HIKERS’ CLASSICS #2
野上建吾 (UL Ski Hiker)

2018.04.07

誰にでもある、思い出の道具やどうしても捨てられない道具、ずっと使い続けている道具。

この『HIKERS’ CLASSICS』は、山と道がいつも刺激を受けているハイカーやランナー、アスリートの方々に、それぞれの「クラシック(古典・名作)」と呼べる山道具を語っていただくリレー連載です。

第2回目となる今回の寄稿者は、『UL Ski Hiker』名義でブログやSNSでの情報発信を行っている野上建吾さん。ATスキーを履いて誰もいない低山を旅する独特なハイキングスタイルに加えて、道具の改造や独自の使いこなし術、オリジナリティ溢れる食料計画やハイキングレシピなど、その世界観は注目に値します。挙げていただいた今回の『CLASSICS』も、すべて野上さんの手が加えられたもの。思わず「そんな発想あったんだ!」と言いたくなる回になりました。

NOTE

文/写真提供 野上建吾

『山と道JOURNALS』読者の皆さんこんにちは! 私はULスタイルに傾倒して9年目、新潟県に住む素人ハイカーです。インターネット上ではUL Ski Hikerとして自分のスタイルを情報発信しています。素人が素人なりに、この文化に対して魂を燃やしてきました。それなりに長くやっていると、こんなお題で好きに語れる機会を与えてもらえるので、ありがたいことだなーと感じています。

実は今回のテーマ、『HIKERS’ CLASSICS』は自分のブログに連載しようと温めていた企画でもありました。今回お話を頂いて丁度良くタイミングが合ったため、自分なりに思うことをこちらで表現してみます。以下、いつもの私の文体で推し進めますので、ずいぶんと偉そうではありますが、しばしお付き合いください。What is classics?

定番とは何か?

ひよっこハイカーが一人前になり、更にベテランハイカーへと成長する過程において、ギアに対する要求や必要な機能はフェーズごとに変化する。そのつどリクエストを満たした新しいギアに買い替えることも正解への近道ではあるが、最新のギアを買うことだけが「先鋭的」で「新しい」ことではない。

定番(CLASSICS)とは、古典落語やジェームズ・ブラウンのドラムブレイクがそうであるように、使い手の発想次第で繰り返し形を変え、時代を超えて再生可能なモノ(事)を指す。

あなたが何か新しいスタイルに挑戦しようとして、ベースウェイト(ハイキング装備を詰めたバックパックから、水・食料・燃料を抜いた総重量)の壁にぶつかったとき、新しい道具を探すのではなく、手持ちの定番ギアに最注目してみよう。余分な機能を取り外す、新たな機能を付け足す、組み合わせを変えて対応幅を広げる。自分のスタイルごとギアに合わせて変化させる。様々な創意工夫で道具と向き合い、ときに喧嘩し、落胆し、それでもひとりの女性を口説き続けるように、根気強く接してみる。最後に自分のものにしたときに、あなたのハイキングは次のフェーズへと移行する。

ハイカーは旅の中で実践したアイデアを自宅に持ち帰り、更に工夫をしながらひとつのギアを色々なパターンで使ってみる。何度も何度も繰り返し、山と自宅の間で試行錯誤する。変化に対応できる汎用性を備え、時の審判に耐えうる恒久性を持ち、何度でも生まれ変われることが「定番」の「定番」たる所以である。

手を加え、工夫を凝らしたギアを見返してみよう。自分のこれまでの変化や成長のプロセスを眺める良い機会になるはずだ。

私の場合

きっかけは何だったかな? そう、たしか手持ちの寝袋にダウンを追加で増量したいと行きつけの店の店主に相談したときだった。丸眼鏡をかけ、アルプスの岩山に立つ山羊のようなひげを蓄えた店主だった。

そのとき、自分の頭で考えて提案したことをすごく褒めてもらったことがとても嬉しかった。ひよっこハイカーが一人前になれた気がした。ギアを改造すること、思い切った発想に身をゆだねること、その気持ちよさに目覚めた瞬間だった。思えばそれ以降、道具を買い替えることよりも、創意工夫で道具と向き合うことを優先に考えるような体質に自然となっていったのかもしれない。

今回ご紹介するギアたちは、どれもハイキングを始めたての1年生のころに買い揃えたギアたちだ。成長の過程で一度は使わなくなった時期もあるが、あの手この手で再生させ、9年たった今でも全員が一軍メンバーに名を連ねている。

だがしかし、注目してもらいたいのは個々のギアではない。自分のハイキングと真摯に向き合う行為そのもの、創意工夫こそがハイキングカルチャーの本質である。他人のアドバイスや方法論は必要ない。自分のハイキングに責任を持つ。その尊い姿勢こそ我々が手にする最も重要なギアである。

Kengo Nogami's CLASSICS

  • Highland Desingns: Down Bag (1st Edition)

    本文で登場するダウンの寝袋がこちら。購入当時は日本海側の湿気の多さからダウンを濡らしてしまうことが多く、宿泊数が増えるに従い、湿気によるロフト低下(保温力不足)に悩まされていた。ハイカーズデポの商品解説文を読むと、ダウンの追加ブーストは150gが限度とあったが、あらかじめダウンを密に封入することで、予想されるロフト低下に抗うことが可能ではないかと仮説を立て、恐る恐る合計200gの追加ブーストを依頼した。その後も襟元だけダウンをセルフブーストしたり、ボックスの縫い目を1段おきに開放し、更にロフトを稼ぐ工夫や、マットを寝袋の中に入れて使用したりと、ずいぶん手を加えている。恋人よりも長い時間一緒に歩き、幾多の夜を共に過ごしてきた。つぎはぎだらけの外見から「フランケンバック」と名付けている。最低気温-10度まで対応、ダウン量合計460g、重量800g。

  • Highland Desingns: Top Quilt(1st Edition)

    こちらは化繊の夏用キルト。温かい時期に使う寝袋ではあるが、実は温かい時期はすぐに過ぎ去ってしまう。意外と使用期間が短いことが悩みの種だった。より長い期間、より幅の広い温度帯にも対応できるようにと、化繊インサレーションの内側にダウンを65gセルフブーストしてみた。化繊の扱いやすさに加え、ダウン特有のホンワカした温かさが加わり、余計な防寒着を省くことができる。長年の試行錯誤から、身体に近い内側にダウン、外側に化繊を重ねることが正解だと知った。これは衣類の重ね着でも同じ理屈が通用する。内側のダウンが体温を蓄え、外側に化繊を重ねることで冷気を遮断する。保温と断熱の特性の違いを理解してほしい。およそ6月から9月まで、手を加えることで使用期間が4か月に伸びた。最低気温5度まで対応、ダウン量+65g、重量515g。

  • Finetrack: Zelt II

    自分が使ってきたギアの中でも、おそらくもっとも試行錯誤を重ねたアイテムがこのツエルトだ。そのぶん完成度も高い。もうこれ以上手を加える部分はないだろう。改良箇所を簡単にまとめると、①上から見て菱形の部分にシリコンコーティングを施して防水性を高めた。②換気性能を高めるため、フロアを切り取り、完全なフロアレスシェルターにした(フラップは残した)。③片方のドアのジッパーは切除し、縫い合わせて軽量化した。④計3段階の高さに調節できるラインを四隅に付けて底上げ設営に対応させた。ツエルトの弱点といえばその防水性の低さと居住空間の狭さにある。上記4点の改良でどんな状況でも快適に対応できるツエルトが完成した。重量300g(ライン込み)。

  • Therm-a-Rest: RidgeRest

    ハイキングに出かける季節が寒い時期に偏っていたため、マットには悩まされた。定石どおりクローズドセルマットを使い始めたが、氷点下ではなかなか正解が見つからない。その後、ダウンマットやクライミットなどのエアマットを採用してみたが、案の定パンクの憂き目に遭い最終結論には至らなかった。結局リッジレストに戻した時際にこの手法を思いついた。横に切り込みを入れて折り畳み、収納性を上げる手法はそれ以前にもあったが、これは縦に切り込みを入れて半分に折りたためるように改造してある。半分の幅ゆえ普通に仰向けでは眠れない、自分は時々サイドスリーパーでもあり、横になって眠れば2倍の断熱性が手に入る。その場合、ダウンマットの断熱性にも匹敵する。さらに寝袋の中に入れて使うことで、体がマットから落ちることを防いでくれる。普段は1枚の開いた状態で使用し、緊急時のみこの形態にトランスフォームして使用する。サイドスリーパー限定ではあるが、腰のくぼみに合わせてパタパタと厚みを調節できる工夫もしているため、見た目の頼りなさに反しテンピュール並みの快適な睡眠が手に入る。-10度対応、重量180g。

  • Evernew: UL Titan Cooker600

    取っ手を外し、蓋を使わずに鍋本体のみで使用している。UL Ski Hikerは食いしん坊のため、トランギアのミニフライパンを別途常に持ち歩く。ある日フライパンが鍋の蓋の代わりになる事に気が付いた。上にポンと置くだけで良い。鍋とフライパンで共通のハンドルも別途持つ。諸々兼用マジックを駆使すると、なんら機能を犠牲にすることなく、わずかな重量を追加するだけでフライパンが余計に持てる計算になる。地味な工夫だが、フライパンの追加により、煮る、焼く、の調理が同時進行で可能になり、再現できるレシピの数が飛躍的に増えた。数々のハイカーズレシピは私のインスタグラムやブログで確認してほしい。やばい画像がてんこ盛りだ。ちなみに元の蓋は紛失してしまって手元にはない。再現できるハイカーズレシピの数は20種以上。本体重量48g。

  • Golite: Jam 2

    最後にご紹介するのが今は亡きゴーライトの名作バックパックだ。ハイキングではメインパックとして使い、のちに信越トレイルの整備の仕事でも資機材を詰め込んで酷使した。その結果、フロントポケットのジッパーは壊れ、生地もよれよれ、瀕死の状態で晩年を迎えつつあった。そこでフロントポケットを思い切って改造し、逆に収納力を増やす工夫を施した、ストラップ類やウェストベルトも切除したのでぱっと見はJAMと気が付かないかもしれない。甦ったJAMが活躍する場は秋のキノコ採りシーズンだ。フロントポケットにはキノコ採り用のザルが完璧なフォルムで収納される。毎回10キロ近くのキノコが採れるので興味のある方はチェックしてほしい。完全予約制で通信販売もしている。山で遊び、山で採れたものをお金に変える。そのお金で山のギアを買い、また山に入る。サステナブルで循環可能なハイカーの遊び方だ。重量395g、最大荷重10キロ。

    • Highland Desingns: Down Bag (1st Edition)

      本文で登場するダウンの寝袋がこちら。購入当時は日本海側の湿気の多さからダウンを濡らしてしまうことが多く、宿泊数が増えるに従い、湿気によるロフト低下(保温力不足)に悩まされていた。ハイカーズデポの商品解説文を読むと、ダウンの追加ブーストは150gが限度とあったが、あらかじめダウンを密に封入することで、予想されるロフト低下に抗うことが可能ではないかと仮説を立て、恐る恐る合計200gの追加ブーストを依頼した。その後も襟元だけダウンをセルフブーストしたり、ボックスの縫い目を1段おきに開放し、更にロフトを稼ぐ工夫や、マットを寝袋の中に入れて使用したりと、ずいぶん手を加えている。恋人よりも長い時間一緒に歩き、幾多の夜を共に過ごしてきた。つぎはぎだらけの外見から「フランケンバック」と名付けている。最低気温-10度まで対応、ダウン量合計460g、重量800g。

    • Highland Desingns: Top Quilt(1st Edition)

      こちらは化繊の夏用キルト。温かい時期に使う寝袋ではあるが、実は温かい時期はすぐに過ぎ去ってしまう。意外と使用期間が短いことが悩みの種だった。より長い期間、より幅の広い温度帯にも対応できるようにと、化繊インサレーションの内側にダウンを65gセルフブーストしてみた。化繊の扱いやすさに加え、ダウン特有のホンワカした温かさが加わり、余計な防寒着を省くことができる。長年の試行錯誤から、身体に近い内側にダウン、外側に化繊を重ねることが正解だと知った。これは衣類の重ね着でも同じ理屈が通用する。内側のダウンが体温を蓄え、外側に化繊を重ねることで冷気を遮断する。保温と断熱の特性の違いを理解してほしい。およそ6月から9月まで、手を加えることで使用期間が4か月に伸びた。最低気温5度まで対応、ダウン量+65g、重量515g。

    • Finetrack: Zelt II

      自分が使ってきたギアの中でも、おそらくもっとも試行錯誤を重ねたアイテムがこのツエルトだ。そのぶん完成度も高い。もうこれ以上手を加える部分はないだろう。改良箇所を簡単にまとめると、①上から見て菱形の部分にシリコンコーティングを施して防水性を高めた。②換気性能を高めるため、フロアを切り取り、完全なフロアレスシェルターにした(フラップは残した)。③片方のドアのジッパーは切除し、縫い合わせて軽量化した。④計3段階の高さに調節できるラインを四隅に付けて底上げ設営に対応させた。ツエルトの弱点といえばその防水性の低さと居住空間の狭さにある。上記4点の改良でどんな状況でも快適に対応できるツエルトが完成した。重量300g(ライン込み)。

    • Therm-a-Rest: RidgeRest

      ハイキングに出かける季節が寒い時期に偏っていたため、マットには悩まされた。定石どおりクローズドセルマットを使い始めたが、氷点下ではなかなか正解が見つからない。その後、ダウンマットやクライミットなどのエアマットを採用してみたが、案の定パンクの憂き目に遭い最終結論には至らなかった。結局リッジレストに戻した時際にこの手法を思いついた。横に切り込みを入れて折り畳み、収納性を上げる手法はそれ以前にもあったが、これは縦に切り込みを入れて半分に折りたためるように改造してある。半分の幅ゆえ普通に仰向けでは眠れない、自分は時々サイドスリーパーでもあり、横になって眠れば2倍の断熱性が手に入る。その場合、ダウンマットの断熱性にも匹敵する。さらに寝袋の中に入れて使うことで、体がマットから落ちることを防いでくれる。普段は1枚の開いた状態で使用し、緊急時のみこの形態にトランスフォームして使用する。サイドスリーパー限定ではあるが、腰のくぼみに合わせてパタパタと厚みを調節できる工夫もしているため、見た目の頼りなさに反しテンピュール並みの快適な睡眠が手に入る。-10度対応、重量180g。

    • Evernew: UL Titan Cooker600

      取っ手を外し、蓋を使わずに鍋本体のみで使用している。UL Ski Hikerは食いしん坊のため、トランギアのミニフライパンを別途常に持ち歩く。ある日フライパンが鍋の蓋の代わりになる事に気が付いた。上にポンと置くだけで良い。鍋とフライパンで共通のハンドルも別途持つ。諸々兼用マジックを駆使すると、なんら機能を犠牲にすることなく、わずかな重量を追加するだけでフライパンが余計に持てる計算になる。地味な工夫だが、フライパンの追加により、煮る、焼く、の調理が同時進行で可能になり、再現できるレシピの数が飛躍的に増えた。数々のハイカーズレシピは私のインスタグラムやブログで確認してほしい。やばい画像がてんこ盛りだ。ちなみに元の蓋は紛失してしまって手元にはない。再現できるハイカーズレシピの数は20種以上。本体重量48g。

    • Golite: Jam 2

      最後にご紹介するのが今は亡きゴーライトの名作バックパックだ。ハイキングではメインパックとして使い、のちに信越トレイルの整備の仕事でも資機材を詰め込んで酷使した。その結果、フロントポケットのジッパーは壊れ、生地もよれよれ、瀕死の状態で晩年を迎えつつあった。そこでフロントポケットを思い切って改造し、逆に収納力を増やす工夫を施した、ストラップ類やウェストベルトも切除したのでぱっと見はJAMと気が付かないかもしれない。甦ったJAMが活躍する場は秋のキノコ採りシーズンだ。フロントポケットにはキノコ採り用のザルが完璧なフォルムで収納される。毎回10キロ近くのキノコが採れるので興味のある方はチェックしてほしい。完全予約制で通信販売もしている。山で遊び、山で採れたものをお金に変える。そのお金で山のギアを買い、また山に入る。サステナブルで循環可能なハイカーの遊び方だ。重量395g、最大荷重10キロ。

      野上建吾
      野上建吾
      新潟生まれ、コシヒカリ育ち、山の幸とはだいたい友達。インスタグラムアカウント:ulskihiker ツイッターアカウント:greenliftgo ブログ『UL Ski Hiking』https://ulskihiking.blogspot.jp ブログ『Nippon Onsen Trail』 https://not550.blogspot.jp ブログ『信越トレイル非公式サイト』https://sintore.blogspot.jp
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