#5 菅野哲
日本各地のローカルで活動されているアンバサダーのみなさんと共に、「ハイク」と「ライフ」と「コミュニティ」が循環的に繋がる環境づくりを目指した活動を行っている山と道HLC。この『HLC Ambassador’s Signature』は、個性豊かなアンバサダーのみなさんの「シグネチャー」とも呼べるアクティビティやフィールドを語ってもらうリレー連載です。
5人目のアンバサダーは、愛媛県松山市でアウトドアセレクトショップ『T-mountain』を営むHLC四国の菅野哲さん。ハイキング、ランニング、クライミング、SUPやバイクパッキングなど山、海、川の遊びを縦横無尽に楽しみつつ、地元・四国の自然の魅力を大いに発信されています。
今回は、そんな菅野さんが廃道になっていたトレイルの整備を行い、石鎚山でかつて行われていた信仰登山「石鎚参り」を復活させた顛末を、溢れる地元・四国への愛満載で綴ってくれました。
文/写真提供:菅野哲
仲間と廃道を復活
ボクが登山にハマり始めた20代の頃、GPS機器はまだまだ一般的ではなく、スマートフォンはもちろん、登山地図アプリのような便利なサービスもありませんでした。
なので、山の計画は基本的にガイドブックや登山地図を参考に行っていましたが、有名な山やエリア以外はそもそも情報が乏しく、『山と渓谷』や『岳人』などの登山専門雑誌の白黒ページに掲載されるマニアックなルートや山行報告が楽しみだったことを覚えてます。
さらに、現代では当たり前にダウンロードやプリントアウトができる地形図も、当時はエリア全体を数枚購入しなければならなかったり(目的の山が地形図の中心にあるわけではないので数枚をつないで見る)、事前に磁北線を引いておく必要があったり、携行しやすい綺麗なたたみ方を工夫したりといろいろ苦労もありましたが、今となってはなんだか懐かしい思い出ですね。
さて、そんな中で使用頻度が高かったのは、やはり地元・四国の石鎚山系の登山地図や地形図でした。石鎚山は日本百名山だし、その頂に続く山々の縦走路ももちろん登山地図やガイドブックに掲載されています。しかし、その範囲から逸れると情報が少ないのです。
地元、西日本最高峰・石鎚山の北壁の冬季登攀をする筆者。
そんな石鎚山系で、いつも地形図を見るたびに気になっていた一筋のルートがありました。
黒森峠から青滝山までの尾根道。それは昭文社の『山と高原地図』的に言えば破線ルート(道がわかりづらい、ほぼ廃道、通過するのに大変困難な場所など、一般登山道に比べてリスクが多い上にルートファインディングのスキルも必要な経験者向けのルート)ですが、そこを通行できれば、松山市近郊の皿ヶ嶺連峰の縦走路から尾根伝いに石鎚山系まで縦走可能となる夢のロングトレイルが実現するのです!
ということで、若くて好奇心旺盛だったボクは気になって仕方がなかったのですが、長年使用されてない古道で廃道と化しており、「昔はね…」という往年の大先輩からのお話をききつつ、「いつの日か通行可能になればいいなぁー」って思っていました。
そんな長年の夢が、数年前にいよいよ有志で「整備しようや!」ということになり、行政にトレイル整備の許可を取って一気に作業が始まりました。
現場は、背丈を超えるクマ笹で覆われた尾根道。倒木や危険箇所もあり、なかなかハードな登山道整備でしたが、数名の仲間で地形図や古いマーキングを頼りにルート工作をし、草刈機やチェーンソーに鎌や熊手を持って黙々と頑張りました。
約6kmほどの登山道作りとはいえ、みんな仕事も家庭の都合も様々なので行ける時に行ける人が少人数でも作業して、雨の日も連休も費やしてついに古道を復活できたことは、間違いなく一生の思い出となる感動でした。
今、その復活させた古道が、口コミや『YAMAP』などのログやSNS等で少しづつ広まり、ひとりまたひとりと歩く人が増え、明瞭なトレイルへと変化していくことをとても嬉しく感じています。とはいえ植物の生命力は素晴らしく、放っておくとあっという間に元の藪に戻ってしまうので、定期的な整備も必要です。
そのトレイル整備を、昨年秋にはHLC四国の「ローカルスタディハイキング」のプログラムとして呼びかけ、大勢の参加者に集まってもらって行いました。トレイル整備は初めての方も多かったですが、みなさんやりだすとすごく熱心に没頭していただき、気づいたら日暮れまで続けて最後はヘッドランプで下山したという印象的なトレイル整備となりました。
「石鎚参り」とは
皿ヶ嶺から石鎚の主稜線までトレイルをつなぐプロジェクトと並行して、実はもうひとつのプロジェクトが進行していました。
その名も「石鎚参り」。
西日本最高峰の石鎚山は日本七霊山のひとつとして山そのものが御神体であり、見る人を圧倒させる険しい山容やどこか荘厳な雰囲気を漂わせる参道は神秘性さえも感じさせ、長年崇拝されてきました。
そのように古くから修験者の山として知られてきた石鎚山において江戸中期以降、登拝を目的とする「石鎚参り」が行われてきましたが、昭和初期の交通手段の発達によりその文化は廃れ、それとともに地域の賑わいも失われていきました。
村々の代表の元気な若者たちが長い道のりを越え石鎚の頂を目指し、村の無病息災や幸せを祈願し、村人にお札やお土産を持って戻る。そんな昔の人々に思いを馳せ、いにしえと同じ道のりを巡ることで荘厳な山々の自然をリスペクトし、失われた文化を復活させるプロジェクト、それが現代版「石鎚参り」です。
皿ヶ嶺連峰の麓、東温市下林にある大安寺をスタートし、山々を尾根伝いに縦走して自分たちで復活させた黒森〜青滝ルートを通り、堂ヶ森からの主稜線を石鎚山まで歩き通し、石鎚神社成就社へお参りする距離約46km、累積標高約4,000mのルートを設定しました。
ルート上には特別保護区も含むため環境に配慮し、トレイルランニングレースのような競争ではなく全行程を完全歩きのチャレンジイベントとし、昨年のテスト開催を経て、今年8月1日に本格開催となりました(主催:四国山守人会)。
深夜0時の出発
深夜0時、大安寺の窪田住職からあたたかいお言葉をいただき、参加者全員で安全祈願をしてスタートしました。山麓の街を抜け最初の山、皿ヶ嶺に取り付きます。
ヘッドランプの明かりを頼りにひたすら高度を上げます。夜間でも気温も湿度も高く、全身汗でぐっちょり。
上林峠ではスタッフによるエイドコーナーがあり、深夜のおもてなしに感動。地上であちこち忙しなく動き回るグランド班と全ルートを一緒に歩きながら参加者の安全管理を行うアテンド班、どちらも少人数での運営でしたがスタッフみんな本当に頑張ったと思います。
基本的にひたすら登り基調の行程を、睡魔と闘いながらいくつもの峠を越えて歩みを進めます。
5時ごろブナ林がうっすらとガスに包まれた中、あたりがほんのり明るくなってきて幻想的な朝焼けと雲海を眺めることができました。
ご来光は、みんなで足を止めじっくりと全身で感じました。いつもと同じ太陽でも夜通し歩き続けてからの日の出は本当にありがたく、なんだか神々しくも感じるのはナゼだろう。
その後も、幾度となくアップダウンを繰り返し、標高を上げていきます。今回、体力はもちろんのこと山中で長時間安全に動き続けられることが参加資格であり、参加者のほとんどがトレイルランニングのロングレース経験者でした。
強者からすると全行程歩くだけなので若干安易な気持ちにもなりがちですが、ところがどっこいハードルートなので必携装備品は絶対に携行するようお願いしました(昔の人は装備もなかったでしょうが…。ここは安全第一)。
レインウェアやヘッドランプ、エマージェンシーキットなどはもちろんですが、最近ではスマートフォンの予備バッテリーや登山地図アプリなども安全管理上必携ですよね。例えば、今回ボクは最後尾のスイーパーを担当していたんですが、『YAMAP』の「みまもり機能」を使用して自分の居場所をほぼリアルタイムに本部のグランドスタッフに配信していました。定点通過の連絡交信もしていましたが、その必要もないほどに把握できていたそうです。安全管理につながる手軽で便利な機能なので、登山される方は是非。
感無量のゴール
さて、日が昇り、気温が上がる中を石鎚参りの一行は、この時期一気に伸びているクマ笹を漕ぎながら時おり吹いてくる冷たい風をバネに進み、振り返ればこれまで歩いてきた山々がはるかに連なって見えました。
いよいよ、自分たちで整備し復活させたルートを通ります。やはり感慨深いものがあり、嬉しさと同時に誇らしさも感じながら古道を踏みしめました。
青滝山を超え、急登を踏ん張れば石鎚山系の主稜線である堂ヶ森の尾根へ突き上げたます。一気に広がる絶景に歓喜の声が響きます。が、まだまだ先は長いのだ…。
灼熱の中、高度を堂ヶ森の避難小屋まで上げるとスタッフ数名が事前に荷揚げしてくれたウォーターエイドに到着しました。熱中症対策に水分と電解質は多めに用意してたけど、なんと当日は全員にアイスクリームが用意されていて、ビックリ! 最短ルートでも片道3時間以上かかる高所でのサプライズにみんな感激してましたね。ちなみに担当のスタッフはこの日から神さまと呼ばれています(笑)。
しっかり休憩したあとは残り10kmほどの行程を急ぎます。縦走路からは見渡す限りの絶景が広がり、笹原や細尾根をたどり石鎚山系で2番目に高いニノ森を超えると、目の前に圧倒的な雄姿の石鎚山がそびえ立ち、誰もが歓喜の声をあげました。ここまではるか彼方から夜通し歩き続けてきた一行には何倍もの絶景でしたが、とっくに脚は売り切れ、最後の力を振り絞って霊峰石鎚の頂を目指します。
そして辿り着いた西日本最高峰からはこれまで歩いてきた山々がずっと連なっているのが見え、感無量。山頂でのお参りを済ませ、最終目的地である成就社までの道をいろいろな思いを巡らせながら歩みました。
そしてついに、スタッフや先にフィニッシュした参加者に迎えられながら山門をくぐり、石鎚神社成就社に最終組も無事に到着! 18時間半にも及ぶ長旅が終わりました。
今回の絶景ルートの一部は、残念ながらコロナ禍で中止となってしまった2020年の『山道祭』でも紹介する予定でしたが、次回開催される時には、是非とも歩いてみてくださいね。
昔の人々に思いを馳せ、いにしえの道を巡った現代版「石鎚参り」。改めて石鎚山系の自然の素晴らしさと、失われた文化の大切さをひしひしと感じることができた特別な日となりました。
今回のプロジェクトに関わった全ての方に心から感謝いたします。可能な限り継続開催していきたいと考えております。
ちなみに、ここだけの話、今回のフルコースを完踏されたみなさまへ。よくよく考えると、半分しか歩いてないですねー。次回は大安寺までの復路もご一緒しましょうかね(笑)。
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