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山と道トレイルログ

ビヨンセのULハイキング研修

無補給で南アルプス全山縦走7DAYS
文/写真:岡村大輔
2026.01.16
山と道トレイルログ

ビヨンセのULハイキング研修

無補給で南アルプス全山縦走7DAYS
文/写真:岡村大輔
2026.01.16

社是としてスタッフには「ハイキングに行くこと」が課される山と道。「願ったり叶ったり!」と、あちらの山こちらの山、足繁く通うスタッフたち。この『山と道トレイルログ』は、そんなスタッフの日々のハイキングの記録です。今回は、山と道鎌倉スタッフ「ビヨンセ」こと岡村大輔が、社内の「ULハイキング研修制度」を利用して、南アルプスを全山縦走する7日間の旅路をお届けします。

アメリカの三大トレイルであるPCTなど、海外でのロングトレイルの経験を積んできたビヨンセですが、日本国内での長距離縦走は初めて。海外とはまた違った魅力とルールを持つ日本の山々を、より自由に歩くために、ULで生まれる余白を活かして、食料の無補給にも挑戦します。衣食住のすべてを背負い、雄大な南アルプスに力をもらいながら進んでいく彼の旅路に、どうぞお付き合いください。

はじめに

「南アルプスを縦走しよう!」

そう決めたのは、今回のULハイキング研修で当初計画していた北アルプス縦走を諦めた直後のことだった。北アルプスの地図を眺めていると、縦走にはどうしてもキレットを通過しなければいけない区間がある。高所恐怖症の僕は想像だけで足がすくんでしまい、心も体もフリーズしてしまった。

そこでふと「南アルプスはどうだろう」と思い立ち、調べてみると、キレットのような極端な難所もなく「ここなら高さに怯えることなく歩けそうだ」ということで、南アルプスに舵を切った。

これまで南アルプスでは、甲斐駒ヶ岳や鳳凰三山、光岳を単発で登った程度。そのため、山域全体の理解は浅く、山と道鎌倉の店頭でお客様から南アルプスの話題が出ても、実際に行ったことのある山の話しかできなかった。また、南アルプスは登山口までのアクセスが悪い印象があり、「だったらいっそ全部まとめて歩いたる!」という勢いで、南アルプス全山縦走を決意した。

まず取り掛かったのは、スタート地点とゴール地点決めだ。南アルプス最北端の甲斐駒ヶ岳から歩くか、最南端の池口岳から歩くか。迷わず、東京からアクセスの良い甲斐駒ヶ岳登山口からスタートするのがベストだと即決した。

次に、地図を広げ、具体的なルートを決めていく。北岳、塩見岳、聖岳など、これまで一度も登ったことのない山の名前を追いかけ、「どんな山なんやろー?」とワクワクしながら池口岳まで一筆書きで繋いでいく。あーでもない、こうでもないと、地図とにらめっこの末にルートが決まり、幕営地も考慮すると、山行日数はおよそ7日になった。

今回歩いたルート。総距離は110.5km。

7日間のハイキングは、僕にとって国内では最長だ。ただし、長く歩くことが初めてというわけではない。2022年には、アメリカ三大ロングトレイルのひとつであるPCT(パシフィック・クレスト・トレイル)、2023年には、より情報の少ないロングトレイルを求めてフランスのHexatrek(ヘキサトレック)を踏破した。社内やお客様から「ビヨンセ」と呼ばれてるのは、PCTを歩いている時に一緒に歩いていたハイカーが付けてくれたトレイルネームが由来である。

もっとも、当時の僕は、装備の軽量化を突き詰めていたわけではない。ULという言葉は知っていたけど、実際のスタイルに落とし込めてはいなかった。結果として、ULからUをとったような「ライトハイカー」だった。

2024年に山と道に入社してから、軽量化の考え方やUL装備での実践を重ねるなかで、装備が軽くなることで生まれる余白の大きさを実感するようになった。その余白にできる限り食料を詰め込めば、衣食住すべてを背負って、自然の中をより長く歩き続けることができるんじゃないかと感じていた。

今回の南アルプス全山縦走は、それを実践してみよう。

つまり、ULを単なる「軽さ」ではなく、自然と共に歩き続けるための手段として捉え直すための研修だ。一筆書きで繋いだ7日間のルートは、その実証をするにはちょうどいい舞台だった。

次に考えたのが食料計画だ。当初は朝夕は山小屋の食事、日中は行動食のみという案も検討したが、小屋での食事時間に縛りがある。だったら最初から、すべての食料を背負ってしまえばいい。50LのONEだったら7日分の食料をすべて詰め込めるはずだ。こうして、「UL装備で南アルプスを無補給縦走する」という今回のULハイキング研修のテーマが自然と形作られていった。

実際には7日間に予備日を加えて8日分の食料を準備した。最終日に万が一にも遭難・滑落で足止めをくらっても、ある程度対応できるよう1日分多く見積もった。さらに、いくつかのウェブサイトに載っている、南アルプス登山時の消費カロリーを調べてみた。体重と装備の重量を踏まえると、1日で約6,000kcal消費するらしい。ただ、そんなに食べられるわけないし、そんなに食料を詰め込めない。「現実的なラインとして、1日に3,000kcalくらいが妥当かな」と思い、出発3日前にスーパーで食料を調達した。

食料計画。研修は7日間だが、万が一を想定して8日分の食料を持っていくことに。1日に約3,000kcalを摂る想定。

食料のテーマは、「高タンパク質・高カロリー・食べ慣れているもの・好きなもの」の4つだ。特徴的な食料を以下に挙げる。

  • プロテインバー:1本当たり15g以上のタンパク質を含むものを選定
  • トルティーヤ具材:サラミ、チーズ、ツナ、ピーナッツバターという高タンパク質食材を用意。トルティーヤは過去のロングトレイルで食べ慣れている。
  • 夕食用ラーメン:食べ慣れているかつ好きなもの。腹持ちを良くするために、とうもろこしパウダー(探してもなかったので赤ちゃん用のもの)をトッピング予定
  • 行動食:クッキー、アーモンド、ナッツ、かりんとう、MIYAGENのとれいる羊羹など。アーモンドとナッツの味変としてドライバナナや小魚を追加。
  • その他:グラノーラは栄養バランスを、甘酒は疲労回復効果を期待して初採用。

整理後の食料。

水を抜いたバックパックの重量は約10kgとなった。できればあと500g減らしたかったが、これでも食料を工夫して軽量化した方だ。仕方ない。歩いているうちに食料が減って軽くなるだろう。

出発の夜。日曜日の店舗営業を終え、店内でパッキングを済ませ、山と道鎌倉スタッフのおーじ(苑田)さんと角田さんに見送られながら出発した。

山と道鎌倉より出発。

1時間半の移動の末、登山口までの夜行バス出発地である竹橋駅近くのパレスサイドビルに到着。バス移動の4時間のあいだにどれだけ眠れるかが重要だ。明日から本番だが、すでに研修は始まっている気がした。

バスは定刻23時に出発し、程なくして眠りについた。

DAY1 南アルプスの旅の幕開け

9月22日。バスは3時半に、甲斐駒ヶ岳登山口である尾白川渓谷駐車場に到着した。バスではあまり寝ることができず、これからすぐに真っ暗な道をナイトハイクする気分に全くなれなかった。あと2時間くらい休もうと、邪魔にならないスペースにタイベックシートを広げ寝袋にくるまって目を閉じた。

目を開けると、あたりはすでに明るく、駐車場に停めてあるクルマのそばでは、登山客がちょうどパッキングを終えていた。僕もその流れに続こうとパッキングを済ませ、ONEを背負った。水2Lを含めるとパックウェイトは約12kg。ずっしりと重さを感じながらも「長期ハイキングのスタートっていつも最初はこんな感じだったよな」と過去のロングトレイルを思い出して、自然と心が弾んだ。

甲斐駒ヶ岳登山口から登山開始。

6時半に出発。今日は…と説明するまでもなく、ひたすら黒戸尾根を登る1日だ。過去に甲斐駒ヶ岳から黒戸尾根へは下ったことはあるが、登りは初めまして。樹林帯を歩きながら「どんな景色だったかなー」と記憶を辿るも、いまいちピンとこない。それならそれで、むしろ初めての気持ちで歩こうと足を進めるが、道は単調でひたすら登りが続く。

変化の乏しい景色の中に時々現れるキノコを見て「毎日『本日のキノコ』と題して写真でも撮ろうかな」と、そんなことを考えながら尾根を登っていく。

黒戸尾根をひたすら登る1日。

11時半前に七丈小屋に到着。このあたりからどっと疲れが押し寄せてきて「疲れた」「腹減った」「てか、ね・む・い!」などネガティブフレーズを吐露しまくる。スタートからノンストップで歩き進めてきたが、甲斐駒ヶ岳9合目付近でギブアップ。岩陰に座り込み、具材を盛り付けたトルティーヤを2枚食べ、10分程度の仮眠を取った。

山頂に近づくにつれて木々は減り、視界が開けてきた。とはいえ、周りはガスっていて遠くの景色は望めず、白い世界が広がっていた。そのまま14時前に甲斐駒ヶ岳に到着。

登頂した喜びよりも、登り切ったという安堵感が一番にやってきた。景色も見えないし、何より早くテント場でゆっくりしたかったので、長居はせずに山頂を後にした。下り道は人も少なく、息も上がっていなかったので、気分良く歌を歌いながら歩いていった。

甲斐駒ヶ岳の頂上はガスガスだった。

北沢峠まで下り切り、16時半すぎに本日のテント場である長衛小屋に到着。すでに30張り以上のテントが並び、想像以上の広さに思わず驚いた。

今回使用したテントはファイントラックのツェルト2ロング。軽量化を図っての選択だが、ツェルト泊自体が初めてということもあり、ちょっとした挑戦でもある。はたして快眠できるだろうか。

長衛小屋にて初めてのツェルト泊。

設営後に夕食のラーメンを食べ、食後には、行動後の回復を期待して初採用した甘酒を温めて飲んだ。明確な効果を測れるわけではないが、口にすると不思議と気持ちが落ち着き、身体が緩んでいくような感覚があった。1日の締めにはピッタリで「これから食料のスタメンに入れようかな」と思ったくらいだ。

食料に初めて甘酒を導入。

寝る前、水場に水を汲みに行った際に両足に痛みを感じた。翌日のハイキングが楽しみというより、ちゃんと歩けるのかという不安が募る。そんな気持ちを抱えたまま眠りに就いた。

DAY2 縛られた時間への葛藤

5時45分に起床。目を開けた瞬間に外が明るいと気づき「遅刻やん!」と飛び起きた。2日目は、昨日よりハードな山行。5時に出発しないと今日泊まる北岳山荘のテント場のチェックイン時間に間に合わないのに、寝坊してしまった。この遅れを取り返さなければと、急いでパッキングを済ませ、30分後には歩き出していた。足の痛みも残っていたので、出発前に鎮痛剤を服用。

2日目は、長衛小屋から仙丈ヶ岳へ登り、通称「ばか尾根」と呼ばれるアップダウンの激しい仙塩尾根を経由して、間ノ岳、北岳山荘へと進むルートだ。時間に余裕があれば、北岳山荘に荷物を置いて北岳までピストンすることも考えていたが、寝坊して状況が変わったので、北岳は明日に持ち越しそうだ。

長衛小屋から仙丈ヶ岳へは標高差約1,000mの登り。6合目辺りからは樹林帯を抜け、視界が開けた。少し風が吹いていたが、ハイペースで歩いていたので身体はヒートアップしていて、シャツを羽織らず、半袖半パン(Chemical B Pocket T-shirt5-Pocket Shorts)のまま進んだ。

仙丈ヶ岳に向けての登り。

8時過ぎに小仙丈ヶ岳に到着。空はガスっていて何も見えないが、ガスに包まれた稜線歩きは非日常感を一瞬にして味わえるので割と好きである。

歩いてきた稜線を振り返る。

8時45分に仙丈ヶ岳到着。ガスは晴れ、目の前に広がる雲海とその隙間から見え隠れする青い空がパノラマで広がっていた。腰を下ろしてゆっくり見たくなったが、「15時に北岳山荘にチェックイン」という言葉が頭から離れず、落ち着きなく先を急いでしまった。

仙丈ヶ岳に到着。ここまではアタックしやすいのか登山客は多め。

今回の研修では「すべての食料を背負い、長く自然の中で過ごす」ことをテーマのひとつに掲げたが、3年前に歩いたPCTでは、好きな時間・好きな場所にテントを張り、自由気ままに歩くスタイルだった。

その自由さに魅了された分、日本の山特有の「何時までに小屋にチェックイン」や「指定地での幕営」といったルールにどうしても窮屈さを感じてしまう。日本のルールに則り守るのが大前提だが、時間・場所・ルートに縛られている感覚が、頭から離れず悶々とした気持ちになった。疲れからか、ネガティブ思考になったのかもしれない。そう思い、仙塩尾根の樹林帯では途中から音楽を聴きながら歩いた。

仙塩尾根は大半が樹林帯歩き。

ペースダウンしながらも、14時過ぎに三峰岳の分岐に到着。ここから先はラクだったはずと油断したのがいけなかった。間ノ岳までの岩稜歩きが手強く、サクサク進むどころか体力がさらに削られていく。「もう間に合わんてー!」と大声を出すも、声は白く濃いガスの中へ消えていった。

間ノ岳はガスガスだった。

間ノ岳、中白根山を経て北岳山荘に着いたのは15時45分。山荘入口前には無料の飲料水があり、「水あったんかい」と心の中でツッコミ。ないものと勘違いして、水4Lを背負ってきたことに少しショックを受けた。しかし「水がなくなる心配がない」とすぐにポジティブに捉え直した。チェックインが遅れたことを山小屋のスタッフに詫びると「大丈夫ですよ」と優しい言葉を返していただいた。

北岳山荘。

朝日がよく見えそうな少し高い場所にツェルトを張り、ようやく腰を下ろした。ろくに休憩も取ってないし空腹が限界。ガスって周りも見えないから今から北岳に行っても良い景色なんて拝めない。そんな言い訳を足し算し、北岳への山頂アタックは翌朝にリスケして夕食の準備に取り掛かった。

明日の山行に皺寄せがいくが、今はとにかくゆっくり休みたい。夜中に足の痛みで起きないよう、再び鎮痛剤を服用し、19時に就寝。

DAY3 南アルプスの真髄へ

3時50分に起床。北岳からのサンライズを見るために早起きした。プロテインバーをさっと食べ、最低限の荷物を持って山荘を後にした。ヘッドライトの灯りを頼りに、緩やかな登りの岩稜を進んでいく。次第に進行方向右側の空が黒から赤オレンジへと変わり、ヘッドライトが必要ないほど周囲が明るくなってきた。

5時10分に北岳に登頂。日本で2番目に高い山に来たことよりも、心を奪われたのはその景色だった。昨日が秋分だったので、真東から昇る太陽と、南東にそびえる富士山をセットで鑑賞できた。

5時半前、北岳からの景色。

「最高の景色」のひと言に尽きる。普段の生活では見過ごしがちな太陽が昇るという当たり前のことに、改めて感謝の気持ちが湧いてきた。

隣にいた若い女性と話をしていると、「日の出の真反対にある、あのマウンテンシャドー見えますか? あれって自分が登っている山の影なんですよ。だから、あれは北岳のマウンテンシャドーですよ」と教えてくれた。なかなか出会えない現象らしく、そんな神秘的な出会いに英気をもらった。40分ほど滞在し、赤く染まった山荘までの稜線を下っていく。

北岳のマウンテンシャドー。

準備に時間をかけすぎたせいで、北岳山荘を出発したのは7時40分となった。3日目は三峰岳分岐まで戻り、三峰岳、塩見岳を経て三伏峠小屋まで行くプラン。小屋のチェックイン情報が不明だったが、17時には到着するつもりで行動開始。今日もハードな行程だが、気合いを入れて臨んだ。

歩き始めはまだ体力も十分にあり、天気も快晴に近く、快調に進んだ。時々足を止めて、昨日は気にも留めなかった足元のブルーベリーを摘む。海外のロングトレイルでもブルーベリーを摘んでいたことを思い出し、懐かしい気持ちになった。

間ノ岳前のブルーベリー。

9時前に三峰岳に到着。この辺りまで来ると、北岳周辺の賑わいとは打って変わって人も少なく、自然との一体感が強くなる。1泊2日では味わいにくい、縦走ならではの魅力を感じた。

その後、熊の平小屋を目指す途中に、かなり近くでヘリがホバリングしているのを発見。詳細は不明だが、前日も近くをヘリが飛んでいたので「もしかして遭難か」と想像して、南アルプスを舐めてかからないようにしようと身が引き締まる。熊の平小屋では水を補給し、山小屋スタッフと立ち話。「これから先の樹林帯を楽しんでください」と見送られた。

熊の平小屋を越えると樹林帯が続いた。

樹林帯では、クマの足跡や、色や大きさの異なる様々なキノコなどがあり、自然にどっぷり浸かる時間が続いた。「樹林帯が多いのも南アルプスの魅力やで」という、おーじさんの言葉を思い出す。まさにその通りで、標高2,500mあたりにいるとは思えないほど緑が生い茂り、別世界のようだった。

樹林帯を抜け、12時半に北荒川岳に到着。この頃には空はかなりガスってきて、風も吹いてきた。腰を下ろし、初日と同じメニューのトルティーヤを食べ、Active PulloverLight Alpha Tightsをブランケット代わりにして15分ほど仮眠。

休憩後、塩見岳を目指しザレ場の登りに挑んだ。この道がかなりハードで、頻繁に足を止めては後ろを振り返り、トレッキングポールに体重を預けて呼吸を整えた。

ふと見下ろすと、幾重にもなるつづら折りの道が広がり、2年前に歩いた本場ヨーロッパの南アルプスの景色が蘇った。「めっちゃ似てる!」と心で叫ぶ。無機質な山肌にザレ場、連続したつづら折り、険しい登り。この道を見た欧米人がここを南アルプスと名付けたんじゃないかと勝手に妄想し、テンションが上がった。

14時半過ぎに塩見岳東峰に到着。ガスが晴れ、足元には雲海が広がっていた。そこにいた60代男性と「いやぁ、僕たち持ってますね」と盛り上がり、写真を撮り合った。

塩見岳到着。お爺様に撮っていただく。

二日連続で雷鳥と遭遇。

時間も押しているので、西峰では記念撮影だけしてすぐに通過した。下山途中にある塩見小屋の水場で水を補給しようと思ったが、山小屋スタッフによると水場まで片道10分かかるという。今は小屋のチェックイン時間が最優先なので、やむをえず売店で水2Lを購入。無補給縦走をテーマにしていたが「今回だけ水はセーフ(笑)」と勝手にルールを緩めた。

予定より20分遅れて、三伏峠小屋に到着。初日からここまでの道のりが自分の中では最大の関門だったので、まず無事に辿り着けたことにホッとした。今日はとにかくゆっくり寝たいと思い、結露や湿気を覚悟で、土ではなくあえて芝生にテントを設営した。

今日のハイライトだった「北岳でのサンライズ」と「本場アルプスを彷彿とさせる塩見岳の風景」をすでに懐かしみながら、明日のことは特に考えず、20時に眠りに就いた。

DAY4 旅の途中で出会うもの—人と天候と時間

5時20分に起床。よく眠れたが、予定通りテントは結露でしっかり湿っていた。身体がテントに触れないよう注意しながら準備し、パッキングを済ませた。

出発前、昨日と一昨日に山で挨拶を交わした女性ふたりを見つけ、立ち話。「良かったらこれどうぞ! あ、でも無補給だったらあげちゃダメですよね(笑)」と可愛らしい小包に入ったクッキーを差し出そうとされたので、「いや、これくらいは問題ないです(笑)。ぜひいただきます!」と受け取った。

三伏峠小屋にて。2日目と3日目にもお会いした登山者からクッキーをいただく。

研修テーマである無補給縦走も大切だが、こうした素敵な交流が旅の醍醐味である。さらに海外のロングトレイルでは、ハイカーに食料や水などを差し入れるトレイルエンジェルという文化があり、そう考えればこれはご愛嬌だ。

4日目は、三伏峠小屋から烏帽子岳、小河内岳、前岳を経由して荒川小屋へ向かう。これまでの3日間に比べるとアップダウンは少なく、歩行距離も約14kmと短めなので、気持ちの面でかなりラクな1日になりそうだ。

6時45分に三伏峠小屋を出発。40分ほど歩き、烏帽子岳に到着。眼下には雲海が広がり、富士山が昨日よりやや大きく見えたことで、実際に南下していることを実感した。しかし、その後すぐ周辺はガスに包まれ、遠くの景色はほとんど見えなくなってしまった。

烏帽子岳到着。

稜線歩き。右側の崖に注意を払いながら進む。

稜線と樹林帯を交互に進みつつ、今日は時間に余裕があったため、道中に出会った登山者と立ち話をし、9時半には早めのランチと仮眠を取ることにした。天気の回復を期待しながら休んでいたが、むしろ悪化しそうだったので、長居せずに再び樹林帯歩きへ戻った。

登りが控えているのでトルティーヤで早めのランチ。

高山裏避難小屋を過ぎたあたりから、前岳に向けた登りが始まった。樹林帯を抜けると、ゴロゴロした岩場とザレ場の急登に切り替わった。昨日の塩見岳と同じく、まるで本場の南アルプスを思わせる景色だった。「塩見岳じゃなくて前岳を見てアルプスと名付けたのかも」と過去の景色と重ねながら歩いているうちに、むしろ楽しくなってきた。

前岳までの登り。

前岳付近で爆風と霧雨に遭う。

しかし、頂上付近に差しかかると、突然の爆風と雨。まともに歩けない状態になり、岩陰でActive Pulloverを重ねて着て、しばらく様子を見ることに。しかし、峠を越えてしまえば風が収まるだろうと判断し、前岳と中岳のピークはスキップして一気に峠を越えた。その瞬間、耳に響いていた風の轟音は消え、まるで平和が訪れたかのような無風状態になった。そこから荒川小屋までは下り道だったこともあり、安堵と高揚感が入り混じった感情のなか、ザレたつづら折りを進んでいった。

荒川小屋。

14時10分に荒川小屋に到着。まもなく雨足が強まり、結果的に停滞せずに下山を選択して正解だったと胸を撫で下ろした。雨の弱まりを見計らって、テントを設営。雨対策としてツェルトのフロアは外に広げ、石で固定した。

ツェルトのフロアを外に広げ、石で固定することで、雨の侵入を防ぐ。

今日は早めに到着したが、天気も悪く、散策したり数張ある近所のテントに挨拶する気にもなれなかった。スマホのバッテリーも極力温存したいので暇を潰せず、「いっそのこと本でも持ってくれば良かった」と少し後悔した。

夕食後、締めのホット甘酒を飲みながら翌日の行程を確認すると、思ったよりハードな山行にギョッとした。無事に歩き切るために今日はもう寝ようと思い、19時就寝。

DAY5 憧れの山を越えて

4時20分起床。木々に囲まれたテント場だったからか、「どんなテントでも結露はするもの」と割り切れないほど結露がひどかった。

寝袋の中でかりんとうやアーモンド小魚をつまみながら、外が明るくなるまで待機。少ししてテントから顔を出すと、赤みがかった空に照らされた富士山がふと視界に入り、その景色に背中を押されるように準備を進め、5時30分に荒川小屋を出発した。

朝、ツェルトから富士山を眺める。

5日目は、荒川小屋を出発して赤石岳に登り、百間洞山の家手前の分岐から大沢岳方面へ。中盛丸山、兎岳を経て聖岳に立ち、そこから聖平小屋へ下るルートだ。距離も標高差もあり、この日が研修最後の山場になりそうだ。

スタート早々、絶景にお目にかかれた。緩やかなトラバースを登っていると、左手の開けた景色の先に朝日に照らされた富士山がドーンと現れた。この景色を独り占めしている贅沢感に浸りながら、何度もチラ見しては、恍惚とした気持ちになる。やがてその景色は山に隠れ、道はザレたつづら折りの登りへと変わった。

荒川小屋を出発してすぐの緩やかなトラバース。太陽に照らされ、道が赤みを帯びて美しい。

赤石岳までの登り。

7時前に赤石岳に到着。広大なパノラマビューだったが、この日の行程はハードで、15時までに聖平小屋にチェックインする必要があったので、記念撮影だけして早々に通過。トラバースとつづら折りの下り道を進み、百間洞手前の小川で水を補給した。

これから登頂するであろう山々は、緑豊かだ。

そこから再び登りに変わり、急登へ。何度か足を止めたが、昨夜しっかり眠れたおかげで足はよく動き、周りの緑を楽しむ余裕があった。9時半前に大沢岳に到着。すぐ先のフラットなスペースで休憩を取り、クッキーとピーナッツバターをトッピングしたトルティーヤを食べながら、濡れたテントを広げて乾かした。

百間洞からの急な登り。

大沢岳山頂付近にて。休憩を取りながら、濡れたツェルトをドライアウト。

その後、地味なアップダウンを進みながらいくつかのピークを踏み、体力をじわじわ削られながらも聖岳(ひじりだけ)の登りに差しかかった。「名前がカッコいいから、いつか登ってみたい」と思っていた聖岳が、いま目の前にある。

登頂自体も楽しいが「夢想していた場所に、いま自分がいる」。そんな瞬間があるからまた次の旅に出たくなる。なんて思っていたのも束の間、現実は三点支持が必要な登りから始まり、そんな感傷に浸る余裕もなく、登ってる最中の記憶はあまり残っていない。

聖岳への登り。どこから登ったら良いのか、近づいてもイマイチ分からず。

13時過ぎに聖岳に到着。「きたぜー!」と言いながら山頂の標識にタッチ。正直、ここまで来れば、今回の研修は自分の中でほぼ終わったようなもの。明日は比較的緩めの行程で、明後日の最終日は下山のみ。この先、大きなリスクがないことに気がラクになった。チェックイン時間が迫っていたので、少し先にある奥聖岳をピストンして、すぐに聖岳を後にした。

聖岳登頂。特徴的かつカッコ良い名前で、いつか登りたいと思っていた山に登ることができた。

下りは音楽を聴きながらひたすら歩き、15時前に聖平小屋に到着。しかしすでに小屋締めをしており、「急いで来る必要なかったやん(笑)」と拍子抜け。まあ終わったことを考えるのは止めようと、広大なテント場に一番乗りで設営を済ませ、小屋前のテーブルで食事を取ることにした。

聖平小屋。

周囲には5〜6人が食事をしており、彼らは小屋前に置かれた冷や水に浸かったコーラを取って飲んでいた。いつもなら「コーラ飲みてぇ!」となるはずが、「ここで飲むより1週間歩き切ったコーラの方がうまいやろ」と思い、そこまで欲しなかった。

ほとんどの人が冬季用避難小屋を利用していたので、テント場はほぼ貸切状態。樹林帯の中なので、結露は避けられないと腹を括り、18時半には眠りに就いた。

DAY6 山に馴染んでいく身体

5時起床。汗だくのようなツェルト内部の結露に「こんなに濡れんの⁉︎」と昨日以上に衝撃を受けた。それでも、このツェルトは思ったより広く、居住性も良い。実際に使うことで得られる学びもあり、今回ツェルトを選んでよかったなと振り返る。

6日目は、これまでと比べると緩やかな行程だ。聖平小屋から上河内岳まで登り、茶臼岳、易老岳を経由して光岳小屋に向かうルートだ。

昨日より結露が凄い。

のんびりと準備を進め、6時20分に聖平小屋を出発。登りからスタートだが、食料はかなり減り、緩やかな行程のため背負う水の量もわずか。初日と比べると、50LのONEが驚くほど軽く、中もスカスカだ。

樹林帯を抜け、片側が崖になった稜線を歩き、南岳に到着。そのまま足を止めることなく、雲海が広がる上河内岳を通過し、9時半前には茶臼岳に到着した。

樹林帯を抜け、少し開けてきた。

ほぼ毎日見れている朝の雲海。

上河内岳付近。

茶臼岳では、写真を撮ってくださった女性と少し立ち話をした。「土曜日なのに全然人がいませんね」「今日は天気が良くない予報だったので、みんな山登りを止めたんですかね」そんな話を交わし、少し先のスペースでテントを乾かしながら休憩している時には、トレイルランナーの男性としばらく話をした。

「100マイルレースに出たことがあって、3年後にはTJAR(トランスジャパンアルプスレース)に出たいんですよ」「すごいですね!」「でもテント泊したことなくて(笑)」「自然の中で夜を過ごすのは、ハマると楽しいですよ」など、時間に余裕があるので、たくさんお話をした。

茶臼岳。週末だが、唯一いらした女性に撮っていただいた。

トライアスロン兼トレランをやられている方から下りのレクチャーを受けた。

少しのアップダウンを経て、易老岳を通過。ここから岩場の登りがしばらく続いたが、身体はよく動いた。丸5日歩いてきたことで、動ける足が出来上がってきたのかもしれない。

3年半前、初めてアメリカのPCTを歩く直前に、PCT経験者から「歩いているといつの間にかロングトレイル仕様の足になるよ」と言われたことを思い出す。実際、PCTを1週間ほど歩き続けると、歩くことが日常になり、身体が順応していく感覚を覚えた。今回もまさに同じだ。ようやくその感覚になってきたが、明日で研修は終わる。「せっかくだから、もう数日、自由気ままに歩きたいな」とぼんやり思った。

静高平の水場で最後の水を補給し、13時20分に光岳小屋へ到着。10張しか張ることができないテント場だが、かなり早く着いたので2番目だった。設営後、小屋前で早めの夕食を準備。

4日目以降、クッキーやアーモンド小魚、グラノーラなどの食料にはすっかり飽きていたが、ラーメンだけは毎日おいしく食べられた。かなり練ったはずの食料計画だったが、ハードな山行になると食べる余裕がなかったり、食欲が湧かなかったりと、まだまだ改善の余地があると感じた。相変わらず、締めに飲んだホット甘酒が、疲れた身体に染み渡る。

少し仮眠を取ったあと、光岳からのサンセットを見に行くことにした。空は厚い雲に覆われていたので、見えないだろうと予想していたが、「ワンチャン見れたらいいな」という淡い期待を胸に、17時半前に山頂へ。

予想通り太陽は厚い雲に隠れ、残念ながらサンセットは拝めず。この6日間、毎日と言って良いほど天気に恵まれてたので、それだけで万々歳。「自然が相手なんだから、うまくいかない日だってあるさ」と自分に言い聞かせた。

光岳からの夕陽は厚雲に隠れていて見られず。

小屋へ戻り、ツェルトの中でマッサージやストレッチをしながら眠気を待ち、20時頃に就寝。

DAY7 下山、そして日常へ

最終日となる7日目は、早起きせずのんびり過ごしても良かったのだが、なぜか4時半に目が覚めた。せっかくだから光岳で朝を迎えようと決め、プロテインバーをかじりながらパッキングを済ませ、5時半に光岳小屋を出発した。

出発時は曇天。しかし「いや、ワンチャン晴れるやろ!」と、笑えるくらい根拠のない希望を胸に、5時45分に光岳に到着。結果は、やはり曇天。

光岳から朝日も見られず。

時間にも余裕があったので、山頂の見晴らしの良い場所で、白い世界を眺めながら最後のラーメンを啜った。すると一瞬、晴れ間から青空がのぞき「お、空が見えた!」と声が出た。ほんのわずかだったが、粘り強く待った甲斐があった。ホット甘酒を飲み終え、下山に入った。

7日目は、光岳から池口岳を越えて、池口岳登山口まで下る最終日。行程は下りが中心で、終わりが見えている。しかし、地図上では光岳から池口岳のあたりは、不明瞭な登山道を示す破線ルート(バリエーションルート)になっている。

歩き始めると、案の定、登山道はすぐに曖昧になった。踏み跡はすぐに途切れ、道が植物に覆われて進路が分かりにくい場面に何度も出くわした。地図を見て「あれ、道逸れてるやん!」と、実際に道をロストすることもあり、その度に引き返しては正しいルートを探った。

さらに、人の気配はなく、獣臭ほどではないがどこかピンと張りつめたような匂いと空気が漂う。「下山して終わりっ!」という楽観的な気持ちは、いつの間にか消えていった。独特の静けさに呑まれまいと、声を出したりトレッキングポールを鳴らしたりしながら進んでいった。

下山はバリエーションルート。

植物の朝露で足元が冷える。

10時前、最後のピークである池口岳に到着。気持ちはすでに下山モードだったので、記念撮影だけして先を急ぐ。

研修最後の山である池口岳。

標高は久々に2,000mを切り、このあたりから視界は開け、ルートも分かりやすくなってきた。自然とペースが上がるなか、昨日トレイルランナーの方から教わった「下り方のコツ」を思い出す。下りに苦手意識があると伝えると、「基本は、前傾姿勢で。着地の時に膝は前に曲げるけど、お尻は後ろに残すイメージ」と教えてくれた。

実際に試してみると、スピードが上がった瞬間に怖さが出て、どうしてもブレーキをかけてしまう。前傾姿勢をキープする難しさを感じながらも、あれこれ試行錯誤し、時には足を止めて久しぶりにキノコを撮影したりしながらゴールへ向かった。

下山中、たまに走った。

最後のキノコ撮影。

13時20分、池口岳登山口に到着。大きな怪我もなく、研修を無事に終えられたことに安堵した。

池口岳登山口にて研修終了。

しかし、ここから町までさらに2時間のロード歩きが待っていた。クルマが通るだろうと期待しながら歩いたが、結局1台も通らなかった。

惰性で町まで下り、予約していた宿の「ゲストハウス太陽堂」にチェックイン。この宿は、山と道京都スタッフのりょう(久保田)くんが2年前のULハイキング研修で利用した場所で、オーナーの水戸さんがそのことを覚えていたのには驚いた。

チェックイン後、肩の荷を下ろす前に食料の残量を確認。主に、途中から食べ飽きていたグラノーラ、アーモンド小魚、クッキー、かりんとうが約3日分残っていて、トルティーヤ用のピーナッツバターも7割ほど手付かずだった。

ハードな行程で食べる時間が限られていたことも一因だ。「ベリー系、グミ系の甘味を足せば、もっと食欲が湧いたかも」と感じた一方で、「これだけ残っているなら、あと数日は無補給で行けるかも」と新たな挑戦のヒントも得られた。

残った食料。こちらも発見があった。

これでようやく研修もひと区切り。シャワーを浴び、買ってきたビールとコーラを手に、宿で用意していただいたジンギスカンで乾杯。まともな食事は1週間ぶりで、この期間が長いほど、日常の食事がよりおいしく感じるのはなぜだろう。研修のハイライトや印象的な場面を水戸さんご夫妻と語らいながら、ゆっくり温かい時間を過ごした。

ULという旅のスタート地点に立った

研修テーマに掲げた「UL装備で南アルプスを無補給縦走すること」。海外ロングトレイルの経験があるとはいえ、環境もルールも違う国内での1週間のハイキングは、新鮮かつチャレンジングな旅だった。

机上で描いていた行程と、実際の南アルプスは大きく感触が違った。歩き出してみると、急峻なアップダウンが次々と現れ、すべての食料を背負って山をひとつひとつ越えていくたびに、確実に体力は削られていった。その上、小屋のチェックイン時間を意識し過ぎてしまい、自分のリズムとかけ離れた歩きになることもあり、気持ちが沈む瞬間も何度かあった。

それでも、北岳でのサンライズ、過去のハイキングと重なった塩見岳や前岳、憧れていた聖岳など、道中で出会った山々は、自分の力となっていった。辛さが増すほど「それでも来てよかった」いう実感は、ひとしお深まっていった。

今回の山行を歩き切れた最大の要因は、装備の軽量化にあったと思う。もし荷物が重いままだったら、思うように歩けなかったかもしれないし、すべての食料をパッキングすることも難しかっただろう。軽量化は単にラクをするためのものではなく、自然の中を長く、主体的に歩き続けるための条件なのだと、身をもって理解できた。

UL化は、やはり奥が深い。装備や食料の改善点もまだまだ見えてきたし、今後につながる新たな発見があったという点でも、収穫は多い。これから自分の旅がどのように変わっていくのか、その変化を自分自身が一番楽しみにしている。

GEAR LIST

BASE WEIGHT* : 4.32kg

*水・食料・燃料以外の装備を詰めたバックパックの総重量

岡村大輔

岡村大輔

山と道鎌倉スタッフ

20代半ばから「世界遺産を巡る旅」と題して海外を放浪。バックパッカーの延長線上でロングトレイルと出合い、2022年にアメリカのパシフィック・クレスト・トレイル、2023年にフランスのヘキサトレックを旅する。歩く旅を重ねるうちに、日本のハイキングやULカルチャーにも興味を持ち、その流れで山と道へ。現在は妻と娘と3人暮らし。いつか家族でジョン・ミューア・トレイルを歩けたらと妄想中。トレイルネームは「ビヨンセ」。

連載「山と道トレイルログ」