販売機があったりもする。

紀伊山脈の山手の集落は、いわゆる限界集落に属するケースも多いが、自分が十津川村付近でこのルートを行くときはいつも立ち寄る小さな商店がある。去年までは店番の90歳前後のおばあさんと、そこで買ったカップ麺を食べて、たわいもない話を交わしながら小休止を取っていた。今年はそのおばあさんが不在で、息子にあたるおじさんが相手をしてくれた。

話をしていると、おばあさんは入院しているのだという。おばあさんと同じようにカップ麺にお湯を入れてくれて、それを食べながら息子さんと話を交わした。付近の限界集落っぷり、自身の昔の山歩きの経験など、たくさんの話してくれた。僕は、聞き役にまわり、うなずきながら、おばあさんの身を案じていた。おじさんの用意してくれた箸が、新年の祝い箸の残りだったのがクスっと笑えた。

不定期で同じ場所に通っていると、世代や時代の移ろいに、強烈な哀愁を感じるものだ。

寒さのあとのご褒美

果無集落から最後の峠を登っていこうとするところで日没を迎えた。何時にどうしてやろうという予定を立てていた訳ではないけど、熊野に着くのは21時頃か。

本宮大社に夜に着いてもお詣りできるような時間じゃないし、街に降りて野宿するよりは、山で眠って早朝に本宮を目指すことにした。じき着くだろう果無峠の少し手前に観音堂がある。観音堂は中に石仏3体が祀られている小さな小屋で、少し張り出した屋根があり、石垣の平坦地な上、美味しい湧水もあるので、ビバークするのに最適だった。

石畳の上にミニマリストパッドを敷き、少し腹を満たして一息つくと、シュラフに包まれて寝ようとしてみた。おおよそ-5°cだったと思うが、全く寝れる気がしない。落ち着いて眠気に耳を傾けようとすればするほど、寒い。どう考えても深夜に凍える想像しかできなかった(笑)。

それでも15分くらいは寒さを忘れたつもりになって目をつむっていたが、どうにもならなそうだったので、諦めると同時に気持ちを切り替え、広げた荷物をパッキングしなおし、もう一度動き出すことにした。ヘッドライトをいちばん明るい状態にして、スピードを上げながら身体を温めた。熊野の街に下りてきたのが21時頃だった。

街の気温も思いのほか冷え込んでいたが、一応目的地まで辿り着いた喜びで、自動販売機をみつけてビールを買った。ひと口目こそおいしかったけど、寒さが勝っていたので、要らなかったかなと思いつつも、それを飲みながら本宮大社方面へ足を動かし、どこで寝ようかを考えていた。

なんだかんだで本宮前のバス停に到着してしまったので、その付近でミニマリストパッドとシュラフだけを出し、早朝まで辛抱した。寒さに強い自信があったけど、その日はなぜか妙に寒く感じてしまい、朝までとてつもなく長く感じた。

まだ日も昇らない5時前に体を起して、本殿へ向かった。本宮大社、産田社、大斎原をまわったけど、お手水舎も凍っていて、手も清めることができなかった。やはり、しっかりと冷え込んでいたのだろう。

お詣りを済ましたあと、疲労と凍れた身体にリカバリーを、ということで、そのままバスに乗車し、湯ノ峰温泉のくすり湯へ直行した。

熊野本宮の近隣には風情ある温泉街が点在している。美味しい料理とお酒、そして極上の温泉がゴールに待っているから、あらゆるルートを使いながら、こじつけをしつつ、この地を目指してしまうような気がする。宿場町と温泉は、その昔より巡礼者の身体を癒していたのだろう。

ファストパッキングの理由

ときどき、「競技でもないのに、なぜこのようなハードなスタイルを好んでやるのか」ときかれることがある。今回の山行にしても、「限界」や「挑戦」といったイメージを持たれる方もいるかもしれないが、自分としては意外と逆の発想で、「少し苦労するかもしれなくとも、必ず達成できるちょうどいい塩梅を楽しんでいる」といった感覚なのである。

装備は不十分だと苦しいだけ(もしくは危険)だが、自分としては十分過ぎても面白くないし、全て想定通りの行程でゴールしても達成感は得られない。

自分は年に何度かはこのような旅をして、自身のことを確認するのが好きなのだ。それにはソロであった方が、恐怖心や不安も大きくなるぶん、その判断が研ぎ澄まされる。

自分はどれくらいの気温でどの程度のパフォーマンスができるのか、悪天候にはどう対処できるのか。簡単に言えば、じゃじゃ馬を乗りこなしている感が痛快なのだろう(笑)。

このコロナの時代を経て、アウトドアアクティビティにも「リスク回避」や「自己責任」の問題はさらに声高になってくると思う。自分自身の現状をよりよく知った上でその計画が可能なのか無謀なのかを判断することや、エスケープをどう考えてリスク回避していくのかを事前に綿密に考えておく必要性がこの先はさらに重要になると確信している。