山と道

【暑くて臭くて底抜けに笑うアパラチアン・トレイル】

暑くて臭くて
底抜けに笑う
アパラチアン・トレイル#5

アメリカ東部のアパラチアン山脈沿いに3500kmに渡って伸びるアパラチアン・トレイル(AT)は、「トリプルクラウン」と呼ばれるアメリカ3大ロングトレイルのひとつにして最も長い歴史を持ち、また最も多くの人が歩く、まさに「ロングトレイルの中のロングトレイル」とも呼べる存在です。

2019年、イラストレーターにしてロングディスタンスハイカーのトレイルネーム”Sketch”こと河戸良佑さんが、彼にとって「トリプルクラウン」最後の1本となるATに挑みました。この連載では、5ヵ月に及んだその長大な旅を通じて、彼の覗いたアメリカのロングトレイルのリアルを活写していきます。

数多のトレイルやハイカーと出会いながら、ついにATでも自分のペースを掴んだSketch。すでにPCTやCDTといったアメリカの超ロングトレイルをスルーハイクしてきたベテランらしく、快調なペースで歩みを進めます。が、長いトレイルでは調子に乗りすぎると、その反動もあるようで…。そして旧友との再会が、彼にハイカーの幸福とは何かを教えます。

今回もまさにSketchしか書けないリアルなアメリカのロングトレイルのスケッチに、ぜひお付き合いください!

これまでの連載一覧

文/イラスト/写真:河戸良佑

アパラチアン・トレイルなんて簡単すぎる!

2019年5月のヴァージニア州。アパラチアン・トレイル脇の小さな平地に設営されたテントの中で、僕はアラーム音で目を醒ました。テントの中はまだ暗い。それもそのはず、現在の時刻は午前2時なのだ。

アラームを止め、闇の中で目を開けて、少しばかり放心する。5分ほど経ったところで、枕元のフリスビーの上に置いておいた眼鏡をかけ、ヘッドライトを点灯する。すると、目の前にグレーのシルナイロンの幕が現れた。

パッキングは僕にとって毎朝の準備体操のようだ。まず初めにまだ少し温もりを保った寝袋をバックパックにそのまま詰め込む。エアマットの空気を抜いてその上に収納し、次は衣類が入ったスタッフサックを押し込む。バックパックフロント部のメッシュポケットに画材が入っているキューベンファイバーの袋を入れ、さらにモバイルバッテリーなどの電子機器が入った防水バックとレインジャケットをねじ込む。

バックパックを持ってテントから出てから、支柱になっているトレッキングポールを抜くとテントは力なくゆらりと地に落下した。ペグの泥を落としてから袋にしまい、テントを巻き取るようにまとめてバックパックのサイドポケットに押し込む。クマ対策として木に吊るしていた食料袋を回収し、バックパックの最上部に入れればパッキングは終了だ。

スナックを齧りながら湿った土のトレイルを歩き始める。周囲は静寂に包まれていて、まだ暗い。ヘッドライトの明かりだけが、そこに世界を浮かび上がらせていた。

僕が何故こんな時間からハイキングを始めているのか。理由は単純で馬鹿らしいものだった。この地点から30マイル(約48km)先にあるハンバーガーショップの閉店時間までに駆け込んでハンバーガーに齧り付きたい。ただそれだけが目的だ。

バーガーショップの閉店時間は17時なので、あと15時間もある。僕は1時間に2ー2.5マイルを歩くことができる。だから、いつも通りであれば、問題なく辿り着けるだろう。

  • 世界中のハイカーが集まるアパラチアン・トレイル

アメリカ3大トレイルで最も人が多いアパラチアン・トレイルだが、流石にこんな時間から歩いているハイカーなどいない。ハイカーとの触れ合いも好きだが、誰にも会わずにフラフラと自然の中を徘徊するのもまた、気持ちの良いものだ。不意に濡れた岩に足を滑らせて転倒しそうになる。いつもより少しゆっくり歩くことにした。

実は、僕はアパラチアン・トレイルを歩き始めてすぐの頃から、一種の全能感を感じていた。あらゆる状況は自身でコントロール可能であると思っていた。

これは僕がすでにパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)とコンチネンタル・ディバイド・トレイル(CDT)の踏破経験があるからで、アパラチアン・トレイルがそのふたつより難易度が低いと感じていたからだ。とくにCDTではトレイルがない箇所を歩いたり、落雷を避けながら雪山を進んだりしていたので、それと比べるとやはり優しいトレイルに感じていた。

経験だけでなく、装備面でも歩き始める前からほぼ抜けのない装備を用意していたので、街に降りて装備を入れ替えるなどといった手間もほとんどない。実際のところ全くトラブルは起きず、僕はただフラフラと気ままにトレイルの上を散歩しているような心持ちで日々黙々と歩いていた。

  • アパラチアン・トレイルをスタートする直前の写真。すでにハイキングのギアも経験も十分にあるので、全く緊張していない。

  • 雨が降ると場所を選ばず歩くのをやめて寝ていた。

アパラチアン・トレイルは常に街の近くを通過するので、頻繁にスマートフォンが電波を拾う。そこで僕は天気予報と雨雲の動きを見て、雨が降っていない時にできるだけ素早く歩き、雨が降りそうになるとテントの中で待機し、そして止むとまた歩き始めた。もちろん、一日中の雨の日もあるので、その時は仕方なく濡れながら歩くか、もしくは食料に余裕があれば、テントの中でダウンロードしていた映画を見ながらのんびりと過ごすこともあった。

そんなことをしているうちに、比較的夜間は雨が少ないことに気がついた。そこで僕は積極的にナイトハイクをすることにしたのだ。

そもそも夜間歩くことは、アメリカでももちろん一般的ではないが、砂漠地帯のセクションではナイトハイクを選択するハイカーもいる。理由は暑さを避けること、そして水の消費を抑えることだ。しかし、アパラチアン・トレイルには砂漠はない。だから、こんな歩き方をしてるハイカーは本当に稀だろう。

  • 頂上に到着しても綺麗な景色がないことを知り、絶望するハイカーたち。

ちょうど12時ごろに僕は小さな山の頂上で立ち止まり、昼食を取ることにした。頂上といっても周囲は木に囲まれているため、見晴らしはほぼ皆無で風が通らず蒸し暑い。僕はバックパックを地面に下ろし、そしてボロボロになったキューベンファイバーの食料袋の中からベーグルとハムとマヨネーズを取り出して、簡易なサンドイッチを作り食べる。

本日はすでに22マイルを歩いている。バーガーショップまではあと8マイル。4時間後にはハンバーガーとコーラにありつけると思うと、今ここでしっかりと食事をする気にならない。サンドウィッチを食べ終えると、小さなチタニウムカップに湯を沸かし、『スターバックス』のコーヒー顆粒を溶かして飲む。そして、いつもと同じようにポストカード大のスケッチブックに目の前の風景を記録した。

ハイカーズ・バッド

その後も順調に歩き続け15時頃にトレイルヘッドの駐車場に到着した。そのパーキングではトレイルエンジェルがホットドッグを焼いてハイカーに振る舞っていたが、ここで胃を満たしてはこれまでの頑張りが何の意味も無くなってしまうと思い。避けるようにその場を抜ける。パーキングからハイウェイに出るとすぐに無人のガソリンスタンドが現れ、その横にトレーラーハウスを連結した簡素な売店があり、入り口にはBRUSHY MTN. OUTPOST TRAIL と書かれていた。ここが目的のバーガーショップだ。

ドアを開けると、中にはさまざまな品が陳列してあり、ハイカー用の物資も3割ほどあった。その陳列棚の空間を間借りするように小さな机が3つ並べられている。とてもレストランと呼べる物ではないが仕方がない。テーブル付近に荷物を置いてレジへ移動し、カウンター内の初老の男性に話しかける。

  • やっと辿り着いたバーガーショップでにこやかに笑う。

  • 泥と汗でクタクタになったシューズとソックスを剥ぎ取り、サンダルを履いて足を乾かす。

「こんにちは。ハンバーガーとコーラが欲しいのですが。」

「やあ、調子はどうだい? ハンバーガーは何にする? コーラは冷蔵庫から持ってきてくれ。」

「とても暑いです。チーズバーガーをお願いします。今日はね、バーガーが食べたくて長い距離を歩いてきたんだ。」

僕はそう言ってから冷蔵ケースから500mlのコーラのボトルを取り出し、そしてレジに戻る。

「ほうほう。チーズバーガーとコーラでいいね?」

「あと、フライドポテトも追加で。」

「じゃあ、全部で15ドルだ。」

このガソリンスタンドの売店まがいの店で15ドルの食事など、日本では決してしないだろうが、ここはアメリカの片田舎。そして何よりも空腹である。少しの不満も飲み込んで腹の足しにして、にこやかにクレジットカードを手渡す。

15分ほどしてテーブルに運ばれてきたバーガーを見て僕は落胆した。どう見ても安い冷凍の食材をパンで挟んだけのものだからだ。しかし、空腹な体は単純に高いカロリーを求めているのだろう。気がついたときには齧りついていた。

  • 運ばれてきたのはバーガーコンテンストがあれば、参加すらできないような残念な代物だった。

  • 高揚感からなのか無駄に大きいペットボトルを買ってトレイルに戻る。

ナイトハイクから始まり、30マイルの距離を終えたことで僕の精神は少しざわつき、高揚していた。足の疲れさえも心地よく感じ始めていた。いわゆる、ハイカーズハイだ。精神のたがが完全に外れてしまっているのだ。食べ終えてもその気持ち良さは続いた。うだるような蒸し暑さだったが、僕の気持ちは爽やかで、笑みを浮かべながらトレイルに戻る。まだまだ歩いて気持ち良さを味わいたかったので、そこから日が暮れるまで4マイルほど歩いて、適当な平地でテントを張って高まる心を何とか沈めて眠りについた。

翌日、目を覚ますと、体が鉛のように重たい。肉体的な疲労だけではなく、体に重鈍な倦怠感がまとわりついているのが分かった。昨日と同じ手順で出発の準備を始めるが、どうも上手くパッキングすることができない。それでも、ゆっくりと作業を終えて歩き始めるが、5分ほど歩いて立ち止まる。バックパックに何か重しが入っているのではないかと疑ってしまうくらい重い。昨日の売店で補給したのはチョコバーを2個だけで、そこまで重量は増えてはいないはずなのに既に疲労を感じ辛い。それでも立ち止まっているわけにもいかず、何とかゆっくりと歩き始める。右足を出して、左足を出す。ただそのシンプルな動作だけを追って、前進するしかなかった。

1時間ほど歩き続け時に、ついぞ僕の足は動かなくなった。そして、今まで僕の周りに霧散していた重たくて暗い感情が徐々に頭上に集まり始め、オイルのようにどろっとした液体になって体内に流れ込んできた。

「ああ、これは危険だ。」

そう悟り、急いでトレイルを外れできるだけ人目のつかないところにテントを張って飛び込んだ瞬間、僕の体の中で負の感情が溢れ始めた。

「なぜこんなに無意味な旅をしているだろうか?」

「帰国したら一体何をしたらいいのか?」

「結局はさまざまな責務から逃避しているだけなのではないか?」

様々な暗い考えがテントの中を満たし始める。徐々に僕は沈み込み、今や呼吸をすることに必死だ。

「一体、僕はどうなってしまうんだ?」

次第に将来が不安で堪らなくなり、僕は嗚咽しながら泣き続けた。手持ちのバンダナが涙でぐしょぐしょになり拭うことができなくなったので、そのまま寝袋に包まって小さくなる。

思考が様々な方向に飛び散り、そしてひとつの大きな悩みに集約される。それを繰り返す度に目がまわり、今すぐどこかへ逃げたしたくなった。

「でも、一体どこへ逃げればいいのか?」

まるで宇宙に放り出されたような孤独。人生において様々な選択肢があったはずなのに、ただ時間と金を消費することを選んだ自分への後悔。目を強く瞑ると汚い麻の服を着た髪の長い男が見えた。あれは20歳の時に出会った、バンコクの安宿で首を吊って死んだヒッピーだ。彼もこんな気持ちだったのだろうか? ひとり脳内の黒い渦を漂い、僕は気持ち悪さと寂しさから泣き続けた。

  • 雨上がりのアパラチアン・トレイル。

泣き疲れて寝てしまっていたようだ。寝ている間に雨が降っていたようで、テントの幕は濡れて重い。テントの外に出て大きく体を伸ばし、そして深呼吸をすると、体の中に雨上がりのひんやりと澄んだ空気が取り込まれるのを感じる。それはとても不思議な感覚で、今まで絶えず抱えていた小さな不安さえも、涙と共に消え去ってしまっていた。しかし、そんなことがあるのだろうか?

まだ明るい時間だが、僕は歩く気にはなれなかった。いつもの簡素なサンドウィッチを作って食べ、コーヒーを啜りながら今朝のことについて考える。一体あれは何だったのか?

僕は木々の隙間から漏れる光を眺めていると、CDTで出会った日本人ハイカーのスネークキッカーのことを思い出した。彼はかつて僕にある話をしたことがあった。

「一度、歩いているときに涙が止まらなくなったことがあるんだよ。あれは悲しい涙じゃなかった。これまでトレイル上で助けてくれた人たちへの感謝の気持ちが高まりすぎて、僕はずっと泣いていたんだ。」

その時僕は、「一体何の話なんだこれは?」と少し気味悪がって聞いていた。他にもジョン・ミューア・トレイルのワンダレイクの畔で泣きながら歩いていたハイカー、PCTの雨のワシントン州でゴール目前にトレイルから姿を消したハイカー。やっと彼らの気持ちが分かった。きっと、感情の谷間に落ちてしまったのだ。

ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて僕の強みは、いつどんな時も穏やかな精神状態で過ごせることだった。他人からすれば何を考えているのか分からない人間に見れるかもしれないが、何本もトレイルを歩き続けている人はこの強さを持つ人間が多いように思える。

誤解なきようにしたいのは、決して感情が欠損しているというわけではない。常に精神状態をあるがままに保とうとしているのだ。何かをするために無理やり気持ちを盛り上げて力を発揮したりはしないし、暗い気持ちになりそうな時はあえて楽観的に物事を捉える。なぜなら人の心は一度大きく振れ始めると、元に戻ろうとする力が大きく働き真逆の感情に飲み込まれてしまうからだ。だから僕らスルーハイカーたちがどこか気ままに旅を続けているように見えるのは、いちばん楽な精神状態を保って数ヶ月に及ぶトレイル生活を乗り切っているからだ。

ゆえにCDTが最難トレイルと呼ばれるのも納得できる。過去にビッグトレイルを経験したハイカーでさえ、厳しい環境を克服するために常に高いパフォーマンスを求められるので、その後の精神はグラグラと揺れ続けてしまうのだ。これを支えてくれるのがトレイルフレンドだったり、トレイルエンジェルだったりする。僕の場合はこれまでPCT、CDTとたまたま危うい時に助けてくれる誰かが隣にいただけだった。

CDTの砂漠セクションは水の少なさに悩まされたが、一緒に苦しんでくれるハイカーがいたのは、今思えば精神的に大きく助けられていた。

そして今回、僕はこともあろうかアパラチアン・トレイルを退屈なトレイルだと愚かな考えを抱き、自ら不規則なハイキングスタイルを取り込んで、精神に無理やり刺激を与え続けていたのだ。その大きな反動が訪れるのは当然のことだ。

自らが作り出したハイカーズ・ハイから一気にハイカーズ・バッドに転落した。それだけのことだった。

「ああ、しょうもない。」

コーヒーを啜りながら呟いた。

ハイカー幸福論

こうして僕はいつも通りのハイキングスタイルを取り戻した。日が登る頃に目を覚まし、毎日1枚スケッチをして、そして25マイル前後を歩く。トレイルマジックがあると立ち止まり、ハイカーたちとのんびりと時間を過ごした。すると次第に延々とつづく緑のトレイル、1日のうちにも様々な姿を見せる空、そして次第に大きく繋がりはじめた人間関係。それらを与えてくれるアパラチアン・トレイルの美しさや楽しさに僕はやっと気がつき始めた。

トレイル上に自分が存在している事を楽しむような生活を過ごして1ヶ月が経った頃、僕は親友マタドールと再会した。彼とはPCTを共に歩き、そして今回のアパラチアン・トレイルを歩き始める前にも大変世話になっていた。現在、彼はアパラチアン・トレイルのちょうど中間地点あたりのヴァージニア州シェンネンドア国立公園の一部を管理するレンジャーになっている。前日に彼とメッセージのやりとりをして、トレイルを巡回している彼とシェルターで落ち合うことにしていたのだ。

久しぶりに会った彼は青いレンジャーのシャツを着てにこやかに立っていた。僕らはハグをして近況を報告し合い、それからシェルターのテーブルで早めのディナーをとった。

「スケッチ、いい場所があるんだ。ついてこいよ。」

軽い足取りで進む彼の背を追いながら、シェルターの脇にある小道を進む。すると、その先には別の小さなシェルターがあった。

「これは?」
「もう使われなくなったシェルターさ。寄付で新しく立派なシェルターができたから、誰もここに泊まらなくなったんだ。」

「そうなんだ。」

ボロボロで汚れたシェルター。余程の物好きでない限りここでは寝ないだろう。僕はここまでの道中を簡潔に彼に話すと、それからは過去に歩いたトレイルの話をする。これはハイカー同士お決まりの流れだ。僕らは一緒にハイキングをしていなくても、同じトレイルの経験を共有することができる。だからスルーハイカー同士は会話に事欠くことはない。

マタドールが遠くを見ながら言った。

「スケッチ、君にまた会えて本当に嬉しい。」

「同じくさ。」

「でも、再会することに驚きはないんだ。」

「それは僕がどこにいるか知っていたからだろう?」

「いや、俺が言いたいのはそういうことじゃないんだ。」

「つまりどういうこと?」

「俺らは5年前に西海岸のトレイルで出会って、今は東海岸のトレイルにいる。ハイカートラッシュはずっとトレイル上を移動し続けてるんだよ。だから、俺らはハイキングしてる限りはきっとどこかで再会する。ハイキングをやめない限りな。」

確かにその通りかもしれない。実際に僕は何人ものハイカーたちと再会を果たしている。

「しかし、僕らは何故まだハイキングしてるんだろうか?」

「さあな、でもひとつだけ確かなのは、俺らは、ただトレイル上にいるそれだけで幸せなんだよ。」

#6に続く

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