#15 坂口 修一郎
INTRODUCTION
2017年の6月から10月にかけて、山と道は現代美術のフィールドを中心に幅広い活動を行う豊嶋秀樹と共に、トークイベントとポップアップショップを組み合わせて日本中を駆け巡るツアー『HIKE / LIFE / COMMUNITY』を行いました。
北は北海道から南は鹿児島まで、毎回その土地に所縁のあるゲストスピーカーをお迎えしてお話しを伺い、地元のハイカーやお客様と交流した『HIKE / LIFE / COMMUNITY』とは、いったい何だったのか? この『HIKE / LIFE / COMMUNITY TOUR 2017 REMINISCENCE(=回想録)』で、各会場のゲストスピーカーの方々に豊嶋秀樹が収録していたインタビューを通じて振り返っていきます。
#15となる今回は、ジャンルを越えた様々なイベントのプロデュースを手がけながら、無国籍楽団『ダブル・フェイマス』のメンバーで音楽家でもある坂口修一郎さんです。
故郷である鹿児島に戻り、2010年から『グッド・ネイバーズ・ジャンボリー』を開催する坂口さんの語る、移住、仕事、生活の中で自分の居場所を作るということとは?
西日本編のスタートです!
旅がふたたび始まる
鹿児島の風景
高速道路を南下し鹿児島へ近づくにつれ、陽射しが強くなってきたと感じるのは気のせいだろうか。もう9月が終わろうとしているが、「まだこれからだよ」と言わんばかりに、九州の夏は、窓からの風景のすべてを支配していた。
7月に北海道から鎌倉へと東日本を南下してきた『HIKE/LIFE/COMMUNITY』の旅は、約2ヶ月のインターバルの後、今度は鹿児島から鎌倉へと東向きに再開した。僕は自宅のある福岡から最初の会場となる鹿児島のOWLさんへ直接向かい、夏目ファミリーや山と道のスタッフのみんなとは現地で落ち合うことになっていた。僕は、西へと傾きつつある太陽の圧力を顔の右半分で受け止めつつ、愛車のジムニーをのんびり南へと走らせた。
鹿児島会場でのトークのゲストは、坂口修一郎さんだ。坂口さんと僕は同い年で、かれこれ20年近く前からの知り合いで、そのうちに仕事でも呼んだり呼ばれたりするようになった。そういうわけで、僕たちは普段から「坂口くん」「豊嶋くん」と呼び合っているので、ここでもそのまま「坂口くん」でいかせてもらおうと思う。
坂口くんのことをひと言で説明するのはとても難しい。とりあえず、プロフィールどおりにいうと、1971年鹿児島生まれ。参加するランドスケーププロダクツ内に自身がディレクションし、代表を務める『BAGN Inc.』を共同設立し、ジャンルにとらわれないイベントのプロデュースを行っている。同時に、1993年に大学時代の仲間と結成した無国籍楽団『ダブル・フェイマス』のメンバーとして音楽活動を続けている。2010年からは出身地である鹿児島で野外イベント『グッド・ネイバーズ・ジャンボリー』を毎年開催し、2018年には、その開催地である鹿児島県南九州市川辺の地域プロジェクトとして、『一般社団法人リバーバンク』を設立し代表理事に就任した。ということになっているのだが、どうですか、みなさん。よくわからないでしょう。
実のところ、僕も坂口くんが一体何をやっているのか知っているようでそうでもないので、会うたびに確認しないといけない。とにかく、あちこちに旅しながら、いろんなおもしろいプロジェクトをやっている、ということは間違いない。そんな坂口くんの現在をアップデートできることも興味があったけど、僕はただ単純に彼と再会できることが楽しみだった。
太陽は強烈なオレンジ色であたりを染めたのちに、あきらめたように西側の山並みの向こう側へと沈んでいった。開け放ったクルマの窓から、夏の名残のような風が車内を通り抜けていった。もう鹿児島は近かった。
ウルトラライトな音楽家
「とにかく旅が多い。いろんなことをやってるけど、集約すると『旅と音』っていうことになる。自分の活動にしても、生活にしても。」
天文館の大通りに面しているにもかかわらず、かなり時代がかった雰囲気のある喫茶店で、僕は、坂口くんの話を聞かせてもらっていた。外の日差しから逃れるように客が集まっているのか、店内は、ほぼ満席に近かった。
「ずっと使っているトランペットも旅行用の小さいトランペットだし。移動のたびにしなきゃいけないパッキングのことも考えて、とにかく、持ち物をコンパクトに効率良くすることを心がけてる。スーツケースをゴロゴロと引っ張って行くこともほとんどなくなって、ザックひとつで生活してる感じだね。この歳でバックパッカーみたいな生活になってる。」
坂口くんは、そう言って笑った。
坂口くんが愛用しているトランペットは、「ポケットトランペット」や「トラベラーズトランペット」と呼ばれ、小さくてコロンと、かわいらしいフォルムをしたトランペットで、坂口くんはそれをどこに行くにでも持ち歩いて、いく先々でいろんな人と一緒に演奏している。
坂口くんは子供の頃に、一度はピアノを習い始めたが、教室でピアノの前に座って弾かなくてはならないことがどうにも好きになれなくて、どこでも好きなところで吹くことのできるトランペットに興味を持ったらしい。そして、歩き回りながら演奏するマーチングバンドへ入ったということだった。
「そんなバックパッカーみたいな生活がすごく楽しいし、場所に縛られないっていうのが身軽でいいなって思う。会社をやっているからベースキャンプとなる場所はあるけど、そこからいろんなところへと歩き回っている感じだね。」
東京をベースとしつつも、坂口くんがノマディックな印象を与えるのは、そのザックひとつの移動の軽やかさからなのだと僕は納得した。坂口くんは、「これはわざとじゃないよ」と笑いながら、肩から下げた『山と道』のサコッシュを指差した。「手ぶらになれるのがよくていつも使ってるんだ」と教えてくれた。UL(ウルトラライト)という言葉は使わなかったけれど、坂口くんの働き方や移動スタイルがULの考え方や道具とフィットするのはうなずける。
『ダブル・フェイマス』として、各地の音楽フェスに参加するときもあえてホテルに滞在せず、メンバーみんなでテントを立ててキャンプしていることも多いといい、持っていく楽器や機材もこの小さなトランペットひとつだけで事足りるという。そんなコンパクトに音楽家として仕事が成立するという事実に僕は驚いた。坂口くんは、ウルトラライトなUL音楽家だったのだ。
トランペットを吹いている坂口さん 写真提供:坂口 修一郎
自分の居場所をつくる
坂口くんのもっとも大きなプロジェクトのひとつが、『グッド・ネイバーズ・ジャンボリー』だ。鹿児島駅からクルマで1時間ほど南へ向かった山の中にある「かわなべ森の学校」が会場となり、音楽やトーク、食あり、クラフトありの野外イベントだ。廃校となった築130年にもなる木造校舎の周囲はすべて森に囲まれ、ある意味、世間とは隔絶されたような場所にある。イベントは、2010年に坂口くんが発起人となって立ち上げ、今ではその輪が広がり、坂口くんを含めた実行委員によって運営されている。
僕も数年前の『グッド・ネイバーズ・ジャンボリー』にトークのスピーカーとして呼んでもらったことがあって、前夜祭から参加して楽しませていただいた。どこまでが運営者でどこからが参加者なのかが、よい意味で曖昧な感じで混ざり合っている感じが心地よかった。すべてを自分たちで組織した実行委員会で運営していて、そのメンバーたちの繋がりは、鹿児島における重要なコミュニティーのひとつになっているように思う。
そして、イベントの中で強烈な印象として残っているのが、鹿児島の知的障がい者支援施設であるしょうぶ学園の利用者を中心に構成されるバンド、『オット・アンド・オラブ(otto&orabu)』のパフォーマンスだった。彼らの奏でる音とステージでのパフォーマンスに僕は感激して涙をボロボロ流していた。その『otto&orabu』の初アルバムのプロデューサーとして音源化を手がけたのも坂口くんだった。
「自分の居場所をつくろうと思ったというのが最初にあった。鹿児島に戻ってアンカーを下ろすための準備をしてるという感じだね。自分のできることから小さいプロジェクトをはじめて、だんだん実績もできてきたから広げていって。」
故郷であっても20年以上も離れた土地では、自分の居場所をあらためてつくっていかなければならないと聞いて、まったくそうなのだろうとうなずいた。
土地を選び、そこに暮らしている人というのは、ある種の覚悟を持ってやっているのだと思う。それは今の僕にはないことで、坂口くんの「自分居の場所を作る」というひとことは、僕の胸に大きく響いた。
「土地を出ずにずっと暮らしてる人にも2種類あると思う。出ていけないからいるって人と、ここに暮らすことを決めているって人と。ずっと同じようにいても、ここを選んだって人はやっぱり違うよね。決意を感じるというか。そういう人がジャンボリーをやっているなかには何人かいる。そういう人たちを見てると、すごく羨ましいというか、僕にもそういう想いがだんだん生まれきた。自分もそろそろ決意を持って何かプロジェクトやろうって。そう思ったのが鹿児島だった。」
ジャンボリー@森の学校 写真提供:坂口 修一郎
空気が甘い
「僕も、あらためて鹿児島に移住してきてるみたいなもんだから、自分の選択を肯定したくて、ここの良いところを見つけようとするよね。ずっと居続けて最終的にここを選んだ人にも共通してるのは、もう1回選び直したっていう、自分の選択に対しての納得感があること。その決意や覚悟があれば、別に、土地を出たことのあるなしや、移住者だろうと、UターンかIターンかなんていうことは関係ない気がしてる。」
最終的に自分でそのジャッジを下したかどうかということかと、僕は、聞き直した。
「自分の人生を自分が選んで受け入れるということかな、大げさなことを言えば。」
これは、大きな問題だ、おそらく誰にとっても。僕自身も福岡へ移住して数年経つが、自分にその決意と覚悟があるかといえば、「ノー」と答えるだろう。
もちろん、これは明確な正解があるという種類の事柄ではない。白から黒までの間に無限のグラデーションがあるように、自分の人生に対する気持ちも白黒だけでは割り切れない。だけど、そのグラデーションのどこに自分がいるのかを意識するのとしないのとでは大きな違いがありそうに思える。
「とはいえ、鹿児島をベースにしたとしても、気持ちと物理的なベースがどこにあるかというだけで、生活自体は変わらないと思うんだよね。みんなが鹿児島にきてくれてもいいし、僕がみんなのところに行くのでもいい。僕が、あちこち出歩いてる方が、地元にいる人たちにとってもいろんな風を持ち込めるからいいことだと思う。僕の役割は、たぶんそういうことだろうから。」
坂口くんは、笑ってそう言った。
物事に対して、構想や目標、あるいは結果などをあまり重要視してないように思えた。それは、坂口くんのつくる音楽や仕事、そして生活までのすべてに当てはまりそうだ。ある場所へ向かうためのロードマップやゴールの青写真とか、そういうことよりも、「こういうものがあるから何かできる、それがいいものばっかりだったら、悪くはならないでしょう」というような方法だ。僕は、坂口くんが僕と同じような考えを持ってくれているような気がして前のめりになって聞いた。
「そうだね。目的思考型じゃなくて、プロセスが重要だね。目的のために手段を選ばないんじゃなくて、その逆で、手段のためには目的を選ばない。目的が最終的に変わっちゃっても、良いものをたくさん集めて、どこにたどり着くかわからないけど、プロジェクトが積み上がっていったら、たぶん良いところに行きそうだぞっていう感覚だけでやってる。」
僕は、ここに仲間がいることにうれしくなった。そして、何歩も前を歩いてくれている坂口くんのあり方は、僕に大きな勇気を与えてくれている。最後に鹿児島のいいところは何かと聞いてみると、とても気持ちの良い、愛情にあふれた返事が返ってきて、僕はその答えを聞いてまたうれしくなった。
「鹿児島がいいなと思うのは、空気が甘いんだよね。鹿児島に帰ってきたなって感じがある。たぶん、目隠しして連れてこられても、空港におりた瞬間に嗅ぎ分けられる気がする。それが食べものにも、味付けや味覚にも反映しているような気もする。人柄も、その空気があってか、とげとげした人は少ないよね。そこがすごく良いなと思うところ。」
僕も、自分の住む土地のことをこういうふうに語れるようになりたいと思った。
話を終えて、外に出ると、陽射しが容赦なく僕たちにのしかかってきた。トラムの駅まで坂口くんと一緒に歩きながら、ジャンボリーのために初めて鹿児島に来た僕が、陽射しの強さに驚いていると「これが鹿児島の夏だよ」と、坂口くんが笑ったのを思い出した。それは不快なものではなくて、むしろなぜかうれしくなるような暑さだった。
トラムに乗った坂口くんを見送ったあと、僕は、夏目くんに連絡して合流場所へ向かった。街並みの向こうには、真っ青な空を背景に桜島が黒く見えた。
こうして、山と道の「ハイク」と「ライフ」と「コミュニティー」をめぐる僕たちの旅は、東へ向けてふたたび始まった。
桜島
【#16に続く】
『旅と音』の話
スピーカー:坂口 修一郎
鹿児島で生まれ育った音楽と歩くこととが好きだった子供が、大人になって「旅と音」をめぐる人生を歩んでいる。東京をベースとしつつも、鹿児島や全国を行き来しながら進めるさまざまなプロジェクトとその方法論を紹介する。
BAGN Inc.代表。1971年鹿児島生まれ。 1993年無国籍楽団 Double Famous を結成。2010年より故郷の鹿児島で野外イベント GOOD NEIGHBORS JAMBOREE を主宰してる。また、ランドスケーププロダクツに参加し、同社内にディレクションカンパニーBAGN Inc.を共同設立。ジャンルを越えた各種イベントのプロデュースも多数手がける。2018年グッドネイバーズ・ジャンボリーの開催地、鹿児島県南九州市川辺の地域プロジェクトとして一般社団法人リバーバンクを設立し代表理事に就任。
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